



尾竹三兄弟は明治から昭和初期にかけて大人気を博しながらも画壇と対立し、いつのまにか忘れ去られてしまった画家三兄弟。
その展覧会が六本木一丁目の泉屋博古館で開かれていることを日美アートシーンで知り、馳せ参じて。
先ずホールで出迎えるのは尾竹国観《絵踏》。

キリスト教徒を疑われ踏み絵をさせられる様を描いたこの作品、
41人もの人々のそれぞれの表情の筆致!この描き分け。素晴らし過ぎる。上手い!
さて、展示室に入ると先ず出迎えるのが彼等三兄弟が「タツキ(生活の手段)」としての画業を始めた富山の薬売りのオマケの画たち。尾竹国一(越堂)《役者見立て壇浦兜軍記・阿古屋琴セメの段》や国一《蚕製造の図》などの浮世絵風のものから、尾竹国観《日本十五少年双六(『少年世界』第15巻第1号)》なんて秀吉や謙信などの子どものころを描いたものまで。
そして明治という時代を顕す新しい日本画の一例として
尾竹国観《人物図》が最初に展示してあって。これはフロックコートを着た紳士がローブ・モンタントなドレスを来た淑女をエスコートする図。両人日本人で、まさに明治期の日本画だなぁと
他にも漢の三傑の名場面を描いた尾竹越堂《韓信忍辱図》や現れた花魁を口元だけで顕す尾竹竹坡・国観《松一木》、甲冑での動きのある戦場画な尾竹国観《桶狭間の合戦》に太い筆遣いがパワーを感じる
尾竹竹坡《六歌仙》も。
そこからさらに美しい筆遣いの日本画が展開されて。
尾竹竹坡《太子》は紫の柄物の着物を纏った聖徳太子に、おつきの少年少女たちの姿が麗しい。
竹坡《九官鳥》は金屏風にモクレンや九官鳥がいて、温暖なフィーリング。
上の頃は展覧会で大いに評価された尾竹三兄弟ですが、岡倉天心との確執などから画壇から追放されて。そこから八火会という會を彼らは始めて。これの画が本当にエクスペリメントで凄かった!
大正10年の
尾竹竹坡《山の幸》はニューギニアの部族の光景が描かれて!もうゴーガンみたいな筆致じゃないか!
竹坡はこういうエクスペリメンタルな日本画も描きつつ《葵》のような写実画も描いて。写実で言うと
尾竹国観《大久保彦左衛門》も好かった。
そして展開されていく玲瓏な絵画世界。
尾竹竹坡《梧桐》の白バックにエメラルドグリーンの梧桐とヤギ、そして人物の麗しい画。
そして尾竹竹坡の《画帖》で創作の経過をみつつ、
尾竹国観《巴》の鎧を纏う美しい切れ長の目と緑の黒髪が素晴らしかった。本当に尾竹三兄弟の人物って細目で切れ長が多く、いわゆるアジア人としての美が表現されていて。美意識が西洋に阿ってなくて
基本となる技巧に優れ、日本画のレベルがとてつもなく高く、上澄みをさらに高めるだけでなく、エクスペリメンタルな爆発性も持った尾竹三兄弟の画業、まことに素晴らしいものがありました。