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コートールド美術館展 夢幻の印象派

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夏の終わりからやっていて、”寒くなったら、そうだな、11月になったら行こう”と想っていた東京都美術館のコートールド美術館展、ようやく観に行くことが出来ました。

その始まりは日本趣味から。ジェームズ・アボット・マクニール・ホイッスラー≪少女と桜≫は薄布を纏った少女が桜を活けている画。”まるで日本の様だ”と描かれたフィンセント・ファン・ゴッホ≪花咲く桃の木々≫は点描が流れを作って花の表現が見事で。クロード・モネ≪アンティーブ≫は一本松の様なアンティーブがパステルの遠景の眼前に生え伸びて。クロード・モネ≪花瓶≫はEl Buho的。

コートールド氏のコレクションの一角を成すのはセザンヌ。ポール・セザンヌ≪アヌシー湖≫はまるでポリゴンのよう。ポール・セザンヌ≪ノルマンディーの農場、夏(アッタンヴィル)≫の塗られる緑。ポール・セザンヌ≪大きな松のあるサンント=ヴィクトワール山≫はまるで表層の奥にある山のイデアを削り出したような。

そして序盤の目玉がポール・セザンヌ≪カード遊びをする人々≫。セザンヌはこの主題で幾枚も書いていますが、2人がトランプで対峙するこの画、パースもおかしいし、机も傾いているけれど、それが二人の間の勝負の流れ、空気を描き出していて。ずっとみていられる奥深い壱枚。

恐らくその片方の人物を描いたポール・セザンヌ≪パイプをくわえた男≫はきっとぶっきらぼうだけど優しい昔ながらの人なんだろうなぁと。そしてコートールド氏にとっての最初のセザンヌであるポール・セザンヌ≪キューピッドの石膏像のある静物≫はテーブルクロスといい、空間の歪みにクラクラする逸品でした。

今回の展覧会はセザンヌの手紙などの資料展示も多かったのですが、コートールド氏が絵を手に入れた資料として『領収書:エドゥアール・マネ≪フォリー=ベルジェールのバー≫、タンホイザー画廊、ルツェルン、1926年3月25日購入、110,000ドル』なんてのもありました。

さて、1F会場に上がり、先ず出迎えるのがウジェーヌ・ブーダン≪トゥルーヴィルの浜辺≫。まるで植田正治の写真のように劇的な配置で過ごす人々を切り取った作品。カッコよかった。

エドゥアール・マネ≪アルジャントゥイユのセーヌ河岸≫は水の表現が素晴らしい。まるで最新型のCGをみているようなゆらめく煌めき。

そしてクロード・モネ≪秋の効果、アルジャントゥイユ≫の黄葉の輝き!これは直に近くでみないとわからない魅力の閃光!

印象派の時代はもう私も幾つもの展覧会を通して繰り返しみてきましたが、パリという都市が交通網と共に発展することで絵画の世界も進化していった時代で。SLが画かれるカミーユ・ピサロ≪ロードシップ・レーン駅、ダリッジ≫なんかもそれを顕す一枚。カミーユ・ピサロ≪ラファイエット広場、ルーアン≫も都市の発展の一風景。

ポール・シニャック≪サン=トロペ≫は今でいうとシシヤマザキなんかにも連なっていく”あの感覚”の出始めなんじゃないかなぁ。

そしてアンリ・ルソー≪税関≫は柔らかくモサっとしたファンタジックな緑の光景がなんとも、なんとも印象的でした。

またピエール=オーギュスト・ルノワール≪春、シャトゥー≫の透明な輝きは岩井俊二の映画の様で。一方でピエール=オーギュスト・ルノワール≪ポン=タヴェンの郊外≫は爛熟する赤紫の風景が画かれて。

コートールド氏初のフランス絵画コレクションとなったピエール=オーギュスト・ルノワール≪靴ひもを結ぶ少女≫はなんとも幸せそうな肉付きのよさ。72歳から始めたという彫刻作品でピエール=オーギュスト・ルノワール≪洗濯する女(小)≫というのもありました。

そしてピエール=オーギュスト・ルノワール≪桟敷席≫。着飾った男女はいかしたヒップスターのコンビといった様相。このコーナーには他にも劇場の桟敷席に集う女性たちを描いた資料が展示してあり、E.ジャッケル「ベル・ド・ジュール、ベル・ド・ニュイ」なんかはギラっとした目が魅力的でした。「大劇場の桟敷席と典型的な人々」もそうですが、彼らは観客でありながら同時に”みられる人”でもあったのですね。

エドガー・ドガ≪舞台上の二人の踊り子≫。仄暗い舞台で今まさに二人で気脈を通じ合って踊ろうとする少女たちの姿。エドガー・ドガ≪踊り始めようとする踊り子≫というブロンズ彫刻もありました。ドガが彫刻は生前1作品しか発表しませんでしたがアトリエには150作品ほどあったそうです。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック≪ジャヌ・アヴリル、ムーラン・ルージュの入口にて≫当時20歳くらいのラ・メリニト(爆薬)といわれた彼女を大幅に老け込んで描いて。内面の孤独が伝わってくるよう。娼婦を描いたアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック≪個室の中(『ラ・モール』にて)≫はまるで妖魔のようでした。

そしてエドゥアール・マネ≪草上の昼食≫プーキシン美術館展でも同じ主題の絵画をみましたが、こちらは背景を検討するためのラフ画で。その平面性なスタイルが逆にデザイン的でいい感じにも想えました。

そして…本展のカヴァー・ガール、エドゥアール・マネ≪フォリー=ベルジェールのバー≫。実際にあるフォリー・ベルジェールというヴェニューにて、空中ブランコなどが披露される中でバーコーナーで働くシェゾンという名のバーメイド。彼女はこちらをみつめているようで、少し目線をずらしていて、全体的にぽわーっとしていて。

背景の鏡には紳士や淑女と言った客たちが映り、けれど微妙に現実のリアルとは位相がずれていて。シェゾンの服の柔らかな質感と、喧騒の中でどこか虚ろな静寂が画には合って。

彼女は、サーカスも開かれるヴェニューのShowという虚の中でカラダも売りながら、どこか現実感を失い、夢と現がないまぜになった”仮の浮世”を生きているのではないか、そしてそんな鏡の世界には、此の画を見ている我々もオーディエンスの一人として内包されているのではないか…そんな想いに駆られました。

2Fへ。オノレ・ドーミエ≪ドン・キホーテとサンチョ・パンサ≫はジャコメッティのよう。エドガー・ドガ≪傘をさす女性≫の黒いシルエットには心の深層を感じて。ポール・セザンヌ≪曲がり道≫はまるで四角で風景を描いたような、抽象的な風景画に感じて。

ジョルジュ・スーラ≪クールブヴォワの橋≫は点描を始めたころの作品で、明度の鮮やかさはそこまででもなく寧ろ少し暗くなっているのですが、それが逆に特長的で良かった。その習作の方が明度は高かったです。

そしてゴーガン。ポール・ゴーガン≪干し草≫はコートールド氏初のゴーガンで、フランス、ル・ブルデュ近郊を描いた作品。こんなのもあるのか。ゴーガンの妻をモデルとしたポール・ゴーガン≪メットの肖像≫という彫刻作品も。

でもやっぱり凄かったのはタヒチの作品。ポール・ゴーガン≪ネヴァーモア≫は横たわり後ろの二人の声に意識を向ける裸体の少女が描かれて。ポール・ゴーガン≪テ・レリオア≫もそうですが、かの地の湿度と暗闇のなかの身体の温度が伝わってくる、生命の蠢動が画に込められていて。魅力的。

ピエール・ボナール≪室内の若い女≫にはヤンキー入ったお姉さんな妻・マルトが画かれて。

エドゥアール・ヴュイヤール≪屏風のある室内≫はテレビン油で画かれて、現代的でもありながら古代的な印象を与える一枚。

そしてアメデオ・モディリアーニ≪裸婦≫はいわゆるコッテコテのモディリアーニほど濃い味ではありませんがアフリカやオセアニア美術の影響も感じて。

シャイム・スーティン≪白いブラウスを着た若い女≫はまた感銘を受ける作品。大きく歪んだその顔には表現主義にも通じる人間の本質を、精神そのものを具現化しようという意志を感じました。

最後はロダンの彫刻群。オーギュスト・ロダン≪パ・ド・ドゥB≫、アルグ・モレノを彫ったオーギュスト・ロダン≪ムーヴマンA(拡大作)≫、オーギュスト・ロダン≪ニジンスキー≫とバレエをテーマにした作品たちと共に太田ひさを彫ったオーギュスト・ロダン≪花子≫なんて作品も。

なかなか熱の篭った展示で見応えがありました。来週で会期末なので、ぜひご興味のある方はご来訪を。

by wavesll | 2019-12-07 21:28 | 展覧会 | Comments(0)
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