
セルバンテス『ドン・キホーテ』を漸く読み切れました。
『ドン・キホーテ』は因縁というか、思い出深い書物で、大学時代に第二外国語のスぺ語の講義で『ドン・キホーテ』の原著を読むという奴を途中で行かなくなって落としたり、今回も読み始めたころは夏だったのに気が付けば晩秋になっていたり。
と、いっても読みにくい本かというと非常に読みやすい、楽しく笑えるエピソードの連続の書物で。
アロンソ・キハーノという郷士が騎士道物語を読みまくっているうちにフィクションを現実と認識する狂気に目覚めて、自ら遍歴の騎士ドン・キホーテとなり旅に出るという話。
ドン・キホーテは一人で一度、従士サンチョ・パンサを連れて二度冒険の旅へ出ます。
特に前編の大半を占めるサンチョ・パンサとの一度目の旅は、”え?こんなすぐに風車の下りが出てくるんだw?”と、次から次へと「冒険」が起きるのですが、その「冒険」は客観的に見ればなんでもない普通の情景が、ドン・キホーテの狂気にかかると風車は巨人となり旅籠は城となり、床屋の金ダライは伝説の兜となるという具合で、サンチョならずとも”正気になってくれwww”と言う気持ちと、読者としては”このおかしいお爺さんめちゃくちゃ面白いなwww”となります。
このなんでもない出来事を伝説の冒険へ変えていく想像力のなせる狂気はただ、昔私自身が騎士道ならぬロックンロールに狂っていた時の思考法というか、「フィクションの現実的な元ネタ」を探ることで現実をメタ・フィクション化させていた時期を思い出して軽い冷や汗もありました(苦笑
メタ・フィクションというと此の『ドン・キホーテ』自体も大いなるメタ・フィクションというか、数多の騎士道物語への批判的パロディであると同時に、セルバンテスは自らを第二の作者として、実はこの本はアラビア人の史家シデ・ハメーテ・ベネンヘーリの書いた原典をスペイン語で著したものだとしているのです。この構造は物語の途中で「もうこの先の原稿がない」として街を探求したまたまシデ・ハメーテのその先の原稿を手に入れるセルバンテス自身の描写があったり徹底していて。
そしてさらに凄いメタ構造なのが、『後編(機知に富んだ騎士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ)』では、この『前編(機知に富んだ郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ)』が物語世界の中でも大ベストセラーになっていて、ドン・キホーテとサンチョ・パンサが冒険の旅で会う人々のほとんどがこの二人を知っているという仕掛けなのです。
さらには『前編』が出た後に、偽物の著者が現実世界で勝手に出した『続編』を、『後編』ではドン・キホーテ自身が「あれはとんだ偽物だ」と幾度も口さがなくけなしたり、さらには『続編』に出てくる偽ドン・キホーテを精神病院に入れたという『続編』のキャラクターが本物のドン・キホーテとサンチョ・パンサに出会い、「あなたこそ本物だ」と語るような、メタと現実とフィクションがマーブルに絡み合う構造になっていて。
で、『後編』では実はドン・キホーテは風車を巨人と見間違えるような狂気はなく、旅籠は旅籠と認識するという変化があります。ところが、ベストセラー『ドン・キホーテ』を読んで喜んだ人々が、ドン・キホーテとサンチョ・パンサをからかって遊んでやろうと物語内の現実に寸劇であったり饗応であったりで「冒険」を仕立ててしまうのです。つまり狂人というのもここまで狂えば愉快な存在、まさに17th Century Toyとして人々に歓待を受けたのでした。
こうした非常に面白い構造をもったこの物語の主人公ドン・キホーテ自身の人物造形も、騎士道の話が出ると途端にそれをリアルだと論ずる狂気を発揮しますが、それ以外については非常に理知的で、実に立派な弁舌を披露し、彼に出会う人々は”この人間が狂っているのか正気なのか判断に迷う”と思うという面白さがあり、その従士サンチョ・パンサも、憎めない単純至極な明るい心をもって物事に対処しながらも、ドン・キホーテがいう「島の領主にしてやる」という褒美を信じる馬鹿さ加減と、特に『後編』ではことあるごとに素っ頓狂なことわざを披露しながらそれでいて非常に機知に富んだふるまいを魅せるキャラで。
この二人の掛け合い、駄弁りが物語のメインというか、誰もがおっかしく思うこのコミュニケーションの楽しさがこの『ドン・キホーテ』最大の魅力でした。
また「冒険」では、いわゆる戦闘も多く引き起こされるのですが、実は恋愛沙汰の事件が多数収録されていて。恋に狂う若者たちとドン・キホーテの絡みが描かれて。これには”なるほど、
バレエ版のドン・キホーテも、ある意味主軸をつかみつつの舞台化だったのだなぁ”と。
そして物語の終焉は初読時は”え?そうなっちゃうの!?”と思いましたが、二度目に読み返してみると”なるほど、確かに伏線が張られていたのだなぁ”と。
「狂っている人をからかう人間も狂人から指二本も離れていないのだ」という箴言も、また狂いを正そうとして活きる勢いを止めることも含め、改めて色々な狂気のありように思いを馳せる読書となりました。