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SNSの”正しい息苦しさ”に岡田尊司『過敏で傷つきやすい人たち』を読む ー鈍感と過敏は同居し、愛着障害による幸福感の欠如は零百思考をしないことと安全基地をつくることから改善する

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ふかわりょうの「ハイレゾ社会に御用心」というコラムを読んで”ハイレゾに関する基礎知識では間違っているけれど、Twitterがどんどん些細な粗さも許されなくなってきているなぁ”と想う昨今。

個人的には「少しのズレも許せなくなっちゃった」という意味で『LOVE PHANTOM症候群』と名付けているこの現象を考える上で岡田尊司『過敏で傷つきやすい人たち』を読んでみました。

やー!この本は面白い!同著者の『対人距離がわからない』はあまりガツンと来なかったのですが、『過敏で傷つきやすい人たち』の内容は上のような問題意識を持っていたからか、かなりするっと入ってくるものでした。

本書の中で語られるのは過敏性を持っている人は”ネガティヴな認識をしがちな人”よりも生きづらさを感じやすい事。そして遺伝などの生得的要因と強い結びつきがある神経学的過敏性よりも、養育要因や社会的体験、愛着対象との関係が強く影響する心理社会的過敏性が不味い場合の方が生きづらさや幸福度に強い相関を示すという事。

面白いなと想ったのは過敏な人は同時に鈍感な一面(低登録)も持っているという事。それ故ワガママだと認識されたり、人から指摘されることも多く、ネガティヴな認識を持ちやすい傾向がある、と。そしてネガティヴな認知以上に過敏さと強い相関があるのが、全部良いか全部悪いかのどちらかになりやすい両極端な認知(二分法認知)の傾向でした。

過敏性の原因には発達障害や愛着障害も成り得て、不安定な愛着は「他人には何も期待せず関わりを断つ回避型」か「大騒ぎして愛情や関心を得ようとする不安型」をもたらします。そして愛着不安が強い人は幸福度が低くなる傾向がかなり強いそうです。

愛着は単なる心理的現象ではなく自律神経系の働きに密接に結びつく生物的・生理的なもので、愛着が安定した人はストレス耐性が強いのに対し、不安型愛着の人はストレスに対して情緒的反応が過剰になりやすく、家族やパートナーにも愛憎の両方を巻き起こしやすく、ストレスも長引きやすい、と。

一方回避型愛着スタイルの人は一見クールに見えながら、実は気づかないふりをしているだけでストレスホルモンは上昇しており、直接自分がストレス源と関わる立場になるとポッキリ折れてしまうことがあるそうです。

愛着障害はもともとは親から虐待されたりネグレクトされた幼児に使う言葉でしたが、実際には大人になっても引き摺っている人が多く、その人たちを「未解決型愛着スタイル」と言うそうです。

ではどうすればいいのか。本書は過敏な人の適応戦略として

1. 刺激量を減らす
外からの刺激が閾値を超えないようセーブ。頭に出てくる雑念は懸案事項を書き留めることで外部化し抑える。またこのタイプの人と話す人は喋り倒さず沈黙も設ける。

2. 刺激を予測の付くものにする
生活や活動をルーティン化し、予測ができるようになると刺激の苦痛は半減。このタイプの人と付き合う人はサプライズは避ける。

3. 安全限界を超えない
刺激が閾値を超えそうになって、イライラや疲労感、集中力の低下などの兆候を見つけたら限界を超える前に止める。休みの日にぼーっとすることもメンテナンスとして大切。

4. 薬も効果的

5. 不快な刺激やストレス源の人間などを回避する

6. 感覚探究が高く神経システムが安定するために必要な刺激量が大きい人は旅行や芸術、スポーツなども大切に

7. 低登録な人は気が回らなかったり切り替わりが悪いと言われる人もいるが、寧ろ運鈍根は信用を得ることも。また過敏さと鈍感さが同居している人の過集中は天才的な閃きを生むことも。

8. 低登録の人は大きな刺激でないと感応できないので、スイッチが入りやすいように刺激強め、行動や質問と組み合わせてメッセージを送る

等が挙げられていました。(過敏な人たちは多様であり、これら等から自分に合うメソッドを自分で選び出すことが大事。)

本書はさらに進んで、過敏性を克服するために

1. 肯定的認知エクササイズで幸福と社会適応を高める

・感謝するエクササイズで、得ることが出来ている快楽に馴れっこにならないようにする
・「奇跡が起きて何でもできる力を得たとしたら、あなたはどうなりたいですか」という希望のエクササイズをする
・親切にするエクササイズはオキシトシンを分泌させる

2. 二分法的認知の克服エクササイズ

・良いところ探しのエクササイズ
・許しのエクササイズ
・第三者の視点を持つメタ認知のエクササイズ
・自分が相手と入れ替わるエクササイズ

・マインドフルネスの三分間呼吸法
背を伸ばし座って目を閉じ、1分目は自分の心の状態を感じ、2分目は呼吸を意識し、3分目は足先から膝、腿、尻、腹、背中、腕、肩、首、顔、頭の感覚に目を向けボディ・スキャニング。

・ひたすらポジティヴであればいいのではなく批判的な目も持たないと危険

・行動目標は小さなゴールの成功体験を積み重ねる
・主体的な関与が苦痛を減らす

3. 安全基地を強化する

・一日中ぴったりとくっついていられ、安全で、心地よい存在で、自分の反応に応えてくれる存在=安全基地をつくる

・ケアが必要な人の問題を解決する時は、その人をケアする人の大変さを受け止めたり本人の状況の理解を援けたりすることが効果的。

・愛着は相互のものであり、不快な相手は逆に自分のことを不快に感じていることも。相手を責める前に自分を客観視することが肝要。

・相手を全否定することは人間関係を破壊する。つい気を許して口にする否定的な口癖も積み重なれば相手を安全基地ではなくさせてしまう。

・人が健康に生きていくには依存と自立両方が必要

・安全基地になれない人からは、心理的、物理的に距離を取る

・恋愛や家庭でなく、仕事や趣味が安全基地になることも

という過敏性の本の愛着障害の克服に安全基地が大事だということを記し本書は終わるのですが、ここまで読んで冒頭のSNSの「少しのズレも許せない症候群」に関して、寧ろSNSを安全基地としている人が多いことの裏返しなのかもしれない、なんて思いました。

明け方書いたエントリで「左の人は無自覚な右の人を受け止め諭す度量がないと現実は変わらない」と書きましたが、寧ろSNSでのエコーチェンバーが安全基地としての機能を果たしているとすれば、無理に意見を異にする人と交わろうとするよりもクラスタで固まることが精神を安寧させるのではと。そういった意味でブロックやミュートを駆使するのは現実的改善かもしれませんね。

その上で、他者、それも「当たり前」が異なる人と語り合おうとする人は、クソリプの応酬だと拒絶されぬ工夫、例えば「Yes~but~」法などを使うことが、鬱憤晴らしに終わらない実効力を持つのではないかと改めて記してこの記事を終わります。

by wavesll | 2018-06-19 19:15 | 書評 | Trackback | Comments(0)

岡田 尊司 著『対人距離がわからない ─どうしてあの人はうまくいくのか?』読書感想メモ

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コミュニケーション指南書として期待していた柔らかい感じではなく、教科書的な堅めにコミュニケーションタイプによって人々を分類して、それごとの特質を分析・羅列する本でした。

人と親密になりやすい演技性パーソナリティーは幸福度が高いが、長い付き合いの中では真面目な強迫性パーソナリティ―の方が人から重要視されるとの話。またシゾイドや回避性パーソナリティー等のヒトとの関わりから遠のくタイプは幸福度が低いとのこと。

多くのコミュニケーション不全が自分に重なりなりつつもほとんどの話は深く刺さることはありませんでしたが、言語性IQ、動作性IQの他に処理速度という軸が社会の中でのロールを決めるという話と、「自分の悲しみやつらさを乗り越え、相手の視点など自分を超えた視点で振り返り、それを許そうとする」という「メンタライゼーション」という技術が人生を前向きに安定させるという話は興味深いものでした。

演技性パーソナリティーや反社会的特性のある人間に対しては拒否をきちんと主張しつつ、自分自身はそういうライフハックをすることを現実を上手く廻すために薦めながらも、最後に他者の心を打つのは真っ当な誠実さだと読めて、綺麗な噺に落ち着いたと感じました。

この著者はみてみると似たようなテーマで本を量産していて、ちょっと看板や視点を架け替えてるだけだと感じてもうこれ以上金を払うことはしないだろうけれど、一人の人間のリソースではそんなに多種多様に深く物事を書き記せるものでもないから、食っていくためには少しインスタントになっても新作を出し続ける必要があるのだろうなと。

お薦め度は3/10。特に「コミュニケーションのコツが知りたい」だとタイトルを観て期待した人にはあまり参考にはならない本だと想います。


by wavesll | 2018-06-13 05:01 | 書評 | Trackback | Comments(0)

ケリー・マクゴニガル監修『図解でわかるスタンフォードの自分を変える教室』で呑む量を梳く。

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元TOKIOの山口メンバーのアルコール依存症の話を聴いたとき「自分も”今日は何もなかったな”なんて日についつい酒を飲むことで脳を疲れさせ何かした気になっちゃうことあるな」と少し怖くなり、酒量を減らそうと試みました。

取敢えず飲むの抑えようと決めた週は平日5日飲まず、その後は大体休肝日を週3くらいやっていて。特に必要のない時は飲まない感じにしていきたいです。

そんな中で一助になってくれたのが『図解でわかるスタンフォードの自分を変える教室』
脳科学、心理学から意志力を身体的心的に鍛える方策が書いてあって。サクッと読めました。

中でも心に残ったのは「よいことをすると悪いことがしたくなる」の章。この心の働きに「モラル・ライセンシング」という名称があるとは。

自分を甘やかさないためには「今日と同じ行動を明日もとる」と決意することで”今日まではイイや・明日からやろう”というのに意思の力で乗り越えるというのも面白いなと。

意志力を充電するためには睡眠をとる、血糖値をあげる、自然を浴びることがいいというのも具体的で。これは試してないけれどマインドフルネスのHow toも書いてありました。

君子危うきに近寄らずというか、金持ちはコンビニに寄らないと聴きますし、ドーパミンの誘惑をそもそも起こさない行動パターンを選ぶのはいいですね。逆にストレスも意志力への大敵で、そういう人物や事柄からも身を離すのが普通に心身に良いのだなと。

また敢えて誘惑に負けて”欲望に従ったけれど想ったほど歓びはなかった”という悟りを得たり、或いは欲望のニンジンを使って意義あることへのモチベーションにするというのも当たり前の言説だけれど、その当たり前の積み重ねが善い習慣なのだと。例え欲望に一時負けてしまっても”もうどうにでもなれ”でなく、レジリエンスが大切なのだと。

レジリエンスでいうと”やらなきゃならないことの動き出し”が私は遅い癖に小さな失敗でも零百思考をしてしまって。それでも小さく細かくしてとっかかるとスッとやれるもので、反復とレジリエンスはハイ・スタンダードを造れるなと。

一方”やらないようにすること”では個人的には酒が一番飲みたくなるのは飲んだ翌日の夜で。そこを乗り越えると結構いい感じに楽に過ごせる感覚があります。欲望をなくしすぎると何のために生きてるのか分からないから、さらに高い欲望に誘導できるように自分をハンドリングしていけたらと想います。

酒以外の所でも最近スマホから2chビュウワーを削除したりPCからブックマークを削除したりして。環境を整備すること、ちょっとした段差をつけることで行動の変化に繋げられるんだなぁという実感があります。

”生産性”なんて言葉はどうにもアレだと想ってしまう人間でゅ ゑ 、ζ、 ゎこそ善きかななんて想ったりしてしまいますが、もうあまり箴言も受けない年ですし自分の躾は自分でしていきたいなーと。取り合えず腹も凹むし懐にも優しいし減呑は無理のないペースで続けていきたいです。

by wavesll | 2018-05-28 05:29 | 書評 | Trackback | Comments(0)

『エジプト神話集成』杉 勇 翻訳 , 屋形 禎亮 翻訳 人の理解を超越した神の争いと分かり過ぎる人の世の教訓文学

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『エジプト神話集成』杉 勇 翻訳 , 屋形 禎亮 翻訳(筑摩書房)を読みました。

古代エジプトは紀元前3000年頃に統一王朝が誕生したと言われる。ファラオ(王)たちが永遠の命を求め、神々への賛辞を謳う一方で、庶民のある者は労働の苦労や恋心を歌にし、またある者は官吏になることを目指してさまざまな教訓を学んだ。ピラミッドに刻まれた碑文やパピルスは、太古の言葉を今に伝える重要な資料である。本書は「ホルスとセトの争い」、「メンフィスの神学」など有名な神話に加え、「ピラミッド・テキスト」、神々への讃歌、処世訓などを原典から直接訳出して収録。後世の神話や文学にも絶大な影響を及ぼした作品がここに蘇る。

という本書。神にも比される存在であるファラオ、そして領主の絶対権力と市井の人々の苦難、そして人智を超えた神の世界。生き生きとかの地の伝説を今に伝えてくれます。

特に強い印象を受けたのが『ホルスとセトの争い』というイシスの子であるホルスとオシリスの弟であるセトの争い。これが本当に理解不能というか、双方男なのにお互いに精液を相手に注いで孕まそうとしたり、変身・策謀なんでもありの神々の闘いは安能務そして藤崎竜による『封神演義』を見るかのような幻想バトルが展開されていました。

また日本の神話もそうですが、エジプト神話も「人間界の王」の上に「神界の王」が居り、それとは別にさらに上の世代に「国産みの神々」がいて。つまり王権を握った一族の守護神が世界をつくった訳ではない。そこに素朴な謙虚さを感じたり、「世界の始まり」はやはり不可知の神秘なのだなと想いました。

そして時代は下って、人の世。古代エジプト文学の最も特徴的なものに”教訓文学”というものがあるというのを今回初めて知って。例えば『宰相プタハヘテプの教訓』はほぼ完全な形で残されている最古の教訓文学で、引退する宰相プタハヘテプが彼が継がせようとしている息子に対して伝達する教訓となっています。

これはつまるところ処世術なのですが、この中で幾度も伝えられていることが「余計なことは喋らず、沈黙が身を助ける」ということで。BlogやらTwitterやらやっている身としてはなんとも耳が痛いのですが、確かに時に言葉を発するよりも黙ることで相手の言葉を引き出した方が上手く物事が行くことってありますよね。

この教訓文学では「己の知識を誇るな」とか「どんな相手でも礼を以て接せよ」などが書かれていて。これはつまり”傾聴せよ”ということに繋がっているように思います。『雄弁な農夫の物語』もそうですが、古代エジプトにはべしゃりの才が迸った人が多かったのかもしれません。

必要とされる時に言葉を発する。激情に流されない。SNSで色々なものが漏洩してしまっている今こそ古代エジプトの智に耳を傾けるべきかもしれません。

聖蛇と鰐が戯れるナイルの物語は神の美をもって古の空気を伝えてくれます。注訳がとにかく多く、そこは初読では飛ばしながら読まざるを得なかったのですが、注に頼らずとも脳内にヴィジョンが浮かぶようになったら本当に面白くなっていくタイプの本かも。現在、政情が不安定な地ではありますがいつか彼の地を訪れ、砂漠の風、ナイルの熱を浴びてみたくなる、そんな興味を喚起される書物でした。

by wavesll | 2018-04-02 20:42 | 書評 | Trackback | Comments(0)

『BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”』ウルトラマラソンにかけることへの愛

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『BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族”』を一気呵成に読んでしまいました。超弩級のスゴ本。ベストセラーになるには理由がある。これ読んでブチ上がらない人類はいないって出来。

物語は著者がランニングで足を痛め、医師達から「ランニングは足に悪いからやめなさい」と言われ続け、それでも走りたいと調べメキシコ辺境に棲む”走る民族、ララムリ”が「80才でも数十キロ走る」と聴き、彼らを探し当てる旅に出る処から始まります。

そこで出会った正体不明の男、カバーヨ・ブランコが話すララムリが参加したアメリカの苛酷を極めるウルトラマラソン大会での激烈なるレース!もうほんとここら辺からどんどん話がドライヴしていって。

ナイキを始めとするランニングシューズメーカーへの”裸足派”からの”高機能・高価格よりもローコストのシューズ方が足を痛めない”という批判や持久力走狩りでは女も活躍したという長距離を走ることへの人間の進化生物学的な話、そしてクライマックスは世界最強のウルトラマラソンランナー達VSララムリの精鋭によるウルトラマラソン・レース。矢継ぎ早に繰り出される"RUN"のストーリーがあまりに面白すぎてハイスピードで読破に駆られました。

この本がきっかけで一時期五本指シューズが流行ったり、ララムリの昼夜ずっと走るララジパリという祭りが幾つかのTV番組で取り上げられたりしてこの本へ”文化的な側面での楽しみが大きな読書体験になるかな”と想っていたのですが、本書の眼目は”身体に負荷がかからない太古からの理想のランニングフォーム”と”競走への熱そして愛”だと。特にレッドヴィルの描写は凄まじく面白い。

長距離走は究めて平等なスポーツで、短距離走と比べて男女の差が小さいばかりかウルトラマラソンは女性の方が完走率が高かったり、19才と64才が同じようなタイムで走れたりもするという意外な事実が在ったり、ララムリの走りの秘訣は「楽に、軽く、スムーズに走ることで速くなる」ということは様々なことへの示唆を与えて呉れる気がしました。

また登場人物も曲者揃い。ウルトラマラソンへチャレンジする人たちはやっぱりどこか頭抜けていて、もう走ることそのものへの愛情に満ちあふれていることが伝わって。

金の為でも名声の為でも、誰かに評価されるためでもなく、ただひたすらにRUNNINGの楽しさを駆けていく。誰に遠慮することもなく、自分が出せる最上の100%を走り抜けらえれる歓び。時に無鉄砲でもLOVEがあふるる兵どもの人生懸けの駆ける姿に心打たれました。

私自身いま迄2度河口湖マラソンで42.195kmを走っているのですが最近は弛みまくっているので、これを機にまた駆けだしたい心にMoveされました。ウルトラマラソンはNHKBSのGRATE RACEとかみてると別次元な世界に感じますが、またフルマラソンに挑戦したい。サブフォー、そしていつかアテネクラシックマラソンを走れたらいいなぁ。

by wavesll | 2018-02-28 23:41 | 書評 | Trackback | Comments(0)

2月22日26時に聴く怪談風朗読 萩原朔太郎「猫町(ねこまち)―散文詩風の小説―」



TL曰く2/22はにゃんにゃんにゃんの日と。せっかくなのでこの機会に『猫町』を読もうとシ、この朗読動画を見つけました。『猫町』、こんな話だったのか。

旅の話、それも不思議な旅の話。主人公は普通の旅に飽いて麻薬で精神世界に遊ぶ者で、近所を歩くときもまるで杜王町で起きるような奇妙な体験が語られて。その”わたし”が北陸で体験した妖しい事象の想い出噺。

この不可思議な噺が、しかし素っ頓狂に聞こえないのは”わたし”の語り口が非常に理知的であったということが大きくて。三半規管であったり、軽便鉄道で在ったり、微分であったり。科学的知見が物語をさりげなく支えている。

1935年当時と比べて2018年は科学技術の発達は目を瞠るばかりであり、文学者にとってテクノロジーに文学的な心象風景を託すことに手におえていないのではないか等とふと思い、いやいや、原子力に於ける『鉄腕アトム』、ビデオテープに於ける『リング』、インターネットに於ける『マトリックス』その他サイバーパンク、新技術は文学に新たな地平を造ったではないかと思い直し。

けれど、このレトロな旅行記が持つ古風だけれどもホラーな味わいは、野生の思考的な人間の身体が太古から持っているRhythmを刻鳴しているように感じた。

因習、宗教、迷信。これらの風俗・文化に於ける”異境の味”は、旅に於ける快楽の源泉であって、その向精神的な作用こそが物理移動を越えた精神の移動であると、私は想い、その意味でこの奇っ怪な旅行記はまさしく39:22の異界への旅であると感じた。

その上で、けれどヒトはヒトであって、ヒトとの交わりによる物語性は一種差別的で妄想的なファンタジーを崩していくし、”ちゃんとして”いる。こうした向精神的な刺激を求めることは得てして”スピリチュアル”と浅薄な行為であるとされる。

それ故、こうしたものを旅に求める姿勢は極論的には麻薬を求めるに近いアティチュードであり、どこか後ろ暗いものがあり、その翳の中に静かに、究めて平静を装いながら語られるべきものだなと、私はこの朗読を聞いて想いました。

by wavesll | 2018-02-23 02:22 | 書評 | Trackback | Comments(0)

「俺になれ」を越えて -『高校生のための批評入門』を読んで

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一時期、男友達と話すとどいつにもこいつにも「俺になれ、俺のような価値観を持ち行動しろ」と言われているような気分になったことがありました。

それは恐らく被害妄想で、彼らは彼らの最善手と想う話をしてくれただけで、寧ろ「俺になれ」と望んでいたのは私で、相手が共感を示さないことに独り相撲でイラついていたのかもしれません。

大抵の人にとって最善の行動のラインは一つで。勝ち筋を一つしか見いだせない結果他人に助言する際に「俺になれ」となりがち。それは器の小ささでもあり、”本当に求められている言葉・態度ってどんなものだろうか”と想っていたのですが、この筑摩書房『高校生のための批評入門』はそれを考える一助になってくれました。

この本は批評のメソッドを直接的に解説する本ではなく、11のテーマで選ばれた51の批評文が載っているものです。批評の対象も、芸術作品や文学作品の批評というよりも世界が広くて、イルカ漁に関する反応の話から、奈良時代の世界音楽フェスティバルについての話、さらには「紐の結び目」についての話など多岐にわたっていました。

様々な世界の一端へのそれぞれの著者の視点を批評文ーそれは内なる声、世界への違和感であったり、個人的な想念ーを読み、そして付属の現代文的ワークをみながら感じたのは『違う視点の提供』や『易々と同一化しない』ことの意味。

相手の発言に対して理解を示すことは同調することがすべてではなく、異なる視点、違う人間としての言葉を出すことでもあるのだと。芯を食った批判は時に自分の同調者よりも語られていることを理解していることもあるかもしれないと想ったのでした。

全てが賞賛され、全体が盛り上がるのは楽しいものです。それは例えば「バーフバリ!バーフバリ!」と歓声を上げるマヒシュマティの国民をみても明らか。けれど、大いなる予定調和の中で塗りつぶされようとしてしまう”声”はないのか。その”声”も尊重されるべきではないかとも思ったのです。

ところで私は昔から”空気が読めない”、或いは”変な人”なんて評価を受けることが多かったのですが、個人的にはかなり保守的で付和雷同な人間なのではないかと思っていて。

自分で一から考えるというより”その分野に詳しい人たちの発言を調べ、その最大公約数を情報分析し、自分なりに噛み砕いて語る”ことが基本ラインで。

その結果情報処理は得意になったのですが、問題設定能力、つまり”問い”を創るのが不得手で。自分自身で課題を設定して意思決定する推進力が弱いところ、誰かの後に付いていくのではなく道を切り拓く力が弱いことがコンプレックスで。

自分自身が付和雷同的な人間だから、相手にも付和雷同を求めて「俺になれ」のような感覚を持ってしまっていたのかもしれないと今思います。

そして今回「批評・批判が必ずしも相手を貶すことではない」と腑に落ちたのは、長文で丁寧に文章で諭され、心に栄養を摂取できたことがあったと思います。

自分と違う感性の話を納得するにはしっかりとした分量での語りが必要になるのだと想います。批判自体は良くても、説明が足りていない批判だと価値が認識できず、反発を起こすことがあると。これは「自分の考えが理解されない」と相手の理解力の乏しさを逆恨みする前にも考えたいこと。

他者や周囲と全く異なる考えを持つことを恐れない、或いは相手に安易に同化を求めない。そして安易に譲らない。

言葉を尽くした上で異なる視座が同時に存在することを認める。I'm right, You're right. No one is left here.の心意気を持ちながら個人としての”自らの感覚、或いは違和感”を大切にする。そんな姿勢をこの本から学びました。

by wavesll | 2018-02-07 20:21 | 書評 | Trackback | Comments(0)

他者としての”己の変節”から足場の悪い誠実性に生きるー千葉雅也『勉強の哲学 来るべきバカのために』から想ったこと

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千葉雅也『勉強の哲学 来たるべきバカのために』を読みました。

勉強することはあるノリ(共同体のコード)から別のノリに移り、ノリが悪くなること、キモくなること。

アイロニーに走って水を差し続けたり、逆にユーモアで連想を広げ過ぎてナンセンスになってしまうことを越えて、自分自身の享楽的なこだわりに自覚的になり小賢しいバカになることを目指すべき。と説く。

その上で有限化というキーワードを駆使して具体的な勉強法も提示するという、非常に読み易く、またフランス現代思想に裏打ちされた書籍となっていました。

東浩紀『観光客の哲学』を読んだ際に”『存在論的、郵便的』と比べてかなり読み易いけれども結局『観光客』についての記述が芯を食ってない”なんて想ったことを思い起こして。

その上で『勉強の哲学』の補論を読むと『観光客の哲学』は哲学の枠組みをダイレクト気味に出していて、『勉強の哲学』は極めて分かりやすく具体例まで噛み砕いてくれている書なのだなと。相当に分かりやすい。

勉強する前の人は無自覚に所属するコミュニティの論理にしたがって生きている。勉強をすると、他者の話にノリで共感を示せなくなって一次情報等の論拠を求めるようになる。

けれど”どの共同体にも越える最終論理はないから、アイロニーの突き詰めは不毛”。等の話はかなり腑に落ちるところがありました。『エレガントな宇宙』を読んだ時に”この世の全てが弦の振動なら人間世界のルールには何の意義もない”なんて思ったことを思い出してw

また「人は誰もマゾヒズムの快楽を得ている」としていて。みなさんがどうかは分かりませんが私は一時期自らを弄ることで悦びを得ていました。それは芸人根性というか、ネガティヴを笑いに換える行為で。この本でアイロニーをツッコミ、ユーモアをボケと説明することの背景にはマゾヒズム=芸人根性という視座があるのかもと思いました。

コミュニティのノリの話だと共同体内部での”役割やポジション”も言動形成に大きな影響を与えるようになる実感があります。

看守と囚人の実験でもそうですし、鶏口となるも牛後となるなかれとは良く言ったもので、自分が下位としてギリギリ入れる集団にいるよりも自分が上位に在れる集団にいる方が活き活きと能力が開放されることはあると思います。逆だと無為に道化になってしまい自己嗜虐に繋がる。

そうした意味で”在りたい自分であれるノリの共同体”をみつけることは人生に於ける幸福度を極めて高めることになるのではと想います。それは本書に於ける”享楽的なこだわり”を共有しあえる場なのではと。

その上で”ノリを変えること”が”過去の自分から変節し裏切ること”でもあるように私は思ってしまうのですが、それは決して悪いことだけでもないのではないかと思うのです。

例えば私は生徒の頃は勉強と漫画が好きでその後はロックンロールに心酔したのですが、その頃は漫画やロックの非常に強い刺激に麻痺し等身大の刺激に反応できない状況がありました。

言葉でのバーチャルな学びをするだけで生身の感覚を知らなかった。素晴らしい藝術は精神を加速してくれますが、それは他者の創造物。その後自分で手を動かしたり人生の現場を潜り抜けることで挫折も含め己の身体性の分を知って行くことになりました。

そうしていく内に世間一般として音楽のプレゼンスが落ち、そして”ダッド・ロック”と言われるようにロックがクールさが目減りしてラップ、R&B、ジャズ、或いはアイドルなんかが時代の寵児になって行って。私自身の聴く音楽もロックだけに止まらない、新たな領域に拡大していくのを少し後ろめたい気持ちを持ちながら拓いて行きました。

そうなると昔の言動から変節するところが生まれてきます。それは昔の自分の責任を放棄しているのではないかと想ったり。

けれど、今は”逆にそれがいいんじゃないか”と。「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という格言に対し”俺は愚者だなぁ、実際に自分がそうならないと解からない”と思うのですが、ここで効いてくる。

『己の変節』を経験することで、他者としての”昔の自分”と”未来にそう変節するかもしれない自分”に想像力や共感が及ぶというか。今の価値観が絶対でないと想えること、不安定で宙ぶらりとした居心地の悪さはありますが、一種の誠実さがある態度になる気がしているのです。

別の可能性を想起することは自信満々の態度を取れなくなってしまう気もして、それは時に信頼を得難かったり他者の押しに脅かされることもあります。誠実であるよりもハッタリをかます方が現実的な力を得ることも。それでも”己の正義”に少し斜めの目線を持つくらいの用心深さを持つ老獪さが最新の最適解だと今は想う所です。

先日出た『メイキング・オブ・勉強の哲学』も気になる處。勉強は必ずしも現実的にいいことばかりでもないですが、自分なりの誠実な勝ち筋を探究していけたらいいなぁと。そして此の記事自体が脱共同体的で自己目的的な享楽のノリの語りに他ならないなと思ったのでしたw

by wavesll | 2018-02-05 23:08 | 書評 | Trackback | Comments(0)

『欲望の資本主義2018 闇の力が目覚める時』をみて

欲望の資本主義2018 闇の力が目覚める時をみました。


現代の気鋭の経済学者、哲学者、ジャーナリスト、投資担当者などが語る現代資本主義の様相。

『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』そして『欲望の民主主義 世界の景色が変わる時』に続く本作、今回中心に据えられた経済思想はシュンペーターとマルクス。『創造的破壊』と『資本主義はその成功ゆえに自壊する』、そしてシュンペーターがマルクスの思想から見出した資本主義に潜む『闇の力』が論じられていました。

番組では現在進むインターネット技術による社会変革が、中流層から富を奪い極一部の超富裕層との格差を広げていること、技術革新が賃金上昇に繋がらないことが社会に不安要素を産んでいると論じます。

そしてAI技術などによって現在の業務の半数ほどが機械に置き換えられる結果、仕事がなくなるため、経済を回すためにベーシックインカム等が行われるかもしれない、実際にニクソン大統領の頃にベーシックインカムは施行直前まで行ったと語られます。

けれども、現状をみていると、そういう楽天的な状況が訪れるという未来観測よりも、超・資本主義というか、ロボット資産を持つ者、或いはGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)等の圧倒的なプラットフォーム資産を持つものが容赦のない利潤を上げ、大衆は鵜飼の鵜になるディストピアな未来が見える気がします。

実際、今までの技術革新による生産性の向上は労働時間の短縮をもたらしませんでした。”より良い生活”を求めて人は”仕事がない状態”を”余暇”でなく”失業”として恐れる。

それは仕事に於ける自己実現であったり社会からの承認という意味での生きがいの喪失という点もあるかもしれません。或いは”何もすることがないヒマな人間”そのものが社会における不安定要素となるという点もあるかもしれないと考えると、”労働を越える”ことは学者の方々が考えている以上にハードルが高いことにも感じました。

実際、本番組でも”労働者に配分を多くする良い経営者は、悪い経営者との闘いに負けてしまう”と語られています。再配分の機能を個人や企業に求めるというよりも税による国家の機能として施行すべきで、その意味で課税逃れをタックスヘイブンを介して行う経済強者に対しての網を張ることへの国際的な体制をつくる必要があると思いながら、抜け駆けを考えると頭が悩ませられます。

ただでさえ、自国の利益を移民などに侵食されたくないという”排除の『悪』”が生まれている現代。

その裏にあるメカニズムをドイツの哲学者フリードリヒ・シェリングは『どんな組織もどんなシステムも時間を経て自身を維持するためには他のシステムを排除しなければならない。外部がないシステムは内部に「異質なもの」を作り出さなければならない』と論じました。

資本主義がその暴力性を抑えていたのは社会主義という「異質な対抗馬」があったから。そのタガが外れ、自分の身内の中から排除の対象をみつけるように動き出す『悪』。インデペンデンス・デイではないですが、人類が纏まるには宇宙からの侵略者が要るのかもしれません。

アントニオ・ネグリの言うところの『<帝国>』に対して個人が生き抜く術はなんなのか。私は大昔の学生時代に「Rage Against the Machineとなる力は創造性であり、Creativismな世が来る。仕事はますます創造的になる」なんて一席をぶったのですが、本番組ではフロイトを引いて『芸術家はいつも創造性の欠如への恐怖にさらされている』ことの不幸を説きます。

楽しいはずの創造が、義務になり搾取の対象となると、つらくなる。かといって体力が搾取される仕事では利潤が低い。現代の資本主義は、例えば雪が数十センチ積もるだけで大きく混乱するようなギリギリまでのハイパフォーマンスを稼働して成り立たせている。

生産の形態、条件が、社会の構造を決める テクノロジー、そして経済の在り方が社会の、ひいては人間のありようを決める これがシュンペーターがマルクスの書に見出した『闇の力』でした。

シュンペーターが書いたように資本主義はその成功ゆえに土台である社会制度を揺さぶり自ら存続不能におちいる。社会主義へと向かう状況が「必然的に訪れる」かは見通せませんが、資本主義の一番尖端である米国で社会主義的論調が勃興するのはマルクスの視座に合致した出来事にも感じます。とはいえこの不完全ゆえに変革を受け入れる資本主義というシステムの中で我々は数十年生きることに概ね恐らくなるでしょうから、自分でよりマシな意思決定をして行動していく他ないでしょう。

サヴァイヴしていくことの貴さと、世界を想う尊さ。これからさらに人間世界はドラスティックに変革していく転換点が続くと予感させられました。

by wavesll | 2018-01-25 06:01 | 書評 | Trackback | Comments(0)

欲望の資本主義2018 闇の力が目覚める時 第8章・第9章・第10章 書き起こし

第1章・第2章 第3章・第4章・第5章 第6章・第7章

第8章 交換だけが駆け巡る

安田洋祐(経済学者、日本)
「シリコンバレーをはじめアメリカで起こり続けるイノベーションをどう見ていますか?」

ジョセフ・スティグリッツ(経済学者、アメリカ):コロンビア大学教授。2001年ノーベル経済学賞受賞
「彼らは社会の転換を促すものだと言うね。まあイノベーションのおかげで億万長者になった人たちにとっては転換を促すものだろう。大きな影響を受けた人たちは確かにいるわけだ。

経済学者の間でいくつかの点が議論されている。その一つがマクロ経済の統計を見てもイノベーションによる生産性の上昇は認められないことについてだ。なぜだろう?我々の測定法が間違っているのか。大げさに騒いでいるだけなのか?」

見えない『富』

ダニエル・コーエン(経済学者、フランス)
「インターネットが何を生み出しているかを考えると、一つは生産者と消費者のマッチングだね。AirbnbやUberなどの有名なプラットフォームに見られるように生産者と消費者をマッチングさせる市場の機能を効率化している。

需要と供給の法則を強化している。まさにアダム・スミスの『見えざる手』がインターネットによって実現している。インターネットが非常に優れた市場として機能している。」

インターネットは新たな『見えざる手』?

コーエン
「今の時代 誰もが競争圧力にさらされている。GAFAを除いてはね。GAFAは自分たち以外の皆をより強い競争社会に放り込む一方で自らは競争に脅かされることがない。」

GAFA=Google, Apple, Facebook, Amazon

コーエン
「インターネット世界の巨大企業 グーグル、アップル、フェイスブック…他者には競争圧力をかけながら自らは競争を回避できるわけだ。私がインターネットの世界についてまず言いたいことだ。」

スティグリッツ
「たとえば検索エンジンの恩恵は確かに大きい。多くの人が利用している。フェイスブックを楽しむ人も多い。これらは生活の質に影響を与えているが統計には反映されていない。電気やDNAに比べてどれほど重要なのかという点について経済学者の間で議論が尽きない。

イノベーションを生む側にとっては皆の暮らしに影響を与えることは喜びだろうしそれは当然だ。しかし他人に24時間追い立てられることはそれほど幸せなことかな。」

わたしたちを駆り立てる新たな価値

経済における価値、それは何なのか?何が価値を決めるのか?なぜそれに価値を見出すのか?

トマス・セドラチェク(経済学者、チェコ)
「『タデ食う虫も好きずき』と言うように『価値』というのは難しい…価格は分かりやすいが≪価値≫というのは謎だ…そもそも『取り引き』というのは不思議だよね。

ペンをあなたに売るとする。当然 金額の同意が必要だよね。私が10で売りたいのにあなたが9しか出さないなら成立しない。価格には正確な同意が必要だ。だがこの時、お互いが商品に見出す≪価値≫には差がないといけない。

売り手はペンの≪価値≫が価格より低くないと売らないよね。一方 買い手にとってはペンの≪価値≫が価格より高いから買うわけだよね」

そもそもお金とモノを交換できるのは何故…?

マルクスは交換に神秘を発見した。 『商品が貨幣になる命がけの跳躍』

資本主義の世界に潜む謎

セドラチェク
「お金によって価格を比べることができるようになる、それは順序付けることができるということだ。でも≪価値≫は…例えばトマトよりリンゴが『どれくらい』好きかを測ることはできない。リンゴの方がトマトより2倍好き?4倍好き?100倍好き?

あなたの父親よりも母親が好きか?父親と母親の≪価値≫を比べることなんてできないよね。」

価値の交換は 幻か

セドラチェク
「≪価値≫は主観的 価格は客観的だ。人々は「≪価値≫と価格の関係」を理解しようとずっともがいてきた。このダイナミクスについて明快に答えるのは…困難だ。」

価値を交換しつづけるゲームの中で私たちは踊り続ける

第9章 闇の力が目覚める時

コーエン
「変化する現状を読み解く鍵はルーティンジョブとノンルーティンジョブだ。その昔ルーティンワークの世界では『搾取』されるのは体力だった。今ではイノベーションの能力だ。

テクノロジーによってルーティンワークは消えつつある。今度は創造力の追求が新たな義務になったのだ。」

安田「義務ですか?」

コーエン
「義務だ。創造的でないといけない。『ロボットになりたくない』『人間でいたい』というような話ではない。『創造的であれ、さもなくば、死ね』と迫られているのだ。」

創造性か死か

コーエン
「いわば『創造性』がグローバル経済に搾取されるストレスがある。私たちは生産性を向上させ、想像力を高め…職を奪っていく機械に打ち勝たねばならない。私たちは新たな競争の世界に突入し緊張感を強いられている。世界はかつてないほどに『経済のルール』に支配されつつある。」

テクノロジーが資本主義のルールを決める時…

『機械怪獣』

マルクスは機械を怪獣に例え、その悪魔的な力を見抜いていた

手動の製粉器は封建社会を産み、蒸気式の製粉機は資本主義社会を産む。

生産の形態、条件が、社会の構造を決める テクノロジー、そして経済の在り方が社会の、ひいては人間のありようを決める

経済のあり方が 人間のありようを決める ヨーゼフ・シュンペーター(オーストリア生まれ 1883-1950)

シュンペーターがマルクスの書に見出した『闇の力』とは、これなのだ。

経済や社会は独自の力で動く 人々は自分の希望に依らず一定の行動を選ばされてしまう。自由を奪われるというよりも自ら心理的に選択の幅を狭めてしまうのだ

個人がその流れを変えることは出来ない。資本主義の、構造の力。

コーエン
「常に自分を変革することを強いられているということだ。

フロイトは有名な著書『文化への不満』の中で『芸術家のように生きるのは不可能だ』『芸術家のような人生にしてはいけない。なぜなら芸術家は不幸だからだ』『芸術家はいつも創造性の欠如への恐怖にさらされている』と語っている。

今の新しいテクノロジーの世界では常にそうした緊張がある。」

『芸術家』になることを迫られる不幸?

コーエン
「いつも『自分が特異なことは何か』と自分自身に問いかけなくてはならない。それがストレスと緊張を生むため今の社会では燃え尽きてしまう人が大勢いる。人々は能力を限界まで出し切ることが求められている。そこが昔の労働者とは異なる点だ。

新しいテクノロジーが本当にやっているのは前の文明の破壊だ」

昨日より素晴らしい今日。今日より素晴らしい明日。人々は変化に心を躍らせる。でも、それが義務になってしまったら。

楽しいはずの創造はいつのまにか苦しくなる。働くのは、何のため?

第10章 ゲームは終わらない

ロバート・スキデルスキー(経済学者、イギリス):ウォリック大学政治経済学名誉教授。ケインズ研究の権威。近著『なにがケインズを復活させたのか?』
「人には働かないことに対する『恐れ』がある。働かないことは『余暇』ではなく『失業』と捉えられる。人々にとって働かないことは所得が減り生きがいがなくなることと同じ。仕事でアイデンティティーを得ている人が多いから、大きな問題だ。

仕事を減らす自動化が進む一方、人々はどうすべきか。働かないことは人々を解放するのか。それとも生きる意欲を喪失させるのか。大きな問題だからこそ誰も正面から向き合おうとしない。」

生きること=働くこと を越えて

スキデルスキー
「予測では今存在している仕事の4~5割が機械に代替される。長期的には人々の労働時間は減って週20~25時間になるのだろう。それはケインズが1930年代に予測した事だ。

彼らの所得はどうなるのだろう。労働時間が短いことで所得が減るなら反対されるだろう。だから代わりになる所得が必要になる。一つの案がベーシックインカムだ。すべての人に無条件で基本給を配る。」

国家が『最低限』の保証をする時…

ルトガー・ブレグマン(歴史家・ジャーナリスト、オランダ):「週15時間労働」「国境の開放」など斬新な提案を次々に 近著『隷属なき道 AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働』
「アメリカの歴史の中で誰もが忘れているある逸話があるんだよ。実はニクソン大統領は70年代のはじめベーシックインカムを施行させる寸前だった。

当時ほとんど誰もがベーシックインカムが施行されることを信じ切っていた。有名な左派の経済学者ガルブレイスも賛成していたし右派で新自由主義者のフリードマンも賛成していた。誰もが支持していたからニクソンは『僕が大統領になったら実行する』とね。

彼の提案は二度議会を通過した。だが民主党はもっと高いベーシックインカムにすべきだと主張して折り合わなかった。二度ともね。」

『自由の国』の幻のプラン

ブレグマン
「もう一つの歴史の皮肉はアメリカで行われたベーシックインカムの社会実験だ。結果は文句のつけようがなかった。社会保障費は下がり犯罪は減少、子供の成績は上がり人は労働をやめなかった。

だけどただ一つ、離婚率は上昇した。50%ほどね。すると共和党など保守派は皆『ベーシックインカムは採用しない』と決めた。女性がより独立してしまったら男性は良い結婚生活を送れなくなる、ダメだとね。こうしてベーシックインカムはアメリカで忘れ去られることになった。

だがわずか10年後ある研究者が当時の統計の誤りを発見した。離婚率は上昇してなかった。時すでに遅しだ。偶然が絡み合った奇妙な歴史だ。

もしもアメリカがベーシックインカムを採用していたら影響は計り知れなかっただろう」

カビール・セガール(電子決済サービス企業戦略担当、アメリカ)
「水は『公共の資源』だよね。蛇口をひねれば水が出てくる。人はいくらかのお金を払って水会社から水を使わせてもらう。公園や空気もそうだよね。なぜお金だけはそうならないんだろう。

お金は今 銀行から配られているよね。お金を借りられるかどうかを。銀行員が決めるのは本当にフェアかな?未来はきっと政府がお金を全部持っていて、誰でもそこから直接お金を引き出せるようになるかもね。

皆がユニバーサルインカムのクレジットカードを持っているんだ。誰もが年に5万ドルをもらえていくらかのルールのもと使用できる。

自動化で仕事が減る社会では富を生み出すために皆が働く必要はなくなる。結局自由に使える時間こそが富だ。まさに有限の貨幣だからね。」

時間 有限の『貨幣』?

セガール
「『自由な時間』ほど豊かに感じるものはない。それこそ自由な人間だ」

コーエン
「シュンペーターは『資本主義は生き残れるか』と尋ねられ『生き残れないだろう』と答えた。その理由は単純に言えば官僚的なプロセスのせいで資本主義に必要な起業家精神が失われると考えたからだ」

世界を覆い尽くした資本主義。成功ゆえに失われるもの、成功ゆえに生まれる裂け目 それは何なのか

ウルリケ・ヘルマン(経済ジャーナリスト、ドイツ)
「現代資本主義の世界では巨大コンツェルンが原料から販路まですべてをコントロールしている。コンツェルン同士は競争関係になく時に協力関係すら築いている。どんな産業でも売り上げの大半が数社の巨大企業に偏っている。

『競争』というものは実際には存在していないのよ。」

競争なき資本主義?

ヘルマン
「例えばある経営者が複数の企業を渡り歩くことが多いでしょう。あるいは執行役員の後に監査役になったりね。さらに複数の企業の監査役を兼任することもある。監査役同士が同大学出身の旧知の仲だったりもする。そうした状況では競争原理など働くはずがないわ。

いわば『村』のような狭いところで意思決定がなされる。『エリートのお友達集団』なのよ。」

競争なき富の固定化

ジョセフ・スティグリッツ(経済学者、アメリカ)
「シリコンバレーで働く人たちの多くは創造性を発揮することにやりがいを感じているようだが、公平を期すために言うと彼らは税金を逃れている。彼らは税金回避にとても熱心で世界各国で課税を逃れている。タックスヘイブンを利用し世界中で得た利益を税率の低い地域に移しているのだ。」

シュンペーターは書いた

資本主義はその成功ゆえに土台である社会制度を揺さぶり自ら存続不能におちいる。社会主義へと向かう状況が「必然的に訪れるのだ」

ロバート・スキデルスキー(経済学者、イギリス)
「資本主義というのは資本を蓄積する仕組みだが、それがもはや重要でなくなった時、資本主義のシステムはなくなる。必要とされなくなり消えるのだ。

それは政府が経済の所有と管理を行う社会主義ではなく、もうけるというモチベーションが重要じゃなくなる世界のことだ。」

欲望からの解放?

ヘルマン
「資本主義が非常に魅力あるシステムなのは明らかよ。人類が初めて発明した経済成長を生み出すためのシステムだものね。でも資本主義は成長を生み出すけれど、残念ながら永久に成長し続けることはできないのも事実よ。

いずれ資本主義が崩壊するのが先か、私たちが資本主義から抜け出る道を見つけるのが先か、どちらかね。」

マルクス・ガブリエル(哲学者、ドイツ)
「かつて私たちは資本主義の代替案があるだろうと考えていた。モノの生産と消費に関する理論がたくさんあった。だがそのすべてが誤っていたことが技術の進歩の歴史によって証明された。

資本主義はさらに多くの矛盾を生み出し人類を滅ぼしかねない。現在起きていることについてのマシな理論を立てないと人間世界の滅亡はいつか本当にやってくるだろう。」

ダニエル・コーエン(経済学者。フランス)
「今の世界に名前を与えるならばまさに『デジタル社会』だ。

物や機械を相手にする世界から人を相手にする世界に移っていくはずだった。ようやく人間的な世界が訪れるかもしれない、とね。

だが『デジタル社会』はそうじゃなかった。問題を解決するための魔法の杖などない。手っとり早い解決策にだまされてはならない。」

光を追い求めるうちに、闇を、忘れ去ったのか。まるで、林檎を高く売ることに夢中になって、林檎の味を忘れたかのように。

セドラチェク
「シュンペーターは言い当てていた。『資本主義は批判を受け入れられる唯一のシステムだ』とね。この世界はどうにか機能している。でも、それがなぜ機能しているのか実はよく分からない。物理も同じだ。現象の細部まですべてを説明できる完璧な理論はない。

資本主義はある程度までは機能するが完璧でないということにいつも注意を払うべきだ。現在の世界について確実なことは誰にも分からないのだ。」

数字のゲームから誰も逃れられない。だがゲームにはルールがある。ルールを決めるのは、時代の、私たちの、欲望。今夜もルールは書き換えられていく。欲望の資本主義。


『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて
『欲望の民主主義 世界の景色が変わる時』をみて
by wavesll | 2018-01-25 00:09 | 書評 | Trackback | Comments(0)