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佐野元春 & THE COYOTE BAND『今、何処』 「ぶっちゃけた本音」が跋扈する世の中で知性を以て「真情」を歌うこと

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「佐野元春の新譜がいいらしい、タナソーは『最高傑作』とまで言ってるぞ」と聴き、聴いてみたのですが、これ、めっちゃいいですね。

音楽がポップミュージックとして輝きを放つかどうかは、エヴァーグリーンな、ファンダメンタルとしての魅力もさることながら「タイミング」、つまり時代をいかに掴み、リードするかということが重要だと想います。

まずサウンドとして聴いていてすっごく好くて。佐野元春節なのだけれど、イマ十年超えで続く80sリバイバルの潮流の中で、所謂「ポスト・シティポップ」な次の一手として聴けるというか。私は聞き専なので詳細はブラックボックスなのですが、聴いていてイマいい感じに聴こえるのは、佐野さんの昔からの新しい風を掴むチカラというか、きちんと2022年にドロップするサウンドに仕上げているのだと聴いていて感じます(主にリズム隊の厚みや面白さを生むアイディアの面で80sから現代へのビルドアップを感じます)。何より佐野さんの声質が本当にかっこいいですよね。楽器的な魅力がある。

そして物凄く力強い要素が「詩」。
想えばネット文化が生まれてからこっち、「ぶっちゃけ」「本音」「心の暗部や欲望が駄々漏れたダークサイド」が世の中に溢れていきました。それは一種の権威、エスタブリッシュメント、上の旧世代へのカウンターカルチャーとして機能もしたし、或いは人間の根源的な性欲やどうしようもないダメさを赤裸々に歌う上に、さらに人間の心の中に最後に残るきらめく美しい部分も歌うことが、とてつもないロックとしてゼロ年代なんかは響いたし、それは日本各地で開かれたロックフェス文化の隆盛にも寄与したでしょう。

けれど、これは私自身が中年になった故の年寄りのたわごとかもしれませんが、日本のロックシーンが21世紀が深まるにつれどんどん「無意味化」しているように感じて。サウンドがどんどん綺麗に、或いは激しくなっていくけれど、そこで歌われる言葉、メッセージがまず聞き取れないというか、物凄くくだらない内容を唄っていたり、歌詞を読んでも意味不明なものも多くなっていったり。これはサウンド的にはどんどんレベルアップして洋楽ロックに比する水準になっていったのに対してロックが単なる「刺激」にだけ先鋭化していったようにも思えて。

無論これはサウンド面でEDM等の音圧の大きなものに対抗するためでもあったでしょうし、宮台真司が『正義から享楽へ』と書いたように、そもそもの時代の流れとして、パクスアメリカーナのイラク戦争による権威失墜からのトランプの「ぶっちゃけポリティクス」になって、欲望が剥き出しの、正義何かよりもイマ目の前の不快を取り除きたいという「快・不快」モードになっていたことへの呼応でしょう。日本も311で疲弊し、いたいけない少女たちが歓び組のように群舞するアイドルシーンによって日々の癒し・推しを享楽するメジャーシーンが生まれました。

”でも、もういい加減いいじゃないか?”という風を佐野元春の新譜からは感じます。

私自身が日々の生活の言論、例えばTwitterのタイムラインをみていて最近感じるのが「『建前』の重要さ」がイマ再び唱えられてるなということ。人間の心の黒いヘドロの沼地の様な、誹謗中傷などの「ぶっちゃけた本音」に対して「いや、少なくとも公共の空間ではきちんと話そうよ」という声を感じて。私自身90年代からネットどっぷりでしたし大学時代は2chみてましたし、イマもひろゆきなんかが若者に支持されるのも分かるのですが、私自身はひろゆき的な存在が、イマ自分のモードではないなと。結局4chも害悪しか生んでいませんし、昨今でもテラスハウスの誹謗中傷で女性出演者が自殺するという最悪の事象を起こしたのも、元をたどれば2chの匿名掲示板文化を発するものでしょう。

確かに一方で「ジェンダー!SDGs!アップデート!アップデート!」のかまびすしい声に”うるせえよ”と想う気持ちは分かりますし、それを吐き出す穴も必要なのは思ったりもするし、私自身も十年くらい前までは”そもそもネットってのはそういうグレーゾーンだろ、何を後から来て言ってるんだ”と想っていたのですが、ここまでネットの言論空間が一般社会化すると、そうも言ってられないというか。現実として侮辱罪も強化されてしまいました。またネット言論のこうした面に一般大衆が辟易してきて嫌悪してきているのも感じます。それが「建前」の再評価でしょう。内心の自由はあれど、それを口に出したら戦争だとカイジもいってましたね。

私自身は中学生の頃はロッキンオンジャパンを読んで、高校でRIJF2001に参加して、大学くらいまで邦ロックどっぷりで。「ロックとは『真情』を歌うことだ」なんて意見を発したりもしたけれど、社会に出て爆死し七転八倒してのイマなのですが、そんな「本音」カルチャー信奉と挫折の上で、「本音2.0」というのがいいのではないかと想います。

「本音2.0」というのは「『総合的に考えて』自分が本当に発したい本音」。つまり無論根本には自分の心がありながらも、他者の気持ちだとか、社会の事とかを考えた上で本当に発したいメッセージ。人間、欲望で動いていて、そのことをおためごかしにすると社会に欺瞞があふれていくので、本音ベースで話すことは必要なのですが、その上で発言前に一応は逡巡しようと。「本音」にだって汚いドロドロだけでなく、きらきら光る希望だってあるはずだとも想うのです。

そう、「真情」には「理想」だってあるということを佐野さんの新譜の言葉たちは伝えてくれます。それもいわゆるあからさまで短絡的なコトバでなく、詩として考えて出てくる、それでいてきちんとわかる言葉がしっかりと歌われているのです。いわゆる吉田拓郎世代とかのフォークの辺りの日本人が、若いのにもかかわらず非常に老成した思慮を戦わせて音楽と格闘していた気風を、この佐野さんの歌に在る知性からは感じるし、イマそれは最高のカウンターカルチャーとして機能して。さらにこの記事の初めに書いたように、イマ、時代のタイミングとして佐野さんのこの音はトレンドにぴたりと嵌っているように聴こえて。

これはイマ聴けて好かったと想えるアルバムでした。Apple Musicでは歌詞も表示できるので、オススメですよ。


by wavesll | 2022-07-10 07:57 | Sound Gem | Comments(0)
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