El Khat - القات『mute』(bandcamp) VIDEO
日本のラジオ音楽環境で唯一無二の存在であったサラーム海上さんナビゲートのORIENTAL MUSIC SHOWが終了してしまい大変残念というか、アラブや北アフリカ、南アジアなどの音楽の摂取量が減ってしまって。
過去の放送の感想を呟いていたのをこうして聴きかえして過去エアチェックDigしているところです。
そんな中で聴いたのがEl Khatによる『mute』というアルバム。
イエメンの伝統音楽を今はベルリンを拠点とするこのバンドが鳴らしたこのアルバムは、かなり中東の濃さがあるのと、音像的に非常にソリッドなどが両方成り立っていて、ベルリンシーンの音で中東音楽を鳴らしているのがとてもフレッシュでしたね。
bandcampのキャプションを読んでいると彼らはアラブ系ユダヤ人でありイスラエルにも住んでいて、2023年のレコーディング・セッションの後でベルリンへ移住したとのこと。
中心人物のEyal El Wahabはエルサレム・アンダルシア・オーケストラのリード・チェリストとして北アフリカとヨーロッパの文化が邂逅するクラシック音楽を5年間演奏していて。エル・ワハブはイエメン系ユダヤ人であり、 彼の妻が『Qat, Coffee and Qambus: Raw 45s From Yemen』というコンピレーションを贈ったことで彼はイエメン人としてのルーツを探る長い旅に出、他のテルアビブのミュージシャン(モロッコ、イラク、ポーランド出身)と共にEl Khatを結成。バンド名はアラビア、アフリカの角であり、イスラエルの13万人のエチオピア系ユダヤ人の間で広く咀嚼されている覚醒作用のある葉にちなんで名付けられたとのこと。
エル・ワハブは自らを「発明家、大工、ミュージシャン、作曲家」と称し、ジェリー缶、オリーブオイル缶、トマト缶、自転車の車輪、廃品のバーベキューを使ったパーカッション・アンサンブルで、エル・ワハブのチェロは鍋、壊れた棚、ロープで再現されて。鋼鉄のボウルを紐と釘で縛りベース・バンジョーの音を模しているとか、面白い。
さて、今、イスラエルの音楽を聴く事には非常に躊躇う気持ちがあって。イスラエル人の中には反戦の方もおられるでしょうが、人民全体としてはネタニヤフのジェノサイドを支持している状態なのは批判されて当然な悪の国家であるというのは間違いありません。
それでも、イスラエル/ユダヤ人/アラブ人に関する状況は複雑なエスニシティの状況があり、El Khatの面々の様にアラブ系ユダヤ人という人たちもいて。彼らのアイデンティティと政治的立場は中々十把一絡げに出来ない複雑な状況なのも想像でき、それをエクスキューズとして彼らの音楽を聴きました。本当はガザについての明言を確かめないとイスラエル人の音楽は聴く気になれませんが…。
その上で、bandcampのキャプションを読むと『mute』というのは「二者の間にあるすべての距離は、衝突の機会である。どんなものでも2つあれば側面が生まれ、側面があれば対立が生まれる。そのような場合、ミュートが生まれる」とエル・ワハブは説明し、『mute』は、距離、言葉、そしてその欠如を探求し、人や場所、そして去ることについての一連の考察であるそう。イスラエルとパレスチナの関係を無視しては音を奏で作品を録ることが出来なかったということでしょう。
日本でも国境を越えたミュージシャンのコラボが近年は多数起きていますが、欧州・中東に関しては移民も含め、トランスナショナルな民俗模様・協業が音楽に反映されていて。逆に言えば欧州が中東に浸食されている逆十字軍な状況ですが、このアルバムから放たれる音楽のフォースは、本当に現代の音世界を顕しているなぁと。音楽を聴く事は、世界の情勢を知ることにも通じますね。