







ソロ活動を本格再開してからも基本的には遠巻きに見ていたのですが、リアルタイムのリリースに”やっばいな”と想わされたのが
「長く短い祭」。この曲、ヴォコーダーを使うということ自体は新味はないですが、単純に(ヴォコーダーの効果も含めて)楽曲として物凄く良くないですか?胸にエモく迫るこのメロディにやられて。この年辺りから毎年の紅白の名物となる林檎Showも「繰り返される諸行は無常」に心臓を時めかされました。
その後に続くデュエット路線も、ほんと出すもの出すもの凄くて。そして満を持してのフルアルバム。これは十二分に受け止めねばいかんでしょと。
アルバムの始まりは『三毒(貪・瞋・癡)』という仏教的アルバム・テーマな世界観を象徴する「鶏と蛇と豚」。これがほんと『加爾基』を想起させるような”おおおおおおお!”と来る、”いよいよ本性本意気かけてあれを越えてくるか”と期待させる楽曲で。
そこから間髪入れずに「獣ゆく細道」。この曲最初聴いたときも凄いと思ったけどスルメでもあって聴くほどに凄ぇなぁ。このアルバム曲の繋ぎが最高で、全長も短いですが、ほんとあっちゅうまに聴けます。そこから可愛らしい「マ・シェリ」。この曲も良かったしもう一つの可愛らしい(ガッテンでおなじみの)「ジユーダム」がアルバムで聴くと意外にも凄く良くて。「ジユーダム」の肝はギターの唸りで、TVでは分かりづらいのかも。ここら辺はSuchmosの「VOLT-AGE」とも同じかも。
そして何しろ凄いのが櫻井敦司との「駆け落ち者」。林檎はファンクラブに入るほどBUCK-TICK好きらしいですがこのメタリックなインダストリアル音!ここ数年でヘヴィメタルがガンガン刺さってきて
Download Festまで行っちまった人間としては”こぉーれはいいぜ!!!”とwこれまじ最高だった!
一方で「どん底まで」と「至上の人生」はオーソドックスなロックナンバー過ぎて少しばかり刺激の足りなさを感じたりもしました。またそれと比べたらかなり面白いけれどデュエット曲だと「神様、仏様」と「急がば回れ」はそこまででもなかった、というかここら辺はスルメ曲なのかも。それこそこの「どん底まで」と「至上の人生」をビリー・アイリッシュやソランジュのようなスロウで静かなエッセンスの楽曲にするとぐっとなった気もしますが、不惑の人間がトレンドだけを追っかけるのもそれはそれで違うかもですしね。「TOKYO」は林檎的爵士揺滾のハイアヴェレージっぷりを魅せられた感じ。「長く短い祭」は今聴くとかなりラテン・テイスト入れてるんだなと。
そして個人的には一番心に響いたのが「目抜き通り」。前回のアルバムから5年。様々な色の楽曲をどう纏めるのかと思っていたのですが、ものの見事に編みましたね。この楽曲も冒頭でダークなフランス語?の語りから入るというアレンジで、本盤の中で本道を担って。そして「本番さショウタイム、終わらない 嗚呼生きてる間ずっと」という歌詞がなんとも沁みて。”そうだよな、今という時を、リハーサルでも仮でもなく本番としてずっと生き抜かなきゃな”ととても心がぎゅっとしたのでした。
そして最後は「あの世の門」。ブルガリアの女声合唱をコーラスに起用したラスト・ソングで。ワールドミュージック好きとしては”いいねぇ”なんて想うのですが、欲を言えばさらに捻って、男声とのデュエットというコンセプトから
サカルトベロ(ジョージア/グルジア)の男声合唱や
コルシカの男声合唱を起用したらもっとバリヤバなことになったのではなんて思いました。
が、男性とのデュエットは一曲置きであったり、向井秀徳以外は午年で合わせたりとか別軸のこだわりがあったのだと知り、最後はブルガリアン・ポリフォニーになったのは良かったのかもなと。「鶏蛇豚」のお経も
チベットの聲明でもベターかなと想ったりもしますが、林檎のアルバムってパブリックイメージとは異なり実際に聴いてみると思った以上に軽やかだったりするのです。そのリミッターを外して複雑さを極めたのが『加爾基』で、『三毒史』はそれを越えてくるかなと「鶏蛇豚」聴いたときは思ったのですが、寧ろ今回聞いて”あぁ、風通しが良いってことなのかもしれない”とも想いました。また超絶複雑重厚な奴も聴きたいけれど。
さて、(この部分もはや蛇足っぽいけど拘りで)これに合わせる飲み物として最近嵌っているもろみ黒酢のロックを。これ、美味いっす。甘みがあって酸味があって、ちょっと梅酒的にも飲める奴で。『三毒史』のサウンドともあって良い食前酒となりました。
林檎の音楽と共に(そして時に疎遠に)人生を歩めるのは平成・令和という同時代の有難みだなぁと想います。いい盤を、ありがとう、林檎嬢。