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サン=テグジュペリ『星の王子さま』真に綺麗なこころが受容されていく過程に感じ入る

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サン=テグジュペリ『星の王子様』を内藤濯訳で読みました。

外国語の文学を日本語で読むというのは翻訳者さんの力が大きく関わります。この岩波文庫の内藤さんは、『Le Petit Prince (小さな王子)』を『星の王子さま』と訳された方で、日本におけるこの小説の受け入れられ方に大いなる影響を与えた方でした。

砂漠に不時着を余儀なくされた”ぼく”は小さな王子に出逢います。話を聞いていると王子は小さな星から来たことが分かり、地球に来る前に幾つもの星巡りをしたこと、自分の星に愛する花を残してきたこと。そして花の命が儚いことを知り、また星へ帰りたいと想っていることなどの話を聴くのです。

献辞で『おとなの人は、むかし、いちどは子どもだったのだから、わたしは、その子どもに、この本をささげたいと思う。おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない)』と書いているように、これはかつて子どもだった大人に向けて画かれた寓話で。

男を振り回す女性のメタファである「ばら」を始め、王子が星々で出会う人々も何かの象徴です。彼らは「大人」の象徴でしょう。権力に囚われる大人、承認欲求に囚われる大人、酒に囚われる大人、資産に囚われる大人。大人は「モノ・コト」でなく「数字」にばかり囚われています。星々で王子が出逢った中で唯一”友達にしたい”と想ったのは街燈の点燈夫でした。点燈夫は自分のことでなく、他人の為を想って仕事をしているから。そして6番目の星で地理学者に出逢い、地球行きを薦められるのです。

大人、大人は、想像力を失って、目の前にあるものを探ろうとしません。『星の王子さま』冒頭で、”ぼく”の子どもの頃の思い出が語られるのですが、それは「ウワバミ(ヘビ)がゾウを飲み込んだ絵」を画いたら、大人からは「それは帽子だ」とばかり言われた事。大人は写実的なものしか理解できない、あるいは権威のあるものしか理解が出来ない感は昔から想います。アートの中にあるチャイルドの感性を理解できない。

それは私もそうで、例えば子供の頃ってジャンプのマンガを読んでもまず内容が面白いかどうかが最大の関心事で、絵はカッコよければいい。シンプルな方がいい位でした。ただ、大人になってしまうと、どうにも下手な絵をみるのがつらくなったり。鬼滅の刃なんかも画が下手にみえて、大人ばかりじゃあの傑作も評価されなかったのではないでしょうか?

また音楽もそうで。中高生の頃は誰が録音したのかもわからない低ビットレートのロックのブートレグに熱狂したものでした。熱量さえあれば良かった。寧ろ粗いくらいの方が勢いがあった。それが今では「音質」に拘ったりだとか、”スタジオ録音の方が演奏がしっかりしてる”なんて思う始末。子どもの頃の方が天衣無縫な解放感と想像の翼があったのに、大人になると変に「質」に囚われる、そんな感覚があります。

さて、王子は地球でバラの花畑に出逢います。故郷の星の、たった一つだと思っていた花(ばら)は、地球には五万とあることを知りショックを受けます。けれど、その後キツネと仲良くなって、『あのバラと王子は関係性を築き手をかけ心を込めて接してきたのだから、あのバラはこの世にたった一つのバラなのだ』ということを教わります。ここであの有名な『心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ』という言葉がキツネから王子に伝えられるのです。

人の心のこもった行為、物事の奥に秘められた宝の様な美しさ。そういったものは金では換算できません。あるがままに物事をみつめられる澄んだ心が、それらをみつけられるのです。

私はこの小説を読んで、”あぁ、綺麗だな”と想いつつ、”俺も既に薄汚れた大人になっちまったかもしれない”と想いました。何しろ音質にも拘っちゃうし、酒は飲むし、画力も求めたりするし、目に見えない美しさだけでない物差しをもう持ってしまっている。

けれど、本書に同時収録されている翻訳者の内藤濯さんとその子の初穂さんの文章を読むと、サン=テグジュペリがナチスに侵された祖国にいる友人を想って書いたこの澄んだ純真なこころの物語が、多くの人によって日本の中に広く受容されていった経緯が画かれていて。小説本編ではそんなことはなかったのですが、この訳者さんの話を読むとちょっと涙ぐんでしまいました。美しい精神の物語を広め伝えようとした人、そして受容が拡がっていったこと、その共感の物語に、私はどうにも弱い。美しいもの、感動するものに、他の人も感動を覚えているという事に、どうにも心動かされる癖があるのかもしれません。

本当に大事なものは、心の目でみる事。数字でも金でもなく、本当に美しいものが、美しいと感ぜられること、その心の裡にあるのだなぁと、感じ入りました。

by wavesll | 2021-05-16 21:31 | 書評 | Comments(0)
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