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OUTな話

岡村隆史がオールナイトニッポンで「コロナ不況で可愛い子が風俗に来るのが楽しみ」というような発言をして今炎上していますね。

当該回をまだ聴いていないのですが、岡村のANNはちょくちょく聴いていた者としては”ついに叩かれる時が来てしまったか”という想いと共に、この問題って幾つかの切り口が出来るなと思います。

まず一番大きな話はこの十数年で日本におけるジェンダー意識及び社会規範が大きく変わり、以前ならば見過ごされていたことも許されなくなったこと。これは志村けんや松本人志もそうですが、旧来の笑いの方程式では不快を撒き散らし、ハラスメントへの悪反応がネットによって可視化されるということ。

そもそも「面白い」というのは「耐えられる程度の不快な刺激」だと思うし、笑いと云うのはOUTを嗤うというか、どこかに誰かを攻撃や笑い者にして留飲を下げるいじめの構図があると思います。日本の場合は攻撃対象が政治家や権力者でなく一般の人たちや芸人同士という風土がありました。面白さの為に過重なストレス・プレッシャー環境に芸人はいます。酷い目に遭ったり、倫理的にタガが外れている職業。それはいわゆる意識高い系や出羽守には昔から批判されてきました。

今、コンプライアンス社会の中で、特にNHKの仕事やゴールデンタイムの仕事なんかもやっているタレントとしては、人が経済的に苦境に成りそれで性搾取できることを喜ぶ岡村の発言は「許されない」と怒りを買うものだったのだと思います。

ただ、私としては、なぜその発言に至ったかの過程を類推したいなと想うのです。

1つには岡村の「非モテルーザー意識」があったように思います。確かに経済的には売れっ子タレントの岡村が金で横暴を働いているようにみえますが、彼自身は自分のことを人生の勝者とはみていないと1リスナーとしては思います。女性と想いを遂げられない、非モテのルーザーである、と。

非モテというのが恐ろしいのは、自己評価が低いゆえに「これ位は(俺は持たざるものなのだから)いいだろう」とますますクズ思考・発言・行為のスパイラルにいってしまうという事。これは私も彼女がいない人生が長かった人間故に想うのですが、このコンプレックスは例え他人から敬意を示されたとしても捻くれて受け取ってしまう、或いは承認欲求の餓鬼と化してしまう恐ろしさがあります。

これが進むと米国のインセルのように女性への憎悪犯罪に繋がったりしますが、そのレベルでなくとも、生活の中のステークホルダーに女性がいないと「何が女性にとって不快(OUT)か」すら分からない、ホモソーシャルな閉じた思考になりがちではあります。「コロナが収束したら、お金に困った可愛い娘が風俗に流れてくる。 それまで風俗は我慢しましょう」というのも風俗仲間だけにしか視線がいかなかった発言でしょう。

2つめに感じるのはネット社会ではそれまでの濃い関係性ゆえにぎりぎりOKだった遊びが外(OUT)から文脈を切り取られて「正論・常識」で攻撃されるということ。

岡村のANNに限らず、深夜ラジオは下ネタコーナーは普通にありますが、ここ数年、岡村ANNでは風俗のお嬢と電話を繋ぐコーナーがあり、岡村も度々風俗話をしていて、いかに嬢に失礼のないようにするか、その仕事をリスペクトしているか、助けられているかを語っていました。風俗業への悪感情自体にNoと言っていた。

まぁこの時点でぱっと聞くだけでも嫌悪感を示す方もおられるでしょうが、何もこれは一時に一度に起きたことではなく、長年かけて徐々に徐々に場の空気が形成されていったことなのです。実際aikoが登場した回ではaikoは岡村annのリスナーなので、「風俗話いつもしてるけどダメ」と叱っていたりします。

密な集団の関係性の微妙な鬩ぎあいの中でちょっとづつ麻痺し攻めてサービスしていった結果常識の範疇を越え、一般人からNGを食らうのは、献血ポスターや静岡みかんのアニメ・マンガキャンペーンもそうでした。あの攻撃もそれまでのヲタと献血・地元との関係性をぶったぎった攻撃でした。

しかし、こればっかりは昔のグレーゾーンが多かった濁れる田沼を懐かしんでもいかんのかもしれないと考えなければならないでしょう。今やネットで、部外者がすぐに口出し攻撃をしてくることが常態化しました。深夜ラジオもアジールでなく、Social Justice Warriorは自分をSJWだとは思わず「一般の普通の人」として自分の感覚・倫理観を反発させてきます。逆の視点で考えると、もう深夜ラジオは秘密倶楽部・男子校の部室的なアブナい話も飛び交う場というよりもカルト的な異常な場として捉えられる時代になった、タイムフリーの今、昼のラジオと同じ「道徳性」が必要になった、それはムラの関係性・歴史性を無視するOUT(外)を意識しないといけないということでしょう。

他者、特に女性の生理的嫌悪感を旧い日本の男は無視し続けてきました。ANNでもオードリーなんかの世代は「今のノリ」にトークをブラッシュアップしています。その点で岡村のANNは「古いノリ」をさらに先鋭化させてしまった。

昔は「いかにOUTか」で笑いを取ったけれども、それは例えば今回は自分の都合、経済的事情の外(OUT)への想像力の欠如から、外部にある一般社会から「それはカルトな思考でOUTだ」と言われるに至った。

果たして批判している人のうちどれだけがANNのリスナーかはわかりませんが、少なくとも岡村は地上波TVにも出ているメジャーなタレント、公の電波に乗るタレントゆえに、この発言に対しての代償は負うのだと思います。けれども1リスナーとしては、これは一つの哀しい話だなぁと想ってしまう処です。

成功した人はとっととモテて幸せになってしまえばいい。今KING GNUの井口があのちゃんと付き合ってTwiアカを消す事態に追い込まれていますが、遊べる時にきちんと恋愛しないと、或いはきちんとかっこつけていかないと、色々とソウルジェムが濁りますから。適切なプライドを持つことは大事だなと思います。

時代が変われば、その時に輝くタレント(才能)も変わる。生き馬の目を射る世界で、また新たな戦い方が必要になったという事でしょう。志村さんも「だいじょぶだぁ」でなく「隣のシムラ」になっていった。非モテに関しては「モテたい」と言う男に限って「女性から好感を受けそうな態度・行為」とは真逆のことをして、”そんな俺を認めてくれ”という「男らしさのはき違え」は変えた方がいいですね。ただ、アングラ嗜好というのはネットのフラットな世界では消えていく運命なのかなぁ…。

by wavesll | 2020-04-26 23:02 | 小噺 | Comments(0)
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