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ジェローム・スピケ『ナディア・ブーランジェ』 クラシックからポップ領域まで20世紀音楽教育の女傑の生涯

c0002171_3535192.jpgナディア・ブーランジェの名を知ったのはエグベルト・ジスモンチを通して。

フランスでナディアに師事したエグベルトはナディアから"ブラジルの音楽を活かしなさい"と伝えられ、ブラジルに戻った後先住民と共に暮らしたりしてインスピレーションの背骨をつくったという逸話。

同時期にピアソラにも嵌ったのですが、ピアソラにタンゴの道を薦めたのも彼女だと知り、そこから色々検索してみると音楽教育を通して20世紀の音楽に巨大な結果を残したことを知りました。

そんな時に本書『ナディア・ブーランジェ』を知り、彼女の足跡や人となりを読みたいと手に取ったのです。

彼女に厳しく音楽を叩き込み大きな影響をもたらしたロシア人の母ライサと、彼女がコンセルヴァトワール(パリ国立高等音楽院)にて師事したフランス人音楽家のエルネストの間に生まれたナディア。夭折した妹のリリも稀有な音楽家でした。

ナディアの人生には輝かしい芸術人・文化人の交友関係がありました。
父エルネストの交友関係にはサン=サーンスやジュール・ベルヌなどがいたし、ナディア自身もフォーレに学び、モーリス・ラヴェルとも同じクラスで、後年は公私ともどもストラヴィンスキーと交友を持ったナディア。20世紀のパリにどれだけの才能が集まっていたかが鮮やかに描かれていました。

そして交友関係からもナディアの人となりが伝わるというか、彼女はセレブリティと睦まじくするのが好きで。野心を持っている人間が好きな印象。彼女自身も野心的に自分の才能で栄光へ向かって邁進しましたし、教え子には圧倒的な才能か圧倒的な金銭を求めました(圧倒的な富裕層のおかげで才能あるものに授業料免除を行えたという側面もあったようです)

彼女の教室は数多の音楽人を育てましたが、そのスタンスを表す言葉があります。

「あなたは自分自身でないといけません。いたずらに影響を受け、同調することは危険です。ドビュッシーの人格は強烈でしたから、周辺の人々に影響を及ぼし、多くの人たちの自己形成の妨げになりました。彼らは、自分たちが『ペレアス』の続きを書いているのだと思っていても、実際は並行和声を並べるだけでした。そして、他の人たちは『春の祭典』の反復和声を作ってばかりいました。つまり、二番煎じをしていただけなのです」

教え子たちのアイデンティティを認め、才能と個性を伸ばすことに一心に情熱を傾けたナディア。
アストル・ピアソラに「これこそあなたの分野です。交響曲などやめて、タンゴにあなたの力を注ぎなさい」と述べたのは有名なエピソード。

さらに『ラプソディ・イン・ブルー』などで稀有な才能を発揮していたジョージ・ガーシュインから教えを請われても、寧ろその教えが彼の個性の妨げになると"自分の音楽を書き続けるべきだ"と説得したことからも彼女の哲学が見て取れます。

彼女は20世紀の人物。世界大戦はやはり彼女の人生へ影を落としました。WW2中アメリカへ逃れた彼女が再びパリに帰ってきたとき、親交のあったサン=テグジュペリやポリニャック公爵夫人、ポール・ヴァレリーはこの世から消えようとしていました。

92歳で死ぬまで、音楽教室、指揮、講演など夥しい仕事をとてつもないエネルギッシュさで行ったナディア。Wikipediaには彼女の教え子が列記されています。クインシー・ジョーンズやフィリップ・グラス、レナード・バーンスタイン、ミッシェル・ルグランなど綺羅星のようなミュージシャンの育ての親。現代に続く音楽の龍脈が、そこにありました。
by wavesll | 2017-04-08 05:09 | 書評 | Trackback | Comments(0)

欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第9章~最終章 書き起こし

欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第1章~第3章 第4章~第5章 第6章~第8章

後編「欲望の資本主義2017 ルールが変わる時」(Dailymotion)

第9章 数 リスク 不確実性

ルチル・シャルマ(モルガンスタンレーインベストメントマネジメント投資ストラテジスト 25年にわたり各国を調査 情報を分析『The Rise and Fall of Nations(国家の盛衰)』はアメリカでベストセラー)
「ケインズ主義は金融危機の後喧伝されたよね。でも私が見る限り状況はやや『ねじれて』いるね。ケインズが過去に言ったことが誇張されているように感じるよ。たとえばもう危機から7~8年経って経済は回復しているのに財政赤字を続けていいとはケインズは言わなかったはずだ。」

トマス・セドラチェク(チェコ総合銀行チーフエコノミスト 経済学者 24歳のとき初代大統領の経済アドバイザーに抜擢 チェコでベストセラーとなった著書『善と悪の経済学』は世界15か国語に翻訳)
「ニセのケインズ主義だね。ケインズの半分だけを見てもう半分を忘れている」

シャルマ
「たしかに予算を黒字にするのはいつだって難しいものだが、ケインズを引き合いに出して赤字を正当化している。もう危機から7~8年も経った。たしかに近年では弱い経済回復だが長い歴史の中で考えれば今は決して弱い経済ではない。

君の言うように人々はケインズを都合よく解釈しているよね。どの国も成長するためにケインズの理論を『悪用』している。いくつかの国はケインズを悪用して経済を崖から突き落とそうとしている。ケインズの名前を出せば負債額はOKだと都合よく解釈してね」

セドラチェク
「もし『危機はいつ終わるか?』と聞かれたら『負債を返し切った時だ』と答えるよ。車の事故を起こしたとして死ななければ最初の危機は終わるが壊れた車のローンを払うまではたらしい車を買えないよね。それとGDPの成長率を測ることにどんな意味があるんだ?ほとんどナンセンスだ…」

シャルマ
「中国で起こっていることにみんな気付いていない。中国は6%かそこらの成長率をいまだに続けていると皆思っている。でもその成長率を維持するためにどれだけのお金を注入しているか…本当に君の言う通りだよ。

2007年のアメリカの住宅バブルのピークにはアメリカは1ドルの成長を得るため3ドル負債を増やしていた。今中国は1ドルの成長を得るために4ドルも負債を増やしている」

セドラチェク
「クレイジーだね」

シャルマ
「まったくだ。『中国は6%も成長している!すごいじゃないか』って?『他の国は2%くらいなのに6%はすごい』と。だが中国が莫大な借金をしていると知ったら大問題に突入しようとしているのが分かるよね。だから私の最大の関心ごとはアメリカじゃない、中国だ」

上海の市民1
「資本主義はいいと思います。経済市場が活発になるから」

上海市民2
「月収は10年前から3500元のままで上がっていません。でも不動産価格は4~5倍に跳ね上がりましたよ」

上海市民3
「中国は国の政策が行きづまるといつのまにか方針が変わるので先が読めなくて不安があります」

この星は欲望で繋がっている 市場の網の目に覆われた 私たちの住む資本主義の世界

シャルマ
「ウォールストリート的思考はあまりに短期すぎる。四半期ごとにホットな流行を追いかけ人々は熱狂している。まるで他に大事なことはないみたいにね。今だったら皆が皆トランプに取りつかれている。トランプはどんな政治をするか?それはどんな影響があるか?とね」

恐れるな リスクを取ってお金を増やせ 数字が踊る 人々が踊る “未来というものは絶対に予測できない。神でさえ未来を知らない”

第10章 不確実な世界へ

資本主義社会のリスクを見事にコントロールしたはずのあの男 だが意外なことにこんなことも言っていた

わたしたちの未来についての知識は実に曖昧で不確実なものだ -ケインズ

セドラチェク
「世界は本質的に不確実なのに『来年は2.4%成長するだろう』と皆が信じて投資したりするのは未来は不可知なものだという自然な感覚を失っている。

たとえばサイコロをふる時『1』が出るのはおよそ6回に1回だと知っているよね。起こることの確率を分かっているのがリスクだ。でもサイコロの面の大きさがバラバラでその割合も知らなかったらどうだい?

現実世界ではサイコロの形さえ分からないような状況がよくある。しかも過去にふられたことがなかったりね。初めてで一回限りの出来事だとしたら…これこそがケインズのメッセージだった」

ケインズは警告していた 不確実性はリスクとは根本的に違う、と たとえばルーレットの確率や人の寿命 明日の天気予報はさして不確実とはいえない

不確実なものとはヨーロッパで戦争が起きるかどうか 20年後の銅価格や利子率 ある発明がいつ陳腐化するかなど

こうした事柄を予測するための科学的根拠はない 私たちは単に知りようがないのだ


セドラチェク
「過去に起こったことがない状況をどう考えるか?たとえばトランプ大統領のようにね。これはリスクではなくまさしく不確実性だ。物理学にたとえるならケインズが現れる前は経済は『機械』のように考えられていた。ケインズは”No”と言った。『経済は機械ではない』『不確実性がある』『限られた世界しか見ていない』とね。

現実は機械のようじゃないと。ズレやゆらぎがあって時計の様にはいかないんだ。つまりリスクは計算が可能だ。だが不確実性は計算することはできない。リスクと不確実性を混同したら危険な世界が待っている」

シャルマ
「悪銭(イージーマネー)が問題だ。金融危機の後 収入や資産の格差が増大した。それは悪銭(イージーマネー)と関係があると思う。いま世界に悪銭(イージーマネー)が漂っていてそういうものが不確実性とリスクの区別をわからなくさせてしまう」

カネがカネを生む それはあの時始まったのか 時がカネを生む魔術 利子 欲望の資本主義の果て

シャルマ
「私はあまり信心深くないんだが、いま私が強く惹かれているのは禅の思想だ。どういう意味かというと…投資においても人生においてもいい精神状態でいることがとても大事だ。

私は新著の第一章の題名を『儚さ』とした。永遠のものなど何もない。すべては過ぎ去っていく。私がいつも心に留めているルールだよ」

セドラチェク
「確かにそういうものが経済で求められているのかもね。私たちが作り上げてきた世界では経済でも政治でも既存の理論や支配層が崩壊しつつある。私たちは待ち望んでいるのかもしれない。天動説から地動説へのパラダイムシフトのようなものをね。あるいは物理学を変えたアインシュタインみたいに…

禅的思想はもしかするとこの世界を統合できるかもしれない。資本主義が根ざしている他の宗教ほど攻撃的じゃないからね。そのような未来もありえるかもしれない」

最終章 未来へ

安永竜夫(三井物産代表取締役社長 2015年「32人抜きの社長就任」として話題に 発展途上国のインフラ開発への投資など新事業を開拓)
「資本主義を日本が受け止めてる過程というよりは僕は寧ろ欲望の資本主義の先を行ってる資本主義じゃないかと思うんですね。それは要するに持続性があり人に優しい資本主義って何かっていうことを我々は考えている」

原丈人(デフタパートナーズグループ会長 アライアンス・フォーラム財団代表/内閣府参与 ベンチャー企業育成のための政策提言や新技術をもちいた支援など国内外で活動)
「21世紀、2000年以降はあるべき資本主義、本当に人類社会がこれからも反映していくための資本主義は会社は株主の物だっていう考え方から会社っていうのは株主も重要な要素だけれども会社を成り立たせている社員、仕入れ先、地域社会、顧客、地球も含めた、こういうのを社中というのですね。

この社中全体のおかげで会社が反映しているわけだから、上げた利益は社中に対して還元していく。こういう資本主義の事を『公益資本主義』という風にいいます」

安永
「私は『お前らはジャングルガイドだ』って言ってますけども。新しいマーケットを切り開いてマーケットチャンネルをつくりあげてくってのいうのは商社ならではの仕事の醍醐味でありますし、これから経済成長に向かっていく国っていうところにどういう風に我々が貢献していくのか仕事をつくっていけるのか。これはもう、まだまだ世界中にそういう国はあります。

日本の中に閉じこもっていても日本的な資本主義は決して進化していかないと思うんですよ。」


「お金で何とかしようと、お金を回して経済を復活させようというのは雰囲気は変わることが出来てもこりゃ絶対無理なんですよ。だから日本の場合には科学技術を使ってイノベーションを起こして。人類社会に対して一番必要なものをつくりあげていくと。そしてこれは大変な富を生むと私は考えています。

全世界の人を幸せにしながら、尚且つ日本自身も社中への分配と中長期の投資で中産階級層が豊かになっていく国づくりが私の頭の中では出来るという風に考えています。」

安田洋祐(大阪大学准教授)
「それだけの底力があると」


「十分ありますね。もう日本のまだまだ個人金融資産も1700兆円以上あるんだし」

蓄えた富 使えば新たな富を生むことが出来る でも事はそう簡単ではない ケインズは人々の底に潜む欲望を見抜いていた

セドラチェク
「ケインズ以前はマネーは単に交換のための『道具』とみなされていた。だがケインズはマネーの交換以上の機能に気が付いた。つまりそれ自体が欲望の対象物なんだ。マネー自体が価値を持ち貯めること自体が価値を持つということだ。

人々はお金を貯めたがる。何かが起こった時のため、用心のためにね。そのうちに貯金することが目的かしていく。お金はあらゆるものと交換可能だからこそ人はお金を貯める。それゆえにお金が効率的に回らず経済に大問題が生じることがあるのだ。

アインシュタインはそれまでの物理学をひっくり返し世界の見え方を変えた。経済学ではまさにそのようなことが求められていると思う。新たなケインズがね。」

安田
「ケインズの話と後はケインズ以前の経済学者が言っていたことを非常に数学的に精緻な形でまとめた一般理論というか市場の理論ってのがあるんですよね。それの次のステップというのが来るかどうかも分からないですし、少なくとも今、見つかってはいないという状況だと思うんですよね。

色んな方と対談させていただいて、自分は経済学の専門家なわけですけれども、結構普段自分がやっている研究の話っていうのが実はそういった経済学の外にいる人も含めて新しく経済をある意味見通している人たちと、フィットするような部分があるなって感触がありましたね。

なんかまだ少し『グランドセオリー』じゃないですけれどもね。大きい理論をみつけることができるんじゃないかなって期待が若干芽生えたりもしましたね」

小林喜光(三菱ケミカルホールディングス取締役会長)
「かつてリーマンショックもあったようにまた同じようなことを繰り返す危険がある。長期的にサステナビリティ(持続性)が極めて危険な状況にある。やっぱり最後の頼りはイノベーションとか社会システム全体の変革するとか。今までの延長線上の人類の歴史と全く違う生き方、全く違うことを思い描く経済学がいるんじゃないか」

セドラチェク
「たしかに未来には労働や雇用において大きな問題が起こり多くの人が影響を受けるでしょう。懸念しているのは経済というものが非常に抽象化しつつあること。人間の欲望も物質世界から中小世界へ移っていく。インターネット時代、新しいフロンティアをどう考えるかというのは大きな課題だと思います」

小林
「2045年シンギュラリティ(AIが人の知能を超える時)が来るかもしれない。そうなればもうほとんどAIであり頭脳もロボットであり人間っていったい何なんだっていう、ほとんど人間以上の人間が出来ちゃうっていう。何をもって人間というのか何をもって幸せというのか?」

スコット・スタンフォード(シェルパ・キャピタルCEO 元ゴールドマン・サックス社員 2013年ベンチャー投資企業を設立)
「情熱の源はお金ではない。それはテクノロジーへの愛だ。」

ジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授 2001年ノーベル経済学賞受賞 アメリカ大統領経済諮問委員会委員長 世界銀行チーフエコノミストなどの要職を歴任)
「究極の皮肉は資本主義はお金の追求によって支えられているのにそれだけでは前進しないということだ」

セドラチェク
「我々は『神』を生み出した。自己調節機能があり富を分配してくれ市場をコントロールしてくれる『神の見えざる手』。だが言いたい。『神は死んだ』。

私たちが生きているのは今まで信じていたものがもはや信じられなくなった世界だ。だが社会の『舵』は私たちの手の中にある」

神なき時代 ルールは変わり続ける これからも 欲望の資本主義

欲望は満たされることを望まない 欲望は無限だ



『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて

cf,
アダム・スミス 著, 山岡 洋一 訳 『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究』 読書メモ

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読む

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第1・2章 第3・4章 第5章 第6章 第7・最終章
by wavesll | 2017-04-05 21:52 | 書評 | Trackback | Comments(0)

欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第6章~第8章 書き起こし

欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第1章~第3章 第4章~第5章

後編「欲望の資本主義2017 ルールが変わる時」(Dailymotion)

NYウォールストリートの金の牛のオブジェの前で

トマス・セドラチェク(チェコ総合銀行チーフエコノミスト 経済学者 24歳のとき初代大統領の経済アドバイザーに抜擢 チェコでベストセラーとなった著書『善と悪の経済学』は世界15か国語に翻訳)
「これは有名な資本主義のシンボルだ。こんな街中に荒々しい牛なんて奇妙だろう。この牛が本物だとしたら危ないと思わないか?あばれ牛を『飼いならす』ことはとても難しい」

ヒト、情報、お金 あらゆるものが時空を超えて行き交うこの世界 いつか一つになる そんな気がしていた だが
“ケインズの原則を全く無視している” “反グローバル化は確かな流れだ” 逆流がはじまった? “インデペンデンスデイ “フランス共和国万歳” 引き裂かれる世界 深まる混沌 “今まで信じていたものが信じられない時代だ” 今、何が起きているのか

第6章 サイレントフォース

安永竜夫(三井物産代表取締役社長 2015年「32人抜きの社長就任」として話題に 発展途上国のインフラ開発への投資など新事業を開拓)
「まず我々が認識しておかなければいけないのはグローバル化の流れをつくり牽引しその恩恵を最大限受け取ってきたのは一番にアメリカだっていうことですよね。で、ヨーロッパも日本も同様にグローバル化の流れの中で我々は自由貿易を享受しその中で利益を上げ国の富を増してきた。アメリカにとってはそれは一部の富裕層に偏ったと。

グローバル化の流れの中で当然その製造拠点というものが自由に移動するようになり、そこでは産業構造・産業の成長過程の違うステージにあるアメリカの一般的な働き手とメキシコや或いはアジアの働き手がステージが違う地理的に離れているのに時空を超えて闘わなきゃいけなくなった訳ですね。

で結果的にどちらが得かっていうことだけで判断するとメキシコに工場を移転した方がいい、アジアに工場を移転した方がいい、っていうことがどんどん起こった結果として雇用の空洞化が先進国の中で起こってしまった。この空洞化の不平等を感じた人たちがまさにトランプさんに投票したということだという風に認識しています」

トランプ
「貿易協定を見直し雇用と産業をアメリカに取り戻す」

ニューヨーク モスガンスタンレーインベストマネジメントにて

セドラチェク
「ポストトランプの時代だね」

ルチル・シャルマ(モルガンスタンレーインベストメントマネジメント投資ストラテジスト 25年にわたり各国を調査 情報を分析『The Rise and Fall of Nations(国家の盛衰)』はアメリカでベストセラー)
「いま世界で『アンチ・エスタブリッシュメント(現代の支配層)』」の大波が起こっている。

興味深いデータがあるよ。10年前には現職議3人中2人が選挙で当選できていた。だがここ1年半ほどは現職の3人に1人しか当選できなくなった。ブレグジットにせよアメリカ大統領選にせよ『アンチ現職議員』『アンチ現在』の波が世界経済を襲っていると言える」

セドラチェク
「1年ほど前にある記事を書いたんだが…『スターウォーズ』は観たかな?『フォースの覚醒』だね。ある力(フォース)』が目覚めつつあると感じる。それはなにやら暗くて…閉塞感というか帝国主義的で尊大な『フォース』だ。ヨーロッパでもアメリカでも強烈にそれを感じる。

興味深いのはそのフォースは言葉や記事にもならず、主張すらしない。知性的な表現はまったくとらない。矛盾した言い方だがあたかも存在しないかのような…とても静かな力 サイレントフォースだ。

たとえばデモは知性に基づき声を上げ欲するものが明らかな表現だ。だがこのまだ名もなき新しい現象…『アンチエスタブリッシュメント』でもいいが…規制の権威の否定だけでなく『アンチ知性・学問』のようにも感じる」

シャルマ
「ロシアにこういうことわざがある。『歴史を無視すると片目を失う 歴史ばかり見ると両目を失う』とね。歴史に囚われたくはないが歴史における遠近法は大事だ。

二つのことを言いたい。世界経済においてはグローバル化と反グローバル化は繰り返す波のようだ。一度起きた変化は長く続くことに気が付いた。歴史を振り返るならば100年前にグローバル化の大波があってその後に反グローバル化の波が続いた。その反グローバル化はおよそ30年間も続いた。

つまり波はなかなか立ち去らないのだ。現在の反グローバル化がすぐ終わるとは考えにくい。いま起きている反グローバル化の波は強まる一方だと思う。反グローバル化の流れはトランプ現象やブレグジット以前から始まっていたからだ。

反グローバル化には3つの兆しがある。貿易・資本の移動・移民だ。すべてあの金融危機の直後から減少し始めた。以降逆流はずっと続いていて自然に変わるものではないはずだ」

ヨーロッパが一つになる それは儚い夢だったのか 押し寄せる市場の波に壁をつくる動きが広がっている

パリ政治学院にて

学生1
「イギリスのEU離脱、イタリアの動向、トランプ大統領誕生…いま僕らは『国民主権の回帰』を目の当たりにしている。フランスでも他の国でも国民は現状にうんざりしているのだろう。フランス、イギリス、イタリア、アメリカで今のままでは何も変えられないことに国民が気付いた。

失業者は大幅に増加し国によって違いはあるが移民問題が生じている。経済や政治の問題を変えるため国民は権力を取り戻そうとしている」

学生2
「今の経済システムのままでは資源が枯渇するだけではなく社会も枯れていくと思う。資本主義はプロテスタントの禁欲の精神が人々に富の蓄積を許したことで広まった。だが富の蓄積には際限がない。今や元の禁欲の精神は失われた。資本主義の欲望によって破壊されたんだ」

学生3
「富を蓄積するためたくさん働くか 慎ましい生活を送るか。それは人の自由だと思う。だが1億円ものボーナスを出している企業には規制が必要だと思う。それは社会の風潮がおかしくなっている原因のひとつに感じる。

『社会の信頼』を守るには人の欲望に限度をもうけるべきだ」

飽くなき欲望がお金を増殖させる それは大きなリスクを孕んでいた 潮目は既に2008年のリーマンショック・世界金融危機の時に変わっていたのか


第7章 危機後の世界

セドラチェク
「世界経済はどうなっていくのかな?あなたは世界に対してたしかな感覚を持っているよね。あなたの本などを読むとまるで各国に触れる『地球の指』を持っているかのようだ。」

シャルマ
「今起きていることで何より重要なのは成長できている地域は一つもないということだ。あの金融危機が起きる前のようなペースではね。

僕の本では世界を『BC』と『AC』で分けてるよね。危機以前(Before Crisis)と危機以後(After Crisis)だ。危機以前の時代より速いペースで成長できている国はまったくない。西欧だけじゃない。インド、中国、ナイジェリア、南アフリカ、ブラジル…どこでも。世界経済はスローダウンしている。

なぜなのか…理解は十分ではないが私はこれからかなり長い期間続くと見ている

ここで歴史を振り返ってみたい、現在だけを見るのではなくてね。いま人々が不安に思うのは2008年以前の時代とばかり比べるからだ。たしかに1950年~2008年は世界経済の成長率は毎年4%と高いものだった。重要なのは経済発展の全歴史を見渡した時こんなに急速に世界経済が成長した時代は他に例がないということだ」

世界の成長率 今だけを見るか 過去まで遡るか スケールの変化は景色を変える

シャルマ
「生産性が大きく上がった1870年~1914年のグローバル化時代さえ世界の成長率は2~2.5%に過ぎなかった。3%を超える成長をできたことなど過去に例がない。

2008年までと比べてなぜこんなに成長スピードが落ちたかもたしかに重要だ。だが歴史的に見れば世界は今でも急速な成長をしていると言える。1950年~2008年はさておきね」

原丈人(デフタパートナーズグループ会長 アライアンス・フォーラム財団代表/内閣府参与 ベンチャー企業育成のための政策提言や新技術をもちいた支援など国内外で活動)
「私は日本の事はそんなには知らない。っていうかまぁ日本の大学を出てからはアメリカ・イギリス・イスラエルを拠点に動いていますんで。外国にいる日本人という立場で日本を客観的に見て言いますね

70年代、80年代ぐらいまでは日本ってのはですね。米国とかヨーロッパでつくられるサイエンスやテクノロジーを小さく軽く安く薄くという方向が決まっていたんですよ。だからトップはそんなに判断しなくてもミドルだとか下の人たちがボトムアップでしっかりやっていけば会社ってのは発展したんですね」

安田洋祐(大阪大学准教授)
「じゃあマネジメントがある意味いい加減でも企業として発展することが出来た」


「私も79年からスタンフォードにいましたけど『The Art of the Japanese Management』というリチャード・パスカルとかね。日本的経営を非常に称える、アメリカもそうなるべきだって本をビジネスクラブで教えてましたよね。

でもそのお手本の日本も90年代になってきてそして2000年になっていくと、先端を走ると。こうなると方向性を決める役が必要となるじゃない。ここの訓練が十分にできていたのかというとこれはちょっと疑問があります。」

シャルマ
「いくつかの要因が1950年~2008年の世界経済の急激な成長を後押ししたと考えている。それらのファクターは危機後の世界には二度と戻ってこない。もっとも重要なのは人口統計データだ。1950年~2008年 世界人口の急増によって空前の労働力の増大が起こった。

だがいま世界人口の増加率には急ブレーキがかかり労働人口つまり労働力も同様だ。いわば『人口減少の爆弾』だ。以前は急速に人口増加していた国もそのペースは急激に落ちている。インド、中国など多くの国でね。

もう一つ重要なのが負債がピークに達したことだ。経済成長の原動力の一つは実際は国の借金だったわけで…」

セドラチェク
「GDPをGross”Debt(負債)”Productだね」

シャルマ
「世界の負債は1980年~2008年に増大した。それ以前はそんなことなかったが金融機関の規制緩和 低金利 低インフレ…1980年~2008年 それらが原因で負債は急増していきいよいよ巨大な負債のサイクルがピークを迎えたようだ」

セドラチェク
「直面する問題をあつかうための新たな経済モデルが必要だとは思わないか?従来の伝統的なモデルでは現在のデフレーション一つとってもほとんど触れられていない。理論的可能性としてあっただけでね。だから途方に暮れてしまう。教科書で学んだことが通用しないまったく倒錯した世界になってしまった。マイナス金利 巨額の負債…」

理論が追い付かない 現実の混沌

第8章 グローバルか ナショナルか

資本主義の世界を独自のアングルで捉える男の目には 何が映っているのか

安田
「あなたは経済にとどまらず幅広い見識から世界を分析していますね。どうやら経済学はお嫌いのようですが…」

エマニュエル・トッド(歴史人口学者 フランス国立人口統計学研究所 所属 旧ソ連崩壊 金融危機 イギリスEU離脱などの予言を的中)
「いや まあ そうだね。基本的には経済学は嫌いだ。支配的な学問としてふるまう限りはね。経済学のシンプルな原理ですべてを説明できるという考えには大反対だ。人の歴史はもっと複雑だ。家族制度 世界史 教育 宗教 集合心理…だが経済学はごく限られた範囲しか見ていないようだ」

安田
「経済学をお嫌いな理由のもう一つは多くの経済学者がグローバル化や自由貿易を推進する考えだからですか?あなたの本を読むとグローバル化に疑念を持っているように感じます。最近では『グローバルファティーグ(疲労)』という言葉を使っていますね」

トッド
「フランス語を英語に直訳しても意味が通っているでしょう。いま世界が需要不足に陥っているのは自由貿易が各国の経済を押しつぶし人々の収入の低下をもたらしたからだ。需要の不足 成長の低下は繰り返し経済危機を招くだろう。

私は保護主義の再来には問題を感じない。保護主義は各国の人々の給与を上げ経済成長を促すだろう。そうなればいずれ貿易が再び活発になるはずだ。今は貿易は停滞し成長は鈍っているが私には未来はポジティブに思える。

経済学者たちは世界をありのままに見ていないのではないか。世界は国家の集まりだ。安定や変化を導けるのはあくまで国という単位だけだ…」

安田
「しかしもしすべての国が自国の利益を追求したら、つまり各国が関税を上げて自国経済を保護したら世界経済に悪影響が起こりえますよね…」

トッド
「分からないじゃないか。経済学者たちは歴史をあまり知らないだろうが19世紀末のヨーロッパでは保護主義の時代があった。ドイツが始めて他国が追いかけたがその時は悲劇的なことは何も起こらなかった。各国の国内需要は増加し貿易は止まったりはしなかった。それどころか国々は豊かになり貿易は加速していったんだよ。

アメリカのエコノミストの頭の中は『世界の』需要のことばかりだ。自由貿易が需要を押しつぶしているという事を彼らは認めようとしない。それはケインズの原則を全く無視していることになる。

今朝買った『エコノミスト』を読むと世界の貿易収支を見てみると実に多くの国が貿易黒字を求めているのが分かる。例えば中国は黒字。日本も黒字に転じた。ヨーロッパは世界で元も貿易黒字額が高い。韓国も黒字 タイも黒字だ。

各国が貿易黒字ばかりを求めれば世界の需要の取り合いになり需要不足になって当然だ。今ケインズが生きていてこの『エコノミスト』を読んだら”世界はクレイジーになってしまった”と言うだろう」

やはりあの名前が 20世紀の巨人 ケインズ

ジョン・メイナード・ケインズ
「素晴らしいことにイギリスのビジネスマン 製造業者 失業者にとって明るい時代がやってくる。」

彼は考えた 社会の安定のため最も恐れるべきは失業者の増大 危機を回避するには国は借金をしてでも仕事をつくる そしてお金という血液を市場にめぐらせる 成長が止まったと嘆かれる今 彼の思想が再びもてはやされている だが

欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第9章~最終章
『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて


cf,
アダム・スミス 著, 山岡 洋一 訳 『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究』 読書メモ

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読む

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第1・2章 第3・4章 第5章 第6章 第7・最終章
by wavesll | 2017-04-05 21:27 | 書評 | Trackback | Comments(0)

欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第4章~第5章 書き起こし

欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第1章~第3章

前編「欲望の資本主義2017 ルールが変わる時」20160103(Dailymotion)

第4章 幻想が、幻想を生む

東京証券取引所にて
トマス・セドラチェク(チェコ総合銀行チーフエコノミスト 経済学者 24歳のとき初代大統領の経済アドバイザーに抜擢 チェコでベストセラーとなった著書『善と悪の経済学』は世界15か国語に翻訳)
「ここは"何処でもない国"のようだ。ある意味ここで日本経済の価値が決まっている。市場関係者の"アゴラ(広場)"はもう移動したんだ。"見えざる"デジタル空間にね。ここには何もないが全てが"ある"。お金はもはや物質ではなくこの市場の"役者"たちによる精神的同意事項にすぎない。そもそも僕らの欲望はバーチャルなものなのだ。

ピカソの絵が欲しいって?高額な理由はピカソの絵そのものにはない。信頼できる専門家がそれがピカソの絵だと認証するから高額なんだ。つまり人々の同意の問題なんだ。ある物の価値が宿るところは投じられた労働や物質ではない。価値は"欲望"と"満足感"が交わるところに宿る」

需要と供給の交わりで市場は動く そんな世界は幻想だったのか 人々の欲望が渦巻く中 増幅される 社会の捻じれ 20世紀 大衆の時代 大胆な経済理論を打ち出した男がいた 稀代の経済学者 ジョン・メイナード・ケインズ(1883~1946)

彼は一風変わった美人コンテストを例に引き大衆心理の本質を言い当てた "最も美人だと思う人に投票してください。ただし賞金は最も票を集めた女性に投票した方々に差し上げます" この時何が起きるのだろう


セドラチェク
「自分は他の人の投票先を予想しているんだが他の誰かが予想していてまだ別の誰かが…これは一種の"無限ゲーム"で自分の好みを選んではいない。僕は他人の好みを予想しているのだ。

ここには多くの…本当に多くの意味が含まれている。一つ目はズバリ"株式市場"の本質を言い当てていること。私が"投票"する会社は自分が好きな会社ではなくたくさんの人が"好きであろう"会社だ

次はよくあることだね。"誰の好みでもない女の子が優勝する"。そして投票する人は"固定観念"を用いる。最も有利な戦略は女性ではなく審判たちを見ることだからね。固定観念は未来にわたってずっとこだましていく。誰の好みでもない女性が選ばれてももう誰にも止められない」

安田洋祐(大阪大学准教授)
「これはサブプライムローンのことも言い当てているかもしれませんね」

セドラチェク
「そうだね。悪質なローンを組み合わせて作った乗り物だったね。みんながシステムを信頼していたけど機能しなかった。ある意味どんなに神話的で観念的かが分かるだろう。一見数学的で分析的だと見える経済の分野がね。ナンセンスで無根拠な虚空のようだね」

自分の欲しいものではなく他人が欲しいものを予想し模倣しあう 欲望が行きついた錯綜する世界

安田
「経済学者はバブルなど市場危機を避けることに貢献できると思いますか?」

ジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授 2001年ノーベル経済学賞受賞 アメリカ大統領経済諮問委員会委員長 世界銀行チーフエコノミストなどの要職を歴任)
「まず言いたいのは"悪事は働くな"、"害をばらまくな"ということだ。2008年リーマンショック以前 経済学者たちは莫大な損害をもたらした。多くの経済学者が…"他の"多くの経済学者がと言っておこうか。自由放任市場が万能だと売りまくっていた。"市場には自己調節機能があるからバブルなんて心配するな 市場を信じよ"ってね

"自己利益の追求"…経済学者が"インセンティブ"と呼ぶものは現代の市場経済では確かに中心にある考え方かもしれない。しかしアダム・スミスは間違っていたことがわかった。"自己利益の追求"…時に"強欲"が"見えざる手"によって社会全体の幸福を導くと言うが…"見えざる手"はいつも見えない。そんなものは存在しないからだ」

アルヴィン・ロス(スタンフォード大学教授 2012年ノーベル経済学賞受賞 市場の制度を設計する「マーケットデザイン」研究の先駆者)
「"見えざる手"は単なる概念だ。"市場の魔法"は魔法では起こらない。市場には必ずルールがある。そのルールは誰かが一人で決めたものではなく歴史の中で磨かれてきたものだ。"自由"市場はルールからの"自由"を意味しない。競争 協力 取引…"自由"に市場を使いたいならルールがそこにはあるはずだ。

経済学者たちもいかに市場を有効に使うかわかり始めたばかりなんだ。時に誤りを正しながらさらに良きルールを見つける手助けもできるだろう」

スティグリッツ
「21世紀の現在と18世紀では経済の様子は全く違う。あまりにも多くの経済学者が"経済学の父"アダム・スミスに頼りすぎている。自己利益の追求が"見えざる手"に導かれ社会全体の幸福をもたらすという理論…彼がそのことを書いていたのは資本主義が本格的に走り出す前の話だ。

確かに彼は素晴らしいアイデアをくれたが巨大企業などが生まれる以前の話だ。東インド会社などいくつかの大企業はあったがそれは貿易企業であって今あるような製造業は一つもなかった。

アダム・スミスが経済の行く末まで理解していたと思ってはいけない。彼に現代の資本主義の姿などわかったはずもないのだから。スミスが利益の追求という人間の欲望を見抜いた洞察はすごいが私たちが現代の資本主義を理解しようとするならば、たとえば研究開発やイノベーションが社会に果たす役割を考えないといけない」

アダム・スミスが知る由もなかった現代 技術がさらなる欲望を駆り立てる

第5章 欲望の果てに

安田
「今 技術のイノベーションがシェアエコノミーの基盤を変えようとしています。テクノロジーがなければUberなど新しい市場は生まれなかったはずですが…」

スティグリッツ
「新しい技術が多くの分野で社会に影響を与えてきたのは明らかだ。実際とても大きな利益も生まれているだろう。しかしそこで気を付けねばならないのは利益が大きく取引が拡大したからと言って社会にも価値があると考えるのは危険だ。

心配なのは働く人の扱いだ。そうした新しいプラットフォームが労働者の組織力を害してしまうこともある。仕事が減るだけでなく長い目で見ると賃金も下がり続けていくだろう。まさに市場を独占するからだ。今はそれほどでもないが労働市場にそのルールを適用しようという欲望は強大だ。」

スコット・スタンフォード(シェルパ・キャピタルCEO 元ゴールドマン・サックス社員 2013年ベンチャー投資企業を設立)
「型通りな言い方だが…今回は今までと違う。単に経済に衝撃を与えるにとどまらない。僕らクレイジーな奴らは本当に思っているよ。今僕らが目にしている変化は人類という種の進化の瞬間だと。

自動運転技術はここでもすごく話題だ。イーロン・マスク(シリコンバレーの起業家)が言ったこんなことも想像できるんじゃないかな。"自分で運転することが違法になる日が生きている間にやって来るだろう"って。」

安田
「運転することが違法?」

スタンフォード
「そうだ違法だ。安全じゃないから。人の脳は多くのことを考えすぎるからエラーが起きちゃうよね。イーロンが正しかったと仮定して話を進めていいかな。そんな未来の高速道路では"おい、人間が運転するならこの車線には入るな!"なんてね。路上駐車なんかなくなるよ。自動で走り回るからね。

Uber的な効率化よりもさらに進んだ自動化が導入されたら労働コストがなくなってサービスは正当な価格になるだろうね。」

スティグリッツ
「シリコンバレーでのイノベーションの価値を測るのは本当に難しい。彼らは社会の転換を促すものだと言うがマクロ経済学の統計を見ても生産性の上昇は認められないんだ。つまり…"我々の測定法が間違っている"か"誇大広告"かどちらかだろう」

安田
「資本主義の未来をどんな風に見てますか?新たなテクノロジーによって資本主義は変わっていくのでしょうか?」

スタンフォード
「面白い質問だね。今資本主義経済が大変化に直面しているのは疑いようがない。労働を基本としたシステムから高度に自動化されたシステムへの移行だ。

僕らは昔ながらの経済指標に足止めされるわけにはいかない。雇用率や生産性など成功の証しとされているものだ。いつの日か失業率は30~40%にもなるだろうがそんなに悲観することでもないかもいしれない。

もし人口の半分が働かなくてよくなったら今とは別の社会システムが必要だ。なぜなら資本主義は学生と退職者以外は人の労働に基づくシステムだからね。でも二人に一人が働かなくなったら…?答えは分からない。社会主義ではないだろうけどね。

過去に様々な社会システムの実験があったけどそれらがハイブリッドされた新しいシステムが誕生するかもしれない」

安田
「資本主義が自動化された新しいシステムに変わっていく…」

スタンフォード
「歴史を振り返ってモデルAとモデルBどちらがいいか?なんていう議論はやめにしたい。モデルCだ。ものの見方を変えたら新しい景色が見えるんじゃないかな。

何に満足を感じるかは人それぞれだよね。お金はその一つだろうけど名声を得ることが生き甲斐の人も多い。人からの"いいね!"をたくさん欲しがるのは自然なこと。だからFacebookやInstagramが"好かれたい"欲望をお金に換え大成功している。社会へのインパクトを測るような新しい"通貨"が生まれたら面白いだろうね。

夢見がちでクレイジーに聞こえるかもしれないけどそんな風に人々の"声援"を集めた人が報われるような社会に…自己満足に終わるだけではなくね。人間ってそういうものなんじゃないかな。人々を動機づけるクリエイティブな方法が生まれればいいと思うよ」

人間がそんなに利己的だとしてもその本性の中には何か別の原理があるー『道徳感情論』1759年 アダム・スミス

経済学の父アダム・スミスは『国富論』の前にもう一冊重要な書を著わしている 彼は気付いていたのだ 利己的な競争の他に社会にはもう一つのルールがあることを


セドラチェク
「アダム・スミスの書には困惑させられる。『国富論』では"社会を接着するのに必要な『糊(のり)』は自己利益。それだけで十分だ"と言っている。しかし もう一冊では全く反対の事を言っている。『道徳感情論』の一行目でこう言う。"人は何も得なくても他人に対して善行を施す性質を持っている"。完全に分裂している。社会の『糊』は『共感』というわけだ。

確かに私たちは赤の他人に対しても苦しんで欲しいとは思わない。挨拶は"どうぞ良い1日を"だよね。人はお互いの幸せを望み合うっていうことの証だ。まさか"どうぞ悪い日を"とは言わないよね。

ここにこそアダム・スミスに対する誤解がある。アダム・スミスは『社会には2本の足がある』と言ってるんだ。一つは『利己主義』もう一つは『共感』だ。もしも片足だけで立とうとすれば何か大事なものを失うことになるだろう。

アダムとイブが禁断の果実を口にした後彼らは葉っぱで体を覆ったという。それは人類の最初の所有だった。それがなぜ必要だったか?寒かったからか?そうじゃない『恥ずかしかったから』だ。

消費・所有は心理学とつながっている。アダム・スミスは経済学は数学を用いる『物語』だと気づいていた。数字によって説得力は増すがあくまで『物語』なのだ」

トランプ旋風 世界が逆流を始めたのか 欲望をめぐる物語は次のステージへ

欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第6章~第8章 第9章~最終章
『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて

cf,
アダム・スミス 著, 山岡 洋一 訳 『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究』 読書メモ

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読む

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第1・2章 第3・4章 第5章 第6章 第7・最終章
by wavesll | 2017-04-03 22:50 | 書評 | Trackback | Comments(0)

欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第1章~第3章 書き起こし

前編「欲望の資本主義2017 ルールが変わる時」20160103(Dailymotion)

"富や成功"への欲望 "資本"は自由自在に移動する "消費"が資本主義のエンジンだ わたしたちはいつからこんな世界を生きているのだろう?ヒトとモノの間をお金が行きかう、際限なく膨張してきた資本主義。

"経済的豊かさ それを求めるのは人の本能だ" "イブは『欲望』に呪われた"

より早くより遠くへより良いものを 飽くなき欲望が加速する世界 市場の論理にすべてが覆われ一瞬先も予測不能なこの世界 そして今

トランプ「メキシコとの間に壁をつくる!」

流れが変わったのか。"「闇の力」が目覚めたようだ" 消費・成長・富への欲望 私たちは何処へ向かうのか "アダム・スミスは間違っていた" 経済学の父はあやまちを犯したのか "もう一度ルールを書き換えろ" ルールを書き換えよ "ケインズは「悪用」されている" "ケインズだったら「クレイジーだ」と言うね" あの男を呼び覚ませ "日本が成長を追い求め過ぎれば資本主義の「死」を迎えるだろう 『KAROUSHI』という名のね" "資本主義の「死」を宣言するのはまだ早い"

資本主義は何処へ向かうのか 世界の経済のフロントランナー達が紡ぐ欲望と言う名の物語

「欲望」は満たされることを望まない 「欲望」は増殖することを望む

太古からヒトは所有と交換を繰り返してきた ある時お金が生まれ市場が生まれ欲望の交換はこの貨幣なるものに託された やめられない、止められない


第一章 資本主義の、現在

資本主義 それはお金、資本を際限なく投じ増殖を求めるシステム

安田洋祐(大阪大学准教授)
「今 多くの国が低成長に苦しんでいます。それでも世界経済は成長し続けられるのでしょうか?成長し続けていくべきなのでしょうか?」

ジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授 2001年ノーベル経済学賞受賞 アメリカ大統領経済諮問委員会委員長 世界銀行チーフエコノミストなどの要職を歴任)
「いま問題なのは世界の総需要が不足していることだ。そのせいで世界経済が減速している。それにはいくつかの原因がある。
まず中国の減速。"量の成長"から"質の成長"へ変化し世界に大きな影響を与えている。もうひとつはユーロ圏だ。数々の問題を抱えている。ユーロでは通貨の統合が成長を妨げてきた。

ただ全体としては別の要因が潜んでいる。不平等の増大だ。貧困層から富裕層へと富は吸い上げられ富裕層は貧困層に比べお金を使わない。これが全体の需要を押し下げ成長にブレーキをかけているのだ」

トマス・セドラチェク(チェコ総合銀行チーフエコノミスト 経済学者 24歳のとき初代大統領の経済アドバイザーに抜擢 チェコでベストセラーとなった著書『善と悪の経済学』は世界15か国語に翻訳)
「今の世界は資本主義かそれとも"成長"資本主義か。僕は"成長"資本主義だと思っている。みんな成長のことばかり気にしている。成長できなかったら「もう終わりだ」ってね。おかしいだろう、どこに書いてある?聖書に?空に?数学モデルに?過去に証明されたのか?ノーだ。資本主義が必ず成長するというのはナイーブな思い込みだ。

成長に反対なわけじゃない。いい天気が嫌なはずがないだろ。問題は社会 年金 銀行…すべて成長が前提となっていることだ。まるで毎日快晴だと決めつけて船を造るようなものだね。そんな船はダメだ。凪でも嵐でも航海できるのがいい船だろう。そりゃ天気がいいに越したことはない。でもそれを前提にして船を造ってはいけない」

スティグリッツ
「低成長は避けられる。もしもアメリカ ヨーロッパ 各国で考え方を変えることができれば成長は可能だ」

安田
「資本主義はこれからも持続可能だと考えますか?」

スティグリッツ
「市場経済はずっと続いていくだろう。市場経済のあり方には政治が大きく影響する。30年ほど前にアメリカをはじめ各国で市場経済のルールの書き換えが始まった。ますます不平等を生むようなルールに書き換えられたのだ。それだけでなく市場経済の効率性が下がり生産性の下落を招いたのだ。目先のことだけに人々が夢中になってしまうようなルールの変更だ。

長期の投資ニーズがあり長期の貯金をしている人々がいる。だが金融市場は目先のことだけで機能不全に陥っている。私たちの市場経済が招いた決定的な変化の一つだ。だから今再びルールを書き換えないといけない。これからのルールは繁栄を分かち合い、より成長しより公平な分配をうながすものでないといけない。実現できると思うし実行可能な目標だと思う」

セドラチェク
「共産主義だった国から来た身としては共産主義を捨てて資本主義をインストールしていたころ民主主義国家での資本主義は何よりも自由のためのものと信じていた。成長は良いものかもしれないけれどたとえるなら車の"最高速度"だ。それは大事なことか?そうだ。一番大事なものか?いいえだ。

確かに資本主義は"成長"のための豊かな土壌だ。しかしこの20年間で二つの関係がひっくり返って私たちは成長を資本主義の"絶対必要条件"だと信じ込んでいる」

東京の百貨店で
セドラチェク
「消費の大聖堂だね。いつもリュックひとつで旅をするんだ 僧侶みたいだろ。手でもてる以上の物は僕はいらない。自由はかつて"物からの自由"を意味していた。今や自由といえば"消費する自由"だ。消費できるほど自由を感じる。消費できないと自由じゃないと思ってしまう。だから毎日働かないといけない…。映画『マトリックス』でもあっただろ。いらないものを買うためにしたくもない仕事をする。エデンの園の呪いだね」

禁じられた果実 もうヒトは後戻りできない 消費への欲望 それを満たすための労働 果てしない欲望の無限回路がはじまる

セドラチェク
「『CUBE』っていう映画を知ってるかい?『CUBE』はカフカの不条理劇にも通じるんだが気がつくと四角い空間に閉じ込められていて…物語の終盤、実は自分たちが『CUBE』を造っていたことに気がつくことになる。

専門化した社会では自分のしていることが分からなくなる。フランスの哲学者ラカンはこう言った"分かっているけど止められない"。私たちの問題は分かってさえもいないことだ。どんなに働いても欲望を満たすだけのものは作れない」

第2章 成長は、至上命題?

スティグリッツ
「経済成長について話すときは"成長"の意味をはっきりさせないといけない。GDPは経済力を測るにはいい指標とは言えない。環境汚染、資源乱用を考慮にいれてないし、富の分配も社会の持続性も考慮されていない。問題だらけだ。経済における成長の本質をこの先変えていくべきだと強く思っている。

すでに明らかなのは物質主義的経済ー天然資源をじゃぶじゃぶ使って二酸化炭素を大量に排出するようなことは持続不可能だという事だ。もうそのような成長はなしえない。だが他のかたちの成長がある。まだまだ反映できるし新たなイノベーションを生み出せるはずだ」

安田
「その変化を起こすには何が重要ですか?」

スティグリッツ
「政府の政策が必要だ。テクノロジーやインフラや教育にもっと投資をしないといけない。地球の気温を2度も上昇させてしまったことで多くの投資が必要になっている。経済を整え新エネルギーに移行し都市構造を変える。私たちには巨大なニーズがあるはずだ」

新たな需要を生む変化 その予兆はやはりこの地(サンフランシスコ)から生まれるのか

スコット・スタンフォード(シェルパ・キャピタルCEO 元ゴールドマン・サックス社員 2013年ベンチャー投資企業を設立)
「Uberへの投資がきっかけで今の会社の共同設立者と出会った。立ち上げのかなり早い段階で投資をした。ごく小さい会社だったがアイデアに魅力を感じた」

彼はアプリでクルマを呼べる新しいビジネスモデルに投資した それは従来のタクシードライバーの雇用を奪う事にもなる 創造と破壊は裏表

スタンフォード
「テクノロジーは経済を活性化するか雇用を奪うだけか。そういうことは考えてない。そういう心配をするのは僕たちの仕事じゃない。僕たちは5億ドルを運用している。そのお金は僕たちのお金ではなくて出資するパートナーたちのものだ。彼らは自らの資本を僕らの投資に委ねてくれている。僕らに収入があるのは投資がリターンを生んだ時だけだ。資本金をコントロールするボスがいるのさ」

安田
「以前はゴールドマン・サックス(投資銀行)に所属していたんですね。投資の戦略や考え方で何か違いがありますか?」

スタンフォード
「面白い質問だね。考えたこともなかったな。はっきり言えることはすべての仕事は資本主義システムの中にあるんだよ。そもそもゴールドマン・サックスでも今の会社シェルパ・キャピタルでも目的は同じだ。短期間でお金を稼ぐこと。ただ今は常に新たなビジネスのアイデアを考えている。誰かの起業を手助けするだけでなく時には自分たちで新しい会社を立ち上げる」

お金、投じれば増えて返ってくる そんな資本主義のセオリー だがいつでも通用するわけではない

安田
「利子率はますます低くなっています。もう投資も成長も見込めないと言う人たちもいますが…」

スティグリッツ
「ケインズを始め 多くの近代経済学者たちは利子率の役割 調整機能を強調しすぎた。利子率より重要なのは借り入れのための"信用"だ。低い利子率は不況を招いている政策の結果に過ぎない」

セドラチェク
「クルーグマン(経済学者)の主張で同意できないことがあるんだが、彼の主張は"低い利子率で借金すれば"、"経済が好転して"、”借金を返せるようになる”。真ん中の文を抜いたらどうなると思う?違う意味が見えてくるよ?"低い利子率で借金すれば"、"借金を返せるようになる"。これは銀行員だったら警報ものだよね。危険すぎる。火で火を消そうとするようなものだよ」

スティグリッツ
「テクノロジー、インフラ、温暖化対策に投資すれば利子率なんてすぐに上がるさ!」

セドラチェク
「ナイフや火のようなものだ。コントロールできる代物じゃないんだ。利子率っていうのはどう扱っていいものか本当にわからないものだ。どんなにいい投資でも、高速道路・大学・研究機関とかを作ったとしてもお金は必ず返さないといけない。教育レベルが高くて優秀な経済学者がたくさんいて大きな潜在力を持っている日本のような国でも借金を返せずに苦労している

文明社会は"安定"を売り払ってしまった。そして無限に"成長"を買っている。僕らはいつもではなくとも時々成長をもたらす経済を作り出したが今は崩れかかっている」

安田
「人々の成長への期待が膨らみ利子という概念が広まったことは成長資本主義のそもそもの起源なのかもしれないですね。人々の考えを変えたのかもしれません」

セドラチェク
「その通りだと思う。利子はアルコールのようなものだ。どちらもエネルギーをタイムトラベルさせることができるから。

金曜日の夜にお酒を飲んでいると突然歌いだしたり…ほら、この国は"カラオケ"好きの国だろう?お酒が入っていると歌いやすいよね。"このあふれるほどのエネルギーはお酒が与えてくれたものだ"って思うかもしれないが、ノーだ。それは間違いだ。お酒がエネルギーをくれるわけじゃない。お酒がしたのは土曜の朝のエネルギーを金曜日の夜に移動させただけだ。

二日酔いは間違いなく翌日に来るがお金は40年も50年も時を超えることができる。こんな風に危機につながったりするんだ。エネルギーが消えてしまうのだ本当に必要な時に…」

カネは時を越え時がカネを生む この錬金術を何故ヒトは欲望したのか

第3章 魔術の誕生

セドラチェク
「西洋の古い書物を読んでみると実に皮肉で興味深いんだが必ず利子について論じられている。聖書・ヴェーダ(ヒンドゥー教の経典)・コーラン・アリストテレス。否定的な感情とともにね。なぜかわからないが利子は禁じられていた。歴史を振り返ると利子は"禁断の果実"だったんだ。富をもたらす一方で問題を引き起こしてきた」

利子、それは未来の利潤のため休むことなくヒトを働かせる これも、禁断の果実

そこにはある男の欲望があった 14世紀イタリア メディチ家の始祖ジョバンニ・メディチは利子を禁ずる教会の目を避け、フィレンツェとロンドンの為替レートの違いを利用し莫大な利益を得た 

カネは時だけでなく空間の差を利用して無限に増殖していくことに


"貨幣は元々交換のための手段 しかし次第にそれをためること自体が目的化した" アリストテレス

昨日より今日、今日より明日 増え続ける 欲望 その欲望を正当化し免罪符を与えた男がいる 経済学の父 アダム・スミス(1723~1790) 『国富論』(1776年) "それぞれが自らの利益を求めれば見えざる手によって社会全体も富み栄える" その理論は人々に欲望を肯定したのだ

安田
「そもそも資本主義の推進力は何なのでしょうか?」

アルヴィン・ロス(スタンフォード大学教授 2012年ノーベル経済学賞受賞 市場の制度を設計する「マーケットデザイン」研究の先駆者)
「市場の最大の機能は誰が何を欲しがっていて誰が何を持っているかすべての情報を集めることだ。供給と需要が一致することで魔法のように価格が決まる。その難しさは 情報を得て計画することなど誰にもできないことにある。なぜなら情報は多くの人々に拡散するものだからだ。そしてまた情報が市場に集まることで最適な結果が生まれる」

安田
「世界の利子率は下がり続けてマイナス金利の国もあります。資本主義の終わりの兆しを語る人々もいますが?」

ロス
「資本主義の死を宣言するのは早計だ。資本はリターンを得続けているよ。シリコンバレーに住んでいるんだが多くのビジネスが集まっているのは今も新しい会社が利益を上げているからだ。もしもマイナス金利が続いたとしても新しい形の金融取引が発展し金融機関の資本はリターンを得られ続けるだろう」

スティグリッツ
「市場とはある日誕生したのではなく進化しつづけてきたものだ。何千年も前の市場経済はとてもシンプルなものだっただろう。私が思う大変化は産業革命だった。資本主義は科学と技術を両輪としている」

発明 イノベーション 大規模化 成功すれば競争相手に一歩先んじ生産効率を上げられる その加速は止まらない

スティグリッツ
「このダイナミズムによって人々が農作物を市場で買ったり女性が家で編み物をしていたような原始的な市場経済からより大規模な会社ほど有利で経済規模を拡大できることになった。そしてイノベーションが駆動する経済だ」

スタンフォード
「私たちはより効率化する方法を常に探しているんだ。経済学でいうところの生産性だね。労働力が変わらないのに成果物は増える。そして利潤 成長 波及 創造的破壊を追究する。いかにして効率的な進化がなされない古い産業を駆逐するか。市場をとれ。需要と供給が働きあって加速して規模の効果が働いて新旧交代が起こる。それがイノベーションだ。そして消費者をハッピーにするんだ」

思想 そして技術が 欲望を開放し 資本主義は成長がかかせないシステムへと変貌した

欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき 第4章~第5章 第6章~第8章 第9章~最終章
『欲望の資本主義2017 ルールが変わるとき』をみて

cf,
アダム・スミス 著, 山岡 洋一 訳 『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究』 読書メモ

『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読む

欲望の民主主義 世界の景色が変わる時 第1・2章 第3・4章 第5章 第6章 第7・最終章
by wavesll | 2017-04-03 22:15 | 書評 | Trackback | Comments(0)

透き通る文体の奥にある生と我 / リチャード・ブローティガン『西瓜糖の日々』個人的な読み解き

c0002171_21454752.jpgこの感想文はネタバレを含みます。ご注意を。ただ、この物語は文体や質感を味わう作品だと想います。

Richard Brautigan (原著), 藤本 和子 (翻訳) / 西瓜糖の日々を読みました。2度読みました。

2度、とあえて断ったのは初回の読後感が、まさにスイカの甘みのような、美味しいんだけれどどう感想を書いていいかがわからないものだったという事があったのです。

非常に繊細な"わたし"が身を寄せる、心の機微が尊重されるiDEATHというコミューンの姿とそこから弾かれた人達の破壊衝動の対比が西瓜糖のほのかな甘みの文体の先にありました。

そして今2回目の読書を終えて想うのはこの本は淡々とした現実的な時間進行でありながら、おとぎ話やSF的な要素の層を持ちながら、枠組みとしては『我と生』という存在を描こうとしたものであろう、ということです。

物語は大きく2つの構造があります。一つは組織対組織、一つは個人対個人。

この物語には「町」以外に、主人公が身を寄せるiDEATH(アイデス)に対してインボイルという狼藉者が暮らす『わすれられた世界』の一団、そして虎の群体という集団があります。

『西瓜糖の日々』では多くの事が完全に解説されずに話が進んでいくのですが、この『わすれられた世界』についてもそう。

ただ多くのファンタジーではこういった存在は"文明崩壊後の世界の側から見た現代社会をロストテクノロジーとして捉えたもの"であり、この本でもそれで大まかにはあっていると想います。

そうしてみるとマーガレットにとっては非常に面白いモノが落っこちているという、そして"わたし"にとっては醜悪なものが多いという『わすれられた世界』は"欲望が渦巻く現代消費世界の残骸"と捉えられます。

そして『iDEATH』とは『我執を捨てた者たちのコミューン』という意味なのではないか、と想うのです。

そう考えるとインボイルが「虎を殺してはならなかった」といい、己達を血みどろし死ぬことでアイデスを蘇らせようとしたことは、人食い虎達は暴力的な存在であるけれども、自然のままに生きている存在で、iDEATHが忌避する"資本主義的な欲望"から最も遠い存在でもあったからだと想います。

実際最後の虎達が殺されて燃やされた跡地にiDEATHが鱒の孵化場を創るのは「狩りから畜産」という"資本の蓄積"がiDEATH自身の内にあることを示しているのではないかと。

しかし結局のところ、欲望に溺れその原理を追求したインボイル達は自ら命を絶つ結果となりました。iDEATHという死を冠した組織の方が存続しました。

サステイナブルという観点で"進歩・発展"がない、或いは遅々として進まないiDEATHのような在り方の方が破滅へは至らず世界を消費しきらない、ということなのかもしれません。

ここでもう一つの構造、個人対個人に話を移したいと想います。

『西瓜糖の日々』は一言でいえば『"わたし"とマーガレットの話』です。
"わたし"はこの物語で描かれている日々、常にマーガレットに捉われています。

昔の恋人、しかしマーガレットは『わすれられた世界』の物達に魅了され、そのことに嫌悪感を持った"わたし"の心は離れ、今は"わたし"はポーリーンと付き合っている。

しかしマーガレットは未だに"わたし"に執着していて、マーガレットの親友だったポーリーンも気を病んでいる。

私は"わたし"の気持ちも分かるし、マーガレットやインボイルの気持ちも分かります。

単純に面白いことや刺激を追い求めたいマーガレットの探究心も分かるし、その刺激的な世界に身を置いているインボイルの側から見るとiDEATHの連中は愚鈍でお花畑で、現実をみていないようにみえるのもわかります。

逆に"わたし"等iDEATHの面々から見ると"何故不必要な快楽を得たいとするのか"とマーガレットやインボイルに嫌悪感を抱く。自分の中にない欲望を持った人間を人は忌避してしまう。

そうした無理解を受けたインボイルやマーガレットが、最初は理不尽からの悲しみを、そして怒りを覚え、対立、破壊衝動に駆られていく…。

快楽に身をゆだねる人は弱さを抱えていて、そして段々と"快楽を必要としている"から意識が"こんなに凄い快楽を得られる自分は凄い"になっていく。私自身もそういうところがあるので、この本を読んでいてちょっと心が痛んだところもありました。

"生の歓び"を謳歌しようとしたときに、その歓びが"大人しい人々"からは嫌悪の眼で見られる事、あると想います。

例えば私は中高の頃はクラスの端で寝てた人間なので、クラスの中心で騒いでいた連中をどこか斜めの眼でみていましたし、今だってFacebookのリア充自慢はちょっと見てられないなと想います。

一方で私自身も自分の気の合う人々とコミューンではないですが緩いつながりをもって、私自身の生の歓びを追求している。"i"を"DEATH"はさせられない、そうして日々を過ごしてます。

そして"わたし"自身もマーガレットに正面から向き合わず、避けることで彼女を死へと追い詰める、そしてそれを罪とも感じないドライさも、リチャード・ブローティガンは描き出しています。

この物語はどちらの肩を持つこともなく、明確な正解を出すわけでもない。或いはこうした物語構造としてのパースペクティヴをはっきりと示しているわけでもありません。

この”西瓜糖”の甘みのような、ほんのりした、すらすらと過ぎていく文章自体がこの物語の価値で、その曖昧として明確な解がないことが、この物語を"現実の比喩"に在らせているのだと想います。

自然の掟の虎でも、我執と欲望に駆られたインボイル一派でも、或いは西瓜糖のような生のiDEATHともまた違った、しかしそのトライアングルの内側のP点に私の人生は座標がある、そんな感想を持ちました。

Schubert, Trout quintet D. 667 — S. Kuznetsov et al. — ピアノ五重奏曲『鱒』(フランツ・シューベルト)。

by wavesll | 2017-03-10 22:34 | 書評 | Trackback | Comments(0)

アダム・スミス著/山岡 洋一訳 『国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究』第四・五編読書メモ

c0002171_1103964.jpg第一編 読書メモそして第二・三編読書メモ
から一年弱。度々の長期の離脱を経て、今朝方とうとう国富論 国の豊かさの本質と原因についての研究 (下) を読み切ることができました。

下巻の内容は第四編「経済政策の考え方」では重商主義や重農主義を検証しながら、自由貿易こそが社会における真の富を増加させる方策と論じられました。

その論理から当時イギリスのものだったアメリカ植民地にも敬意ある自立を促した方がいいと導きされたり、統治を商人が行う東インド会社の害悪について論じたり非常に先進的な思想が語られていました。

また最終章である第五編「主権者または国の収入」は主権者が行うべきサービス(夜警国家としての防衛、司法、道路などの公共施設の経営)と税についての噺。

伝えたい理論を古今東西の夥しいファクトで実証し現実が仮説と違う場合もきちんと書いた実体のある理論書でした。

第四編で貿易において、一国との間で赤字となったとしても規制を掛けずに富を自由に動かした方が国の真の富は増加していると論じているのは、確かに輸送技術やインターネットによるトランスナショナル化等商業環境が18世紀とは大きく変わっている点はあるにせよ、現代の重商主義者である米国大統領なんかにも読んでもらいたいな、なんて思ったりしました。

また幹線道路などの整備は国全体の利益になるとしながらも、基本的には通行料などで黒になる計画として行うべきで、国は乱脈経営してはならない、という話は北海道新幹線を通した人間達に聴かせてみたいな、等と想ったり。『国富論』は経済学の古典ですが、現代においても聴くべき思考が書いてあると想います。

中でも最も心に残ったのは
施しやふるまいが度を超えることはめったにないが、虚栄心はかならず度を超える。
という一文。

アダム・スミスは地域の名士や宗教が人々の心を原初に掴み、尊敬されていたのに、今はその神通力を失ったことは商業の発展と密接に関係あると論じています。

古代、自分が食べられる分を大きく超える農作物を生み出す土地権益をもった者は、多くを周りの人々に振る舞って、人々を援けていた。そうして尊敬を集めていた。
しかし商業が発展して、交換価値が高い技巧が凝らされた"商品"が登場して、自分の産み出したものを自分で使い切っても足りないくらいの贅沢な欲望が生まれる環境が形成されました。
そうして権力者はそのパワーを自分のために使いきるようになり、"サービス"は"対価"を必要とするようになり、結果として民衆からの敬意は失われていった、と。

自分だけの利己的な楽しみに収入を使う場合には、どれほどつまらない楽しみでも、思慮分別のある人ですら、熱中しすぎて身を滅ぼすことがある。
(中略)
だが、贅沢にならないもてなしや見栄をはらない施しで財産を食いつぶした人は、あまりいないはずである。(贅沢なもてなしや、見栄をはった施しで身を滅ぼした人は多いだろうが)。


虚栄心とどう付き合うかは、例えばSNSで肥大化した承認欲求のコントロールへ繋がったり、現代人にも響くテーマとなっていると想います。

日々の愉楽が、労働の再生産に必要な分を超えたとき"浪費"になる。食っていける人が多くなればなるほど、社会は真の意味で発展しているのであり、真っ当にいきることが価値ある生だ。アダム・スミスはそう言っているようにも思います。

確かに消費が美徳になるというのは貴族的なアティチュードであって。それを身を滅ぼしながら行おうとするのは愚か者のすること。脳と躰を動かして創造を行うことは消費の螺旋から解脱することに繋がるのかもしれない。そう想いました。

無論、消費には社会的・個人的な効能があって。他者に奉仕する事だけが美徳とされる価値観は抹香臭いなと感じてしまいます。その上で"時間をかけて咀嚼する事が生み出すふくよかさ"に思いを馳せる読書となりました。

大学一年生の頃、教授から「砂や小石でバケツを満杯にしてしまったら岩を入れるスペースはなくなってしまう。しかし先に岩を入れれば、その隙間に砂や小石を入れられる、だから大学時代は古典を読もう」と言われたことが頭に残っています。

あれから十年以上を経て、漸く巖に手を伸ばす気になりました。そして今『国富論』を読み終わって。今、ゴールではなくスタートラインに立っているような気分です。

"いつか『国富論』を読んでみたい。『国富論』を読めば何かが変わるかもしれない"そう想っていたところがあったのですが、それは"インドに行けば何か変わる"というのと同じようなことで。

古典を読むことは旅に似ていて。或いは登山もメタファになると感じます。違う景色をみながら一歩一歩高まっていく。

けれど、今は古典読書はワークアウトに近い気がしています。効能がすぐめきめきとインスタントに現れる事ではない、一発逆転はない。けれど振り返れば、前とは違う起点へ進んでいる。そういう上下巻でした。

cf.
アダム・スミス著 村井章子+北川知子訳『道徳感情論』"もしアダ"が書きたくなる稀代の"いいね論"

by wavesll | 2017-02-27 19:05 | 書評 | Trackback | Comments(0)

読書感想: 新田祥子 / もうだいじょうぶ! 心臓がドキドキせず あがらずに話せるようになる本

c0002171_18521595.jpg新田祥子著 『もうだいじょうぶ! 心臓がドキドキせず あがらずに話せるようになる本』を読みました。

私は緊張しいの人間で。特に仕事とかで"これは失敗してはいけない"という思いが強い時や"きちんとしなければ"と言う思いが強い時は物凄くあがってしまいます。文章を書く際なんかも、Webにはこれだけ饒舌に書けるのにも関わらずビジネス上の文だったり、"読み手が批判的な目で粗探ししてきそうだ"というプレッシャーの中で文章を書きあげるのがどうにもこうにも不得手で。

今までプレゼン白熱教室なんかをみて、<準備と想定演習を反復することを重ねて、ターゲットの好みを徹底的にリサーチして反映させる>とか"成る程"と想ったのですが、実際問題それだけの準備の時間的余裕が与えられないことも多いし、"正攻法に人事を尽くして天命を待つ事が出来ればいいけれど、そのスピード感に体力・精神力的についていけん…"と想っていたことも事実。そんなわけでこの本を手に取ったのです。

そこで書かれていたのは<『あがる』とは精神現象でなく生理現象>だということ。<あがる人は恥をかいた記憶が反芻されて、脳が自尊心を守ろうとして過剰防衛反応を示している>とのことでした。

あがる人は鬱なんかにもなりやすい性質らしく、完璧を求めて反省を繰り返すそうです。その為自分の駄目だったところばかりが記憶に残り、<あがった、失敗した>という記憶が強化され、ますます苦手意識が高まるそう。

原因は幼少期に勉強をしすぎたり、TVゲーム等で対人コミュニケーションの経験に乏しくなってしまったり、最近だとSNSに没頭してフェイス2フェイスのコミュニケーションに触れる時間が少ない場合もあるとか。しかし大人になってからでも訓練であがり症は直すことができるそうです。

まず減点嗜好を脱却し出来たところを見ること。"ま、いっか"と安心で心を満たせばあがらないとのこと。
更に声の震えなんかは、骨伝導で聴く自分自身の認識程他人にはつたわっていないので、"最低限これだけは伝えるポイント"さえクリアすればOK、くらいなラインを設定するのも有用かと。過剰な反省でますます苦手意識が強化されるのを避けるのを優先したいところ。

そして面白いと想ったのは口や舌、表情筋の筋トレをするといいというくだり。また猫背や服装をしゃんとするという"見た目の与える印象の改善"というアドバイスも。

不安というのは漠然としているからこそ大きくなるもので、やるべきことを具体化すると不安は半分は解消されるというのもその通りだと想いました。"あがり"というのを脳に原因を求めるというより身体全体の問題と定義するのが好感が持てました。

きちんとした訓練を積んで”ドキドキしないスピーチ”の記憶を定着させればあがることはなくなるそうです。ここら辺は著者の人がやってるセミナーの宣伝だなと想いましたがw

そして人に対する苦手意識の段では”この人苦手だな”と記憶するより”この人はこういう特徴がある”と記憶すると漠然とした苦手意識で記憶が埋まることなく、寧ろフラットな”事柄”として記憶されるとのこと。

そして<対人コミュニケーションを上手くいく為に>の段ではまず<コミュニケーションが上手くいかないのはあなたが自分の話ばかりしているから。相手の話を聞くのが大事>とのこと。”それは知ってるんだよ”とwしかしここからが面白かったのです。

<質問をするときは『事柄』でなく『相手の感情』にフォーカスを>とのことでした。『情報』を得ようとすると相手は”なんでそんな根掘り葉掘り聞かれなきゃならないんだ”と想い、反応が悪くなる。そこを<その時相手は何を想ったのか>を聴くと会話が弾むと。なるほど!といった感じでした。自分がLINEなんかで友人と話が弾まないのは相手に情報を聴いていたからかと。なるほどなーといった感じ。

また何かを断る場面では"状況/事情"の説明が大事だとのことでした。これは実際の場面では話したくない事情なんかもあったりするだろうし、上手い事いい抜ける狡さもいるかなと。

大前提としてあがり易い人は相手の反応を自分で推測してどんどんネガ思考に陥ってしまうという点があり、そんなコトは相手が考えればいいことだと切り離すのが大事だとのことでした。

ここら辺は"うっわ耳が痛いなー"というか。昔mixiで足跡がついたのに"いいね"が押されないことに対して「俺の書くものは1クリックもする価値がないほどつまらないと想われてるのか」と逆切れした黒歴史があるのです>< 自発的に書いていることなんだから、アドラー心理学を持ち出すまでもなく相手の反応は相手の課題ですからね(苦笑

特に私のような極私的な関心ごとを書く場合は、mixiのような閉鎖的な人間関係の所に書くよりも、寧ろWebの大海に書いた方が性に合っている気がします。このBlogの一日のhit数が大体PCからが100、スマホからが100なので、日本国民の1/500,000の確率でも関心が共有出来たなら僥倖で。その代わりに書きたいことを画くインディー・スピリットでやっていきたいなぁと想います。

とはいえ、この本を読んで一番びっくりしたのは文字が大きくて1ページ辺りの文字数がとても少ない事!
まとめサイトで良くあるみたいなリーダビリティーを追究したつくりに”1500円の本でも、いやだからこそここまで読みやすさを追求しないと手に取ってもらえないのか”という其のサービス精神に驚きました。

私は利便性とか機能性を疎かにしたのはインディー・スピリットの追求というより怠けかもなぁと想いました。とはいえ、この”怠け”というぼんやりした言葉では漠然とした不安が広がるばかりですから、”テーマ検索のしやすさ”とか"英語でもサマリーを書く"とか、具体的な案件に明瞭化してこうと思った次第です◎
by wavesll | 2016-11-02 18:58 | 書評 | Trackback | Comments(0)

夏目漱石の妻 -石に漱ぎ流れに枕す男の妻の心意気

NHK土曜ドラマ『夏目漱石の妻』は秋ドラで一番のお気に入りでした。
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私は漱石に憧憬を持っていて。神経衰弱になったり、教師から物書きを想い馳せる姿や私小説的な文豪の姿にも好感があって。
そんな特別な作家の漱石のことを知りたくて、漱石の家族が書いた回想録も幾つか読んでいて。なので世間的には悪妻といわれる鏡子さんが実はしっかりした良い女性なことも知っていたのですが、妻の視点で描かれるこのドラマは漱石と漱石の家族に対する観じ方が大きく変わるくらいの衝撃がありました。

第一回のお見合いの回で漱石が鏡子さんを「口を開けて笑うのがいい」と言っていたところくらいは微笑ましく見れていたのですが、さすが"石に漱(くちすす)ぎ流れに枕す"という故事から筆名を採った漱石。その気難しさというか、精神を病んでしまったあたりからの機能不全家族ぶりには”鏡子さん本当に大変だな…”と。

文面で”神経衰弱”と読むだけでは想起しきれなかった身体を持った夏目金之助のリアルな姿。ちょっとドラマに感化されすぎかもしれませんが、彼の書いたものから想像される漱石像に対して大分驚愕がありました。

明治期の時代背景というか、男は稼ぐが甲斐性で、その実際的な能力を研げれば"家庭的な優しさ"はいらないとされる時代だったのかなとも想います。その漱石に愛を注ぐ鏡子さんの姿。

私は結婚観で、”漱石のようにさっと見合いして、共に暮らす中で『夫婦』になっていけばいい”なんて考えていたのですが、実際は結婚生活にはとてつもない苦労があることをこの劇から改めて分かったというか。理念理想と身体を伴う実体は異なるのだなと改めて思いました。

その上で鏡子さんの愛が、物語を愛で埋めています。実際的に生き、漱石を愛す鏡子さんが微笑ましく、逞しくみえました。夏目に嫁いで、当初は入水自殺も試みたお嬢様が、揺ぎ無い良妻になっていった一代記でした。

ラストシーンで鏡子さんが漱石に「『坊ちゃん』の清のモデルは私でしょう?」と問い、漱石が「そういうことにしておこう」と言います。漱石自身が鏡子さんの愛で包まれていることを表現していたこの場面によって読後感が良く感じました。明治の気難しいオッサンでもあった漱石の鏡子さんへの愛がみれて。

と、同時に”完璧な家族”なんて存在しないというか、現実の家族はほとんど全てがどこかしら機能不全的に欠けていて。家族って、そしてパートナーって割れ鍋に綴じ蓋だからこそ、ぴったり嵌って恋人/夫婦になるのではないかなとも想ったり。

余りに完璧を求めすぎると逆に軋轢を生んでしまうから、"ここまでできていたらOK、その先はボーナスのようなもの"みたいなラインを設定していくと、上手に家庭が回るのかもしれないと想いました。理想を求め努力を重ねる姿勢と、現実として実際を回す姿勢、その両輪が他者と他者が共に生きる上で大事。そんなことを学んだラヴ・ストーリーでした。
by wavesll | 2016-10-29 11:11 | 書評 | Trackback | Comments(0)

三島由紀夫 『葉隠入門』に想起する侍の魂、男のマナーそして現代を生き抜く術

c0002171_2053267.jpg三島由紀夫 『葉隠入門』を読みました。この新潮文庫版には『葉隠入門』の他、笠原伸夫訳の『「葉隠」名言抄』も収録されていて、鍋島藩に仕えた山本常朝自身の言葉も見ることができました。

さて『葉隠』。佐賀出身NUMBERGIRLのNum-Ami-Dabutzを初めとして幾度となく聴いてきた『武士道とは死ぬことと見つけたり』の理論。無論この精神姿勢は本書の哲学の中心となる概念ですが、思った以上に侍でない現代の人々、とりわけサラリーマンに響く箴言達だと感じました。

例えば"批判の仕方"に関して

意見して人の欠点を直すのは大切だが、意見の仕方に骨を折る必要がある。他人のやってることを批判するのは簡単で、言いにくいことを言ってやるのが親切だと大方の人は考えるようだが、これは何ら役立たずだ。いたずらに人に恥をかかせる悪口で、気晴らしの類でしかない。
意見はまずその人がそれを受け入れるか否か良く見分け、相手と親しくなり信用されるようにしむけるところから始めなければならない。その上で趣味の方面から入って、言い方も工夫し時節も考え或いは手紙、或いは帰りがけに、自分の失敗を話したり、相手の良いところを褒めたり、そうした上で欠点を直してゆくというのが意見である


どうです?かなり『葉隠』のイメージ、変わりませんか?この他”欠伸を止める方法”や”翌日のことは前の晩から考えておくこと”、”色んな事態を前もって検討しておくこと”、”まず勇気をもって着手せよ”、或いは”上役は倹約ばかり説かず、少しは見逃したりすることで下が安穏できる”とか、"正義に惑溺すると真理を見失う、第三者に相談して傍目八目を利用するのも書物で古人に学ぶのも良い"とか、"過ちの一つもない人間は信用できない"、"利口さを顔に出すものは成功しない"、"名人も人なら、我もまた人"、"役職者は上には厳しく目付けし、部下は褒めること"、"初対面のつつましさで付き合うこと"、"好人物は人に後れを取る、強み(バイタリティー)にあふれている人間でなくてはならない"や"昔は良かったと懐かしがってばかりいてはいけないし、逆に現代風ばかりよいと想うのも思慮が浅い"、"会議の前に根回ししておくべし"、"刀(意地)は抜き身ばかりだと人が寄り付かず、納めてばかりいると錆び付く"等、現代人でも通じる渡世術に満ちていました。

一方で武士ならではのダンディズムというか男らしさを示すものも多く、何事も自分一人で国を背負うくらいの高慢さを持って事を行えとか、威厳を保つために言動を厳しく律したり、顔色が悪い時は紅を指しても威を示す身繕いなど、男としてのマナーがかなり語られていて、こういう形でのマナー論だとしっくり受け止められるなと想いながら読んでいました。

さて、そういったプラグマティックな付録がありながら、『葉隠入門』はしかし三島自身の哲学も色濃く『葉隠』を読み解いたテキストでした。

『葉隠』が書かれたのは天下泰平の時代における死への欲望であり、三島がこの文章を書いた平和な戦後においても、メメント・モリが魅惑をもって輝くという論拠。死が遠ざかるほど、人は死を求めるのではないか、三島はそう説くのです。

男の女性化が進み、意気のある、秘する闇のある人間がいなくなっていく明るい時代への反骨の精神。福祉国家の倦怠、社会主義の抑圧、穏やかな世の中に対する怒りを三島の文章からは感じます。生が薄くなることへの怒り。爆発的なエネルギーを持って死ぬ気で物事を為す、一瞬一瞬を生き、失敗したら死ぬくらいの気概が逆に人間を解き放つことになるという『葉隠』の哲学に三島は魅了されたのだと想います。

単純な功利主義では"死ぬより生きた方が得だ"となり誰かの為に殉じることも何かを為すため身を投じることも小賢しい人間はできない。西洋は生の哲学を日本に教えたが、享楽や利殖を追うだけの人生に何の価値があろうか?この問題意識はマックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』でニーチェの"末人"を引用して伝えたものに通じる気がします。

神風特攻で死ぬことも、或いは自分で自殺を選ぶことも、運命と自己選択の両方が(程度の差はあれ)混じっていて、真理としてただ圧倒的な死だけがある。そして死を身近に想うことが生を輝かす。三島はそう論じています。

三島のこの思想に触れた時に私の頭に浮かんだのは村上龍最良の後継者であり震災後文学の最高傑作としての『シン・ゴジラ』(飯田一史)でした。この記事の中で語られる村上龍の変遷は、興味深い提示になると想います。

つまり、『限りなく透明に近いブルー』の頃は、経済発展の平和に倦む人間たちが生を実感するには暴力かセックスかスポーツしかなく戦争を起こすことでしか日本という国は生への切実な思いは得られないと考えていた村上龍が近年『カンブリア宮殿』等を手掛けるのは、"長らく続く不況の中で、企業こそが『生き抜く危機意識』を体現した存在となっている"ことに気付いたからだという論旨。

今現在の日本は、長らく続いた昭和・平成の"戦後の平和"が翳りつつあります。震災による津波の衝撃、福島原発という不安・穢れの残存、毎年数万人の自殺者が出る経済状況、そしてイスラム過激派による全球的なテロ。台頭する中共、暴走しそうな北鮮。さらには安倍首相による"戦前"を思わせる政治的な動きは、"戦後"に蹴りをつける段階に日本も否応なしに至ってきたことを示していると想います。

そういった中で、惰眠を貪れる贅沢な状況は日本においては終わり、三島がこの書を書いた頃とはパラダイムが完全に変化したようにも想うのです。今、特に若者はかなり死に近いものを身近に感じる時代になりつつあるというか、楽に生きれる時代はとうに過ぎ去ってしまった。そう私は感じます。

そのストレス状態で更に死を想うのは鬱送りになってしまう恐れもありますが、私自身は鬱の末に『もし俺が死にたいのなら今すぐ死んでいるはずだ。俺は生きているのだから、生きていたいんだ。みな、色んなことを勘案したうえで生き方を選択しているのだから、全部ひっくるめたうえで"みなやりたいことをやりたいようにやっているんだ"』というアドラー心理学的な意識へ達したので何事も突き詰めるのはいいことかもしれないなとは思います。死んだら終わりだけど、最悪でも死ねばもう自分の生は関係なくなる、この考えで楽になる人はいると想います。

侍の魂を現在へ受け継ぎながらも、今はどちらかというと武者というより実務家としての侍のメソッドを会得して、江戸町人的な「いき」の塩梅も活かしつつ、この時代をSurviveして渡っていければいい、それで何かを成せれば万々歳。今私はそう思う次第です。


cf.
SMiLE.dk 『Butterfly』

Ay, iyaiyai,
Ay, iyaiyai
A-a-a iyaiyai,
私のサムライは何処?

あの人を探しにきた
ニッポンに
私のサムライを探すために
強い人
ちょっとシャイな人
そんなサムライが私には必要なの

Ay, ay, ay,
私はあなたのチョウチョだから
グリーンやブラックやブルーの蝶々が
空を染め上げる
Ay, ay, ay,
そんなチョウチョみたいなものよ
グリーンやブラックやブルーの蝶々が
空を染め上げる

森の中を探す
丘の上を捜す
私のサムライを探し回る
後ろ向きにならない人
私を掴んで離さない人
そんなサムライが私には必要なの


エレファントカシマシ 『昔の侍』
ウルフルズ 『サムライソウル』
Lance Mungia 『SIX STRING SAMURAI』


Samurai - Djavan - Luz

Ah,
多くの欲望
わが心の内に…

Ah,
俺を苦しめてくれ
殺しかけてくれ
殺さないことが、俺を傷つける

やれ…
何も言わずに
受難の館で

離れてくれ…
君が望んだときに
侮辱してくれ
そして俺の肌を撫でてくれ

月よ満ちてくれ
深く耀くために
熱情の暗黒

闘おうとした
愛の力に反逆しようとした
しかし俺は破れ勝者に跪いた
奴隷になった
サムライの奴隷

しかし俺は幸福だ
それは愛だと噂される
魅了される


SHERBET(浅井健一) きせき
 ―平和な世界がやってきたらきっと僕は退屈で生きてはいけないだろう 生きてはいけないさ

by wavesll | 2016-09-08 22:15 | 書評 | Trackback | Comments(0)