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フランソワ・トリュフォー『大人は判ってくれない』大人の無理解・愛の無さから悪に染まっていく愛らしい少年のテイル

「大人は判ってくれない」Les Quatre cents coups(1959仏)
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フランソワ・トリュフォー監督『大人は判ってくれない』をみました。

問題児の主人公の少年が本当に愛らしい児童なのに、様々な出来事の分岐を経て悪に染まっていく物語なのですが、みていて大人の側からもみるようになって。

最初の学校の鬼教師の姿なんかは”フランスでも50年代はこんなハラスメント教師いたんだ、ほんと教育の現場って現代にかけて進化したんだなぁ”と想ったりもしながら、最近のすぐに学校に殴りこんでくるモンスターペアレンツの話なども聴くと”管理する側は大変だよなぁ…”と。

まぁ、ニンゲン、誰だって管理なんかされたくないですからね、本当にその子ども子どもが自発的に、内的な動機付けで正しい道に行くようにハンドリングしていくのが大人の務めなのでしょうが、この少年の両親は共稼ぎで、そして家庭内には不和もあって、子どものご機嫌取りにお金をあげる話をしたり”ちょっと問題あるかもな”と想いつつ、私自身には子どもはいないのですが、この小さき怪物と上手く調和というか、暮らしていくって、なかなか大変なことだし、現代日本においても昔と比べると親が背負うハードルって高くなってる結果の少子化な気もしますね。

少なくともこの映画に於いては子どもを非行に堕とさない為の方策は、親にしろ教師にしろ、子どもが何か悪行を行った時に頭ごなしに𠮟りつけ「矯正」しようとするのではなく、”なせそれをしようとしたのか”と丁寧に子どもの話を聴いてやって、”本当に実現したかったことを成し遂げるにはどうすればいいのか”の方策を大人と子どもで共に語り合うことが大事なのでしょうね。されど、時間に追われてはそんなこともできない。昨今育休の取得が叫ばれますが、ローティーンや反抗期の頃の子どもを持つ親も、本当は子どもにかけられる時間的余裕があった方がいいのだろうなぁと想いました。

by wavesll | 2023-11-25 11:59 | 映画 | Comments(0)
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