ひとりの人間として神や民衆の狭間で苦悩する「ジーザス・クライスト」と、その使徒の一人でありながら「裏切り者」の名を浴びて歴史にその名を刻むことになるイスカリオテのユダのふたりに、現代的な視点から「教団主導者には必須なはずの計画性に欠け、早すぎた聖者としての名声の上にあぐらをかいて、新しい方策を見いだすことができないジーザス」と「ジーザスに対する期待があまりにも大きすぎたゆえに、やがてそれは大きな失望となり、ジーザスの存在はローマ支配下にあるユダヤ人社会を危険にさらすものになりかねない、という危惧を抱くようになるユダ」という新しい解釈を加え、その愛憎に満ちた両者の関係に、マグダラのマリアとの愛情に満ちたもうひとつの関係を絡めて、鮮やかに描き出した作品(Wikipedia)
実は私は劇団四季のヴァージョン(エルサレムverかジャポネスクverかは覚えてないけれど多分歌舞伎ver)をみているのですが、どうも日本語のミュージカルって歌詞が聞き取れなくて物語が分からなく
"あ、笑ってコラえてのあの曲ってこれだったの"位しか記憶が無くて。今回字幕でかろうじて物語の大枠はわかったのですが、この劇はオリジナルでは現代U.S.と古代ユダヤ人社会を掛け合わせた舞台設定だったのですね。
一番魅力的に想ったキャラはイスカリオテのユダで。見た目もグランジ的で、歌がプログレ的な楽曲から始まるのが面白かった。イエス・キリストがどうもチャラくてマイケル・ジャクソン的な楽曲から始まるのと対照的で。ロックを体現しているのはユダだなと。
それでもロイド=ウェバーの本領はポップなセンスにあると思って、キャスト陣があまりに歌がウェルメイド過ぎて”上手ぇ~”とは思うけれどロックの破壊性にどうも欠けるなとは思っていましたが、終盤の展開はぐっと引き込まれるものがありました。
ロックファン的にはDEEP PURPLEのイラン・ギランがリード・ヴォーカルを担当した2枚組LPが結構な聴き物かも知れません。
SARS-CoV-2との闘いは中長期戦になりますし、家で気持ちを発散する方策を探していく、退屈して外に不要不急にいかないのも闘いですから、こうしてStay Homeで愉しめる遊興に遊ぶのも今なら一つの貢献。Mr. アンドリュー・ロイド=ウェバーに感謝を◎