Los Thuthanaka - Los Thuthanaka (bandcamp)
何でも
Elysia CramptonとJoshua Chuquimia Cramptonの姉弟による、ボリビア人口の25%を占めるアイマラ人の民族的ルーツと実験的な電子音楽を融合させたクィア・ミュージックとのことですが、最初聴いたときにはあんまりピンとこなかったのですよね。”そんなスペシャルな音してるか?”と想ってしまって。
とはいえ、やっぱり気になって幾度か聞いていくうちに補助線となるものが自分の中で浮かび上がってきて、それで結構今は納得感というか”いいな”と想えたので、そういう気持ちの方向けの記事を書いたらいいんじゃないかなと。”ピッチフォークだからありがたがる”でも”ピッチフォークだから斜めに見る”でもなく”納得できる”というセンというか
まず想ったのは”この音の悪さを「短波ラジオを遠くに捕らえたもの」あるいは「天文台が捉えた宇宙からの電波」とみたらどうだろう”ということ。星単位の遠い地点の煌めきが、ノイズ的な粗さも混じりながら今耳に受信していると。そう思うとこの音の悪さが風情になって。
そしてその核となる「煌き」をどうみるかといえば、結構多くの人はボリビアっていうとウユニ塩湖が思い浮かぶと想うのですが、個人的にはボリビア旅行でこの音と結びつくとしたら、ラパスの町中の伝統的な衣裳の人たちとか、海を求めて領土の割譲をデモする人たちそしてラパス市街のCDショップのおっちゃんの人間味というか、こういう人たちから生まれるヴァイブズを凝縮して超新星爆発を起こした感じというか
さらに話を展開させると、最もこの音像に近いボリビアのイメージは南米三大カーニバルの一つであるオルーロのカーニバルだと想うんですよね。
カトリックの暦における“灰の水曜日”前の土曜日~日曜日(月曜日)の2~3日間に朝から深夜まで続くパレードでは元々は先住民族であるアイマラ族やケチュア族が持っていたパチャママ(地母神)信仰がキリスト教の聖母マリア信仰と結びつくと共にスペイン人侵略者を鬼(Diablo)と重ね恐ろしい踊りとして顕して。この爆ぜるパワーそのものがこのアルバムを理解する上で最高の補助線になってくれるのではないかと
古来には一週間がなり続けたというCarnival de Oruroのように激烈なエナジーが爆発し続ける、そんな姿を音として結晶化したのがこのアルバムだなぁと読み解くと、この音楽がとても魅力が増して私は大好きになりました。