
シェイクスピア『ヴェニスの商人』を小田島雄志 訳の白水Uブックスで読みました。ホント、こういう基本中の基本も読んでないのはいい大人として恥ずかしいですが、それでもまぁツラの皮が厚くなって、今更ながらにその感想を認めてみます
このヴェニスの商人、一読して『竹取物語』な要素もあれば『アカギ』な要素もあれば、『走れメロス』な要素もあって。物語世界の根幹的な御噺なんだなぁと。
解説を読むと14C後半のイタリアの散文的説話集『イル・ペコローネ』の四日目第一話であったり、13Cのイタリアの説話集『ジェスタ・ロマノーラ』の第三十二話などからシェイクスピアがアイデアを拝借した模様で、こういうサンプリング感覚ってHIPHOP以前からも普通にあるのだなぁと。音楽なんかでもよくパクリ論争がありますが、文学でも「創作」って「先行研究」をおろそかにしないことで寧ろ「魔法的なもの」が生まれるのだなぁ
さて、この物語に出てくるシャイロックという高利貸しのユダヤ人、シェイクスピアは極悪人として書いたそうですが、時としてテキストというのは書いた本人よりも慧眼をみせるところがあって、例えばこの物語のマジョリティであるキリスト教徒のヴェネツィア人たちが「正義」の側に立ってシャイロックを「非道だ」という一方で奴隷労働を下層の人々にさせていることの糾弾は、この戯曲当時は「屁理屈」でしたでしょうが、後世の今から見れば真っ当な非難に聴こえて。
そもそもシャイロックは「法律に従う、証文を交わしたのだから、約束を守れ」という主張で。これに対して主人公側は「慈悲は重要である」と主張する。ただ、ではシャイロックの性根をこうもねじ曲がらせてしまったのはユダヤ人差別が厳然としてあったからでは?
ユダヤ人が歴史的に苦境を負わされたのは誰もが知るところ。その民族的なルサンチマンや「生き抜くために高利貸し等の冷徹な仕事人になる」ことは、いわゆるマジョリティ側の国民がこうしたモンスターを生んでしまったところはあるでしょう。結局の処この物語も「本当に助けが必要な人は援けたくなるような言動をしない」という構造で、慈悲が必要なのは本当はこのユダヤ人であったのでしょう
ただ、20sの現代に於いてユダヤ人の民族的怨念は最悪の形でパレスチナでジェノサイドを生んでいて。またエプスタイン文書が明らかにするようにユダヤなどの超富裕層が性的凌辱を児童に加え殺人もしていたのはまことしやかに囁かれていた「肉をいただく」ことが陰謀論でなく本当にあってしまったという悪夢的状況で
我々20Cの人間はホロコーストに負い目があった、慈悲も必要だった。が、それで増長した「力」は、ヤハウェのように暴虐で、Evilそのものになっている。
閑話休題、櫻坂に京大生の子がいるらしいですね。その子がそうかは全く知らないのですが、ある小話で「金持ちは子どもに教育費用をたんまりかけるし美人をモノにするから、世代が経ると『美男美女の賢い奴』が生成される」というのを聴いて”厭な話だなソレ”と想って
反ユダヤ感情と相互作用するようにユダヤ人は民族的苦境故に強くならなければならなかった、そして優秀になる必要があった。実際、イスラエル人は音楽的にも素晴らしい才気を発揮しています。本当にうつくしいんですよ。
それはダボス会議などに参加するような世界のエリート層もそうでしょう。彼らは肩書だけでなく、きちんと努力しパワーを掴んだ (と少なくとも自分では想っている)。
そんな優秀な彼らが「我々はこれだけ頑張っているのだから、少しぐらい「御褒美」を得てもいいだろう」としたら?そしてその思惑が賢い人たちによって人権的とか或いは民主主義的な「きれいな言葉」で語られたら?
彼等がいわゆる「普通の人々、中流、下流の人々」から「ちょっとだけ肉をいただくのはいいだろう」として、左派・リベラルなんかもその「理念・ヴィジョン」には寧ろ賛同して、そうして普通の人々から肉が徐々にこそげおとされていって…エプスタイン文書によりそうした偽善的で醜悪な世界が暴かれてしまいました
現代日本でもシャイロックの言うように「ルールを守れ!」と迷惑外国人にいうことは、「良識派」から「慈悲が必要」と諫められますが、どうも私はこの世界はもう少し複雑な構造をしているというか、「その綺麗ごとが、もしかしたらより邪悪な存在が自身の利潤を増すためにけしかけているかもしれぬ」なんても想いますし、サンデルにも関連しますが「優秀な人が普通に優秀で、ちょっとご褒美・優遇・報いを普通に得ていることが果たして公正と言えるのか?」なんても想いますね。それに対してのルサンチマンの焔が轟轟としているのがトランプ以後の世界なのだろうと。かといってトランプも認知症気味な狂王であると。
シェイクスピアの時代から数百年、さらに深い見識から生まれる「偏りのない慈悲・大岡裁き」がこの世界には必要な気がします。
BIMHUIS TV Presents: Shai Maestro The Guesthouse Quartet
追伸
ただ、この「偽善」とされる「自由で民主的な体制の拡大」、その恩恵を戦後レジームで一番受けてきたのは日本国でもあると思
「悪漢」はワルくても大目にみられ「リベラル」は汚点があると偽善な状況
「どうやっても我々賢いんだから『傲慢』と言われちゃうじゃないですか〜」な左派リベラルに、極私的な助言をするとしたら、もっと「欲望」の話をするといいと想
「聖人君子ぶる」から僅かな汚点で叩かれるし恐らく一般保守層には「道徳的理想」より「欲望・利害ベースな話」の方が通じると想
無論エプスタインみたいな一般層がドン引きする「欲望」の吐露は最悪の逆効果。この匙加減はMJ(みうらじゅん)に学ぶとよいと想われ