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ありえたかもしれなかった10年代と、生起した10年代の邦楽極私的Scene


もう週末には師走。Twitterでは10年代BestAlbumなんかも語られていて。

私もぼんやり昼間、”10年代の風景って相対性理論を聴いてげんしけん読んでって感じだったなぁ”なんて想ったのですが、『シフォン主義』は2008年のアルバムで、『げんしけん』は2002年から2006年の連載(『げんしけん二代目』は2010年から2016年)でした。

こういう文化の感覚と現実のディケイドのズレに関しては
という記事でも取り扱ったのですが、どうも自分は主に日本での文化において〇〇年代という潮流は5年過ぎたあたりから始まっている感覚を得ています。上の「ゼロ年代邦楽ベスト」では「ゼロ年代らしいバンド」として相対性理論を入れるか銀杏BOYZを入れるかで迷って後者を入れたのですが、それは相対性理論は私にとって次代(05-15)のアーティストという感触があったからかもしれません。

さて、Youtubeによって過去の音楽と現在の音楽は並列され、TVの音楽番組は懐メロ頼りだったところから一つ抜けて、サブスクリプションの力もあって新譜が本当に聴きやすくなったり、音としても新しい時代に入ってきた15年前後以降、にもかかわらず邦楽に関しては私は以前から見知っているアーティストを聴くことが多かったように想います(今頃になってPeople In the Boxとか知って”おおお…!”と想ったり)


そんな10年代の音楽体験の音楽体験で私の中で大きな位置を占めたのはノイズミュージックでした。DOMMUNEの影響何かも大きくて、特に2015年辺りはノイズシーンが(私など局所的に)盛り上がっていたように想います。
そんな潮流を思い返す中で”そうだ、銀杏BOYZってノイズアルバム出してたよなぁ”と

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ライヴアルバム『BEACH』とフルアルバム『光のなかに立っていてね』。この作品を作るためのとてつもない長時間の軋轢がバンドを瓦解させてしまうほどの傷を残し、正直近年まで峯田にその後遺症は残っていたように想います。『DOOR』『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』でまさに邦ロックキッズにとっての魂の代弁者となった峯田にとっての10年代はこのアルバムを生み、そして創を再生させていったディケイドであったと想います。

そしてそれは相対性理論においても、クリエイティヴの主導権争いからかの真部脱退から、どんどんライヴの精密さを高めながら音源では抜きをやる一種の戦いの日々だったなと。まぁアーティストで闘っていない者などいないとは想いますが。

ただ残念なのは、銀杏のこの2枚のアルバムは当時オーディエンスに受け入れられなかったこと。あまりにその前の2作とは音の塊が異なったというか、前の2作的なものを期待していた人には苦痛ともいえるサウンドだったようにも想います。個人的にも”ノイズやるのは丁度コアな時代とリンクしてて面白いけれど、なんというか聞いていて苦しいものがある”なんて想ったものでした。

けれど今、ある程度距離感を以てフラットな耳で聞いてみると、『BEACH』のライヴツアーでもんどりうってノイズにまみれた明けないトンネルが、『光のなかに~』において開いて抜けていったようにも感じて。当時峯田は”パチンコ屋のような日常のノイズをやりたい”というようなことをインタビューで語っていたように想いますが、ノイズとキラキラポワポワした音はスーパー玉出のネオンのようでした。

結果として、ノイズミュージックがメジャーシーンでかけめぐることもなく、アンダーグラウンドでの灯であり続けるのは、残念な気もありつつ、それがノイズという音楽の有り様なのかもなんても想いました。題名のない音楽会で大友良英さんが出た時も、ギャグにしながらのノイズ音楽紹介でしたし、あれをみたときに”そうかぁ”と想ったものでした。

音楽的な冒険が、前作と同じ路線の強化版を望むファンに受け入れられなかったのはオザケンもそうで。いわゆる渋谷系時期からNYに行き『Eclectic』を出したときは、オザケンナイトで旧来のファンからは”低音でかすぎ”とか言われていたのを覚えています。そこからさらに『毎日の環境学』に行った時は、私はオザケンを新譜をリアルタイムで買ったのはあの時が初でしたが、大変肩透かしを食らった感慨がありました。

けれど、そこから10年。tbsラジオLIFEなんかであの音楽がかかっているのを聴いていると段々身体に馴染んできて。そしてcero『Obscure Ride』によって『エクレク』が再発見された後は、”どんどん鋭く新規領域を冒険するオザケンの次の一手はなんだろう”と想っていたところにここ1, 2年の活動復帰を経ての『So kakkoii 宇宙』には”確かにこれはみんなが期待するオザケンだけど、俺は全く知らない境地に行く理解できないオザケンの新譜が欲しかったな”なんても想ったりしました。


相対性理論にしろ、銀杏にしろ、オザケンにしろ、或いは森は生きているにせよ、あの時にみていた”先”とは違うあの頃の未来を迎えて。サヴァイヴしていくってそういうことだなと思いながら、私自身はそんな”ありえたかもしれなかった未来”を聴究するのもありかもしれないな、なんて想います。

さて、冒頭に相対性理論とげんしけんと書きましたが、10年代はヲタク的なカルチャーが多分野にどんどん侵食していった十年間でもありました。

アイドル、ボカロ、アニメ。

アイドルに関しては
という記事を書きました。個人的にはアイドルブームは「あまちゃん」のあの2人でピークを迎えたとみていたのですが、その後もWACKやZOC、代代代など気炎を吐き続け、今もシーンの火は絶えていないどころか、かつて邦ロックが担っていた若者がもてあます体力と激情を叩きつけるラウド・サウンドな存在になってきたりしていますね。

またボカロというかニコ動出身のアーティストではDAOKOや米津玄師, ヒトリエなんかが頭角を現して。


DAOKOはdaoko時代からずっと追っているのですが、最近の報せをみると、また活動が純化していっているように想います。

また米津玄師は鳴門に行った時大塚国際美術館で彼の画をみたり、VIVA LA ROCKでパプリカがかかりまくったり、まさに菊地成孔のいうところの「ポップとは意識しなくても耳に入ってくる音楽だ」という感覚が当てはまります。



またwowakaさんは大変残念なことになりました。バンドとしても、この後の展開はどうなるのだろうか。フジファブリックのようにさらに歌い継ぐことになるのかな…。


世界的にはラップミュージック、EDMの興亡が10年代の流れだったようにも想いますが、日本ではロック、ボカロ、アイドル、EDM、それとヒップホップとKPOP辺りが流れだったなぁと想います。あとはアニソンもバカにならない勢力に。




そんな中で日本歌謡シーンのど真ん中でありながら、私の耳のど真ん中に魔球を投げ込んだ椎名林檎や、中村佳穂のような超新星等、改めて今まさに時代のブラフマーとアートマンが共鳴する出来事もあり10年代、特に後半になるにつれてどんどん面白い騒ぎになっているなと。TOKYO2020が過ぎてもこの焔が燃え盛って欲しいなぁと想うところです。


ちなみに”こいつ全然10年代をキャッチアップ出来てないじゃないか”とお思いの方も多いかと想います。

本当の意味で10年代らしい流れが出てくるのは2015年からだと私も想うので、邦楽に限らない年間Best記事を15~18年の分を載せておきます。

テン年代、つまり25-35才のリスニング個人史って私には「2周目をどう過ごすか」でした。いわゆる邦ロックにがっつり嵌ってた一周目のエモい爆走から、2周目は如何にフレッシュな新雪鉱脈をDigり当てるか。それでワールド行ったりフィーレコ行ったり。特に後期はJ-POPというより民謡などの土着邦楽を追った5年間だったかもしれません。










by wavesll | 2019-11-30 00:41 | Sound Gem | Comments(0)
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