
今劇場公開されている映画『太陽の子』は、2020年にTVで放送されていて、それの再編集版だとのことで。ドラマ版「太陽の子」をHDに録っていたのでみました。
京大の学生役である柳楽優弥と、その弟で軍に徴用された三浦春馬、そして家を失いこの兄弟の家に身を寄せることになった有村架純、そして兄弟の母親である田中裕子を主軸に、戦争末期に京大で行われていた原爆開発と、彼らの戦時下の青春を描いていて。
「科学とは軍事に加担してよいのか、何が正義なのか」という問題と、ほんのりした恋心の兄弟の機微、そして有村架純が「戦争が終わった後」の夢を語る女性の強さ、そしてやはり戦火は兄弟の精神を侵していく様なんかが画かれていました。『スパイの妻』もそうですが、映画に発展するTVドラマ、いいですね。

そしてこちらは実録である、理化学研究所で戦時中に原爆開発をしていた仁科芳雄が記した1500通の未公開書簡が発見されたことにより明かされた内幕を描いたETV特集「日本の原爆開発〜未公開書簡が明かす仁科芳雄の軌跡〜」。
こちらではWWI後にコペンハーゲンで量子物理学などに触れ、日本で研究室をもっても自由闊達な空気を大事にした仁科さんが、最初はエネルギー資源問題を解決するために始めた原子力研究が、資金援助を陸軍に求めたことと太平洋戦争の状況の悪化から原爆開発に変質していってしまった様がカーボン用紙で残された手紙たちから浮かび上がっていました。
「太陽の子」でもウランを手に入れることに困難を柳楽優弥は味わっていましたが、仁科さんもウラン入手に難儀したのもそうですし、六フッ化ウランまではつくれてもウラン235精製に苦労していたことなどが画かれ、戦後は仁科さんは日本学術会議の初代副会長になって科学の戦争利用の禁止と平和利用を訴え続けたそうです。

その「最初は研究者も陸軍もエネルギー利用として核研究をしていた」という事実で想い出したのがNHK特集「私は日本のスパイだった~秘密諜報員ベラスコ~」。
戦時中に米国から戦艦の出航などの情報を流していた「東(TO)」という日本のスパイ組織。
「東」が発信していた情報はすべて米国に解読されていて、米国でそのマイクロフィルムが公開されたことから、NHk取材班がもう忌の際の元外務省職員にインタヴューし、「東」の欧州における統括工作員長であったスペイン人のアスカラール・ベラケス氏にコンタクトを取り、マドリッドで取材したもの。
「東」は米国で教会の懺悔室などから海兵の情報を盗り、それをメキシコ経由でスペインに贈っていたのです。そこではガダルカナル島に米国が物凄い戦力をかけていることや、原爆開発の情報もいち早く東京へ伝えていたのに、軍部はその機密情報を活かさず、物量だけでなく、情報の価値、インテリジェンスの取り扱いでも米国にはまるで歯が立たなかったことが伝えられます。
しかしその原爆開発を当初しなかったことは上にも書いたように日本は研究者も陸軍も、まずは輸入を止められた石油などのエネルギー問題をなんとかしたいというものだったのだなと仁科博士の話を聴くと理解できます。
しかしこうした様々な人間のミクロな選択の積み重ねで敗戦というマクロな事象につながったのだなと。仁科博士も米国との開戦を聴いて”馬鹿なことをしたものだ”ということを言っていて、サイクロトロン建造一つとってもまるで経済のスケールが違う米国との戦争の愚かさを嘆きましたし、例えば降伏の選択をもっと早く損切り出来れば北方領土だけでなく千島すら日本の領土であったかもしれないのに、日本の思考停止した意思決定層の知能のなさには嘆息ですし、それは五輪強行し感染拡大を抑えられない菅政権の知能のなさにも継承されているなと、1945年で生まれ変わったわけでない日本の愚に怒りを覚える戦時下を想う夏となりました。