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中国語で聴く 夏目漱石漢詩選 文字と音の重奏で愉しむ文学体験

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『中国語で聴く 夏目漱石漢詩選』を読む/聴いていました。
書籍には漱石の漢詩が15篇収録され、本文、読み下し、語注、解説、そして巻末に中国語での発音がアルファベットとピンインで。そして巻頭には漢詩鑑賞の手引きが記されています。

そして本書を特別なものにしているのは、同梱CDに収録された漱石の漢詩の中国語読み音声と読み下し朗読があること。中国語で読まれた後、日本語で読み下されます。

ノーベル文学賞にボブ・ディランが選ばれた時、「彼の作品は音楽と一体であって、詩単独ではない」という批判がありましたが、逆に言えば文章/詩というのも文字だけで存在するわけではなく、音声と共に存在するもので、洋楽とその日本語カヴァーが音声的に大分異なるように、外国語の詩/文学は日本語ではなく原語で味わった方が理想的、さらには漱石の漢詩を楽しめるとは!と喜び勇んで鑑賞したのでした。

収録された漢詩は23才の頃(明治23年)から死去する50才(大正5年)での作品まで。

漱石の作品において漢語の表現が日本語として煌めく効果を生んでいたのは周知の処ですが、その豊饒、あふれる教養が漢詩の一篇一篇に現れていて。

また小説においては(漱石はかなり自分の実人生をモデルにしながら物語を記していますが)他者、小説中の人物の行動、発言が筋の中で展開されますが、詩においてはあくまで漱石自身の発話、彼自身のことばな感覚を感じて。彼の人生から出てきた、すらりと伸びる言葉遣いがしみじみとした魅力がありました。

そして本書の肝の中国語CD、これがまた良かった。漢詩の本文を読みながら聴くと”あぁこの音はこの文字なのだな”というのが分かって。特殊な漢字もありながら、基本的には見知った文字列が、違った音表現によって発せられて。完全に異なった音のモノもありながら、日本語に香りを残す音の漢字もあって、そのヴァージョン違いさがまた面白い。日本語の端正さに対して中国語の跳ねる感覚がまた全然聴いていて音としての印象が違って。

個人的にはただ音だけを聴くより、文字と共に楽しんだ方がより芸術体験として、そして言語体験として豊かな感動を味わえました。シニフィエ/シニフィアンなんてコトバもありますが、その鍵となる「文字」そのものが音声で多重の存在になって、なんか凄い愉しくなってしまいましたw

夏目漱石好きにも、そして詩好きにも、或いは言語学に興味がある人にもお薦めかと。個人的には杜甫とかのオーディオブックとかあったら聴いてみたくなりました。

by wavesll | 2020-11-02 20:46 | 書評 | Comments(0)
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