人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ゲーテ『ファウスト』恋に事業にこの世の快楽を喰らいつくすファンタジー

新潮文庫、高橋義孝訳 ゲーテ『ファウスト』を読みました。
世に名高い、ファウストとメフィストフェレスというキャラクター。この古典を私は最初に触れたのは手塚治虫のマンガでしたが、最近再アニメ化された『シャーマンキング』にもファウストと言うキャラも居ますし、また「メフィスト賞」なんかでもメフィストフェレスの名は聴きますし、まさに近年のポップ・カルチャーにも影響をもたらしている文化基盤であるなぁと。

解説を読むとファウスト伝説と言うのは16世紀後半のドイツに流布されたもので、18世紀から19世紀の時代の人であるゲーテがそれを題材に60年もの歳月をかけて完成させたのがこの作品。

「とまれ、お前はあまりにも美しい」とファウストが言ったら、悪魔メフィストフェレスにその魂を取られるという契約をして、最終的に「日々に自由と生活を闘い取らねばならぬ者」のまめやかな生活に「とまれ、お前はいかにも美しい」という事になる筋書きはあまりにも有名ですがそれ以外のことは知らなかったもので、大変に”あ!この話ってこうだったの!?”と驚きの連続でした。

なので、このレヴューにはネタバレも含まれるのをご容赦ください。戯曲形式と言うか、ページ数は多いですが非常に読み進めやすいので、難しい本でもないので、気になる方は是非お手に取られてください。
ゲーテ『ファウスト』恋に事業にこの世の快楽を喰らいつくすファンタジー_c0002171_18155867.jpg
さて、冒頭からファウスト博士は厭世観に苛まれていて。多種多様な学術を収め、この世の多くの知見をその身に得ても、自分自身の能力の限界と、老年からくる倦怠感のようなものから、魔術で悪霊を呼び出す錬金術の火遊びまで手を出しながら、遂には毒薬を飲もうとするも賛美歌が聞こえてきて踏みとどまるくらい。

そこにメフィストフェレスが現れ、この世の快楽の限りを味合わせる代わりに「とまれ、お前はあまりに美しい」と言ったら魂を取られるという契約を結びます。

それでも最初は全然気乗りがしないで街の盛り場とかにファウスト博士は駆り出されていたのですが、魔女の薬で若返ると、一気に精力と言うか、欲望がむくむく湧き上がって。魔法の鏡で見た14歳を少し超えた位のマルガレーテ(グレートヒェン)を花を摘み貪り食うかの如く誘惑し、たらしこみ、妊娠させてポイする外道ぶりをみせます。なんだよ、ファウスト博士、ロマンスグレーかと想ったらノリノリの俗物じゃないかとw

グレートヒェンにはブロッケン山での魔女たちの祭りワルプルギスの夜で再会するのですが、彼女は嬰児を殺した罪で投獄されていて、ファウストはメフィストフェレスの力を借りて救い出そうとするももう彼女は気が狂っていたのでした…。ここで第一部完。

第一部はドイツが舞台でしたが、第二部はギリシア神話の地も物語舞台になります。また恋だけでなく政治経済的な事業のセンスもファウストとメフィストフェレスは発揮して。

傷心を精霊たちに癒された後、皇帝に謁見し、財政難の解決策として、「”地下に眠る莫大な黄金”というインチキを担保に紙幣を発行する」という、非兌換紙幣を先取りするようなアイディアをメフィストフェレスはぶち上げます。

そのセレモニーの劇で魔術で登場させた女神ヘレネーにファウストは惚れこみ、”あいつを俺のモノにしろ”とのたまうwおいおいグレートヒェンはどうしたんだよw

そこからギリシア世界の地を旅することになります。ここで出てくるパリスやニンフ、ケイローン、セイレーン、ネーレウス、アポロン、ヘパイストスなどなどの英雄や神々はホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』でよく見知った顔じゃないかと。ワルプルギスの夜もそうですが、西洋世界のこういうキリスト教とギリシア神話や地場の宗教が混じり合う感覚は面白い。あと最近思うのが庵野監督が過去のオタク作品から引用をするのは中世の人が神話世界の二次創作を繰り返すことの似姿ではないかなと想う処で。

またホムンクルスなんて人造人間も登場して。そういやカレル・チャペック『ロボット』のヒロインであるヘレナもネーミングの元がヘレネからだったし、『ファウスト』には水が元素であったとするタレースも出てくるし、ほんと一種のFGOみたいなことって昔から繰り返されていたのだなぁと。

さて、ファウスト博士はまんまとヘレネーをモノにするのですが、二人の愛息が死ぬことからヘレネーは消えていってしまい、ファウストもドイツへ戻ります。そして皇帝が反乱軍と戦っているところで幻術で戦火を挙げ、水に浸かった土地を手に入れ、それを土地開発します。ここでも善良な老夫妻の家を地上げしようとし、さらには殺害してしまう非道ぶりをメフィストフェレスは行い、ファウストはそれに図らずも加担してしまい、「憂い」に取りつかれ、失明しても、土地に生きる人民を想うその畢生の事業を成し遂げようとするのです。そして、またフィナーレでもちょっと凄い展開が起きて。完!

ゲーテ自身も恋多き男で、15歳の時にグレートヒェンという少女に恋をしたり、その後も様々な女性と恋に落ちていたそうです。またアウグスト公の閣僚として産業、軍事、建設、財政、学芸などの実務家でもあり、地質学、鉱物学、植物学、解剖学なども研究するという八面六臂振りで、これらの体験は『ファウスト』に大きく反映していると想います。

詩的な表現としては胸奥に響く文章の光耀が特に歌・劇パートにあふれながらも、ちょっとホメロスを直前に読んでいたのでそこまで衝撃は受けなかったのですが、また折を見て読み返し味わいたい本でした。

三十路半ばで独身だと色々五月蠅い人もいて、”俺は文化Digで愉しんでんだよ”とか想いますが、こう「恋愛と事業が人生の花だ」とおおっぴろげにやられると、”そうだな、俺も爺化してないで、生を愉しまねばならぬかもしれぬ”などとも想ったり。また冒頭のファウストの希死念慮には中村とうようの晩年を想って。知識を幾ら修めても、人間の情愛がないと生きるのが辛くなるのか…先端の孤独は人の心を苛むのか…と。幻想でありながら、現実社会を強く印象付けられる旅路でした。

by wavesll | 2021-05-14 19:07 | 書評 | Comments(0)
<< 味処 三婆@大倉山-新羽 Walter Kubiczec... >>