椎名林檎の『三毒史』に今完全に弩嵌りしてしまった處で”思えばリアルタイムに椎名林檎のアルバムに触れたのも久方ぶり、
『平成風俗』までは一昨年聴き進めたけれど、これを機に聴いてみるか、今は林檎もサブスク解禁しているし”と今夜は林檎のアルバム群に浸っていました。
まず初めに聴いたのが5年前の前作『日出処』。初期林檎に弩嵌りし、その後離れた人間として、「NIPPON」がどうも面白くなくて今まで食指が動くまでの閾値を超えるのがなかなか無かったのですが、今聴くと良い作品で。出だしの「静かなる逆襲」は初期のデモ曲「果物の部屋」を想わせるし「走れゎナンバー」のフルートや「ちちんぷいぷい」の
ドゥダメルのマンボ並みの掛け声にはニヤリとさせられるし、「ありきたりな女」「孤独のあかつき」は純粋にいい歌だし、電子的に加工したVoの「孤独のあかつき」からの「NIPPON」は凄くいい流れ。そして「カーネーション」「ありあまる富」なんかは新しい境地とシンプルに強度のある力ある歌と想わされました。
そこから更に5年遡って『三文ゴシップ』。こーれが凄く今の自分には響いて。リリース当時「流行」に乗り切れず聞かず嫌いだったアルバムで今聴いても「流行」はそこまででもなかったのですが、『三毒史』でのデュエットでの魁とも言えるし「まやかし優男」から同じくMummy-Dとのデュエットの「尖った手口」の繋ぎは本作のハイライトでもあり、その他も「密偵物語」とかかなりの名曲でその他もスウィングの効いたオーケストレーションが快い佳曲揃い。そして最後は「丸の内サディスティック」のEXPOライヴverも。
本作『三文ゴシップ』の発売当時は『無罪』『勝訴』ファンなんかは「ロックでなくなり切実な焦燥感が失われた」と想った人も多かったと思いますし、私自身もそうでした。が、リリースの2009年から10年、私自身も当時30歳だった林檎の年をとうに超えていてそれなりに大人しくなったというのもあって、このまろやかな音像が肌に合うのもそうなのですが、それ以上にこの十年で音楽をめぐる環境とシーンが変わったことがリスニング体験を変えたと思います。
それはアルバムで強烈に爪痕を刻むというよりもサブスクリプションのPlaylistでアラカルトで聴く、あるいはBGM的にだらっとかけっぱにするというリスニングスタイル。主に洋楽で強烈なメロディが影を潜めたのもありながら、このサブスクマナーは数年前に激賞されたサニーデイサービスの『Popcorn Ballads』やVampire Weekendの新作『Father of the Bride』においても顕然しているし、現在丁度Spotifyで『三文ゴシップ』を聴くという体験で、このアルバムの真価が今再び着目されるのではないかなんて思いました。
さて、オリジナルアルバムは以上なのですが、『三毒史』までの間にB面ベスト、ライヴベスト、そしてセルフカヴァーアルバムとトリビュート盤が出ています。そこでセルフカヴァー盤『逆輸入』の二作を聴きました。
ここでセルフカヴァーされているのは初期のともさかりえ等への提供曲から最近の「カルテット」への「おとなの掟」まで。改めて聴くと、椎名林檎のポップセンスが爆発していて。
三十路としての素肌を曝した『三文ゴシップ』のまっさらさから、徐々にPOP/ROCKシーンでギアを上げていく過程で『逆輸入~港湾局~』と『逆輸入~航空局~』はいい意味でのターボとなっている感がありました。
他者への楽曲提供やプロデュース業というのは、己の身体性・キャラクター性から自由になり、新たな體と人生を依り代に音楽を発揮できる仕事。それは寧ろ作家の作家性をさらに顕現させる面白みがあると想います。
そしてそのセルフカヴァーをホップステップとすることで、自分の曲を愛する男たちに当て書きで提供しながら自分自身も共に歌うという『三毒史』の形態に跳躍したのではないかと感じました。
様々な経験を積んで、エンジンの馬力が進化したメルセデスの高級車で、『加爾基』の頃並のスピードを出すと高速に於いても制動性を保ちながら走行を成すことが出来る。『三毒史』はそんなアルバムなのだと想って。林檎は初期の虐待グリコゲンの頃からセッション・ケミストリーの人。最高に化学反応できる素材を手に入れたことで最高のエクスプロージョンが『三毒史』に結実したのだと感じ入りました。