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安っぽくない泣きたくなるほどの話



例年年を越しても一ヶ月くらいは前年度が続いている気がして「俺は旧暦で生きてるから」とか嘯いていたのですが、今年は狐の行列で年越しからの元旦マツケンライヴで完全新年モードというか。そして二つのことでいよいよ2018年をフィニッシュしたなと想って。

その二つは「菊地成孔の粋な夜電波」最終回を聴いたこと。そしてもう一つはそれきっかけで『カメラを止めるな!』をみたこと。

『カメラを止めるな!』はレンタルが始まるまでネタバレを極力避けて大正解だったので”レンタルなら数百円だし96分でサクサクみれるから、面白いからまずみるべし”に尽きるというか。即二度目見たくなる。でも映画館でみんなで声出しながら見た方が断然面白い映画かもしれないけど。

この記事ではそんな『カメ止め』のエンディングテーマを最後に流した菊地さんに”お疲れ様でした”と認めたくて。
粋な夜電波は始まった当初に聴いて”これは面白いぞ”となり、その後離れたりとかもしたのですが、一週間に一度の葡萄酒のサーヴのような存在の番組でした。

最終回を聴いて、滲み出る、溢れ出る悲しみの先というか、時をかけたブロードキャストの終わりは今まで封じてきた真正面を突き抜けた選曲に何かブランキーの『LAST DANCE』を想い出しました。

Showに伝達される人間性の温かみが夜電波とカメ止めは繋がるというか、斜に構えを外してみえる真っすぐな想いに、心打たれて。菊地さんは衒学的にみえるけれども、ミューマガの件もそうですが本来の心のピュアさが伝わる人柄だったなぁと。

新しい冒険、新しいLifeへ切り替わっていく。1月ってそういう月なのかもしれませんね。。。I want you back…!

by wavesll | 2019-01-04 21:19 | 映画 | Comments(0)

『ボヘミアン・ラプソディ』をScreen Xでみる

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『ボヘミアン・ラプソディ』をユナイテッドシネマアクアシティお台場でみてきました。

正直前半はあまりにステロタイプなバンド物語に“これつまんなくないか”だったのですが、フレディを支える女性であるメアリーの精神性からドラマに引き込まれていって。

過去を越えるパフォーマンスを自分に期待し更にセクシュアリティの軋轢・苦悩から快楽、刺激の享楽をし、何とか制作とライフを成り立たせるも、仲間と破綻。けれど快楽の元として評価をくれる者達より家族として接してくれる仲間達が結局支えになってくれる。良くある話だが沁みる。

そして音楽は最高すぎて。今回270°スクリーンのScreen Xでみたのですがライヴシーンで270°になりライヴハウスのような圧迫感があって。そしてウェンブリーへの没入感。こーれは凄かった。評論家には駄目で観客にウケるの分かる。フレディが映った時に泣いてしまった。

しいて言えば音が大きな上映で観た方がより良かったかもしれません。150分という上映時間でしたが全く長さを感じなくて。元々は4h程の映画らしくて、また完全版の上映とかあったらバルトとかチネチッタとかシネマシティでみるかもしれません。
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by wavesll | 2018-12-25 02:08 | 映画 | Comments(0)

空賊『サウダーヂ』上映@NEWTOWN 甲府を舞台にしたゲマインシャフトの地獄と綺羅めきの地獄

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日曜は多摩センターで開かれたNEWTOWNというイベントへ行っていました。御目当ては『サウダーヂ』の上映会。
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ここがかのパルテノン多摩か、とかここがサンリオピューロランドか、とか一通りやった後、会場となるデジタルハリウッド大学八王子スタジオへ行くと、そこは元小学校の校舎。町祭りというか、学園祭の様相で、何やら楽しそう◎

ところが着いたのが遅かったのか『サウダーヂ』の上映教室に行くともう整理券は品切れとのこと。キャンセルが出るかもしれないので5分前に来てくださいと言われ、それに賭け、とりまこの学祭を愉しむことにしました。普通にお化け屋敷をやったあと、屋上でのDJパーティーでゆったりして過ごしました。

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そして…もう15分前位から待機して、整理券無し列に並び、何とか入場…!無事『サウダーヂ』をみることができました!空賊の映画はソフト化されないので、こういう上映のチャンスを活かせてよかった◎

さて、ここから『サウダーヂ』の感想を書きたいと思うのですが、上記の理由からまだ見れていない方も多いと思います。なるだけネタバレは避けたいと思いますが、どうしても内容に全く触れないわけにはいかないので、何分そこは頷いて読んでいただけると幸いです。

感想は予告編の動画の後。もしよければ。



サウダーヂの主役と言える二人は甲府でドカタをやっている二人で。底辺のリアルが身に染みて。

その二人の内でヒップホップクルーとして活動している若者(演じるのは田我流)が、鬱屈をライムにして吐き出しながらシャッター商店街を歩くシーンで”これは頭抜けた映画になる”感覚があって。このシーンは完全即興で田我流が納得いくまで40回テイク以上撮ったそうです。

『ローリング』でもそうですが、地方の閉塞感、地縁のしがらみや金の無さ、知性・感性の過少などよんとした感覚は富田監督が『国道20号線』で、『サイタマノラッパー』等と同時期に切り拓いたフロンティアだったのだなと。

さらに本作ではブラジル人労働者やタイ人パブ嬢という移民要素も交じり合い、この点はこれからの日本でさらに前面化していくことでしょう。

そんな中で描かれるのは、その閉塞感から抜け出す、ちょっとキラっとしたラッパー活動であったり海外への憧れだったりの主人公たち甲府の群像のみっともなさや末路で。

上映後の三宅唱監督のアフタートークでも語られましたが、ユートピアはどこにもないのに、それでも”ここではないどこかへ抜けたい”と求めてしまう気持ち。それがわかると共に、ショウに溺れたり、スピリチュアルや怪しい商売など、いつの間にか危うい淵に落ちてしまう貧困から等の怖ろしさとか、何か私自身にも様々な事が突きつけられてくる気がして。

主人公はきらきらとした、純といえる感覚を持っているのだけれども、知性の、或いは制御の欠落から、財力の乏しさから、奈落へ落ちてしまう。或いは泥沼から抜けられない。

かといって主人公以外の人々の道も煤けていたり、犯罪や嫉妬や、嫌などん詰まりで。快楽が、歓びが、閉塞感に飲み込まれて、結局最後にダウナーな普通が残って。

非常に何というか、全編に孕むサグさが鈍い痛みとして刺激となっていた映画なのですが、かなり笑えて、明るいと言ってもいいキャラ達の模様が心に残りました。

by wavesll | 2018-11-12 23:40 | 映画 | Comments(0)

BBC 『戦争と平和』 戦火と恋、爛れなき誠の幸福へゆく人間賛歌

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BBCによる『戦争と平和』をみました。
トルストイによる大長編として知られる古典作品のドラマ化。放送はもう数年前なのですが、大分間を開けながらちょぼちょぼ見た結果、足掛け2年ほどかけてみることになりました(苦笑)

と、いうのも原作を未読だったのですが、特に序盤はドロドロ系のメロドラマで。主人公のピエールのぼんくらっぷりも相まり、みるのがかなりエナジーを使う感じで。後半になるにつれ戦争が繰り広げられ物語の速度強度が増していく構成。司馬遼太郎『坂の上の雲』なんかは青春篇の方が面白く日露戦争になると面白くなかったのですが、映像化されたこともあってか逆の読後感となりました。恋愛描写と戦火の両立は脚本家が『ブリジット・ジョーンズの日記』や『ハウス・オブ・カード』のアンドリュー・デイビスという複数ベクトルのバックボーンがある方だからかもしれませんね。

ヒロインのナターシャがなんか見た覚えがあると想ったら『ベイビー・ドライバー』や『シンデレラ』のリリー・ジェームズで。美麗なれどもその浅慮から悲劇も浴びる女性。そしてその恋の相手となるアンドレイ役のジェームズ・ノートンもいかにも英雄然とした立ち姿は秋山好古のようでもありました。

一大歴史絵巻であると共にポール・ダノ演ずるピエールのビルドゥングス・ロマン。空想的で地に足のついてないボンボンから、渡世の辛苦、決闘、そして戦争を越え、苦しみの中で逞しさを増していく姿には心を随分と感銘させられました。この役者さんの説得力は凄いですね。

そして、戦争の対比となる「平和」なのですが、平和がいつまでも過ぎると爛熟するというか、恋愛を越えた性愛や、貴族のマウンティングの戦が起きるのは人間社会の業ですね。その贅肉が戦争によって洗い流されて、純粋な仲間意識が育まれることもある。

けれども敵による非道な支配や破壊をみたり、また『この世界の片隅に』『火垂るの墓』をみた後の私たちは戦争における日常は同胞の間でも美しいだけではない、人の醜さや軋轢が出る極限状態だと知っています。そして大阪や北海道の災害を目の当たりにした今、安易に悲劇に美を見出すことの愚を知っています。

極寒でも極暑でもなく、恋愛の花が咲くくらいの刺激気候にあれれば良いかもしれません。しかしそれにはきっと自分を律する意思が要るのでしょう。また速度を出す快楽を否定するというか、あまりに規範を絶対視するのもHuman Rightsの否定になります。ピエールもただ安牌を選び続けたわけでもなく、虎穴にいることで成長を掴みます。

誠と賭けとの試行錯誤が人生なのかな、そして仮にどん底へ落とされても道を切り拓いていくのは己、そんな人生賛歌が描かれたドラマでもありました。

by wavesll | 2018-09-08 04:45 | 映画 | Comments(0)

滅びの美学と新時代をつくる野卑 ルキノ・ヴィスコンティ『山猫 完全復元版』& ちきりん『マーケット感覚を身につけよう』

El Gatopardo (1963)

先日TLで話題になったのが【1000冊読んだ京大生が選んだ】大学生のうちに読んどくと差がつくおすすめの本44冊!という記事で、それへのTwitter上の反応の多くは「人文系がないのはがっかり」というような批判が多かったのですが、一度相手の技をしっかり受けてから反応を返すのがプロレスラーだと想い、図書館に予約を入れてタイトルが気になった書籍を読んだのでした。


ちきりん氏は完全にプラグマティズムで市場の原理を支持する立場で、伝統的な、或いは規制に守られた安寧は打ち壊されるリスクが大きいから、どこに価値が生まれるかの想像力を働かし、非伝統的な価値観にも働きかけて新たな時代の市場に適応できるように努めようという話で。

”ANAの競争相手は何か”などの様々な具体例を交えた立て板に水な説明に”ほう…”と想いながら、私の脳裏に浮かんだのはイタリア・フランス製作の名画『山猫』でした。

シチリアの貴族がイタリア統一という時代の大きな変わり目に於いて古い美意識に殉じ没落の未来へ向かう姿が描かれている映画で。

主人公のサリーナ公爵は何ともダンディズムにあふれ、様々な伝統的価値観に基づいた”やるべきだったこと”をハイレベルに行えて、彼のパワーといい立ち振る舞いと言い全く以て男の格好よさの極致で。

しかし変革の時代においては、儀礼で在ったり理念に拘泥するよりも、若き甥タンクレーディや財力と政治野心を増す市長のセダーラの方が、質は低く野卑だとしても”次代をつくるのはこの者達のエネルギーなのだ”と感じさせられて。

その点でいうとサリーナ公爵はあまりにも完成度が高いけれども、恥をかくことが出来ず、統一イタリアの新政府から議員になってこのシチリアの状況を好転させる働きをしないかと言われても「シチリアは変化を望まない。眠りにつきたがっているのだ」と断って。

Uberもそうですが、新技術であったりは粗があります。サービスの質は例えばロンドンのブラックキャブの方が高い。けれども圧倒的な利便性が時代を変革していく。そんな中でサバイヴしていくにはタンクレーディの「変らずに生きてゆくためには、自分が変らねばならない」という姿勢が正しくて。

でもその際に人の心の機微が「不合理な芥」として捨象されるというか、溜まって馨る時が積み重ねた価値観の美への敬意が全く打ち壊される、先の京大生のチョイスに対する回答ではないですが、あのリストで捨象された人文は人間性の研究ともいえるかもしれません。そうしたものと共に滅んでいく美学もあるなぁと想います。

その上で、逆説的に「自分の過去の誇りや質の高い行為が出来る處に篭り、恥をかいたりチャレンジから身を引いては、それは滅びへの道なのだ」とも感じて。

今の時代は大変革が起き、ヘゲモニーもドラスティックに変幻する世界で。そんな世界を生き馬の目を射抜いて生くにはたとえ完成度が低くなるにしてもドライヴし続けることが大切だろうなと。そう想った夜となりました。

by wavesll | 2018-08-03 01:05 | 映画 | Comments(0)

『Lemmy』(邦題:極悪レミー)。愛が滲み出るオッサンの雄姿 MotörheadのBass Legend.






モーターヘッドをきちんと聞いたのは2015年。Fujirockに出るので意識しGlastonburyでのライヴをみて”これ尖っているのにオーセンティックで凄くカッコいい”と想って。

そしてその年末にLemmyが逝ってしまったのも記憶に強く残っています。

自分は昔の英米のロックには疎いところがあるのですが、Jimi Hendrix, Cream, Rolling Stones, Led Zeppelin, The Beatlesと段々ロック・クラシックスに嵌り始めて。

そうして改めてアルバム『Ace of Spades』を聴くとこの音やっぱりカッ飛んでる!と。メタリック・パンクというか、ロックンロール奔流で。英米ロック耳が出来てきたこともあるのか質感が今の自分にはすっと入る上にフレッシュさもあって最高でした。

そこで”そういえば『極悪レミー』っていうドキュメンタリー映画あったな”とTSUTAYAで借り、この明け方にみていました。

結論から言うとレミー、全然極悪ではないw
確かにスピードはやるわ大酒飲みだわ、軍事趣味でナチスにも手を出すは、グルーピー等1000人切りするはしているけれども、人としての真道を外してないないと感じるのは彼が他者に敬意をもって対していると感じるからだと想います。

ロック精神は何も「極悪なことをする」では無くて不良の正義、義侠的なものというか、自分の信じる道を時に突っ張って、時に暴走して進むアティチュードに感じて。純粋さ故の逸脱、自由の謳歌で。そこに生き様を感じ、逆にその矜持を失うと単なる淫楽になるのだなと思いました。

ロックに目覚めたきっかけとしてレミーが挙げたのもリトル・リチャード、エルヴィス、ビートルズで、レミー自身ジミヘンのローディをしていて”やっぱりこの人は弩真中の人なのだ”と。またモーターヘッドの前にホークウインドというスペイシーロックバンドにも在籍していたことも知りました。

本編でもオジー・オズボーンやジョーン・ジェット、トリプルH等がレミーについて語りますが、特典映像もデイヴィッド・エレフソン(メガデス)やジェイオン・ニューステッド(exメタリカ)、キャプテン・センシブル(ザ・ダムド)やカーク・ハメット(メタリカ)、スラッシュ、ニック・オリヴェリ(QOTSA)達がマーシャル・アンプを使ったレミーの突出したベースプレイを解説したり、レミー自身がシド・ヴィシャスについて語っていたりして必見です。

LAのバー&グリル、レインボーにていつもジャックコークを飲みながらゲームをやっていたレミー。そのすれっからしのピュアさと突き抜けた音楽に歓びを受けました。

by wavesll | 2018-05-29 07:03 | 映画 | Comments(0)

『ブレードランナー ファイナル・カット』& 爆音上映 at 新宿ピカデリー『ブレードランナー2049』 ミレニアルな気風に向けた”神話”への端正なANSWER

Blade Runner 2049 Original Motion Picture Soundtrack by Hans Zimmer - (HQ) (HD)

『ブレードランナー ファイナル・カット』をBlu-Rayでみて、新宿ピカデリーにて爆音上映会『ブレードランナー2049』をみてきました。

『ブレードランナー』そのタイトルは今まで幾度も目にしてきて。そもそもサイバーパンクというジャンル自体がこの作品が打ち立てたものだというイメージとか、”神話”というか、二次的現象、三次的現象によって肥大化した巨大すぎる存在に思えて逆に手を付けてこなかったのですが、友人が「これ(2049)はいい」と言ってSFを読み始めたのもあって、今回この頂に登ってみたのでした。

『ブレードランナー』は端的に言えば「愛の映画」でした。

先日萩原朔太郎の『猫町』を聴いて”SFとは異郷への旅ではないか”と想って、この映画にもvaporwave的な異郷、すなわち非アルファベット圏である日本と中国が入り混じった電子的なディストピアのヴィジュアルの原像が打ち立てられていて。その後士郎、押井、ウォシャウスキーへと続くサイバーパンクの多重世界を跨ぐブロックチェーンの連綿をみた気分でした。

サイバー・ディストピアなエキゾチズム、それは『クラウド・アトラス』におけるネオ・ソウルにしてもそうですが、北米からみた”異郷・異文明”のエキゾな精神性がまず迫ってきて。しかし『ブレードランナー』が素晴らしいのはヴィジュアルのみの映画に終わらず、人間存在のソウルに訴えかける最上にエモーショナルな作品だったところにあります。

レイチェルの存在、ブレードランナーとしてシステムの中に強制されていたデッカードがヒトとしての選択をする、その愛へ駆られる、「人間でありたい」というココロが真に迫る。そしてサイバーパンクなお膳立てがあるからこそ、斜めに構えた野郎共の心にも届く、”ここまでやられたらロマンティックにならざるを得ない”という映画。

そしてみた『ブレードランナー2049』、これもまた愛の、今回はロマンスというよりも”親からの愛の渇望と喪失”の物語でした。

オリジナルでは「デッカードはレプリカントなのか」という議論がありましたが、今回の主人公のKはそもそもレプリカント。幼少期の記憶は一応あるけれども、それは移植されたもので、LAPDの上司をMOMとはいうけれども本質的には親はいない存在。そんな彼が”本来ありえない『レプリカントが産んだ子供がいるかもしれない』という捜査につく”という物語。

今回劇場で観たいと想ったのはこの映画の音響面を褒める意見などを聴いたからで。大変感心したのは『ブレードランナー』な世界観のリヴァイバルなvaporwave/Futurfunkへ行かずにDrone/Experimental/Industrialな音になっていたこと。蜂の羽搏きを鳴らした時なんかは明確にその意思を感じて。劇中でオールディーズが旧い郷愁として鳴ったのも相まって、近未来の米国への再到達というか、現代のインダストリアル・アンビエントとして音を鳴らそうとするこの映画は非常に美麗でした。

この映画はけれども、NTR的というか、愛を裏切られて喪失しながら味わうマゾヒズム的な聖性の物語でもあります。それは”ソウルがない、老人的だ”なんていわれるミレニアル世代にとっての真情挽歌なのかもしれない等と想いました。ラブプラスならぬJOIのAIホログラムによる恋愛関係は”何が疑似でなにがリアルか”が曖昧な今の時代の気分を顕わしているようにも思いました。

父的な厳しさと粗野さの究極は”国家”だと思いますが、そうした父権が否定され優しいChillが志向されるからこそ、逆説的に父の愛、父からの承認を求め、しかし不完全な男性としての父親に突き放される。そんなアダルトチルドレンな映画でもあるのではないかと感じました。

その上で、クールさが突き抜けインダストリアルなつくりは『Ghost in the Shell』は押井版よりも人間味あふれる士郎正宗の原作漫画が好きな人間としては”もっと人の熱があっても良かったのにな”とは思いました。この中ではデッカードとKの怒りは人間の熱気を発していたかな。

中国のPM2.5の極まったようなスモッグが吹き荒れる混迷な世界の中で、”今まさに物語が始まる”オリジナルにも重なるラスト。大音響で浸るには最適な美しく破壊的な現代の映像詩は”神話”にどう応えるかという課題への端正な解答にも想える出来でした。

by wavesll | 2018-02-27 04:53 | 映画 | Comments(0)

BABY DRIVER 音楽と深く結びついた主人公の人物造詣が魅力的なクライム映画

Baby Driver Trailer #1 (2017) | Movieclips Trailers

BABY DRIVERをみました。
映像と音楽のシンクロが一番の売りと聴いていたのですが、動的シンクロだけならエヴァのOPの方が凄いなという感がして。英国人監督によって抽出された”This is U.S.”な感覚も、民族音楽好きとしては”もっとトロドロの妖しさが欲しい”と途中までノリきれなかったのも事実ですが、それはバーフバリの後にみた故の感想かもw

ただ主人公ベイビーの母親役をスカイフェレイラが演じることとか監督の音楽愛が随所に伝わってきて。古き良きロックがかかって起動するドライヴシーンを始めとし、ベイビーの人物造形に音楽が深く関わっていて。フィールドレコーディング・サンプリングには唸らされました。70sRockerだけでなく宅録族の心もくすぐるこのベイビーというイメージを打ち出しただけでもスマッシュヒット。

また他の役者たちも素晴らしくて。特にジェイミー・フォックス!このタチ悪い感じはモノホンと想わされるような存在感。ケヴィン・スペイシーの悪役の嵌り具合もハウス・オブ・ザ・カードに続いてよかった。そして女優二人の美女さも最高でしたw

ゲッタウェイ・ドライヴァーの物語というとレフンの『Drive』が想起されますが、本作はよりSweetにドラマを描いた感覚。なかなか楽しめる一本でした。

by wavesll | 2018-02-15 22:51 | 映画 | Comments(0)

器がない兄が見た『バーフバリ 王の凱旋』&『バーフバリ 伝説誕生』

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「バーフバリ 王の凱旋」予告編

今話題沸騰のインド映画、『バーフバリ 王の凱旋』をみてきました。この映画は前作『バーフバリ 伝説誕生』からの完結編なのですが、本編が始まる前にダイジェストが流れるし、本作から見てもみれます。ただDVDとかで前作を見てからの方がいいかもしれません。

全世界で300億円を売り上げている『バーフバリ 王の凱旋』。Webの評判で”『MADMAX 怒りのデス・ロード』並みの神話!これをみればみな「バーフバリ!バーフバリ!」となる!”という絶賛具合に惹かれてみたのですが、実は途中までそこまでノリきれなくて。

神話的なつくりが大味に感じたというか、闘う女性像を打ち出していたのはわかるのだけれどもその点は『怒りのデス・ロード』が勝っているように感じたし、何よりこれを言っては詮無いのですが、王家の血を引く素晴らしい人物という主人公像が前時代的に感じて。

そういった意味では『シン・ゴジラ』の官僚たちの方が現代性が有るように感じたのでした。勿論”大衆が求める英雄像”は国によって異なるし、”俺はノリきれないけれどこのダイナミズムが絶賛される理由はわかる”と途中まで見ていて。

ただ或る視座を持ってから一気に物語が”自分事”になって。そのパースペクティヴは『器のない兄にとっての弟』というもの。

私は弟から尊敬されてはいない兄で。それどころか軽くみられるような具合。それも客観的にみれば私自身が甘ちゃんすぎて人の上に立つ器がない故で。

インドに儒教的な価値観があるかは不明ですが、弟から敬意を得られている感覚がない兄というのはどうにも具合が悪く。それは己の責任なのですが、その歪んだルサンチマンがバーフバリの兄を悪漢とさせてしまったのではないかと。

そんな訳で敵役に半ば感情移入する形でこの映画を見たのでしたw

ただ、私自身はこの邪悪な兄よりかはすこしはマシな心の在り様になれたのは、弟からの承認を明らめたことにあります。

愛ゆえに憎しみが湧くというか、承認欲求が満たされない故に苛立つことってあるのではないでしょうか?情を薄めることになるかもしれないけれど、承認を放棄することでその分憎悪に囚われることも減った気がします。

想えば年下の人間に成熟を求めるのも理不尽な話、そして一分野において劣っていたとしても全分野で敗北する訳でもなく、適切な距離を置くことが無為な衝突・消耗を避けることに繋がる。相手の美点も汚点も第三者的に観るのが肝要だと。

それに器を拡げる、或いは配慮を与えることをせずにただ敬意を受けるというのは理のない話。ましてや恐怖で得ようなんてのは最悪手、器とはいかに下に自由にさせられるかかもしれない、私欲を越えた行いこそが善君の在り様かもなぁなんて考えていたらラストバトルが終わっていました。

そんなわけで様々な想念が湧くいい映画で帰りにパンフも買ってしまったのですが、パンフは『マハーバーラタ』からの絵解きや『十戒』や『ベン・ハー』等の古典へのリンクばかりが語られていて、”本当は読みたかったのはもっと具体的で直接的な演出や演技についての話なのになぁ”とは想ったり。

これは好き好きというか、こうした文脈・血脈を語ることにも意味はあるとは思うのですが、ある映画の良さを語る時にその素晴らしさを”参照先からの正当性”に求めるよりも、その作品そのものに語れたらいいななんて最近は想っていたのでした。

なーんて言いながらこのエントリでは自分語りをガンかましてしまっているのですがw少なくともそこまで人の心の扉を開くエナジーに充ち満ちた映画でした。

2/2 追記
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Blu-rayを借りて『バーフバリ 伝説誕生』をみました。後編への伏線にあふれていて”時系列の入れ替えも含めこれは続けてみたい、まさに2本で一本だ”と想いました。

改めて舞台のヴィジュアルが素晴らしい。滝もそうですがマヒシュマティの王宮の威容が神話的な堂々たる迫力を支えていました。

また感心したのは戦闘スタイルが人物造形に繋がっている事。シヴドゥが滝登りで鍛えた肉弾派のファイティング・スタイルならば父バーフバリは王家の武術を学んだことを顕わす武具を卓越したファイティング・スタイル。

また『伝説誕生』の戦国無双を思わせる闘い方から『王の凱旋』では水戸黄門的な諸国漫遊からの一気に締めるスタイルなのは、武将から個人への物語のダイナミズムを表している気がしました。

また後編を見て上で綴った名君の条件は前編ではさらにあからさまに描かれていて、民を想う優しさ、兵を鼓舞する指導力、そして戦いに際しての機知と、これは大した王だ、と。その上で1・2共にヒロインがバーフバリに惚れるのはその強さに於いてというのも、男の条件を提示しているようにも感じました。

自分の権威を誇示したり、「俺はこれだけのことを為しているのに認められない」と”(正当だと自分では思う)取り分をよこせ”と喚くのは見苦しく、それは価値ある人だとしてもその価値を損なうことになってしまいます。バーフバリの無自覚な素晴らしさは実力に裏打ちされた上での利他精神にあるでしょう。

その上で、それは無自覚に(劣る者から)取り分を奪っているとも感じて。現代のテロリズムは弱者の凶行というか、まともに戦った結果勝てないことを理解した上で支配され奪われるわだかまりを無法に向けてしまっていると。

人生は奪い合いであり、そして最適化の結果が社会の在り様でもあります。その上でテロルに堕ちないよう世界の内に別次元のアジールのような曖昧な情況を維持した上でスポーツマンシップなエリアで競うことが大局の安定化にもなるのかもしれない、けれども実力・正義の人は、翳には配慮はしないかもしれない。ならば、生存空間を開くほかない。そんなことをこの豪気な映画を見て想いました。

by wavesll | 2018-02-01 21:19 | 映画 | Comments(0)

『グーニーズ』が"家からゆける魔宮の伝説"で最高だった

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『The Goonies』をみました。
土地を取り立てられかけていて街を出なければならない主人公マイキーの家にはグーニーズ(間抜け団)の面々が。
屋根裏部屋に隠されていた海賊の宝の地図をみつけて。一方で悪名名高いフラテリーズ一家が脱獄し…というオープニング。

最初のグーニーズの悪ガキ達の悪戯をみていると「おいおい(汗 それやっちゃ迷惑になるじゃないか」と”あぁ、この映画は子供のうちに観ておかないと愉しみきれない奴なのかも…”と危惧したのですが、それは杞憂で。中盤以降のグイグイ引っ張る展開に心躍らされました。

”このワクワク感、インディージョーンズみたいだ”と想ったら製作総指揮はスピルバーグ。自分の地元での秘密基地感覚の探検から海賊の残したお宝へ、ワナを潜り抜けて怖い悪人に追いかけられながら最高の冒険を行う。手に汗握る感覚に”これ、TDRやUSJにアトラクションにして欲しい~!”と強く想いました。

『ゼロ・グラビティ』や『MADMAX怒りのデスロード』も最高のアトラクション・ムービーで、”もうこれを遊園地のアトラクションとして恒常展示してほしい”と想ったくらいでしたが、この『グーニーズ』も遊園地や或いは巨大室内プールでキャニオニング的なウォータースライダーと共に再現して呉れたら最高だなと。

今はディズニーランドでもフィルハーマジックで4Dxを駆使したりしてて、ノースポートモールのゲーセンのARゲーキャットストリートのGalaxyのVRアトラクションもそうですが、拡張現実がアトラクションになっていく流れがあると想います。それでもモンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”のように手触りが伝わるリッチな体験の強みが物理的なマテリアルにはあるなぁと。

藝大美術館「素心伝心ークローン文化財 失われた刻の再生」にてみた敦煌莫高窟 第57窟等のクローンもそうでしたが、空間も含めたミクストメディアなArtとして、遊園地や映画館はインスタレーションの最新系としてアトラクション的に発展していて。美術展も含めて”空間性”そして”双方向な運動性”がキーになるのではないか、なんて思ったりしました。

それにしても『グーニーズ』、こんなに夢の詰まった映画も中々ない。家から始まる冒険譚。子供心を刺激するプロットや演出は初期ドラゴンボールドラゴンボールや名探偵コナンの少年探偵団の原型がここにあるのだなぁと。いい映画をみました。

by wavesll | 2017-11-23 10:34 | 映画 | Comments(0)