『ヨコハマメリー』予告編
今、大久保公園に立ち並ぶ立ちんぼが問題になっていて、そこに群がるオッサンたちに梅毒の蔓延など地獄絵図が展開されて。”新宿ならまだしも横浜でそんなんなったら泪ちょちょぎれるな”なんて思ったのですが、それこそ開港博の前までは黄金町の辺りには赤線があったし、米軍相手のパンパンも横行していたのだよなぁと。
そんな折に”そうだ、『ヨコハマメリー』ってU-NEXTにあるかな?”と検索してみるとあって。横浜に居た白塗りの伝説的な娼婦、メリーさん。彼女の足跡を追ったドキュメンタリー。
元々はメリーさんも米軍相手の外パンとして活動していて。当時は「皇后」なんて綽名で呼ばれていたそう。伝説的な酒場
「根岸家」などに立っていたようで。この根岸家、伊勢佐木町にあったようですが24h営業で、米軍やそれを相手にした娼婦、そしてジャズ楽団が演奏するとてつもない居酒屋だったそう。こんな処が伊勢佐木町にあったのだなぁ。

その他にもメリーさんが立っていた場所として馬車道のディスクユニオンの辺りとか、今でも在る場所が次々と出てきて。けれど、撮影当時の2005年には既にメリーさんは横濱を離れていて。映像もほとんど残っていなくて。映画はかつてのメリーさんを知る証言者たちへのインタビューと、メリーさんを映した写真で展開していって。
一種の立ちんぼであったメリーさん、けれど彼女は一種世俗を超えていたというか、気位が高く、施しを嫌い、仕事の対価として金を得ることでプライドを持って生きていて、芸術への感度も高く、一種の横濱の文化的アイコンでもあったそう。その「この道を選び取った姿」というのは、この国の経済的苦境やホストの売掛を払うために安易に立ちんぼに落ちる昨今の事象とは、ちょっと次元が違う存在としてあったのだなと。
メリーさんが横濱を離れたのは1995年なのだとか。郷里の老人ホームに移ったそう。どうりで1984年生まれの私はメリーさんをみたことがないわけだ。そして物語の最後は親交のあったシャンソン歌手がその老人ホームへ慰問へ行く場面。素顔で本名で暮らすメリーさんの深い聲を聴くことが出来ました。人と街の歴史を垣間見る体験がある映画でした。