李禹煥展をみに新美へ行ってきました。
”もの派”の大家である李禹煥さん。最初は前日にみた大竹伸朗展との作風の真逆さに加え、会期最終日曜で混んでいて“このミニマムな空間は静寂にみたかった”と想ったものでしたが、みていく内に“あぁこれは石庭、方丈、茶室なのだ”と。
余白のなんと韜晦に満ちたことか。新美のホワイトキューブさを究極に活かした展覧会でした。
まず展覧会場に入ると目に入るのが《関係項》。石が鎮座して。その奥には赤いグラデーションの《第四の構成A》と緑の《第四の構成B》が。この展覧会では新美の会場をしきりで区切って様々な「間」を楽しむ構成になっていて。
次の間には《風景I》《風景II》《風景III》という朱・赤・紅といった三色の色が光を反射して部屋を染めていて。ホワイトキューブには”染まる”という機能もあるんだなぁ。
パンフに書いてある作品順が展示順でないので、もしかすると「間」が前後するかもしれませんが、何卒ご容赦を。
《関係項(於いてある場所 I)改題 関係項》では鉄でできた滑り台、《関係項 (おいてある場所) II 改題 関係項》では木材が数学的図形のように配置されていて。
そして《現象と知覚B 改題 関係項》では代表作というか石がガラスに落とされ罅割れがそのままARTになっていて。《物と言葉 改題 関係項》ではキャンバスが巨大な半紙となり、その空白が逆に「全」の可能性になっていて。
《現象と知覚A 改題 関係項》では石を繋ぐメジャーが折れ曲がっていてそれぞれの距離を測れず、《関係項ー応答》では石と鉄版が少し距離があり置かれていて”これから乗る?”と想像されて。
《頂》は石の上に鉄の枠があって門の様にも額縁の様にもみえ。《関係項ー彼と彼女》では鉄板が少し歪んで持ち上がっていて、石は腰が引けているかのよう。
《関係項 別題 言葉》は赤い座布団の上に石が座り、《関係項ー星の影》では”星は電球?それとも石?”と。
そして《関係項ー棲処(B)》は部屋全体が作品。床がスレートの欠片たちで覆われていて、その中に2つのケルンがつくられていて。踏みしめる度にスレートが鳴り、そして足裏の触角が意識され。
《関係項ーサイレンス》では黒い板が全てを沈黙で石からの波動を吸い込んでいて。そして≪構造A 改題 関係項≫では立方体を雲が縁取り、《関係項ー不協和音》ではまるでマンモスの牙のような銀色のRがついた棒体と石が配置されて。
さらに《関係項ープラスティックボックス》では床面が土の上のアクリルで覆われていて《関係項ー棲処(B)》に続き足という器官の触角が認知され、”この感覚、ヨガでも味わったりもするな”と想ったり。部屋にはアクリルの大きな円筒に水が入ったもの、土が入ったもの、空のものがあり五行も感じさせて。
そこからの《関係項ー鏡の道》では白砂利で覆われた室内の中央にステンレスでできた道と、それを挟んで向かい合う石2つ。白石が宇宙だとすれば鏡の道は天の川、2つの石は牽牛と織姫かと。
この李禹煥流の枯山水を以って”あぁ、これまでみてきた「間」はそれぞれがコンセプトを表す石庭だったのか”と。
そして展示空間は屋外に開けて。現れたのは《関係項ーアーチ》。
よくぞこんな巨大な石を用意したなと感心も入りつつ、金属の半円の先に屹立する東京ミッドタウンの立方のマテリアルが借景になっていて、この門とメタルの道を人々が往来していて。ここにおいて内と外が繋がっているのだなと。
ここから撮影が可能でした。最初から撮影可だったら凄い滞留が起きそうだし正解かと。
部屋をぐるりと囲む点たちの疾走。最初レース前にランプの点滅が並んだかと想うと反時計回りに残像すら残しながら駈け抜けて。