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ボルダリング触発想念徒然

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初めてボルダリングをやりました。傾斜がつくと難易度ガチ上がり。何気に開始の石での姿勢維持が難しい。アトラクションでなく継続して向上していく活動といった感じ。夏のプール以外のスポーツ・レクリエーションをみつけられ大収穫。他人を気にせずに勝手に鍛練できる個人競技なのが性にあってて。で、今日は筋肉痛でしたw握力の消耗も半端ないw

此処の処「プレイヤー」と「鑑賞者」のことを考えていて。スポーツをやるというのはまさにプレイヤーになることですね。

運動やってる輩の輩振りには辟易させられることがしばしばあるのですが、自分で運動やると“そうか、自分が主体なのと肉体疲労+脳内物質分泌で自分の目的以外の事がどうでも良くなるのかもしれん”と。仕事で精神疲労すると重い作品とかより軽いポップを求めたりしますが、他者に構う気持ちが薄くなると共に自己肯定感が増進するのだなと。

文化系にしても自分で創作している人は己に関するところのみを集中しているというか、鑑賞・批評的な人の方が“社会的正しさ”とかに拘泥する印象があって。「挑戦している人には批判する時間はないし、批判している人には挑戦する時間はない」というのはある程度当たっているところもあるなぁと。

私自身はヲタな側の人間なので、双方の感覚を知るとどうにもどっちつかずな蝙蝠な心持ちになります。

最近Instagramにアカウントだけつくって漠然と眺めているのですが、あの空間もプレイヤー的と言うか、顔出してガンガン陽るく第一運動している人が多くて、相対的にTwitterの場ってネガティヴさとかポリコレ棍棒な空気が溜まっているなと想ったり。

“何てセンスが粗いんだ”と言う側に身を浸せば、対岸は“何故そんなにセンシティヴなのだ”となって。そして「双方を知ればいい」とつい言いそうになりますが、総花的にリソースを分割すると一点に突き抜ける者には勝てないというのも人生で学んだことで、ポートフォリオを雑に薦められる立場にはないのも現状です。どの念能力を伸ばすのもストラテジーで。

ただ、日本ではあまりにも社会的な論議の情報が薄く、そうした言論の流布・討議の場としてTwitterは機能していたりするなとは想ったりします。例えば「鰻を食べることは現状問題がある」みたいな話はTwitterだと大勢を占める意見となっていますが、TVのみを視聴してそうな人には「そもそも問題自体ないでしょ、しゃらくさい」と一笑に付されることもしばしば。問題を意識した上で露悪的になるとか以前な状況で。

ドイツ人が「日本人はそんなに仕事をして家族と過ごしたり社会のことを考える時間はあるのかい」と言ったというような噺がありますが、日本の場合は労働の強度が高すぎる故に社会的な意識が削られているというか。なんでも“我慢”も有限資産なのだそうです。物理的でないものでも“減るものじゃなし”ではなく、減るのだそう。ヤポネシアの人は色々我慢しすぎて自制心が壊れてた結果、痴漢もするし鰻も食べるし差別上等になってるのかもしれません。南米とかで”これでも社会が回るのか”というカルチャーショックを浴びるのも一手かもしれませんね。

そうした意味で、TwitterやらSNSをやれている層はある程度の余裕が生活に在る層なのかもしれません。日本のハードな労道社会状況だとWebでアウトプットするのもリスクもあるし、子どもがいたりしたらそれこそ眼前の状況に注力しないと回らないし。

古い友と会った際「まだブログやってんのw?」と言われることがあります。彼等は仕事で自己実現度合いが高いのかもしれないし、私は子どももいなく暇というのもあるのでしょう。誰に需要があるか謎に読書感想文を自主的にあげる始末w ただ下手だとしても、好きなのだなぁと。R.バックにとっての飛行機のような愛するコトとしてWebに文章を綴る生活習慣があるのだなと想います。ここら辺は”なんでそんなWebを大事に思うのw?”とか理解されづらい處ではありますが。

自分自身がWebに文章をボトルメールのように投げるのは、感覚が刺さってくれる受容体のある人がフェイス2フェイスでは見付けづらかったのもあるかもしれません。オタクは人間とでなく話題と会話しているなんて揶揄もありますがやっぱり内容のあるコミュニケーションが好きで。またこうして勝手に音楽や本の感想をUpしている人間ですが、学生時代は読書感想文などは嫌いで。今でも他者の評価に曝される文を書く時は強張ってしまいますが、センスの合わない教師の評価を受けるために文を書くのも本を読むのも無価値に想え、渋々芥川の『鼻』とか『蜘蛛の糸』とか極薄の奴で書いたものでした。

昔は「俺の文章全然反応が返ってこない」なんて懊悩がありました。ただこのBlogも十年を超え、過去の自分の文章が他者の文章のような距離感で読めるようになると己の文章の問題点がみえてきて。端的に言って一人よがり。基本情報が足りえていないので分かっている人しか分からず、そして分かっている人にはクオリティの掘り下げが物足りない半端な代物であるということ。未だにこの課題が私の文章では解消されていないなぁと。インスタントな文章より推敲を積み重ねて長く読まれる記事に仕上げるのも一策なのかもしれないと想ったりしています。

と、こんな感じでつらつら想念が湧き出でたのでした。最近はすっかり付き合いが悪い人間になっていたのですが、誘いに応じて自分の土俵から出て新体験をし身体と脳が活性化したのか、旅の夜のような異化体験が起きて。縁を大事にするという意味だけでなく、他者の企画に乗るのは世界次元を拡げてくれるなぁと。

行きたいライヴや展覧会、旅が多過ぎて“自分は他者の声を聴くのは好きだし尊重してる”と思っていても、それは”自分が大きな関心を寄せる対象”に限られていたのかもと。身近な人からは“あいつは好きなものは好きだけど大好きじゃないものは一顧だにしない”とか思われてたりする恐れもあるかもと。

下手にWebでヴォランタリーに情報発信していると、ついつい「面白い噺をなるだけこちらに負荷かけずにFreeに発信して呉れよ」とか思ってしまい、こりゃブラック企業な発想だなと(苦笑 Tweetで発信してくれるサービス精神ある人ばかりでもないし、顔を突き合わせないとアイスブレイクしない、或いは適切な会話のキャッチボールからでないと噺が零れない人の方が多いですものね。

昔は文章を読まれても何の反応もないことに「搾取されてる」みたいな頓珍漢な怒りを覚えたこともありましたが、相手の時間と気力をコストとして払わせてしまっていたよなぁと今は想います。みなそれぞれ辛苦了しながらやってるのだと。頼まれてもいないのにネタを披露しておいて「ネタつくる苦労も分かってくれよ」はお門違いな主張ですね。その上で個人的な我儘でTwitterのフォローはなるだけネタを発信してくれている方に限ったり、できるだけちゃんと読みたい故にフォロー数を絞ったりさせて頂いて。ROMの人がなるだけ視界に入らないようにしています。尊厳をダンピングしないのは肝要で。

他者発の企画に乗るというJUMPもそうですし、ヒトの文章を読むこともそうですが、自分にない領域を始めるにはMPの消費があって。そしてボルダリングなんかはHPの消費もある。スピード、己のスピードでやれることが最もrelaxできることで、B'zの稲葉さんでなくても自分のスピードでやれないとすぐに潰れてしまうものだなぁと。

そして自分のスピードを大事にするように他者のスピードも大事にしたい。ビジネスでなくプライベートはせめてそうしたい。そうした時に、非同期なコミュニケーションとしてのWebの在り様はまだまだ究めるValueがあるなぁと想った處でした。

by wavesll | 2018-07-27 03:33 | 私信 | Comments(0)

臥薪嘗胆で燈す小さな狼煙



人生において挫折を味わい心砕かれた後、逆に自分の出来なさを自分で嗤うことで過剰にトライブに溶け込もうとした結果、最初はショウマンシップとして上手く行った時期もありながらも”自分だけが消耗している”という恨みと肥大した承認欲求からパフォーマンスが過剰になり自他ともに粗野にプライドを扱うようになって、自暴自棄となり破滅して。

「どうせこの感覚は理解され得ない」とか「俺は今は付き合いでやってるだけで、これは本気でやりたいことでない”仮のこと”だ」いう歪んだ自意識が”普通ではない”とかおかしな誇りを育てたり。

結果としてそのソサエティとの関係性から離れ。しかし社会というのは広く、自分と似た選好の人々と繋がって。結果として、ショウマンとしても自分は中途半端な実力しかないことを気づかされて。本気になったって自分より上には上なんか幾らでもいて。

そして同時に人から評価を得ようと想ったら”しゃべること”より”傾聴すること”がより力を持つことも実感せざるを得なく、”普通のことを普通に営み続ける”ことのハイパフォーマンスさも認めざるを得なくなります。馬鹿にしていた認識を変えざるを得なくなった。

そもそも単純に力が足りていなかった。そして自分の無能力を笑いに変えても一方で腕力を上げて魅せる努力をしなければただ自分の存在は軽くなっていくだけだったと。端的に言えば人生を舐めていたと。

自分の力の圧倒的な足りなさと向き合うことから本質的な戦いが始まるのだと漸く肚が座ってきました。

まぶしい若葉の燃料が切れつつ、そして無根拠な自信も失われざるを得ない、心だって素直なだけではいられなくなっている。

無力さの認識というあきらめの先の闘いという点で人生が次のコーナーへ差し掛かって来た時に、ただ謙虚なだけでなく戦略と、批判的な視点という盾と、そしてダガーを研ぐ営為、”魔法でなく技術と体力を長じさせ営み続けることへの努め”を。泥を啜ったって格好が悪かったって僅かでもぶんどって。すれっからしですから本当に致命的なこと以外は軽んじながら、それでも今の雌伏が後にそれなりの果実を結ぶことを期して。

そして今の自分が在れるのは周りの人たちの御蔭。人は宝だと心の底から想います。敬意と感謝を周りの人々に持って、ここからやっていこう、そう想っています。

by wavesll | 2018-06-15 07:27 | 私信 | Comments(0)

Showの虚で人生の実を破壊されないために

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気が滅入る報道ばかりで、人里から離れたくなります。と共に一方で人のぬくもりが時に欲しくなる。そんな肌寒さ。

気が滅入るのは自分自身の行動指針の不味さを他者の姿からみせつけられている気がして。

登山家の栗城さんが、亡くなってしまいました。
私が彼を初めてみたのは2010年頃、TVのドキュメンタリーで。その後何かのイベントで一度だけ握手し、手が本当に柔らかかった記憶があります。

メディアの寵児は往々にして専門家からはまがいものという扱いを受けるもので、実際栗城さんは業界内での評判は低かったけれども、パンピーの私にとっては一人の冒険者でした。

と、同時に今回の件で色々な記事を読んで、近年栗城さんが無謀さを増して破滅へ向かって行ったのを知り、私も彼を追い詰めた大衆の一人だったのではないかと、砂を噛む思いです。

10年くらい前のTVドキュメントでは栗城さんが7大陸最高峰単独無酸素登頂を目指した理由が「ニートに近かった頃元カノにふられ、何者かに成ろうと決意したため」と語られていて。その素人感が親近感に繋がって冒険の共有というコンセプトを肉付けしていた気が私はしています。彼を知る大学教授が人一倍お茶目でショウマンシップにあふれた学生時代の栗城さんを呟いていました。

けれど、彼は決定的に実力が足りていないのに、目指すルートはどんどん無謀に難易度を上げていったようです。通常のルートではなく、北壁、西陵、南西壁へと。

一説にはスポンサーを集めるために過激なゴールをぶち上げざるを得なかったとも言われています。その上で、是は勝手にシンパシーを彼に感じていた自分の目線では、彼は一発逆転ができるだけショウをインフレさせざるを得なかったのでは?と想うのです。

人から耳目を得ることが大好きだったお調子者。けれども「変わったこと」の刺激は摩耗し、インフレさせていかないと自分の価値が無くなってしまう恐怖。その結果、もはや自己破壊になるくらいにショウが暴走していく…。

ショウによって一発逆転を目指すにしても、藝を磨くというか、ファンダメンタルの研鑽をしていけば平衡感覚を崩すことはなかったかもしれないのに、積みを継続することでなく瞬発芸というか、栗城さんは所詮ショウだからと実力を上げていく努力を怠っていたように感じました。そして実を伴わない虚の結果、遂には命を失ってしまった…。

実を伴なわない虚のショウマンシップが不快さを振り撒いた最近の事象としてもう一つ上げられるのは日大ラグビー部での悪質なタックルをした選手の記者会見でTVが酷い行動をとっていたこと。

私自身マスコミの姿勢は「人の道に外れている」と想いながら、けれどメディアの人間は「こちとら面白いものをつくるために骨身削って生き馬の目を抜いているんだ、お前ら(世間)は面白いこと言えんのか」くらいのことを想っているのではないか、と想うのです。

文句を言いながらも俗情に流されてこういう過度に胸糞悪くショウアップされたニュースを視聴する人が多い限りは”結局こういうのが欲望されている”とマスコミの態度は変わらないと想います。メディアは”えげつなくても面白ければ(数字が取れれば)それが正義”というのが行動原理で、メディアに節度を求めるならば我々視聴者自身が節度が求められるのだと感じます。

ショウが節度を失っていくのはTVというメディアが本芸よりも余技やしょうもない素人芸に向いたものであることがあるかもしれません。

特にニュース(バラエティー)のコメンテーターなんて最たるもので、芸人、タレント、そして有識者としてでているのも別に専門家ではなく、井戸端会議の域を出ていなかったり。たまにワイドショーをみると”視聴者舐められてるなぁ”と想わざるを得ません。

結局のところ実を積み重ねるのではなく口先三寸のインスタントな虚で果実を得ようとするから人倫を失っていくのではないか、と。

他者に対して敬意がないのは自分自身のプライドをダンピングしすぎていることの裏返し。そして結局そういう虚芸では尊敬や自己肯定感は得られず“自分はこんなにも犠牲を払っているのに真っ当な評価を得られていない”と負のスパイラルが起きてゆく…。

ヒトとしてのバランスをショウマンシップが壊していく。無論当人に非はあるけれども、オーディエンスも一端を担ってしまっている。

もし”面白くなくてもあなたは大切な人なのだ”、或いは”インスタントな禁術でなく本芸の研鑽に邁進した方があなたの価値が上がる、あなたは自分自身の誇りや労苦を安売りする必要はない”と温かい指摘をしてくれる身近な人がいたら、その箴言を謙虚に受け入れることは、破滅の螺旋からの解脱の一助になってくれることと思います。

誰も犠牲にせずとも、僅かずつかもしれないけれども前に進み経験を積み重ねることは出来る。虚のレバレッジを利かせた空中戦が効果的な事もあるけれども、己をダンピングしなくて済む場所を見つけ、真っ当なぬくもりを得て仁を見出し己を高めていける。それは27クラブを通り過ぎた人間が歩むべき道なのかもしれない、さらに時代の新風もそういう気風に成ってきている。そんなことを近年とみに感じる処でした。

by wavesll | 2018-05-24 03:22 | 私信 | Comments(0)

ぞめきの濤

ここ幾日か音楽ライヴの人の密集地で音と光を浴びたからか、目を閉じ安楽に入ろうとすると、海に行った夜に波が意識のなかで起きるように、ざわめきとイメージが脳からどんどん湧き出でる。

今湧き出でると書いたけれど、どちらかというと脳に刺さった刺激の破片がぽろぽろ抜けていくイメージ。明確なストーリーもなく、ぞめきの奔流に包まれフラッシュバック的な視覚が浮かんで、なんか映画サークルがつくった自主映画をみているような気になる。

その中で不意に沸いてくるメロディーとまでではないが節のついた音楽的なぞめき。この半瞑想の、半無意識から鳴る音像をカタチに落とし込めたらちょっとしたアンビエント作品になりそうなんだけど、今はこのほろほろと沸いてゆくぞめきをまどろみながら意識するのみだ。

by wavesll | 2018-05-05 00:37 | 私信 | Comments(0)

あしかがフラワーパークのあふるる藤の光

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あしかがフラワーパークに日帰りしてきました。
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園へ向かうと花の香りがかぐわしくて。これは来た甲斐あった◎ 駅前にはゆるキャラがいて八木節のステージなんかもやっているみたいでした。

園内は藤の他ツツジや牡丹、ネモフィラや色々な花々が咲き誇っていました。そして勿論藤が素晴らしくて。

紫の光が降ってくるような昼の藤、そしてぼんぼりのような温かみのある薄赤紫色の夜の藤。大藤を心行くまで堪能しました。

意外にも渋谷から電車で2000円かからず来れて。最寄駅は電車は1h1本ですが、都内のラッシュよりかは混んでないし結構良かったです。
昼から夜までいると夕食はどうするという話ですが、食事処も数か所あり、細平打ち麺の佐野ラーメンを食べました。

Superbな花園を楽しめて。今年はひたちなかへネモフィラも観に行けてショートトリップが愉しめた卯月となりました。また黄花藤の頃に訪れたいです。

by wavesll | 2018-04-22 10:12 | 私信 | Comments(0)

”理解されない”という傲慢を越えて


その昔、このサイトが羅列型ニュースがメインだった頃に目にした一言コラムに「自分で書いた文章はすべて名文」というものがあって。その意は”書いてあるバックグラウンドをすべて理解できるから価値が認識できる”というもの。

確かにそうかもしれません。逆に月日が経つと自身も別人になっていくのか、大昔の自分の書いたものとか読むと”こいつ何を言いたいのかさっぱり分からない”なんてこともザラにあってw

昔の『気分』だけで書いた文よりかは今は客観的な情報説明を入れているつもりですが、また月日が経ってからみたらスッカスカに感じるかもしれません。

そんなこともあって、想うに”理解されない”なんてのは”理解しにくく書いている”結果なことが多いんじゃないかと。

大昔の私は”こちとら読解力があるから周りの言うことを理解できるけど、周りは俺の言うことの価値を理解できないことが多い”なんて驕り高ぶっていて。恥ずかしい限りで。

確かに自分は”面白がる”ことは得意かもしれませんが、”面白がらせる”のはどうか。鑑賞と創造は脳の遣う部位が異なる気がします。

様々に想念を拡げて楽しみをみつけることと、表現したいことを伝達するために意思決定し形に切り落としていくこと。逆に鑑賞の時でも”自分ならこの主題、題材、技法でどんな感覚を造るか”なんて考えたら脳の新領域が駆動し面白い、というのは脱線余談。

私にとっての「面白い」には「(私にとっての)新領域、理解できる際」という側面があって。そうなるとプレゼンできるほど咀嚼せずに「これ面白いでしょ」と出すことも多く、”何がどう面白いのか”提示できなければ当然伝わるものも伝わらないなと。

それでも”情報を出すことはサービス”だと思って情報も出さずにリアクションも薄い周囲に昔は”サービス精神が足りない”なんて思っていましたが、今は徐々に”あぁ、されたい『サービス』のベクトルが異なっていたんだ”と気づいて。

私は論理や美、刺激は好きなのですが、怒りや羞恥心等の心理的負荷は耐えられなくて。或いは慈しみや尊敬すらこそばゆく。“人間味”と呼ばれるものが苦手なのかもしれないと近頃思います。逆に多くの人はそれを大きく好む印象で。こうした要素が弱い人間は薄っぺらいと認識されるかもと。

”面白いこと”は余剰で”人間味のある行為”があるかどうかでエリミネートされる。そこの認識の齟齬が問題で、心のタフさと気配りは養うべき課題。その上で”そうか、感性が異なる人間と無理に一致させることもないじゃないか”とも想って。

『他者について分かるところは分かるし分からないところは分からない、けれどそれぞれのテリトリーを認めあって、共にそれぞれに生きれればいい』。本質的に必要なのは空間であり、認知の多様性を認めるから世界は豊穣。

理解しえぬ領域だからと言って価値がないわけでなく、寧ろ可能性の宝庫。異なる見識もまた玉である。また敬意の示し方は様々であって、熱心に喋ることより余裕を持って訊くことが有効な場面も多い。そして他者は他者。

第三者に伝わりやすいように努めたらそこからは”伝わった分の奇跡”に認識を向け、そして自分も他者に無理に付き合わず”理解できるという驕り”から身を離すことが肝要、期待値は甘え、出来得る限り零に近づける、それがWebで10余年I/Oをしてきて得た最新の知見でした。

by wavesll | 2018-01-29 04:37 | 私信 | Comments(0)

距離での格闘

Fleet Foxes - Crack Up (Full Album)


ネパールから帰ると郵便受けに年賀状が届いていて。

「今度飲みましょう」とメッセージが書かれた家族写真のハガキをみながら”また飲もう 言われて飲んだ ためし無し”と一句発して。けれどすぐに”然言う友は 宝なりけり”と続けて。

実際に会うわけではないけれども、”会いたいと想える”、そんな仲が”旧友”ということかもしれません。現在進行形とは異なるけれども、それも玉だと。

昨年末幼年期の終わりという文章を書いて。あぁいうものを書いてしまうこと自体が私が未だにコミュニケーションに大きく絡まっているという証で。近づきすぎると依存や諍いが発生してしまう恐れがあって。無用の衝突を避ける”適切な距離”を探して未だFootworkしている次第です。

例えば、前述の年賀状だとか、年1の忘年会だとか、あぁいうものにはどうにも形骸化した縁を想ってしまって。相手に興味関心があれば普段からそれなりにやり取りをするだろうと。

けれど、別の道を歩む中では普段からコミュニケーションを持つのはコストがかかりすぎてしまうかもしれないなとも現実的に共感出来ます。絶対的に時間がないし。

近況を知らせるにしても普通の人は”聴かれてないことをわざわざ伝える”ことはしないし、そういった意味で儀礼が良い切っ掛けと機能しているのだと理解できます。

渡世の中、私は未だ社会性の問題を解けていないと感じます。”相手の土俵にどこまで付き合うか”とか。或いは”先の先・後の先”とかの問題になって来るのかも。

"自分が話したいこと"があったとして”相手に聴きたいこと”があるか、それを知るためにも”相手が話したいこと”はあるか。冒頭の和歌に繋がってくる感じ。

そんなわけで明日からもまたぎこちなく”距離”と格闘していくことでしょう。

by wavesll | 2018-01-18 21:08 | 私信 | Comments(0)

あの早朝から23年。阪神大震災の震災文学から次代への眼差しを想う

満月の夕/ソウル・フラワー・ユニオン

23年前のことは実はあまり覚えていない。当時10歳。小学生の頃の記憶はぼんやりしている。寧ろ後のTV映像で高速道路とかが崩れたのをみて記憶が増大していったのが大きい。

幼心の体感ではあの時「頑張ろう、神戸」と首都圏から切り離されていたのを覚えている。その印象からか311時の「ニッポン」「絆」推しには「東京が揺れたら日本全体か」と思ったものだった。

無論、東日本の多くの場所を津波が襲い、いまも福島第一が現在も続いているという意味で日本が抱える大きな出来事だったのは確かだが、阪神大震災の時の首都圏の空気と311の時の報道を思ったとき、「東京は自己中心的なのではないか」との考えが去来したのは確かだった。

されど、シャルリーエブドの時シリアやリビアとかで「何故私たちのことは騒ぎ悲しまないのか」という声が上がったのもそうだが、身近なものを重要視してしまう本性が人間にはある。その上で“どう身近にするか”という意味で地場メディアの力が重要だろう。東京にはキー局があった。それはパワーの泉でもあった。

ネパールでもBBCやCNNはみれた。アル・ジャジーラもそうだが、全球的な報道・情報発信のプラットホームの存在は大きい。

正月に放送されたNHKBSのクマリの番組ではカトマンズの被災が大きく感ぜられた。ただ、実際に行ってみると、確かに爪痕は未だに残ってはいたが、人々の生活の活気と、思いのほか残る歴史遺産が印象深かった。

「何を伝達するか」の選別は、「力」そのものでもある。

あの時の震災文学として『いいひと』が“建物は再建されても、そこでの人の心や暮らしはまだ再建も癒しもされていないのですよ”と描いていて。東北を振り返れば今なお仮設住宅で暮らす人がいる。この23年、この7年、復興の馬力が落ちてきているのでは、と想ってしまう。建物ができても心の復興はその先なのに。

総体的に縮小のフェーズに今のこの国があるとして、新しい容への切り替えが必要として、そんな時に”ドメスティックの外”と小さな物語を連携させるような、そんな情報発信の土台を日本から出せないか。

一人一人の”現場の声”から発して一般意志の形成を行う途上に我々はいるのかもしれない。そのプラットフォームを創れたら、次代の一角獣となり、この国の50年を支えるのではないか。その為には”他者”と”自己”への客観的なまなざしがいるのではないか。あの満月の夜を描写したような、心を打つのは真摯なまなざしであるように23年目に想。

by wavesll | 2018-01-17 22:40 | 私信 | Comments(0)

幼年期の終わり

The Smiths ‎– The Queen Is Dead (Full Album) = 1986

今になって旧い友たちの意識が分かる、そんなことがあります。
例えば他者からの論評に付和雷同せず、一次情報に自分で当たる大切さとか。SNSなんかの又聞きで判断する、さらには声を上げるのは危険なことと認識して。

或いはアクロバティックなことばかりに目を奪われず日々のルーティンのカイゼンをやり抜くことの強靭さや、或いは社会の権力闘争に於ける悪意の存在。こういった”場を守る”ことの意義に、今も完全に分かっているわけでもないのですが、昔は一欠片の敬意もなかったなと。

そうした”しっかりしたもの”に対する覇道として”感性”があるとして、分かり合えぬ人々に”君の話は面白くない”と話すのもまた一種の逃避なのかもしれません。面白くない人間がいるのではなく、面白がれない自分がいる。

そもそも年を経るにつれ”面白いという刺激”がいらなくなったりかまける余裕がなくなるのかもなんて周囲を見ていて感じたり。とは言え必要なものが確保できれば相手のゲームに乗らない身の軽さは維持したいものです。

”正しいこと”と”コミュニケーションが成り立つこと”は完全には一致しないもの。主張だけで傾聴が欠けては意思疎通は成立しないし、”正しさ”は立場と時代によって変わるもの。私は昔は”誰にも愛されたい”のような粗野な夢想をしていましたが、今は”石の舟はついに浮かばず”も悪くないと感じています。

生来の気の軽さから、旧くからの関係に酷い言葉をかけてしまった過去があって。あれは粗忽な行為でした。大切に想える/想われるのでなければ無理に交わらなくても良いかもしれないと今は考えています。庵は開いていますしね。

もしかするとアイデンティティに迷い友人関係に重く依存する幼年期を漸く抜けつつあるのかもしれません。要るものは身一つ、あとは端末でもあればそれでいい。共に生きる人が存在すれば大変な幸福。R&DとPR、そして対話のバランスの微調整を続けながら、75億のあかりの一つを燈して。どっかしら外して生きたい。そう想います。

by wavesll | 2017-12-27 04:45 | 私信 | Comments(0)

疲弊からくる悪意と、身を離し、獣を制御すること

人間、悪意が沸くのは疲弊しきっている時が多いのではと想って。たまにナチュラルにマウンティングを仕掛けたがるクズもいますが、悪意というのは弱った手負いの獸の余力の無さから来るのだと。今日本に憎悪が増してるとしたら、その根本は疲弊、弱りではないか。躁状態も崩壊との際。立ち止まって振り返ることで掬われる灰汁もあるのでは。

私にとっては今でもフラッシュバックするのは大学でて最初の会社辞めて暴言吐いて荒んで騒いでた頃にレディオクレイジーから直行格安バスで東京での先輩主催の忘年会に疲弊しながら顔出したのに先輩が後輩の女の子に「こいつと付き合いたい?」と聴いて女の子が鬼の形相で「絶対嫌です」と言い思わず「結構です」と返してしまった時のこと。

はっきりいえば私が無礼者の輩で仕事もできなかったのが悪いのは間違いなく。その上で、無能の者である立場でどんどん道化の道を極めたというか、鶏口となるも牛後となるなかれとはよく言ったものでいいフィードバックサイクルでないと感じた場からはさっさと離脱するべきで。

何しろ、あの「結構です」は完全敗北宣言でした。

意外性や突拍子の無さ、インスタントな刺激をやり過ぎて、色々と麻痺してて。あの頃私は恥を売って、寧ろ周りに“何故恥を売らないんだ”とブラック思想で。“普通”の腹黒さに対しても無防備で。どいつもこいつもクズなのだけど、クズである自覚がない事を知らない、未熟な坊っちゃんでした。

盲信も、憎悪も、依存。結局私はあまちゃんだったし、世の中の“普通”はかなりタフだと今なら敬意はありませんが痛感はしています。とは言え忘年会の時期になると、自分の極限の弱さを露呈したあの出来事を思い出して。省みる限りは繰り返すことはないでしょう。

プライドというか、自分を大切にしていい。寧ろそれは作法であるということを知ったのがこの十年でした。無駄にサービスしても何も有り難がられはしない。

時に矛を以て、時に盾を以て、時に遁走もして、それでもサヴァイヴ出来れば御の字ではないか。不愉快な輩にかける程情は余ってないこと悟り、ヤマアラシのジレンマが距離によって解消されていくことを感ずる。そんな冬至の夙めてとなりました。

by wavesll | 2017-12-22 06:56 | 私信 | Comments(0)