
もし「この世で一番面白い小説はどれ?」と聞かれたら、少ない読書量ではありますがきっと「読んだ中では『百年の孤独』かな」と答えます。そしてこの『予告された殺人の記録』を書いたのも同じくガルシア=マルケスなのです。
ガルシア=マルケスと言えば魔術的リアリズムと言われる神話的現象と普通の日常が入り混じる小説表現で有名ですが、この『予告された殺人の記録』は通常のリアリズム・ラインで画かれています。(この先で内容のネタバレを含む形になるので、ご認識を)。
殺人の犠牲者はサンティアゴ・ナサール。中南米の港町で暮らすアラブ系の移民2世で、財を成しているなかなかハンサムだが女癖の悪い男。それが、恨まれて刺殺される。視察したのは花嫁の兄弟。花嫁アンヘラ・ビカリオは、結婚初夜に生娘でないのがバレ、相手をサンティアゴ・ナサールだと述べ、兄弟は名誉殺人としてサンティアゴを殺した。
物語は事件から23年後にサンティアゴの友であり、同時にビカリオ家と親戚関係にあった”わたし”が事件を調査しなおす形で進んでいく。
いわゆる時系列が飛びながら事件の日が様々な人物から語られるパートと、23年後に”わたし”が調査するパートに分かれます。事件当日が時系列が入り組みながらリピートされる下りは”まぁ面白いけれども、今となっては時系列弄るのは良くある手法だよなぁ”と想っていたのですが、23年後に事件の主要人物と会うくだりで本作最大の謎が提示され、一気に物語が推進されます。
それは女と男の愛の秘密であり、人生を自分で生きていく熱情が不意に芽生える瞬間でもありました。確かにこの小説は魔法などは無いリアル世界の話ですが、金持ち家庭と貧乏家庭という生活の哲学の縦のラインと、1日と23年という時間という横のラインの凝縮移動により非常に大きな文学的マジックを生み出していると想います。(で、その刻の使い方が
『シンエヴァ』的ギミックでもあったなと)
エヴァとの共通性でいうと、サンティアゴの家の使用人の母子が、サンティアゴと父の2代に渡って慰めものにされることへの愛憎なんかはリツコ的とも言えるし、ほんのちょいなカメオ出演的に『百年の孤独』に出てくるアウレリアノ・ブエンディーア大佐が出てくるところなんかは物語世界が複数作品で繋がっているサービスで。
こうしたものは無理くり繋げているというのではなく、ましてや庵野さんが直接参考にしたという事でなく、物語文学の世界でこうした人間の世代を超えた愛憎であったり、時間を飛ばすことで魔術的ダイナミズムを仕掛けることは魅力を生み出す装置であるだろうということ。
あえぎ声エディタの「絶頂度」出力なんて話が前にバズってましたが、文学における琴線に触れるポイントを分析し腑分けしていくと、その内AIが数値化した「盛り上がる物語」を書いてしまうのではないか、なんて妄想も膨らみました。
と、同時に人間だからこそ描ける不意な心変わりとそれによって創られる「未来」は、少なくとも今はヒトだから産める文藝だなと想う処でした。僅か143ページなので、さくっと読め、お薦めです。ミステリーというより、「殺人は予告されなければならなかった点」も含めて、人間ドラマな小説でした。