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カテゴリ:映画( 76 )

エドワード・ヤン ー 牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件

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始まったとき”参ったな”と想った。戦後間もない台湾の、学校での軋轢。
”これはわからないぞ”と。わからないというのはまず登場人物が大量に出てくるから顔も覚えられないし、名前も馴染みが薄い。何より”あぁ俺はこの少年たちのフラストレーションを忘却してしまった”ということ。

異国のドラマに、最初異物感しかありませんでした。

けれども、この4時間にも及ぶ映画は、見事にある少年、ある一家、ある仲間内の人生を鮮やかに切り取って見せたのでした。歴史と個人史の共鳴は『山猫』にも通じます。

不良同士の闘争に、最初は無関係だったどちらかといえば優等生がずぶずぶに浸って、不良になっていくというのは『爆音列島』にも似て。

そもそも私は不良という存在とそこまで関わってこなくて、彼らの生態が理解の外にあって。
中高一貫校で、いじめの被害者に成ることも、明確な加害者に成ることもなく、どちらかと言えば勉強と漫画漬けの生活。女子と話すこともなかったというか、恋愛よりも受験に価値を見出していて。ロックが好きだったのは甘ったるいラヴソングだけじゃなかったから。愛は歌われていて、憧れは掻き立てられたけど。

大学で、人並みのように女子と関係を築けるかと想ったら自分がまるでその方面ではからきしで。そして卒業し、社会では寧ろ勉学よりも度胸、人に譲るよりも仕事も女も行動で捥ぎ取らなければならない。牡としての弱さを思い知り、それでも紆余曲折あって、彼女が出来たり人生の山谷を味わって、今はこの国とWebの片隅で生活している現在。

そんな半生を語るに至ったのは、この映画を見ながら、この少年という心と体の成長がアンバランスな存在が、傷つけあい、時に恋愛を交わし、暴力、家族の危機、官憲とのすれすれの事象、そんな人生/歴史が描かれていたからです。長尺の映画というのは、それもドラマは、人生をまるで本物のようにあらわすのだなと。最初感じていた異物感は観るうちに霧散し、寧ろ抑えた演技に作為を微小にしか感じない、そんな映画体験でした。

ただ、ラストシーンには少しがっかりしたというか。ファンタジーでなく、公正でない世の中での侠気や純粋さ現実だとしても好ましく感じていたからこその結末への不満と言うか、”昔の自分は恋愛よりも知的快楽を優先していて、人並みの幸せから不自然に乖離していた、この不良たちのような野性味が、生きているってことだろう。男の仁義や、あるいは女を愛することは、尊くみえる”と想っていたのに、と。

けれどもそれは私は観ている内に自分の年齢を忘れてしまったのだと思います。子どもは、判断能力が成熟していない。仮にアンファンテリブルにみえる少年でもファムファタルのような少女でも、彼らは彼らの狭い世界の中で狭い判断をしてしまう存在であると。

その局所的な生き方は、だからこそ剥き出しの真摯さがあるけれども、大人となって広い空間をとれるようになった時に、人はより自由になれる。確かにハニーのようにずしりと迫力のある番長から学ぶこともあるし、少なくとも映画の時空間では感情移入しあの家族そして小四とともにあったけれども、今の俺はそれなりに成人として積んでいくのだ、そんなことを想いました。

私とは異なる少年時代だけれども、まるでその不良の世界を自分自身が生きたような。別の人生を生きた時間を与えてくれる名画でした。そして同時に、これは劇。されども確かに、私の人生にザクザクと切り込んだ劇で。あのラストはやっぱり少し定型すぎるのではと思ったけれど、あの部外者からは「あぁ、所詮あれでしょ」と切り捨て纏められることの裏にある個人の人生の豊饒さが描きたかったのかなとも思いました。

by wavesll | 2019-05-01 17:45 | 映画 | Comments(0)

『search』 最新型の2時間サスペンス

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「すべてがPCのディスプレイの中で展開する」という触れ込みで昨秋Twitterで広告が出まくった映画「search」。どうせならPCでみたいとレンタル開始されるのを待っていたのでした。

突然失踪した娘を探す父親のサスペンス・ドラマ。映画的感動というより相当にいいミステリーもの2hドラマといった感じでしたが、アメリカのハイスクールでのアジア系の孤立とか、まさにTumbrとかFacebookとか動画配信サービスを探査してドラマが進展するところなんか、中々楽しめました。

本筋とは違うのですが、この映画、stage6によるフィルムだそうで。stage6は動画ストリーミングサイトとしては当時はYoutubeより画質が良かった覚えがあります。今はこうして映画会社になったのかと感慨深いものがありました。

by wavesll | 2019-03-13 00:26 | 映画 | Comments(0)

Alfonso Cuaron『ROMA』@THX 人物たちの本当に生きるRealityを作劇としてみる、「映画をみるとは」なんて事すら問いかけられるような名画

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アルフォンソ・キュアロンによる『ROMA』をイオンシネマ海老名のTHXでみてきました。

こんなにも映画らしい映画をみたのは久しぶり。登場人物たちがまるでその生活を本当に生きている様を眺めているようで。まるで”Showでなく生活の普遍性の中に人生の実があるんだよ”なんて諭されているかのよう。

今インターネットによって私生活をShowのように曝す生活を、半ば自分もしていたりして、そんな時代に”他人からみて自分は面白いか”が意識されない物語を見るというのは孤独のグルメの海外評のように”Showでなく本当に生きている人間の映像記録は劇の中にしかない”というパラドクスをみたりもしました。

この映画は冒頭のシーンで飛行機が映ることで”あぁ白黒なんだ”と気づかされるように、余計な説明はほとんどされないつくりになっています。『ROMA』とあるけれどスペイン語と先住民系の言語で、場所もわからないし、時代も過去だとは分かりながらもクルマやら家電・風俗から自分は想像していきました。タイトルも含めその辺りはWikipediaをみればわかるのですが、お薦めは手探りで観て、後で調べるというものかもしれません。

映像美も素晴らしいものがありますが本作で特筆すべきは音響設計。その立体的な音像は完全に映画館向けと言うか、その多チャンネルな音で”あぁ劇場にいるのだ”と思うくらい。こんなにもシアター向けな映画がNETFLIX限定で公開される時代とは。だけどやっぱり映画館で見れて幸せだったなぁ。

音響のリアルさはエレベーターのシーンなんか本当に自分もエレベーターに乗っているくらいでした。この『ROMA』に対して前作のスペクタクルばりばりの『GRAVITY』も撮れてしまうキュアロン監督の手腕には惚れ惚れと驚愕しますが、『ゼログラビティ』でもその3D技術が宇宙空間体験のリアリティを表現するために縦横無尽に駆使されていたことを考えると本質は変わらない気がします。『GRAVITY』も船橋のTCX+Dolby Atomosでみましたが、キュアロン監督の作品は最高の設備に存分に映えますね。

遊興や精神的感応の向上の夢幻に惹かれ溺れて身勝手な男たちに対して、子どもと実生活とに身体・人生を向き合う女性たちのなんとしなやかに逞しいことか。”女と家族を幸せにしてやれなくて何が男だろうか”なんて考えさせられたりしました。寡黙な主役の女性が終わりに吐露する心情がまた沁みて。

私自身の弱さにあまりに刺さる映劇でした。というよりこの映画はなんというか、劇というより実人生に感じて。“そうだよな、そんな面白いことばかり起きるはずもない、これが人生の味だよな”と。本当のリアリティをドラマとしてみる、「映画とは」「映画を観るとは」なんてことすら問いかけられるようなそんな名画体験となりました。

by wavesll | 2019-03-10 00:46 | 映画 | Comments(0)

『カメラを止めるな!』金曜ロードSHOW副音声生コメンタリー裏話集


昨年の日本映画の台風の目となった『カメラを止めるな!』ついに地上波で流れましたねー。今回の金ローの目玉は上田監督や秋山ゆず季さん等が生解説を副音声でしたこと。丁度木曜に池袋シネマロサでのロングラン上映が終わり、最後の花火打ち上げって感じでわいわい楽しかったです。

このエントリでは副音声生コメンタリーで”おっ”と思った裏話を綴っておきます。

・撮影期間は8日。その内廃墟では5日。濱津さん演じる監督役の家は実際の上田監督の自宅で終電もあって4hで撮った。

・ワンカット撮影は6TAKE撮って、5回目が一番きれいにいったが、外連味や熱が6回目の方があったためそちらを採用。実際の撮影でもガチのトラブルによるガチのアドリブでのつなぎがあったらしい。そちらの方が面白いと。最高かよ。

・例えば序盤のメガネゾンビが廃墟の中で襲い掛かるシーンがコンタクトがなかなか嵌らず登場が遅れたり、あとカメラに血のりがついてしまったのもガチトラブルで、そういうのを活かしてのあの勢いだったとは。

・秋山ゆず季の役どころはファイナルガール(ゾンビもので最後まで生き残る女の子)。タンクトップにショートパンツはファイナルガールあるあるな格好らしい。胸も盛ったらし。

・飲んだくれオッサンゾンビが吐くゲロは河豚雑炊。本当に臭かったらしいwこの映画ではCGを使った場面が二つあって、一つは秋山ゆず季がゾンビに噛まれたケガだと思っていた跡が実は木の葉?かなんかで剝くことが出来たシーンの補正と、もう一つがこのゲロの増量。

・「斧捨って」のカンペを出した人は実際の本名も「オノ」さん

・ワンカットオブザデッドの最後のシークエンス。当初のプランでは秋山ゆず季の足元をずっと写して最後にクレーンショットだったのが、そのテイクで秋山の靴紐がほどけてしまったため、急遽顔を映すプランに変更。血のりを舐めないための表情がなんとも怖い良いショットとなった。

・濱津さんが選ばれたのは困り顔が良かったから。

・メイク役のエロ人妻の赤ちゃんは上田監督の実子w服も娘の映画T以外はほぼそれぞれの私服での撮影だった。まさにインディー映画魂w

・「ちょっとはちょっとだよ」の人は演技が本気すぎて凄すぎたらしい。また廃墟の柵が間が結構空いていて、ゾンビが倒れ掛かるシーンは結構危なかったのだとか。

・娘役の真魚さんは本当にバスケ経験者だったそう。それは上田監督は知らなかったそうだが、結構な割合で本作は役者への当て書きでの脚本だそう。

・最後の人間ピラミッド、リハでは全然成功しなくて、本番の時もなかなか上手くいかず、若手俳優君が入ったのはガチの入れ替えでのほぼほぼドキュメンタリーな部分だったそう。

やーホントなんか文化祭な楽しさがびんびん伝わるいい映画でしたね。さながら金ローは後夜祭な感覚でした。上田監督たちの今後の活躍が楽しみです。

by wavesll | 2019-03-09 06:25 | 映画 | Comments(0)

『ドラゴンボール超 ブロリー』 超戦闘弩迫力アトラクション表現のアップデート

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ブロリー、みてきました。凄かった★★★★★★★

ドラゴンボールの映画と言うと、小学校の頃は祖母に連れられて伊勢佐木町に東映まんがまつりをみにいった原風景が自分にはあって。漫画、アニメ無印、Zは自分にとっては聖典で。美術展だって初めて図録を買ったのは「鳥山明の世界展」でした。

あまりにも少年時代に大きな影響があった作品の映画の新作がTwitterの映画好きの方が褒めてたり全米興行一位を取ったとかするのを聴いて。これはみないといかんぜよ、と上映終わりかけに滑り込んでみてきたのでした。

自分がDBから離れたのはアニメのZが終わった時で。GTには鳥山先生が関わっていないと聴いて離れたのでした。週刊少年ジャンプを読み始めた時期はもうセル末期かブウ編で連載の勢いは落ちていた頃で。

ただ今思うとアニメのフィラー回であったりTVSP、映画と、鳥山先生以外のバードスタジオの力や東映・フジテレビ等のDBワールドに関わる人たちの創造性って大きく、それは原作にも影響して。例えばTVフィラーの「蛇の道」なんか個人的には思い出深いし、自動車教習所の回は扉ページにも導入されたし、バーダック、ターレス、クウラ等のキャラはめっちゃ魅力的。その中でも特別に戦闘力を放っているブロリーが鳥山先生直々の手によってリブートされ本筋に導入されるというのは、まるで鎌倉仏教がゴータマ・シッダールタによって再構築されるような感動がありました。

アニメの「超」はみていないのですが、”今の超サイヤ人はDRAGONBALL AFみたいに赤にもなるし、最新の最強形は青髪である”くらいは知っていたのでストーリーを理解するには全く問題が無いというか、物語部分は正直あまり重要な作品でもなくほんわかとそして神話的に愉しんで、後半一時間近い連続で爆裂する戦闘シーンを愉しみました。

近年はシネフィルでもないですが、「ハリウッド式の刺激や映像の迫力だけの映画より人の精神性とか心の機微が大事だよ」と想っていて。それは勿論今もとても大切に思うポイントで、近年最高の映画は『サウダーヂ』『光の墓』、或いは『ざくろの色』『アンダーグラウンド』ですが、こと「映画館」に求めるものはドラマというよりも新しい刺激・映像体験が大きくて、近年で一番衝撃的だったのは船橋で観た3Dの『ゼログラビティ』であり川崎ライヴザウンド『マッドマックス怒りのデスロード』であり『バーフバリ』であり『シンゴジラ』だったなぁと。弩迫力系ばっかりじゃねぇかw

そうした意味で1時間近い(以上?)の格闘シーンをみて全く退屈しないというのは驚異的だと想うし、FPS視点とか新しい試みがされていたり、特にベジータVSブロリーの作画が素晴らしかった。もっともっと格闘描写の構図であったり動きやテンポの凄さを語れたらいいのだけれど余りに圧倒されてそれどころではなかったのですが、映画館での映像体験としては「これ『ボヘミアンラプソディ』みたいにお台場でSCREEN Xでみたらエネルギー弾の嵐の中に自分が入り込んだ感覚になるのではないか」なんて想ったり。

アトラクション系の映画の未来像は360°スクリーン(もしかするとTeam Laboみたいに天井も床も)に4DXで3Dになるのかも。「アニメより漫画の方が想像力が働く自由度があっていい」と言っていた自分なのですが、また現状4DXにはまだ技術的不満があるのですが、「映像再生」のデバイスがTV, PC, スマホと広がる中で、映画館を選ばせるにはと考えるとそんな気もします。ゴーグル型のVRネイティヴな映画も生まれるのかもしれないけれど、それはVR酔いとか人を選ぶ気はします。

バトル追求狂の人智を超えた悟空などに対してブロリー、チライ、レモなどは人間味もあって。彼らの魅力は初期鳥山作品にも通じて。それでも確かにストーリー性の強靭さとアクションの融合性では『バーフバリ』とかの方が凄かったなぁと想うのですが、ことバトル、こと格闘に特化した映像としては私の中では”久々にこんなのみた!”だったので、逆にマーヴェルとか、みてなかったハリウッドの本意気のバトル作品もみたくなるような、そんなモチベートがされる日本の本気のアニメでした★★★★★★★ただライチというよりライムだったかなw

by wavesll | 2019-02-11 18:49 | 映画 | Comments(0)

安っぽくない泣きたくなるほどの話



例年年を越しても一ヶ月くらいは前年度が続いている気がして「俺は旧暦で生きてるから」とか嘯いていたのですが、今年は狐の行列で年越しからの元旦マツケンライヴで完全新年モードというか。そして二つのことでいよいよ2018年をフィニッシュしたなと想って。

その二つは「菊地成孔の粋な夜電波」最終回を聴いたこと。そしてもう一つはそれきっかけで『カメラを止めるな!』をみたこと。

『カメラを止めるな!』はレンタルが始まるまでネタバレを極力避けて大正解だったので”レンタルなら数百円だし96分でサクサクみれるから、面白いからまずみるべし”に尽きるというか。即二度目見たくなる。でも映画館でみんなで声出しながら見た方が断然面白い映画かもしれないけど。

この記事ではそんな『カメ止め』のエンディングテーマを最後に流した菊地さんに”お疲れ様でした”と認めたくて。
粋な夜電波は始まった当初に聴いて”これは面白いぞ”となり、その後離れたりとかもしたのですが、一週間に一度の葡萄酒のサーヴのような存在の番組でした。

最終回を聴いて、滲み出る、溢れ出る悲しみの先というか、時をかけたブロードキャストの終わりは今まで封じてきた真正面を突き抜けた選曲に何かブランキーの『LAST DANCE』を想い出しました。

Showに伝達される人間性の温かみが夜電波とカメ止めは繋がるというか、斜に構えを外してみえる真っすぐな想いに、心打たれて。菊地さんは衒学的にみえるけれども、ミューマガの件もそうですが本来の心のピュアさが伝わる人柄だったなぁと。

新しい冒険、新しいLifeへ切り替わっていく。1月ってそういう月なのかもしれませんね。。。I want you back…!

by wavesll | 2019-01-04 21:19 | 映画 | Comments(0)

『ボヘミアン・ラプソディ』をScreen Xでみる

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『ボヘミアン・ラプソディ』をユナイテッドシネマアクアシティお台場でみてきました。

正直前半はあまりにステロタイプなバンド物語に“これつまんなくないか”だったのですが、フレディを支える女性であるメアリーの精神性からドラマに引き込まれていって。

過去を越えるパフォーマンスを自分に期待し更にセクシュアリティの軋轢・苦悩から快楽、刺激の享楽をし、何とか制作とライフを成り立たせるも、仲間と破綻。けれど快楽の元として評価をくれる者達より家族として接してくれる仲間達が結局支えになってくれる。良くある話だが沁みる。

そして音楽は最高すぎて。今回270°スクリーンのScreen Xでみたのですがライヴシーンで270°になりライヴハウスのような圧迫感があって。そしてウェンブリーへの没入感。こーれは凄かった。評論家には駄目で観客にウケるの分かる。フレディが映った時に泣いてしまった。

しいて言えば音が大きな上映で観た方がより良かったかもしれません。150分という上映時間でしたが全く長さを感じなくて。元々は4h程の映画らしくて、また完全版の上映とかあったらバルトとかチネチッタとかシネマシティでみるかもしれません。
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by wavesll | 2018-12-25 02:08 | 映画 | Comments(0)

空賊『サウダーヂ』上映@NEWTOWN 甲府を舞台にしたゲマインシャフトの地獄と綺羅めきの地獄

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日曜は多摩センターで開かれたNEWTOWNというイベントへ行っていました。御目当ては『サウダーヂ』の上映会。
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ここがかのパルテノン多摩か、とかここがサンリオピューロランドか、とか一通りやった後、会場となるデジタルハリウッド大学八王子スタジオへ行くと、そこは元小学校の校舎。町祭りというか、学園祭の様相で、何やら楽しそう◎

ところが着いたのが遅かったのか『サウダーヂ』の上映教室に行くともう整理券は品切れとのこと。キャンセルが出るかもしれないので5分前に来てくださいと言われ、それに賭け、とりまこの学祭を愉しむことにしました。普通にお化け屋敷をやったあと、屋上でのDJパーティーでゆったりして過ごしました。

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そして…もう15分前位から待機して、整理券無し列に並び、何とか入場…!無事『サウダーヂ』をみることができました!空賊の映画はソフト化されないので、こういう上映のチャンスを活かせてよかった◎

さて、ここから『サウダーヂ』の感想を書きたいと思うのですが、上記の理由からまだ見れていない方も多いと思います。なるだけネタバレは避けたいと思いますが、どうしても内容に全く触れないわけにはいかないので、何分そこは頷いて読んでいただけると幸いです。

感想は予告編の動画の後。もしよければ。



サウダーヂの主役と言える二人は甲府でドカタをやっている二人で。底辺のリアルが身に染みて。

その二人の内でヒップホップクルーとして活動している若者(演じるのは田我流)が、鬱屈をライムにして吐き出しながらシャッター商店街を歩くシーンで”これは頭抜けた映画になる”感覚があって。このシーンは完全即興で田我流が納得いくまで40回テイク以上撮ったそうです。

『ローリング』でもそうですが、地方の閉塞感、地縁のしがらみや金の無さ、知性・感性の過少などよんとした感覚は富田監督が『国道20号線』で、『サイタマノラッパー』等と同時期に切り拓いたフロンティアだったのだなと。

さらに本作ではブラジル人労働者やタイ人パブ嬢という移民要素も交じり合い、この点はこれからの日本でさらに前面化していくことでしょう。

そんな中で描かれるのは、その閉塞感から抜け出す、ちょっとキラっとしたラッパー活動であったり海外への憧れだったりの主人公たち甲府の群像のみっともなさや末路で。

上映後の三宅唱監督のアフタートークでも語られましたが、ユートピアはどこにもないのに、それでも”ここではないどこかへ抜けたい”と求めてしまう気持ち。それがわかると共に、ショウに溺れたり、スピリチュアルや怪しい商売など、いつの間にか危うい淵に落ちてしまう貧困から等の怖ろしさとか、何か私自身にも様々な事が突きつけられてくる気がして。

主人公はきらきらとした、純といえる感覚を持っているのだけれども、知性の、或いは制御の欠落から、財力の乏しさから、奈落へ落ちてしまう。或いは泥沼から抜けられない。

かといって主人公以外の人々の道も煤けていたり、犯罪や嫉妬や、嫌などん詰まりで。快楽が、歓びが、閉塞感に飲み込まれて、結局最後にダウナーな普通が残って。

非常に何というか、全編に孕むサグさが鈍い痛みとして刺激となっていた映画なのですが、かなり笑えて、明るいと言ってもいいキャラ達の模様が心に残りました。

by wavesll | 2018-11-12 23:40 | 映画 | Comments(0)

BBC 『戦争と平和』 戦火と恋、爛れなき誠の幸福へゆく人間賛歌

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BBCによる『戦争と平和』をみました。
トルストイによる大長編として知られる古典作品のドラマ化。放送はもう数年前なのですが、大分間を開けながらちょぼちょぼ見た結果、足掛け2年ほどかけてみることになりました(苦笑)

と、いうのも原作を未読だったのですが、特に序盤はドロドロ系のメロドラマで。主人公のピエールのぼんくらっぷりも相まり、みるのがかなりエナジーを使う感じで。後半になるにつれ戦争が繰り広げられ物語の速度強度が増していく構成。司馬遼太郎『坂の上の雲』なんかは青春篇の方が面白く日露戦争になると面白くなかったのですが、映像化されたこともあってか逆の読後感となりました。恋愛描写と戦火の両立は脚本家が『ブリジット・ジョーンズの日記』や『ハウス・オブ・カード』のアンドリュー・デイビスという複数ベクトルのバックボーンがある方だからかもしれませんね。

ヒロインのナターシャがなんか見た覚えがあると想ったら『ベイビー・ドライバー』や『シンデレラ』のリリー・ジェームズで。美麗なれどもその浅慮から悲劇も浴びる女性。そしてその恋の相手となるアンドレイ役のジェームズ・ノートンもいかにも英雄然とした立ち姿は秋山好古のようでもありました。

一大歴史絵巻であると共にポール・ダノ演ずるピエールのビルドゥングス・ロマン。空想的で地に足のついてないボンボンから、渡世の辛苦、決闘、そして戦争を越え、苦しみの中で逞しさを増していく姿には心を随分と感銘させられました。この役者さんの説得力は凄いですね。

そして、戦争の対比となる「平和」なのですが、平和がいつまでも過ぎると爛熟するというか、恋愛を越えた性愛や、貴族のマウンティングの戦が起きるのは人間社会の業ですね。その贅肉が戦争によって洗い流されて、純粋な仲間意識が育まれることもある。

けれども敵による非道な支配や破壊をみたり、また『この世界の片隅に』『火垂るの墓』をみた後の私たちは戦争における日常は同胞の間でも美しいだけではない、人の醜さや軋轢が出る極限状態だと知っています。そして大阪や北海道の災害を目の当たりにした今、安易に悲劇に美を見出すことの愚を知っています。

極寒でも極暑でもなく、恋愛の花が咲くくらいの刺激気候にあれれば良いかもしれません。しかしそれにはきっと自分を律する意思が要るのでしょう。また速度を出す快楽を否定するというか、あまりに規範を絶対視するのもHuman Rightsの否定になります。ピエールもただ安牌を選び続けたわけでもなく、虎穴にいることで成長を掴みます。

誠と賭けとの試行錯誤が人生なのかな、そして仮にどん底へ落とされても道を切り拓いていくのは己、そんな人生賛歌が描かれたドラマでもありました。

by wavesll | 2018-09-08 04:45 | 映画 | Comments(0)

滅びの美学と新時代をつくる野卑 ルキノ・ヴィスコンティ『山猫 完全復元版』& ちきりん『マーケット感覚を身につけよう』

El Gatopardo (1963)

先日TLで話題になったのが【1000冊読んだ京大生が選んだ】大学生のうちに読んどくと差がつくおすすめの本44冊!という記事で、それへのTwitter上の反応の多くは「人文系がないのはがっかり」というような批判が多かったのですが、一度相手の技をしっかり受けてから反応を返すのがプロレスラーだと想い、図書館に予約を入れてタイトルが気になった書籍を読んだのでした。


ちきりん氏は完全にプラグマティズムで市場の原理を支持する立場で、伝統的な、或いは規制に守られた安寧は打ち壊されるリスクが大きいから、どこに価値が生まれるかの想像力を働かし、非伝統的な価値観にも働きかけて新たな時代の市場に適応できるように努めようという話で。

”ANAの競争相手は何か”などの様々な具体例を交えた立て板に水な説明に”ほう…”と想いながら、私の脳裏に浮かんだのはイタリア・フランス製作の名画『山猫』でした。

シチリアの貴族がイタリア統一という時代の大きな変わり目に於いて古い美意識に殉じ没落の未来へ向かう姿が描かれている映画で。

主人公のサリーナ公爵は何ともダンディズムにあふれ、様々な伝統的価値観に基づいた”やるべきだったこと”をハイレベルに行えて、彼のパワーといい立ち振る舞いと言い全く以て男の格好よさの極致で。

しかし変革の時代においては、儀礼で在ったり理念に拘泥するよりも、若き甥タンクレーディや財力と政治野心を増す市長のセダーラの方が、質は低く野卑だとしても”次代をつくるのはこの者達のエネルギーなのだ”と感じさせられて。

その点でいうとサリーナ公爵はあまりにも完成度が高いけれども、恥をかくことが出来ず、統一イタリアの新政府から議員になってこのシチリアの状況を好転させる働きをしないかと言われても「シチリアは変化を望まない。眠りにつきたがっているのだ」と断って。

Uberもそうですが、新技術であったりは粗があります。サービスの質は例えばロンドンのブラックキャブの方が高い。けれども圧倒的な利便性が時代を変革していく。そんな中でサバイヴしていくにはタンクレーディの「変らずに生きてゆくためには、自分が変らねばならない」という姿勢が正しくて。

でもその際に人の心の機微が「不合理な芥」として捨象されるというか、溜まって馨る時が積み重ねた価値観の美への敬意が全く打ち壊される、先の京大生のチョイスに対する回答ではないですが、あのリストで捨象された人文は人間性の研究ともいえるかもしれません。そうしたものと共に滅んでいく美学もあるなぁと想います。

その上で、逆説的に「自分の過去の誇りや質の高い行為が出来る處に篭り、恥をかいたりチャレンジから身を引いては、それは滅びへの道なのだ」とも感じて。

今の時代は大変革が起き、ヘゲモニーもドラスティックに変幻する世界で。そんな世界を生き馬の目を射抜いて生くにはたとえ完成度が低くなるにしてもドライヴし続けることが大切だろうなと。そう想った夜となりました。

by wavesll | 2018-08-03 01:05 | 映画 | Comments(0)