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2011年 03月 15日 ( 2 )

自殺問題に取り組むわけ

なんで今回の地震で恐怖を感じなかったのかちょっと考えたんだけど、二度目の鬱の時に真剣に自殺を考えた事も一因かもしれない。

それ以前から、良く言えば想像力豊か、悪く言えば妄想僻がある俺は踏切で電車が通り抜ける時に<これに巻き込まれて死んだら…>とかトラックが通り過ぎる時に<もし自分に向ってきたら>とか想った。こないだ南米に行った時も飛行機が落ちたら…とか想ってた。いわば死が身近で、死の予行演習を何度もしていたから、あの程度の揺れでは死を感じなかったし、死を感じること自体日常の事だからそう大きくは動揺しなかったんだと想う。

あと基本的に俺は悪しき完璧主義があって、自分が何か不味い事をやってしまうと昔は死ぬほど後悔して、その場を上手く切り抜けられるようになるまで脳内シミュレーションを行ってしまうほどだった。しかし、何故か俺は<普通の感覚>がわからなくて、社会生活で何度も何度も失敗した。で、<普通>に合わせるため、何度も何度も失敗しながら<こういう時はこういう行動をすればいいのか>ということを、死にたいほどの後悔と共に積み上げてきた。

しかし、KESSでの失敗では休学、会社での失敗では休職→失職して自分自身がどうしようもなく異常に特殊で、到底普通に合わせられないと悟った。と共に、周りの人達は別に<普通>に合わせているわけではなく、<元からそのままで普通>なんだということも悟った。みな自分のやりたいことしか結局やってないんだと想って、ならば俺が遠慮する必要はないと想い、去年からの俺の行動に繋がった。

つまり、実力の全開放。元々の議論好きなところを<普通の人々>にみせる、他者に自分の要求を言い放つっていうのは、これから俺が鬱にならずに生きていく上では必要なことだと想ったし、<この姿を隠す心労>は俺にはダメージが深すぎた。言いたいことが言えないのは恐ろしいことだ。どこかで発散しないとまた自殺してしまうだろうという恐怖がある。今の俺には。

と、いうわけで俺にとって日本が産み出している自殺者3万人というのは、はっきりいって身を切り刻まれる数字に他ならない。他の地域では死なずに済んでいる人まで自らを死に追いやっていると想。こんなに多くの自殺者を毎年出す日本社会を俺は憎んでいる。ここを是正するためになら、火事場泥棒でもなんでもやるつもりだ。

だから、俺が自殺問題に関わるのは<俺に関係のある事柄>だからだ。そして俺にとっては今回の地震はやっぱり他人ごとの面が強い。そういうと心は痛むが、やはり自分には関係のないことだ。そう想わないと鬱になりそうで怖い。

俺は基本的には自分と関係のあることを増やして自分と関係のあることに取り組めば良いと想っている。例えば俺はワーキングプアだから、貧困問題にも取り組むとか。で、取り組み方は、その原因を探り、自分の中で解決策を出すこと。その問題を実際に解決する所まではできないが、自分の中である一定の答えを出せればそれでよいとしてるし、もし自分が解決できる立場に立ったらその策を実行してみたいと想ってる。南北問題などに関しては、自分自身で行動で関わるようになれば、本気で考えに取り組むようになるかもしれない。

で、俺が今回の地震について俺がそこまで乗り気じゃないのは、もはやプレートの問題は、俺が解決できるレベルを超えてるからだ。内陸10kmまで入り込む13mの津波への対応策なんか思いつかないもん。せいぜい<高台に逃げて>くらいだと想う。これに尽きてしまう。

とはいえ、地震当日にまるで自分さえよければ日本がどうなってもいいなんてことを画いたのは悪かった。すみませんでしたm(_ _)m

これからは<<自分に関係ない事で動く>>というのが一つ俺のテーマになりそうだ。
by wavesll | 2011-03-15 04:47 | 私信 | Comments(0)

勤労の強度

今日くらいは休みたかったのだけれど、子ども達のためだと想って三時間教えてきた。

しっかしびっくりしたなぁー、電車が止まってるから間に合わないっていったら「チャリでくればいいじゃん」だもんなぁ。渋ったら「今回はタクシー代出す」とは言ったけど、なんとか自力で辿りついてもねぎらいの言葉すらなく、ましてや特別手当すらなく、仕事して当り前って態度だったもんなぁ。

普通、こんな日に働いたら特別手当出すのは労働者へのねぎらいとしては当り前だよ。日本の労働者はサーヴィスのダンピングをしてると想う。本当はこんなにサーヴィスするならそれ相応の給料を支払われて当たり前なんだが、どうにも<働けるだけで満足>という感じだ。

これは労働者同士で団結して主張すべきことだと想う。あまりにも日本の労働者は主張しなさすぎ。ストライキとかやれば労働環境が良くなるのになぁ。なんかそういう行動がKYみたいになっちゃってむしろ労働者同士で蔑むからダメなんだよなぁ。奴隷根性だ。

『ナニワ金融道』を画いた青木さんがその著書の中で<労働の強度>という概念を話していた。つまり同じ時間働いても、労働の強度が違うとそれを回復させるため、労働力を再生産する為には大きな快楽や休息が必要になるという話だった。

現状の日本のサーヴィス業を労働の強度で、高額なサーヴィスと低額なサーヴィスにするのもいいかもしれない。サーヴィスも商品だとして労働者が選べるようになるべきだ。

勤務間インターバルにしても、欧州は11時間なのに対して日本では8時間や三菱重工は7時間だ。

また2000時間近く働いているのに国際比較で一人当たりのGDPは23位に甘んじている。生産性が低い労働が行われているんだよ。絶対。

日本のGDPが低いのは労働者にきちんとした報酬が支払われなくて企業の内部留保ばかりが増えて、結局市場に金が回らないからではないかとすら想ってしまう。もっと内部留保を吐き出すべきだ。これは経団連ですら言っている。

内部留保があると確かに企業の安定性が高まり、株主にとっては好意的にみられるが、企業のステークホルダーは株主だけではない。従業員もステークホルダーであり、下請け・孫請け企業も上流企業の<顧客>であるというのはドラッカーも言っていることだ。現在のように上部だけが肥え太る体質は改善しないといけない。

思うに日本では勤労が所与のものとして考えられているというのが諸悪の根源な気がする。国民の三大義務のうち一つが勤労であり、これは裏返せば<消費者>にとっては勤労は<権利>であるというのが意識の上で消費者をモンスターにさせてしまっているのではないか。その結果労働者としての自分の首を絞めて仕舞っているのではないかと想う。

俺は、日本人は<勤労の強度>をもちょっと柔らかくした方が幸せになれると想うなぁ。
by wavesll | 2011-03-15 02:25 | 私信 | Comments(0)