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欲望の資本主義 欲望の貨幣論2019 前編 書き起こし

それ自体なんの価値もないものが世にあるすべての商品と交換可能な価値を持つ
無から有が生まれる 貨幣の神秘がここにある -岩井克人

夜の東京に新たな貨幣の夢が沸き上がっていた

「ワクワクしています 世界からたくさんのパートナーや友人が来てくれていますね 未来への扉を開きましょう」

その名は仮想通貨 夢は正夢か それとも…

(TEAMZブロックチェーンサミット)
未来を信じて人々は賭けに出る だが… 

(コインチェック不正流出事件)
「大変申し訳ありませんでした」

580億円相当 奪われる
人々の夢をあっという間に消し去るような事件も生まれた

熱狂と、落胆と 今、人々の想いを載せたバーチャルな通貨が世界を駆け巡る
さらに巷で進むキャッシュレス化 現金が消えるとも言われる時代に果たして貨幣はどうなるのか?

半世紀以上もの間貨幣の謎に挑み続けてきた一人の研究者がいる

岩井克人「この3年間数式の計算ばかりしているんですけれども、今やっていることは誰も読んでくれないと思いますけどでも一応私がまぁ数学がきちんとできる間にちゃんと書き残しておきたい」

岩井克人(東京大学名誉教授、国際基督教大学特別客員教授:著書に『ヴェニスの商人の資本論』『貨幣論』『会社はこれからどうなるのか』『経済学の宇宙』など)、日本を代表する経済学者だ。

貨幣・市場・会社…様々な経済現象を読み解き、資本主義が抱える矛盾に迫ってきた。

岩井「資本主義経済は純粋化するほど不安定になる。(実は)不純物があることで経済が安定している」

やめられない、止まらない。欲望が欲望を生む、欲望の資本主義。欲望の象徴である貨幣とは何か。その価値の根拠はどこにあるのか?

ジャン・ティロール(フランスの経済学者)「私は恐らく(仮想通貨は)『成功しない』と思います」

トーマス・セドラチェク(CSOB銀行チーフストラテジスト/チェコの経済学者)「お金を貯めることに執着してしまう」

カビール・セガール(米国の電子決済サービス企業戦略担当)「あなたはお金を使っているつもりでお金に使われているんだ」

ユヴァル・ノア・ハラリ(イスラエルの歴史学者)やマルクス・ガブリエル(ドイツの哲学者)といった世界の知性たちの未公開映像も交え、貨幣の本質に迫る100分。

岩井「貨幣を自由放任すると資本主義そのものが破壊されてしまう」

欲望の資本主義特別編 欲望の貨幣論2019 前編

第1章:仮想の夢が世界を駆ける

チャールズ・ホスキンソン(アメリカの仮想通貨開発者/数学者):香港拠点のブロックチェーン研究機関CEO3つの仮想通貨の立ち上げに関わる
「中央集権型システムから分散型システムに移行して世界中に広がる 世界が一つになるんだ」

新たな仮想通貨を開発した天才数学者が国境を超える市場の夢を語る

チャールズ「ビットコインは全世界に教えてくれました。お金というものは必ずしも政府や法皇や一流銀行から与えられるものではない、自分たちで決められるのだとね。今のシステムが気に入らない?新しく作ればいいのです。

世界で30億人がクレジットカードが持てず、保険にも入れず、事業の資金を得られていない。新たなエコシステムでは彼らを全員同じ土俵に立たせ、ビル・ゲイツやジェフ・ベゾスと同じ市場へと人類史上初めてアクセスできるようになります」

暗号資産、いわゆる仮想通貨は、ネットワーク上で取引され、新たな貨幣の期待がかかる存在。取引には形ある物体は必要ない。コンピューター上のコピーが可能なデジタルデータが担う。その数字がお金と同じ役割を果たす。

岩井「1万円札、500円玉をお金として使う時には私が500円玉をもって支払いに使って人に渡すと元使った500円玉は私の手元に残っていない。他の場合は人に渡るとモノ自身が渡ってしまう。僕はビットコインは数字なんで数字は誰かに渡しても数字自身は私は記憶しているコピーしている、だから私は二重に支払えるという問題。二重支払い問題をいかに防ぐか。ビットコインを始めとして数字をお金として使うことの最大の問題。」

この難問を解決する技術は意外な形で広まった。2008年、あのリーマンショックの直後、サトシナカモトという謎の人物がネット上に公開したたった9ページの論文『ビットコイン:P2P電子通貨システム』、これが仮想の夢の始まりだ

仮想通貨による取引のデータを一定量まとめたものをブロックという。取引ごとにブロックが新しく追加されてチェーンのように連なる結果、未来永劫改竄できなくなる。つまり貨幣としての信頼性を担保するのは国家ではなくコンピューターによる複雑な計算だ。この採掘と呼ばれる計算の競争にインターネット上の多数の人々が参加している。

岩井「競争で、一番早く二重支払いでないとチェックした人がご褒美として新しいビットコインをもらえるという風になっていて、ここではですねお金が贋金じゃないかというチェックと、お金の新しい供給、これをも中央銀行・政府から奪って市場参加者の手に任せる。」

市場の参加者すべてが取引の証人

岩井「しかも任せるだけでなくて、市場参加者の自己利益追求、競争に勝てばビットコインがもらえる。ある面でアダム・スミスの市場の理論をお金にも応用した。ここがビットコインの面白い所で、徹底した自由放任主義」

人々の時効利益の追求が社会全体に富をもたらす -アダム・スミス

岩井「これはもう、アダム・スミスの”見えざる手”の働きをハイエクの貨幣非国有化論の助けを借りて、お金の発行にまで、お金のチェックにまで及ぼして、ある面純粋な自由放任主義の資本主義をつくろうとしたのがビットコインです」

仮想通貨=神の見えざる手?

フリードリヒ・フォン・ハイエク(1889~1992)

市場での自由と競争に最大の重きを置いた経済の巨人、ハイエク。彼は『通貨自由化論(1976年)』などで通貨にさえ自由な競争をさせるべきだと主張し、国家が持つ貨幣の特権性を批判した。ハイエクの理論は仮想通貨出現を予言していたとも言われる。

チャールズ・ホスキンソン「国家の介入なしに競争できる夢の時代が到来したのです。今は円やドルやユーロでモノやサービスのかちを測っています。しかし今後は資産価値で考えるようになるのです。

通貨・金銀・商品・土地・労働力・知的財産・航空会社のマイレージなど価値を持ち得るものなら何でもいいのです。まさにハイエクが求めていた世界そのものです」

人々の欲望と共に形を変えてきた貨幣、仮想通貨は未来の貨幣足りえるのか?

ジャン・ティロール(フランスの経済学者:各国の政策に影響を与える知の巨人 市場の力と規制の分析でノーベル賞)「『仮想通貨が成功するか否か』経済学者にとって予測は難しいですが、私はおそらく『成功しない』と思います。」

ノーベル経済学賞を受賞したヨーロッパの知性が仮想通貨をめぐる混乱を読み解く。

ジャン・ティロール「仮想通貨は純粋にバブルなのです。資産価格のバブルです。もし明日みんながビットコインを信用しなくなったらビットコインの価値は0になるのです」

仮想通貨はバブル?

ジャン・ティロール「もう一つは『役に立つか』ですね。私の考えでは仮想通貨は社会の役に立たないと思います。ベネズエラのような経済が混乱している国を除いてね。日本・アメリカ・ヨーロッパのような社会にとっては全くの無駄だと思います。

一つ目の理由はマネーロンダリングに利用される危険性があるためです。脱税や違法貿易などに利用される可能性もあります。」

安田洋祐(大阪大学准教授)「I see」

ジャン・ティロール「2つ目は通貨を発行する中央銀行のシニョレッジ(通貨発行益)の問題です。各国の中央銀行は通貨の発行益を得ています。それは公共部門の収益となります。しかし民間が仮想通貨を発行しても当然中央銀行の利益は生まれません。

最後の理由は金融政策を破壊する危険性があるためです。2008年の世界金融危機の後、世界はとてつもない不況にさらされました。当時各国の中央銀行が通貨を大量に発行して市場に流動性をもたらしました。ドルやユーロを発行したわけですね。もし再び同じような危機に襲われた時、仮想通貨では金融政策が働かないでしょう。」

仮想通貨は実効性のない「夢」か?

岩井「2016年あたりまではビットコイン私はひょっとしたら貨幣に成るかとは思ってましたけど今完全に貨幣になる可能性はゼロです。その理由ってのは非常に単純でその頃からビットコインは値段がどんどん上がって投機資産になったから。

ビットコインが一旦投機として使われるようになると、しかも値上がりすると思って使うようになると、誰もビットコインをお金として使わないのでそこでビットコインはお金になる可能性は消えてしまう。」

使われないお金はお金でない?

貨幣をめぐる問いは深い迷宮への入り口。

岩井「我々が生きている資本主義というのはその背後に貨幣があって、そして資本主義というのは蓄積ですから、蓄積するためには利潤を生まなければならない。利益というのは引き算。」

収入ー費用=利益

岩井「単純にこの原理で動いている、すべてのものをお金で評価して一元化して、そしてすべてのものを引き算で計算してプラスだったらゴー、マイナスだったら撤退。これはどんな文明でもどんな文化でもどんな人類の人でも理解できる最も単純な原理。ということで必然的にグローバル化する」

やめられない、とめられない。世界を覆う数字のゲーム。

第2章 なぜ貨幣は貨幣なのか?

モノとモノとの交換の手段として生まれたとされる貨幣。だがいつからか人々は貨幣そのものを欲望するようになった。

カビール・セガール(アメリカ・電子決済サービス企業戦略担当:元投資銀行新興市場部門ヴァイス・プレジデント 大統領選のスピーチライターも務めた 著書『貨幣の「新」世界史』)
「あなたが何かを買う時、欲望が何かを手に入れたいとサインを出している。」

ウォール街で日々10億円のマネーを動かしてきた元銀行マンが貨幣の魔力を語る

カビール・セガール「お金という言葉を聞くだけで体に電流が走り反応してしまうのだ。冷静な感覚でいられなくなる。いつもおカネや欲望が頭の中にあるとしたら、あなたの脳は絶えず思考回路をつなぎ変えていることになる。あなたはお金を使っているつもりでお金に使われているんだ。人生を左右してしまうほどの強い力だよ」

岩井「これは古代ギリシャで流通したドラクマ金貨の模造品です。紀元前六世紀、この金貨がお金として使われるのはそれは多くの人が価値を与え価値を見出す多くの人が欲しがっている貴重な品物だから。『お金はそれ自身が基調で非常に価値を持つ。だからお金として流通する』という考えかた。これは経済学では『貨幣商品説』」

2600年前の欲望の象徴。貨幣の価値の根拠はそのもの自体の価値に宿るのか?名付けて貨幣商品説。

岩井「それが昔は信じられた。ただ、実はこの貨幣商品説はとんでもない間違いです。

どういうことかというとこの1ドラクマが金として2ドラクマの価値があるとしたらどうなる?つまり貨幣の価値よりも貨幣のモノとしての価値の方が高いとどうなるか。答えは簡単、みんなこの金ドラクマを溶かして装飾品にして自分の身を飾ったり宗教的な儀式にして祭壇に飾ったりすると。誰も金貨を1ドラクマの価値を持つ商品と交換に使うことは絶対にしない。

つまりお金としては絶対に使わない。」

貨幣の必要条件:モノとしての価値<お金としての価値

岩井「今だったら貨幣商品説を信じている人はいません。この500円玉は金属としては単なるニッケルと混じった銅の欠片。製造費用としても50円もかからない。ところがお金としては500円の価値として流通する。50円が500円になる。無から有が生まれている。」

無から有が生まれる貨幣の魔法

岩井「そしてすぐ反論がある。「政府や主要銀行が管理しているからこれは500円玉として価値を持つ」。こういう考え方あると思います。これは貨幣商品説に対抗する『貨幣法制説』」

確かに日本の紙幣は日本銀行券と呼ばれるくらいだ。貨幣は政府や王様の裏付けがあるから価値がある。貨幣法制説。これこそ答えなのか。

岩井「今ではこれは通説です。ただ、貨幣論から言えばこれも間違いです。」

だが、国家などの裏付けなしにお金が流通したことがあったのだろうか?

岩井「これは1741年に発行されたマリア・テレジア銀貨。マリア・テレジアは当時のオーストリア・ハンガリー帝国の女帝。ただ驚くことはこのマリア・テレジア銀貨はその後オーストリア・ハンガリー帝国を越えてまずヨーロッパで使われ、さらにはアメリカで使われ、中近東で使われ、東アフリカで使われ、230年後まで、エチオピアのカファ地方(コーヒーの原産地)で1970年代まで貨幣として流通した。

つまりこれはお金がお金として流通するためには国や君主の定めも必要ないということの歴史的証拠

ということで問題が振出しに戻った。これが500円の価値を持つのはモノとして500円の価値があるからでもない、国が定めているからでもない。じゃあこれは何故価値があるのかという問いが出てくる」

貨幣の価値の根拠はどこに?謎は深まるばかり…

第3章 根拠なき錯覚

岩井克人「お金っていうのはよくよく考えてみると本質的に投機」

お金のやり取り=投機的行為?

岩井「日々、私たちはお金を使う時投機だと考えていない。特に500円玉なんかそうです。日常何気なく使っている。でもこれは最も深いところで考えてみると実はこれは投機をしているんだと。

じゃあ投機とは何か。私たちがもし不動産に投機するっているのは、不動産を自分が使うためじゃなく他の人に売るために買うという事。これが投機」

「投機」=使うためではなく渡す(売る)ために手に入れること

岩井「この投機の定義に当てはめてみると、私が仕事をして給料として500円玉をもらう。これは500円玉を食べる為じゃないし、モノとして眺める為じゃなくて、この500円玉を何か他の人に渡すために今手に入れた。そういう風に考えるとこれはこの世の中に存在する最も純粋な投機」

貨幣=もっとも純粋な投機

岩井「何故純粋かというと、例えば不動産だったら土地があったり家があったりして転売できなくても自分で使ったり他の人に貸したりできる、(不動産は)実態として少し役に立つ。お金の場合は定義上まったく役に立たない。

私たちは日々何気なくお金を使っている。投機なんか関係ないと思っているけれど、実は他の人が受け取ってくれるという事に賭けて生きている。そういう意味でお金というのは純粋な投機なんですね。」

モノとしてはなんの役にも立たないお金。何故安心して受け取り、また渡せるのか?

フェリックス・マーティン(英国・ファンドマネージャー:貨幣の本質を歴史的に解読 著書『21世紀の貨幣論』で注目)
「円の調子がいいね。新興国の通貨の動きは要チェックだ。」

ロンドンの金融市場で日々世界のマーケットと格闘する男が、仮想通貨に隠された人々の真理を読み解く

フェリックス「いったいなぜ仮想通貨はこれほど人気なのでしょう?これは『ロックの貨幣観』への皮肉な回帰だと思います」

イギリスの哲学者 ジョン・ロック(1632~1704)、『社会契約説』でおなじみのあの男だ
人々が生命・自由・財産を守るなどの権利を確かにするため契約を結ぶ相手が国家だとロックは考えた。貨幣についても契約に基づく厳密なルールを作るべきだとした。

フェリックス「ロックの貨幣観とはこうでした。『貨幣システムは厳密且つシンプルなルールに従うべきだ』。そこでは円でもポンドでも通貨の発行量は中央銀行金庫にある金(ゴールド)の量に依存するべしと。そこに『柔軟性は不要だ』とロックは主張したのです。」

中央銀行にある金(ゴールド)の量=世の中の貨幣の量であるべき

ロックは中央銀行の政策決定者の考えで貨幣の価値や流通量を管理するのを間違っていると主張した。金の裏付けは人よりも信用できる、そういうことだ。

フェリックス「もちろんロックだけを非難するのは不公平ですがロックの貨幣観は知らぬ間に私たちに染み付いているのです。彼が行っていたことは非常にありふれた本能を用いることでした。その本能とは『貨幣』とは人々の間の取り決めではなく、物理的なモノだと簡単に間違えることです。」

「貨幣はモノ」と錯覚する 人間の本能?

フェリックス「実は仮想通貨も同じです。今人気のビットコインなどの仮想通貨で特徴的なのはとても厳しい基準があることです。発行されるコインの数に厳格な上限が決められているのです。」

ビットコイン 発行量の上限=2,100万BTC

自由に発行してよいはずの仮想通貨、しかし開発者たちは発行量の上限を決めた。

フェリックス「これはある意味で金本位制よりも厳しい基準ですから、経済成長や不平等の拡大には対応できないお金でしょうね。一国の通貨にはなり得ないと私が思う理由の一つです。」

総発行量を定めた仮想通貨、根拠を求めること自体が心の罠なのか

フェリックス「今ではほとんどの国の貨幣制度がロックの概念に沿って運用されていません。1971年以降、ほとんどの経済先進国が不換紙幣制度を採用しているからです。理論的に今の貨幣制度には柔軟性があります。」

1971年 金ドル交換停止 変動相場制へ。ロックからの解放!

フェリックス「それ以来、貨幣制度を管理するために様々な対象にあらゆる規則が使われて金融政策が比較的柔軟な国では2008年以来の異常な経済状態の中で貨幣制度において初めて試すような実験的政策がとられました。

もし人々が現在の貨幣制度を信用しなくなったり、『中央銀行の働きが破綻している』『不平等を広げているだけだ』『インフレを加速しすぎだ』とか『インフレが起こらないじゃないか』と言い出すとロックが主張する厳格な貨幣制度に戻る可能性は高いのではないかと思います。

政府によってコントロールされている通貨を人々は信用しなくなり、安定して実態のあるモノを求めるでしょう。

しかしながらお金はモノではありません。実際には『債権関係』なのです。」

マネーの本質は『信用の関係』

フェリックス「たとえば財布の中の10ポンド札や1万円札は何を意味するのでしょう。これは私の帳簿には『資産』と記されていますが、信用を担保する側の帳簿には『負債』と記されています。

つまり銀行預金の場合は民間銀行が、紙幣の場合は中央銀行がお金の価値を担保しているのです。」

1万円の貯金=1万円分銀行に貸しがある

お金は「モノ」じゃない お金は「債権」?

フェリックス「『お金はモノだ』という取り違えは人々のお金の扱い方や政策立案者の考えにも影響します。貨幣の発明以来、人類はこの混乱を生きてきたのです」

繰り返されるロックの呪い。根拠なき投機だからこそ、貨幣は人から人へと渡るはずなのに。貨幣はいかにして貨幣足りえるか。そこには様々な男たちが挑んできた歴史がある。

第4章 「命がけの跳躍」を越えて

母国チェコで社会主義を経験、異端の経済学者が挑む「価値」の謎

トーマス・セドラチェク(CSOB銀行チーフストラテジスト/経済学者・チェコ:大統領の経済アドバイザーも務めた異端の奇才 著書『善と悪の経済学』)
「『タデ食う虫も好き好き』と言うように『価格』は分かりやすいが『価値』というのは謎だ…。

そもそも『取り引き』というのは不思議だよね。

ペンをあなたに売るとする。当然、金額の同意が必要だよね。私が10で売りたいのにあなたが9しか出さないなら成立しない。『価格』には正確な同意が必要だ。

だがこの時、お互いが商品に見出す(使用)『価値』には差がないといけない。売り手はペンの『価値』が『価格』よりも低くないと売らないよね。一方買い手にとってはペンの『価値』が『価格』より高いから買うわけだよね。

お金によって『価格』を比べることができるようになる。それは順序付けることができるということだ。でも『価値』は…例えばトマトよりリンゴが『どれくらい』好きかを測ることはできない。

リンゴの方がトマトより2倍好き?4倍好き?100倍好き?あなたの父親よりも母親が好きか?父親と母親の『価値』を比べることなんてできないよね。」

順序付けられないもの 順序付けられるもの なぜ交換できる?

セドラチェク「『価値』は主観的、『価格』は客観的だ。人々は『価値と価格の関係』を理解しようとずっともがいてきた。このダイナミクスについて明快に答えるのは…困難だ。」

市場をめぐる、貨幣の謎 その謎と格闘した男がいた。

岩井「貨幣というのは非常に不思議なものだマルクスは『形而上学的な不思議さに満ち満ちた存在』とまで言っています」

資本主義と闘った男 カール・マルクス(1818~1883)

資本主義の構造を分析し痛烈に批判したカール・マルクス。実はマルクスも貨幣の謎には手を焼いていた。

岩井「『お金には物と同じように実体的な価値がある』。それをマルクスは労働価値説で説明しようとしている。すべてのモノの価値は究極的には労働価値で決定できるという考えなので、彼の頭の中からはお金は純粋に投機であるという理論は絶対に出てこない」

『人間の労働こそが価値を生む』そう信じたかったマルクスは、貨幣の価値の根拠も労働によって説明しようと試みた。

2つのモノの価値が一緒であるとはどういうことか。それはそれぞれを生み出すのに投入された労働の総量がイコールであるということだ。例えば小麦と鉄の交換でも、それぞれの背後にある等しい量の労働が可能にしている。では貨幣と小麦を交換できるとはどういうことか?貨幣の価値もまた労働によって裏付けられるに違いない。

岩井「マルクスはそこで『お金は金という商品』で、その金という商品の価値は金山銀山で働く金山労働者の労働の価値で決定できるのだと最終的に言ってしまう。

マルクスの『価値形態論』は商品と貨幣を区別できなかった。

資本主義社会におけるすべての商品は実は価値は社会的に決まる」

『モノの価値は社会が決める』…お金の価値は?

岩井「この500円玉が価値があると思っているのは私でなくて他の人、みなさんがこれを500円の価値として受け入れてくれるから。つまりお金のお金としての価値は私が決めるのではなくて他人が決める。他人が決めるのではなくて社会が決めるといった方がもっとよろしい。お金の価値というのは社会が決める。社会が価値を与える。」

『お金の価値も社会が決める』

岩井「お金の価値は社会が決めるっていう考え方は、実はマルクスの価値形態の貨幣論の到達点であると同時に限界点。」

貨幣の価値は社会が決める。マルクスの議論はここで終わっている。岩井はマルクスの『資本論』を批判的に読みながら、マルクスが見逃した貨幣の本質に気が付いた。

岩井克人『貨幣論』(1993年)

岩井「私はこれ500円の価値があると。他の人が受け取ってくれると思っているから受け取る。これは永遠に続く。

誰もが、他の人がお金として受け取ってくれるからお金として受け取るという、『自己循環論法』によってのみ価値が支えられている。これが貨幣に対する最も基本的な命題」

辿り着いた貨幣の理論。貨幣の価値は無根拠なのだ。だが、無根拠だからこそ、価値がある。

岩井「マルクスは貨幣の自己循環論法をミスしたことによって貨幣経済の持っている本当の意味での不安定性にまだ到達しなかったというように想っています。」

マルクスは商品が貨幣に交換されるプロセスを、命がけの跳躍と呼んだ。その言葉でしか交換の神秘を顕すことが出来なかったのか。
岩井は自らの貨幣論のあとがきで、こう書いている。

『貨幣にもし本質があるとしたならば、それは貨幣には本質がないという事なのである』

岩井「お金というのは人々が受け入れてくれるからと、先ほど言った自己循環論法の働きの産物ということからみれば、今お金がどんどん電子化、デジタル化、記号化、数値化しているというのは、ごく自然の流れ。貨幣というものがモノを必要としない存在であるという事が、誰の目にもわかるようになってきたという事だと思っています。」

貝殻、小麦、石貨、銀貨…
本質なき貨幣、それは歴史が証明する。人から人に渡ることで貨幣になる。根拠なき噂話が本当の話と言い伝えられるように。

第5章 幻想の貨幣愛

太陽の光を受けて光り輝く月 貨幣をあの月になぞらえて語る男がいた

奇しくもマルクスが亡くなった年に生まれたあのJ・M・ケインズ(1883~1946)だ。

『みな、月を欲するのだ 月を欲するため、必要が生まれるのだ。欲望の対象、すなわち貨幣。それを産むことが出来ず、欲しがる心を抑えられないのならば、失業の問題など、解消できない』

人はいつも手の届かないものの憧れに囚われてしまう。

カビール・セガール(米・電子決済サービス企業戦略担当)「ウォール街ではいつも人は『もっと』を求める。その元にあるのは不確実な未来への備えだよね。持つお金が多ければ多いほどより未来は安心だと感じる。それで…人は時々過剰に安心を求めてしまう。そして人々が貯蓄に走ると社会に恐慌が起きる。私たちは恐怖と欲望からできている。だから『もっともっと』となってしまうんだ」

不安ゆえの「もっと」

人々も、国家も、いつの間にか富をめぐるレースに駆り出されている社会 どこにもないゴールに向かって

岩井「お金というのは純粋な投機なんで普通は大丈夫なんですけど何かのきっかけで、モノよりもお金が欲しくなる。それがデフレを生んで不況になり恐慌になる。」

モノへの欲望<お金への欲望 → デフレ

岩井「また、人々がお金に対して信頼をちょっとでも失うと、お金の枚数なんか関係なくて、お金を素早く手放そうとしてインフレになる」

モノへの欲望>>お金への欲望 → ハイパーインンフレ 貨幣価値↓

岩井「我々が生きている資本主義はお金を基礎としている。お金が純粋投機だという事で実は潜在的にものすごく不安定。ケインズ理論のエッセンスはそこなんです。」

第二次大戦の前夜、世界大恐慌(1929年)の時代。国家が積極的にお金を使い、失業を減らす処方箋『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)によって危機を救ったケインズ。人々の心の奥底に眠る貨幣への欲望、ケインズの理論を支えていたのは大衆心理への洞察だった。

岩井「世の中が不安だと具体的なものを持つよりは可能性を貯めておいた方がいい。これはケインズの『流動性選好』。だから人々は不安になると色んなものを手に入れる手段であるお金の方を好んでしまい、溜め込んでしまう」

流動性=何とでも交換できる貨幣の性質 ケインズが初めて提唱した貨幣の性質

流動性選好、たとえ利子を生まなくても、人は貨幣を好んで貯蓄する。いつも可能性を欲する人々の欲望をケインズは見抜いた。

岩井「何が起こるかというと、お金を貯めこむことはモノを買わない事なので、不況になってしまう。」

人は未来の可能性に備えたい=不況の原因?

トーマス・セドラチェク「ケインズ以前はマネーは単に交換のための『道具』とみなされていた。だがケインズはマネーの交換以上の機能に気が付いた。つまりそれ自体が欲望の対象物なんだ。お金自体が価値を持ち、そのうちに貯金することが目的化していく。

人は流動性選好のせいでお金を貯めてしまう。それゆえにお金が効率的に回らず、経済に大問題が生じることがあるのだ。」

使うためのお金が、貯めるためのお金に。無限の可能性をお金に託して。いつしか人はお金の奴隷になる。この空恐ろしい真実に古代から気付いていた男がいた。


by wavesll | 2019-10-08 21:55 | 書評 | Comments(0)
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