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ゴッホ展@上野の森美術館 ハーグ派、印象派を経てGoghが辿り着いた域

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ゴッホ展に過日行ってきました。

《糸杉》に尽きて。この焔の流体のような、マテリアルとしての存在感。この蠢きは生ならでは。ハーグ派はゴッホのバックボーンを知るには有用だが地味で、印象派は最近みまくっていたがモンティセリを知れたのは収穫でした。

ゴッホはその画業の初期をオランダのハーグ派の画家たちとの関わりの中で行いました。

ハーグ派って暗めな画面構成なイメージでしたが、ゴッホが師事したアントン・マウフェの≪4頭の曳き馬≫≪雪の中の羊飼いと羊の群れ≫そして≪収穫≫はそこまで暗くなく、白い輝きをみせていました。

勿論、マテイス・マリス≪「デ・オールスプロング(水源)」オーステルベークの森の風景≫のように茶色が埋め尽くす作品もあったり。またゴッホがその技量を高く評価していたヨゼフ・イスラエルスはミレーやバルビゾン派から影響を受けた綺麗な≪縫い物をする若い女≫やゴッホと似た問題意識の≪貧しい人々の暮らし≫、そしてメタリックな≪エビをとる人≫と薄明を描いた≪漁師の女≫などが展示してありました。

そんな中ゴッホは農民画家としての画を重ねていきます。

≪耕す人≫と≪籠を編む農夫≫は青いシャツが印象的。≪若い農婦の頭部≫そして≪農婦の頭部≫というデ・フロート家のフロディーナを描いた絵は暗い厚塗りで迫力ある筆致で土と共に生きる人間の心を描いていて。

≪器と洋梨のある静物≫なんかは普通に上手いし、≪鳥の巣のある静物≫のテッカテカ感は生故の面白さ。夕光が美しい≪秋の夕暮れ≫や”ゴッホって建築も描いていたんだ”と想わされる≪中央駅からのアムステルダム風景≫なんてのもありました。

この≪中央駅~≫が画かれたのが1885年10月、そこからゴッホは1886年2月にパリに出てきて。1886年春に描かれた≪パリの屋根≫≪ブリュット=ファンの風車≫は比較的明るくて。そして厚塗りで色彩が塗りたくられる≪花瓶の花≫という作品も。

これらの変化に影響したのが印象派の画家たちの画との出会いでした。

コートールド美術館展ルノワールとパリに恋した12人の画家展で印象派の画家の作品をここ最近沢山体験してきたのですが、アドルフ=モンティセリという人物は初めて知って。

アドルフ=モンティセリ≪陶器壷の花≫は物質化するような厚塗りが”あぁ、これがゴッホに影響したのか”と。アドルフ=モンティセリ≪ガナゴビーの岩の上の樹木≫はテッカテカでガツンと来る画。そしてアドルフ=モンティセリ≪猫と婦人(猫の食事)≫はギュスターヴ・モローに通じるようなファンタジックで優雅な雰囲気を持った画でした。

勿論、今までみてきた印象派の画家たちの作品もいいのがありました。

クロード・モネ≪クールブヴォワのセーヌ河岸≫は葉の勢いがいい。クロード・モネ≪ロクブリュヌから見たモンテカルロ、エスキス≫はパステルな心象風景で。

ピエール=オーギュスト・ルノワール≪ソレントの庭≫は淡くにじんだエデンといった趣で、ピエール=オーギュスト・ルノワール≪髪を整える浴女≫は可愛い女性が画かれた好いルノワール。

そしてポール・ゴーギャン≪水飼い場≫はべちゃっとした湿度が良くて。ポール・シニャック≪レザンドリー、橋≫は点描のピンクの橋でした。

ゴッホの画業は1887年にアルルに行きさらに開花します。

≪タンギー爺さんの肖像≫は優し気な顔で。≪アニエールのヴォワイエ・ダルジャンソン公園の入口≫はオレンジ・黄・緑の門。≪河岸の木々≫は線描がとても印象的で。≪パイプと麦藁帽子の自画像≫の麦藁帽はモンティセリの影響だとか。≪麦畑とポピー≫の緑と赤にはその後にマティスに繋がる流れを感じて。

≪サント=マリー=ド=ラ=メールの風景≫の青と紫の筆致。≪麦畑≫の黄金色、≪ぼさぼさ頭の娘≫のこまっしゃくれたキャラクター像に≪男の肖像≫のいぶかしげな表情。上手いなぁ。

遂に最終部、サン=レミでの画たち

≪サン=レミの療養院の庭≫の爆発的な植物のきらめき。

そして≪糸杉≫。近くで観るとウドンのような図太い筆遣いで、日本橋三越の天女像のように蠢き燃え上がる糸杉の生命力。このエナジーは星月をも湾曲させ、遠くで観るとその煌めきに心奪われ。本当にこれは見れて良かった。

≪蔦の絡まる幹≫の叢のべったり感。≪曇り空の下の積み藁≫の黄色い色彩。≪夕暮れの松の木≫はトーテムポールっぽい、古代遺跡のようなカタチが非常に面白かった。≪薔薇≫もミントグリーンに白ばらが映えて美しかった。

そして≪オリーヴを摘む人々≫はオレンジや紫の線描で画かれる土の彩。この展覧会で改めて想ったのは厚塗りの画ってゴッホ以前にもあったし、ゴッホ以後にもあるけれど、この密度が高いのにある意味あっさりした印象をみせるこの境地はやっぱりゴッホにしか書けないなぁということ。

上野の森美術館は人が溜まりやすい角が多い構造で、人出が多過ぎてゴッホ展の会場としてはキャパが小さいように思って。美術展って十年で一回りするというか、十数年前のとか今までみたゴッホも幾つかあって引くところは引き攻めるところは攻めてみれたから良かったけれど、100%最前でみようとしたら相当疲れただろうと想います。フェルメール展のように日時指定入場でも良かったかも。でもこの≪糸杉≫などの作品群はただただ感動をもたらしてくれました。

by wavesll | 2019-12-21 00:02 | 展覧会 | Comments(0)
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