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ふわっち配信者刺殺事件に対しての黒歴史を介したネットの使い方の所感

ここ数日ニュースを騒がせているふわっちという動画配信サイトでのライバーの殺人事件

当該ライバーが犯人に対し借金を踏み倒していたりして、SNSなどでは「どちらも悪い」なんて意見も多くあり、かなりかまびすしい事態になっていて

個人的には、私自身の黒歴史を刺激するような事件だなと思う處なのです。

今は私は四十路であり、犯人と歳が近いところもあり、裕福なわけではないし独り身なので、”寂しさに負けて課金に沼ってしまったのだろうか…?”とか”裁判という手続きを取ったのに消費者金融で借りさせられたカネすら取り戻せないとか、鬼だな…”と想ったりする一方で、”普通に大学時代から非モテだったから当然のこととして理解があるけど、若い女子なんてのは「美」でヒエラルキーを決めるもんで、汚いおじなんかカネが支払われなかったら関わりになんてなりたくないと思うよな”とも思ったり。

もっと言えば、大学時代に私自身も社会に先に出た友人に気安くカネを借りようとしてキレられたことがあって。カネを稼ぐということの大変さを分かっていなかったし、大変傲慢な思い上がりですが”俺の方が「カネが活きる遣い方」が出来る”と想っていたところもあって。カスでしたね、あの時キレられて借りれなくてよかった。

当該ライバーも借金を踏み倒しながらフィアンセとの旅行を配信したり、ポーカーもしたりとかしていたようで。刺殺犯に借りた250万円という額に関しても、ライバーで月に100万円以上稼いでいると金銭感覚として”大したことない”と想っていたのかもしれませんね。

いずれにせよ人を金蔓にして豪遊する様をみせられた犯人は、まぁ閾値を超えたのでしょう。

と共に、今回は借金に加え投げ銭も絡んだ話ですが、もっとライトな「いいね」という承認欲求に於いても、消費の目的が「いいね」を得ることになってしまうと地獄を招くというか、底なし沼にカネがかかる魔境に沈み込むリスクが口を開けていて。

そして今回はライバーが疑似恋愛営業を犯人にかけていたという話もあって。まさに地獄の鬼畜な感覚はありますね。

舞台好きの先輩が「御贔屓については藝に惚れる」とおっしゃっていて。疑似恋愛は虚無であり、カネに見合った藝に対して対価を払うということ。このアティチュードは本当に慧眼だなと想いますし、私自身も「藝に惚れる」ようにしています。SNSでの「いいね」とか承認欲求への煩悩も滅却というか、あくまでそれらはおまけであって、例えば私なんかは結構旅行へ行くのですが、旅をしている経験自体が真の価値であり、いいねを得る快楽とかは本当にオマケでしかないという認知にするようにしています。

そんな私もmixiの昔は「なんで俺は面白いことを書いているはずなのに他の連中に比べていいねがつかないんだ」と大暴走したことがあって。

まぁ、今振り返れば私は特殊なmixiの使い方をしていたというか、ハガキ職人的なネタの場としてmixiに書いていたのですが、暴走し始めて暴言を「キャラ」としてしていたつもりがマイミクたちからはフィクショナルな発言でなく私自身のリアルな発言、言葉の暴力と受け取られ、総スカンになって。

そもそもmixiの関係性というのはX何かとは違ってリアルの人間関係でのつながりで、web上での評価もリアルの場での私の振る舞いへの評価と密接に関わっていたのだと思います。とんまな非モテの私は、とんだピエロでした。ジョーカーになってしまった。

こういう「ネタ」的な行為、フィクション性というのはヴァーチャル空間だと起きやすくて。現金よりもクレカや電子マネーの方が消費行動が起きやすいなんて話もありますが、現実の重みがwebでは薄くなるというか、ネットになると暴言をしやすくなる話なんかに通じ、今回の刺殺事件に於いても、カネを稼ぐという行為の重みも、あるいは命の重みも、非常に薄らいでしまったのかもしれないと思う處です。

ここまでも書いていることですが、若い女の子、それも水商売みたいな動画配信者にとっては「可愛いあたしが相手してやってるんだからキモおじからカネ取ってもOKなのは当たり前」であり、逆に犯人からしたら「消費者金融で借りてまで用意したカネを、裁判までしたのに踏み倒されて、俺は極貧なのにアイツは豪遊を配信して濡れ手に粟、耐えられない」となったのでしょう。

私はよく「海外の反応ブログ」なんかを読むのですが、そこでは日本は「高信頼社会」だと外人たちが言っています。野菜の無人販売所のようなものが成り立ったり、落し物が返ってくる、あるいは道端にゴミがないなんていうのは海外では成立しないところが多く、日本人たちが「ルールを守る」ことへのリスペクトというか”名誉を大切にする人たちだ”という驚きがあって

ただ、近年の「無敵の人」もそうですが、追い詰められ、ストレスに限界を突破されてしまった人は「もう正しいとか悪いとか関係ない」となってしまうのではないでしょうか?件のいただき女子は「年長のおじさんは最低限のモラルや矜持があるだろうしまさか殺されないだろう」と想っていただろうし、SNSでこの件を語る人でも「そうは言っても殺人をするなんて罪悪だ」というのは多く観られますが、恐らく犯人も「正しいかどうか」なんてもう関係ない領域へいってしまったのだろうと思います。殺ると決めたら幾らでもそれを正当化する口実が出てくるケースでしょうしね。

こうしたことは「高信頼社会」の基盤を崩壊させることで、日本社会に暮らす一員としては危惧しかないですが、善悪を語ること自体は必要だけれども「これはそういうもの」だと認識することも必要ではないかなと。と同時にオジたちも「若い子は汚いオジにカネ以外の理由で関わりたくないと想ってる」ことを「これはそういうもの」だと認識する必要はあると想います。「建前としてどうか」というよりも「これはそういうもの」として。ヒトは貧すれば鈍します。無理が通れば道理が引っ込む。

ちょっと話は変わりますがクルマの運転が上手い人なんかが、交通ルールをはみ出た電動キックボードや自転車やバイク、あるいは自動車に対しても半ば煽る様な運転をすることがありますが、あれも”相手がまともな運転をする”ことを前提とするというか、相手がイカレてるかもしれないし、あるいは普通に運転が下手で、調子に乗ったこちらが事故に巻き込まれることもあるようなぁと。いただき女子というか、性をマネタイズに使う女性は結構いますが、「年齢を重ねても想っている以上に精神的・経済的に弱い、まともでないオジサンもいる」ことを認識することは必要かもしれませんね。

ここまでネットの危険性というか、ヴァーチャルなことのマイナスな影響について話してきましたが、ネットというのは同時にかなり安価に色々な快楽を得ることも出来て。例えばApple Musicなら月千円強で幾らでも音楽をDigることもできますし、Youtubeならロハで幾らでもみれるし、インスタで色々見る分にもロハだし。このエキサイトブログも容量制限はありますが基本無料で使えるし、SNSは昔で言う行きつけの酒場みたいな場にもなってくれたり。ちゃんと割り切る處は割り切って、そしてカネを払うのは「承認欲求とか疑似恋愛でなく藝に対して」と一線を引ければ、webは独り者にはとてもいいサードプレイスになってくれると想うし、上手いことやっていきたいですね。

by wavesll | 2025-03-15 00:51 | 小噺 | Comments(0)
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