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四十になって惑

四十才になってしまった。

”未だにこんなにガキみたいなアティチュードなのにおっとろし”とか”体力ゲージがすぐ減るし腹も出てきて使い古されたリチウムバッテリーのように身体がなってきてしまった”とも想って。

「不惑」とはいうけれど逆に社会における「アップデート」が凄くて、自分が若いころの価値観と異なる価値観が各所で勃興して、逆に四十にして戸惑うことも増えて。時代による社会の価値観の変化は若い人はそれがデフォルトだから「時代関係なく当たり前のことが当たり前になっただけでしょ」と思うかもしれませんが。

社会学や何かの定義だと「若者」というのは30代までで、自分自身がもう若者ではなくなったのが確定するんだなとも思ったり。

独り身で好きに遊びつつ、”SNSなどでの面白いことの体験の顕示って逆に実生活で満たされていないことの証かも、「俺は愉しい!」と誇示する人ほど満たされてないというか”と内なる声がしたり。ただ満たされてないことは悪いことばっかりでもなくて、逆に“この負からのハングリー精神で やっておきたい藝術の享受をやってしまいたい”とも考えたりして。

とまぁ、バリバリに「惑」っすね、自分の四十になった実感で言うと。

ただ個人的には読書を今年また始めたというか、紙メディアってやっぱいいなぁと想ったり。あと東南アジアの音楽シーンが熱くて。これらカルチャー面では新世界紀行って感じでフロンティアをみつけたワクワク感はあります。

直近のSNS上でのトピックで、今の若者は「批評」を含む否定的な意見への忌避が凄いという話題がありました。

私も中高の頃は筑紫哲也が常に政権批判しているのにムカムカしたのもありましたが、あれは子どもという立場だと上から否定される・抑えつけられる社会的状態にあり、政治家やエンタメ人含む人たちへの批判を自分自身の立場と重ね合わせているのではないかなとも思ったり。

さらに言えば、SNSにより1億総評論家時代が来たと同時にYoutubeを含め誰でもCGMなエンタメサプライヤーになれる状態になったことで、”自分でSNSやYoutubeやってみたからこそプロの表現者の凄さが体感できた、あの人たちは凄い努力している”という気持ちが若い人に広がっているのかもなぁと想いますね。故に「自分でつくらないで評論だけする者」へのムカつきが生まれてるのかなぁとも思ったりも。ひろゆきではないですけど「それってあなたの感想ですよね?」は社会人も数字などのエヴィデンス無しでは意見は通らないのは経験している話で。

私も年齢的にも「若者」から外れるようになってくると、老害といわれてしまうかもしれませんが”批判・指摘・批評”は”誹謗中傷”とは別のもので、政界や社会の仕事全般に於いて適切な指摘や批評などはないと水が澱み腐ってしまう、と適切な意味での批判精神の必要悪な重要性は認識したり。まぁ若い子が”親世代とTVをみると出演者を腐す発言ばかり聞かされて苦痛”というのも分かるのですけどね。

個人的にはこの鴎庵では、日々の中で面白いことを掬って、みにきてくださった方々に数分の興味喚起な楽しさを書けたらいいなぁとやっています。

時代は変貌をし続けていますが、やれるところまではこんなスタイルでやっていきたいですね。


by wavesll | 2024-10-18 00:28 | 私信 | Comments(0)
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