2018年 04月 02日 ( 1 )

『エジプト神話集成』杉 勇 翻訳 , 屋形 禎亮 翻訳 人の理解を超越した神の争いと分かり過ぎる人の世の教訓文学

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『エジプト神話集成』杉 勇 翻訳 , 屋形 禎亮 翻訳(筑摩書房)を読みました。

古代エジプトは紀元前3000年頃に統一王朝が誕生したと言われる。ファラオ(王)たちが永遠の命を求め、神々への賛辞を謳う一方で、庶民のある者は労働の苦労や恋心を歌にし、またある者は官吏になることを目指してさまざまな教訓を学んだ。ピラミッドに刻まれた碑文やパピルスは、太古の言葉を今に伝える重要な資料である。本書は「ホルスとセトの争い」、「メンフィスの神学」など有名な神話に加え、「ピラミッド・テキスト」、神々への讃歌、処世訓などを原典から直接訳出して収録。後世の神話や文学にも絶大な影響を及ぼした作品がここに蘇る。

という本書。神にも比される存在であるファラオ、そして領主の絶対権力と市井の人々の苦難、そして人智を超えた神の世界。生き生きとかの地の伝説を今に伝えてくれます。

特に強い印象を受けたのが『ホルスとセトの争い』というイシスの子であるホルスとオシリスの弟であるセトの争い。これが本当に理解不能というか、双方男なのにお互いに精液を相手に注いで孕まそうとしたり、変身・策謀なんでもありの神々の闘いは安能務そして藤崎竜による『封神演義』を見るかのような幻想バトルが展開されていました。

また日本の神話もそうですが、エジプト神話も「人間界の王」の上に「神界の王」が居り、それとは別にさらに上の世代に「国産みの神々」がいて。つまり王権を握った一族の守護神が世界をつくった訳ではない。そこに素朴な謙虚さを感じたり、「世界の始まり」はやはり不可知の神秘なのだなと想いました。

そして時代は下って、人の世。古代エジプト文学の最も特徴的なものに”教訓文学”というものがあるというのを今回初めて知って。例えば『宰相プタハヘテプの教訓』はほぼ完全な形で残されている最古の教訓文学で、引退する宰相プタハヘテプが彼が継がせようとしている息子に対して伝達する教訓となっています。

これはつまるところ処世術なのですが、この中で幾度も伝えられていることが「余計なことは喋らず、沈黙が身を助ける」ということで。BlogやらTwitterやらやっている身としてはなんとも耳が痛いのですが、確かに時に言葉を発するよりも黙ることで相手の言葉を引き出した方が上手く物事が行くことってありますよね。

この教訓文学では「己の知識を誇るな」とか「どんな相手でも礼を以て接せよ」などが書かれていて。これはつまり”傾聴せよ”ということに繋がっているように思います。『雄弁な農夫の物語』もそうですが、古代エジプトにはべしゃりの才が迸った人が多かったのかもしれません。

必要とされる時に言葉を発する。激情に流されない。SNSで色々なものが漏洩してしまっている今こそ古代エジプトの智に耳を傾けるべきかもしれません。

聖蛇と鰐が戯れるナイルの物語は神の美をもって古の空気を伝えてくれます。注訳がとにかく多く、そこは初読では飛ばしながら読まざるを得なかったのですが、注に頼らずとも脳内にヴィジョンが浮かぶようになったら本当に面白くなっていくタイプの本かも。現在、政情が不安定な地ではありますがいつか彼の地を訪れ、砂漠の風、ナイルの熱を浴びてみたくなる、そんな興味を喚起される書物でした。

by wavesll | 2018-04-02 20:42 | 書評 | Comments(0)