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平成30年のListening Life

いよいよ本年も24時間を切り、大晦日。今年の音楽の総棚卸をしたいと思います。

まずは
Best Live

1. Khun Narin's Electric Phin Band live at WWW X
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今年のベスト・ライヴはタイ北部から来てくれた本場のピン・プラユックという冠婚葬祭出家儀式音楽のバンドである彼等!

もうロックンロールぶちかますような尋常ならざるテンションの祝祭。Konono No1かKhun Narin'sかというくらい!ヤーバかった!

タイ音楽をどんどん招聘してくれてるSoi48のお陰で本当に愉しいパーティーになって。今年は『サウダーヂ』もNEWTOWNでみてかなり衝撃を受け、来年以降もタイは台風の目になりそうな予感があります。

フジロックで奥地をもっと体感したかったな~っていう心残り感を一掃してくれる最高の音楽の爆発がそこにありました。

2. Tim Hecker + the Konoyo Ensemble live in WWW X
エクスペリメンタルな音楽家が雅楽奏者と音を鳴らした。ライヴの音のデカさで死にかける気持ちになるなんてソニマニのマイブラですらなかったのに、もう何というか轟風雨にやられるような、生と死の境に持ってかれるライヴでした。

近年、純邦楽のアシンメトリーさとArca的な電子音楽って絶対食い合わせ良いと思っていたのですが、日本人アーティストより先にこんなにもハイレベルな幽境を魅せられてしまった。まだ録音物では決定的なものが出てないと想うので、何方か演ってくれるのに期待。

3. Chance the Rapper live at Summer Sonic
今年一番アーティストとオーディエンスが心ひとつにStageをつくりあげたLive。最前辺りでずっとシンガロングしまくりました。FujiのKendrickはみてないので本年Best HipHopライヴ。もう「No Problem」やられたときの感極まり感といったらなかったです。ちなみに今年のHip Hopの音源ではKids See GhostsやXXXTentacionが好きでした。

4. Bob Dylan live at Fujirock
人生初Fuji Rock!!!!! 鼓童からserpentwithfeetからラストのFRENTE CUMBIEROとCUBANA FIESTAまで全部好かったけどやっぱりディランは圧倒的な空間でした。

もうバックバンドの音の盤石性。ずーっと幾らでも聴いていられる格好良さ。そこにディランがブルースハープをいれると『アイデンティティ』の光景が現前に!これはもう家宝となる想い出になったなぁ。

5. ジョージア国立民族合唱舞踊団「ルスタビ」live at 神奈川県民ホール
サカルトベロ(ジョージア/旧グルジア)の男声合唱はブルガリアンヴォイスに匹敵するくらい素晴らしいと聴いていて、いつか体験してみたいと思っていたところに千載一遇のチャンスを得てみることができたルスタビ。

もうダンスも素ん晴らしかったのですが、聖性や天狼を思わせる歌と楽器の凄み。「Khasanbegra(ハサンベグラ)」という歌の突出したオリジナリティ。圧倒された一夜となりました。

6. PBC live at 鉄工島Fes
元々は80sのアングラ演劇集団から始まり、鉄の塊をぶっ叩いて本物の金属サウンドを鳴り撒く異能バンドPBC、彼らが近年活動するのがこのFesのみであるということで、Festival de FRUEを蹴って来た鉄工島Fes!このフェス自体も本当にインダストリアル・サウンドで統一感とスペシャルな試みが溢れていて、良いフェスでした。EYヨのDJは本年ベストDJだったし。

PBCのライヴは金属を削って火花散って”砂被り席ならぬ火花被り席”だったし、サイレン、アジテーション、そして金属打音ともうほんと最高の夢を魅せてくれました。

7. Laraaji live at WWW
ニューエイジ・アンビエントの伝説的なミュージシャン、ララージ。彼のWWWでのライヴは四畳ほどの空間にツィターという小型の箏とサンプラーと銅鑼と仏具のようなベル。暗闇に丸窓のようにゴングが浮かび上がる様子はまるで茶室で点膳を受けているような深いリラクゼーションへ導かれて。ほんと何というか、心の奥、セノーテみたいなところへ潜っていくような、精神性を湛えたライヴとなりました。

8. 小沢健二Live「春の空気に虹をかけ」@武道館
上半期のベスト音楽体験はこのライヴで36人ファンク交響楽が奏でた「フクロウの声が聞こえる」。CD盤を遥かに超えた素晴らしい力が満ちあふれたパフォーマンスで本当に宇宙に届きそうでした。

なんかホント”最高…最高だ!”と歓ばせられた多幸感があったライヴでした。

9. Niwa-Gardd-Garden 岩手柿内沢鹿踊 live at BankART Studio NYK

今年なくなってしまったBANKART Studio NYKで披露されたダンス・パフォーマンス。
その中でPAを通さずに生音で披露された太鼓の神性な轟きはとりわけ印象的で。ミニマルやエクスペリメンタルミュージックは日本の原始をDigるととてつもない鉱脈があるのかもしれない、そんなことを感じました。

10. Living Mirage live at Nakano Heavysick Zero
インドネシア、ジャカルタではあまりに盛り上がりすぎてクラブでかけることが禁じられてしまった超絶アゲアゲダンスミュージックFUNKOT。その本場からDJを招いての日本のFUNKOT DJ達のイベント。この爆上げぶりは本当に超絶。今までFUNKOTってスットコドッコイビート、というイメージがあったのですが、勿論土着性、いなたさはあるのだけれど、単純にクールにかっこいいというFUNKOTの魅力に気づけたのが嬉しかったパーティーとなりました。

番外. Beyonce live at COACHELLA FESTIVAL
これは生ではみていないのですが、今年の音楽ライヴを振り返った時にこの衝撃は外せないだろうとw
百人を超えるんじゃないかな?ダンサーとブラスバンドとで繰り出されるドラムビートとパフォーマンスの爆発にはもうストリーミングをみながら仰天するというか”こいつはやべぇよ、やばすぎるよ…”となって。もうほんと今年のマッシヴな表現は『バーフバリ』かビヨンセでしたねw

ライヴはほんとその他もSilvia Perez CruzとかT字路'sとかTHE AVALANCHESとか土井玄臣とか高田みどりバシェ音響彫刻とかアンサンブルズ東京とかGUIROとかヴィックゥ・ヴィナーヤクラームなど、なかなか得難いエクスペリエンスが多くて嬉しい悲鳴。書ききれなかった分はこの続きの本記事内で取り上げていきたいです。

さて続いては
BEST SINGLE, BEST ALBUM (新譜/旧譜)

BEST SINGLE

木崎音頭 / 俚謡山脈
シングルでいうとこの一枚はダンチでトップ。NHKにも取材され、ますます活躍の場を拡げている俚謡山脈がこの夏に放った群馬の民謡の昭和の音源がなんたるドープさか!この深すぎるダブさは誰が何といおうと最高のクラブミュージックになりうると想います。

BEST ALBUMはCDとして買ったものから新譜、旧譜で3枚選びました。

『阿波の遊行』
四国に伝わっていた民謡、器楽を長年フィールドレコーディングされていた方の音源を、久保田麻琴さんがマスタリングした本作は、日本のフィールドレコーディング音源としての価値、そして今は失われつつある日本に息づいていた今の耳で聴くと実験的ともいえる位のビート感覚を味わえる名盤でした。これは何というか、本当にいい仕事されてました。


GONNO X MASUMURA『In Circles』

これは異色の音楽体験として書いた方がいいのかもしれませんが、このGONNOさんとMASUMURAさんのアルバムを渋谷タワレコで試聴した時、8分間息もつかせずその場を離れられなかったんですよね。

試聴って「あ、これもう好い奴で決まりじゃん」となったら聴くのを打ち切る感覚が逆にあるのですが、このアルバムは電子音とドラムという”ありがち”になりそうな組み合わせで”え?でも凄い惹き込まれる、あれでもそこまででもないか、いやいや、凄いぞ…”とスリリングな聴験を味合わせてくれて。こんなことって滅多にないので、ベストアルバムに異例ながら”試聴体験枠”としていれさせていただきました。

『ルイス・ガスカ』
今年の音楽の記憶から外すことが出来ないのは神保町ジャニスの閉店。自分は11月末の閉店日に立ち会ったのですが、学生時代から使っていたジャニスが閉まるのはなんとも悲しい思いがして。

十月でレンタルとしての営業を終え、11月は在庫の販売をしていたジャニス。その最終日に出逢えたのがこの盤で。以前渋谷タワレコがワールドミュージックコーナーが巨大だった頃(そういえば新宿のNEWAGEコーナーも大縮小してしまいましたね…)試聴して”これいいじゃん”となりながら買わなかったらいつのまにか入手が難しくなっていたこの盤に出逢えたのは何というか奇跡的な出来事に感じました。

内容も素晴らしくて。『Bitches Brew』のバンドメンバーとサンタナ人脈の邂逅で生まれた素晴らしいラテンジャズとなっていて。お薦めです。

さて、ここからは2018年の個人的な音楽ブームを。

オルタナティヴな80年代邦楽の発見
Mariah - うたかたの日々 (1983) :神秘的で東洋と最前線性をもたらす名盤

今年の特に上半期は80年代のジャズ周り?の邦楽ポップスに嵌りましたね~。その下地としてNHKBSプレミアムでMUST BE UK TVという80年代の音楽番組を流す早朝番組が始まって、最初は”80年代ってどうも好さがわからないんだよなー”と想っていたのが段々バイオリズムがあってきて。そんな中でマライアとか、本当にミュータントな魅力を持った邦楽に出逢えたのは今年の嬉しい出来事でした。

デジタル・クンビア・シーンに嵌った
Kaleema – Nómada X 花酒「与那国」60度 第125回酒と小皿と音楽婚礼
ネオ・クンビア【rafi:ki / mix(tape) 018】 X 一番搾り 花見デザインパッケージ 第128回酒と小皿と音楽婚礼
南米電子民族音 X 本麒麟でinto the weekend 第132回酒と小皿と音楽婚礼
虹色乃音楽 Takako Minekawa - Fun 9, The Voidz - Virtue, Barrio Lindo - Menoko

オルタナ80's邦楽と並んで嵌ったのがデジタル・クンビアシーン。シーンとして流行ったのは結構昔らしいですが、近年のVoodoohop周りから改めて嵌りましたね~。Voodoohopな人たちのDJやLIVE、生でみてみたいな~◎

盆踊りブームにガン乗りした
ベストシングル、ベストアルバムに選んだ作品からもそうですが、ここ数年日本各地の民謡に嵌っていて、その流れで近年一気に盛り上がってる盆踊りに興じさせてもらってました。盆踊りシーンはまた来年も遊べたらいいなぁ◎

黒海、テュルクソイ、旧ソ連圏などユーラシア音楽を聴き込んだ
ベストライヴにも選んだルスタビの他
と気が付けばユーラシア音楽(というくくりは大きすぎるけれどもw)を聴いていた一年になっていました。それでもそれこそブルガリアンヴォイスやトゥバクズの来日公演は行きそびれて。本当に面白い音楽って世界には湧いているのだなぁと。
最後は謎のトルコ?電化歌謡まで行って。またこれから世界のどの地域が面白い音を聴かせてくれるのか楽しみです。

私的フィールド・レコーディング・トピック
今年最大の個人的フィーレコ体験は築地市場でのマグロ競りの撮影/録音で。またヴェトナムフェスでの水上人形劇での伝統音楽も物凄く魅力的でした。

旅の身空
旅先音楽Diggin'. ネパール・ポカラのレコ屋で買った山岳音楽CDも好かったしTerje Isungsetの氷のコンサートに協力した澤乃井を尋ねに奥多摩へ行ったりも。また名古屋・久国寺にある岡本太郎デザインの鐘はいつか音を聴いてみたい。そして特殊音楽バー・スキヴィアスでの音楽歓談は今年壱愉しい夜となりました。

ロックのゆくえ
師走の末に気合入れて書いたこの記事の他、日本のロックミュージシャンになんか凄くいいバイブスを感じて。
ニトロデイには初期衝動を。崎山蒼志にはシティポップ以降の新しいはじまりを。Gotchには心地よいグルーヴを。国府達矢には違和感に未来の種子を。そしてGEZANには心酔させられる危険な魅力を。80年代の邦楽も良いけど改めて今の邦楽ミュージシャンいいなと。来年は個性的な邦楽フェスにまた行きたい!

なんかここ数年「うわ!こんなに音楽が面白い!こんな面白い年はめったに来ないだろう」というのが連続して続いていて。この冒険、どこまで続くことやらwずっと続けたい★★★★★★★







by wavesll | 2018-12-31 08:01 | Sound Gem | Comments(0)

音楽歳時記 戌年晦日は 柴田聡子「ワンコロメーター」& never young beach「うつらない」

柴田聡子「ワンコロメーター」(Official Video)



never young beach - うつらない (official video)

色々とコトが片付いて行って、TVの喧騒から離れて己のペースでゆるりとじっくりと過ごす一年の締めくくりもいいものですね。

by wavesll | 2018-12-30 23:01 | La Musique Mariage | Comments(0)

Arctic Monkeys『TBHAC』, Yves Tumor『SITHOL』, Sophie『OOEPUI』, 長谷川白紙『草木萌動』: Rockと先端音の来方行先

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複雑な音楽というのは噛みしめ甲斐があるもので、今年Spotifyで一番聞き込んだのはSophieの『Oil of Every Pearl's Un-Insides』とYves Tumor『Safe In The Hands Of Love』でした。

特にYves Tumorの方は去年のKing Krule『The Ooz』の先に鳴るAltanative Rockの尖端音というか。昔『アラビアの夜の種族』という小説があって、これはRPG的ファンタジー小説を書いていた著者が、「ナポレオンに侵攻されるカイロで至高の秘本を千夜一夜のように読み解くことで奇跡を起こす」という幾重にもわたる扉を設けることでいわば下世話になってしまうような外連味に読者を連れ出すことに成功しているのですが、Yves Tumorの本作は此れに近くて、今Rockの炸裂音をやるにはここまで助走を必要としないと気持ちがフェードインしないものか、なんて思いました。

その分Sophieの方が自然にExperimental Popをやってるというか、Rockも音の表現として取り込んでいる感じで聴き易くて。

そして年末にDropされTwitterや各種メディアを席巻しつつある長谷川白紙の『草木萌動』も複雑かつ新しい響きをくれて先端を魅せてくれた気がしました。

それでも何というかアナクロな人間で、ロックミュージックに思い入れがある人間として今年の内に書いておきたかった盤がArctic Monkeysの『Tranquility Base Hotel and Casino』で。

Arctic Monkeysは実は今まで聴き込んできたバンドではなくて、米国でもヒットした前作『AM』もどうもバイオリズムが合わず、かといって1stとかのガンガンの頃のアルバムも「なんか速いらしいんだろ」くらいしか知らず。ただ本作には猛烈に嵌った。R&B的な感性を飲み込んで、今鳴らすべきRockを真剣にくゆらせていると想って。そこからSpotifyの駆動力を活かして全アルバム聴いていたのでした。

アレックス・ターナーは「ただ僕はザ・ストロークスの一員になりたかっただけ、それが今ではこのザマだ」と歌いますが、 そもそもThe Strokesも自分は当時全然嵌らず、ガレージリバイバル当時聞いていたのはMando Diaoとかで何かストロークスはピンと来なかったというか。けれども時系列的な事を考えるとまさにシーンを創ったのは『Is This It』であったと想うし、何よりもジュリアン・カサブランカスが放った『Tyranny』は近年もっとも胸を高鳴らせたロックアルバムで。どうせならと今回ストロークスもSpotifyで全聴きしてみました。

そこから見えてきたのはThe Strokesがアルバムを重ねるごとに(私から見たら)創造性を増していって、おそらくジュリアンがいわゆるお定まりの『Is This It』の延長線上にあるサウンドが退屈に想ったのか(結局ソロプロジェクトまで放出しますが)どんどんその枠外へ飛び出てロックを更新していく流れがあったこと。

一方でアクモンは1stは聴いたときに「あれ?案外速くない。」と感じて。多分J-ROCKが速すぎるからかもしれません。けれど2ndで本格的に速くなって。と想ったら3rdからは結構BPMが緩やかな曲も増えて行って。図太い音、R&B的な感性を汲み入れながら、彼らも「今鳴らすべきROCK」を錬磨し続けてきたのだなぁと。

そして本日、改めて聴こうとSpotifyでArctic Monkeysを『Tranquility~』から『AM』、『Suck It and See』、『Humbag』、『Favourite Worst Nightmare』そして『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』と上から流したら、これら7枚で一大ロック組曲というか、まるでYves Tumor『Safe~』を超拡大したように、大人しく内省的な音から徐々にRock的なダイナミズムが爆ぜるように響いて。ある意味Yves Tumorはこのアクモンのキャリアを一枚の盤の中で劇的に凝縮したというか、そんな感慨すらあって。

何かをアップデートして行こうとした時に、過去のダイナミズムを一気にさらってその勢いで尖端を開拓する方法がありますが、Yves Tumorは相当Rock Legacyを聴き込んだ上で電子音楽として顕わしたのではと。そしてそのR&Dは例えばアクモン、例えばストロークスが身を捧げて紡いできた軌跡も大いに援けているのでは。完全に妄想ですが、そんなロックの来し方行く先を想ったリスニングとなりました。

by wavesll | 2018-12-30 02:21 | Sound Gem | Comments(0)

Helsinki Lambda Clubインストアライヴ@新宿タワレコ

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2018年のライヴのラストは名前はよく見聞きしてたけど初聴きだった彼ら。
北欧の夏のような透明さとローファイな気怠さがあるネオアコな音で、色々納まった後の年の瀬を彩ってくれました。ゆるいのが時季的にばっちしwベースのヒトのキャラいいっすね☆実際サウンド的にもベースの音が序盤より中盤以降が大きくなってかなりパフォーマンスが良くなりました◎

by wavesll | 2018-12-29 21:07 | Sound Gem | Comments(0)

人間らしさとは? 人間ってナンだ?超AI入門 第12回「働く」


この番組も今回で最終回、2045年ともいわれているシンギュラリティ。どう働き、どう生きるのか?ゲストは哲学者で東大名誉教授の小林康夫さん。

AIは文字革命に匹敵する人類史上の転換点?人間ってこれでおしまいなの?か「新しい人間」に行けるのか?

工業用アームもダイレクトティーチングといって、人間が手で”こうですよ”教えられるサブサンクション・アーキテクチャーという技術。ヒトが入る職場でロボットも働ける。これを開発した人は元MITのロドニー・ブルックスさんで、身体性を重視し、ルンバなんかも開発している。

サブサンクション・アーキテクチャー(包摂アーキテクチャー)。
それまで人工知能では与えられた情報を一か所に集め解析する一極集中が主流だったが、ブルックスは「脚を動かすだけなら脚に任せればいい」「障害物に当たったら脚を上げるなどの反射的な運動」をベースに多段階で構成した方が効率が良いと考えた。世界と知能の間にあるカラダを重視する考え方。

人間のボディに近づくのかというと、人間用に作られている空間では人間と同じような身体のほうが作業しやすい。一方で工場や畑で働くときは人間の大きさや人間の動作を気にすることはないから人間のカタチと関係ないロボットの進化になるという二通りで進んでいる。

産業用ロボットに限らず人工知能を備えたロボットが人間と同じ空間で働くことが現実となっている。今後ディープラーニングによってAIがさらに賢くなった時、ヒトとAI、ヒトとロボットの関係はどう変わるのだろう?

機械は一定の動作をするしかできないので、人間の動作に合わせてロボットの側が動きを変えるのは基本的には出来なかった。ところがディープラーニングの技術と組み合わせて人間がやったのを受け取ってやるとか協調的な動作が出来る可能性がある。

ただ人間の身体の方がスペックが大きいので、人間が出来なかった動作をロボットがやり直すのは技術的には難しいかも。AIは人間の仕事を補完する存在に成り得るが、同僚になるのは…まだ先かも?

働く上でヒトはみな自分の能力を最大限発揮したい。AIが協力すれば潜在能力や直感的な閃きを引き出せるかも。

脳波計で人の感動状態、感情を収集して、その人が感動する曲をつくる試みがある。曲を聴かせて快か不快かを分析、和音進行などと照らし合わせ、オーダーメイドな新曲を作曲できる。将来的にはセラピーというかその場の人の反応に応じて精神的なケアができることを目指す。アスリートが試合前に”こういう精神状態にしたい”というのを援ける音楽。AIは”働く”人間の秘めた能力を引き出すこともできる?

人工知能研究と人間の脳の深いつながり。カナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン教授に話を聴いた。

「長い間脳だけが『知能』のモデルでした。例えば視覚に関して言えば脳はコンピューターより優れていたので脳がどのように感知しているかを知ることが重要でした。知識は経験によって得られるのです。たくさんのものを見ることで認識できるようになります。母親が『あれは牛だ』と一度言うだけで何が牛かを学ぶことができ、その後は母親が名指ししなくても牛を認識できるようになります。それを脳がどうやっているのかまだ正確には分かっていません。

しかし今は脳が『誤差逆伝播(バックプロパゲーション)』のようなことを行っているのではないかと議論されています。『誤差逆伝播』は情報を逆流させて正しい答えを出すために重みを少しづつ変えることを繰り返します。最近まで神経科学者は『このアルゴリズムは複雑すぎて人間の脳ではできない』と言っていました。しかし人工知能でこれが大変うまく機能しているので彼らも人間の脳でも同じことが行われているのではないかと考え始めています。」

AI研究が人間の脳を深く知るヒントに。ディープラーニングで工学的な「やったら上手くいった」発明が増えてきた。工学的なアプローチによる理論を脳に照らし合わせることが起こり始めている。

例えばバックプロパゲーションもニューラルネットワークのスパイク(発火)のタイミングで重みが増したり薄くなったりしているのではという説もある。脳における発火の時間差がAIの重みづけと対応しているという説。

ニューラルネットワークでの「重み」をどう決めているかというと「間違えたこと」を後ろに戻していき誤差逆伝播させてニューロンの太さを変えていく。普通判断は下から上へ行くが、判断が間違ったときは関係を弱め、当たった時は関係を強めることで、組織として正しい判断ができるようになる。

人間の脳では誤差逆伝播の経路は見当たらないのだけれども、時系列を駆使しているという説もある。人間とAI、互いに相手の構造を解明しあっていく?

ディープラーニングの「ディープ」とは?「深い」はなんで重要?
深いの逆は「浅い」。つまり階層が一層しかない。では層が重なって深くなるとなぜいいのか?

人間の組織はなぜ階層構造なのか?
階層が出来る事でまとまりというか統一が出来るから?

一つ目の答えは我々の住む世界が階層的だから。しかし我々の住む世界は本当に階層的なのか?我々の認識によって世界が階層構造のように見えているだけなのでは?階層はあるようにみえているだけで人間の知能が生み出した虚妄?それは人間が言語を学んだことと関係がある?言語が<テキスト→フレーズ→品詞>という階層構造をしていることが大きい。

積み重ねられた特徴量・概念にラベルが対応することが言語。言語が階層的≒人間の見方が階層的。今AIは単なる情報を処理するだけでなく人間でいうコンセプト(概念)まで掴むことが出来つつある。

経済学の父アダム・スミスは社会は労働の分割と言いそこに基礎を置いた。「働く」の意味が変われば世界も変わるのだろうか?

人工知能の一番大きな応用は?そして「人間らしさ」とは何か?
松尾先生の説は『人間の認知・判断が人間にしか付随していなかった。それが切り離されて社会の必要なところに配置されることが起こる。それが意味するものはロボットが色んな作業を上手にやったり今まで人間にしかできないと思っていた作業あるいは判断が次々とAIに出来る様になってくる。』というもの。『AIによって人間の知識が世界に遍在する』。

それが出来た時は人間は働かなくても良くなる。今まで一番大事だったのは生存するために闘争し欲望するのがすべてだったが、AIが理想的に実装されたらそこから解放されるだろう?その時「人間らしさ」は?労働して世界をつくっていくことが人間の最大の定義だったのに、これを全部AIがやってくれたとしたら?そこでは無感情な人間がただただ生存するだけにならないか?そこで「新しい人間らしさ」を獲得するのか?

小林「人間っていうもののディープラーニングを遥かに超えた深さが再発見されないとただやることなくなって”生きてなくてもいいかな、世界は廻ってるし”と意味がなくなってしまう。その時の意味をそこからくみ上げてくるかと言えば自分の存在の深さから汲みあげてくるしかない。そこで人間はもう一回、共感をAIから学ばなければならない。インターフェイスや違ったもの同士が触れ合うとか。ここが瀬戸際。」

松尾「人類は生存のために闘ってきた。こここそが「人間性」では。AIがいくら普及しても人間性は変わらない。AIが普及することによって生産に関する直接的な働きは人間はしなくてよくなると想う。だけれどもそれと関係ないところで人はコミュニティをつくり敵を作り、その中で何らかの形で闘い、仲間と共感し、”部族ごっこ”はずっとやっていく。AIが幾ら普及しても働かなくなることはない。」

人間の認知を超えた世界が開けた時に、どんな光景が広がるか。人間の認知はほんと一部しかみえてないのではないか。AIによって人間は知ることの限界を理解した。もっと未知はある。今こそそこに行くべきだ。










人間における宇宙、人間における歴史の劇的な転換点に今我々は立ち会ってるのだなと。「人間らしさ」が闘争であり働くことであったとして、人間が自分の認知の限界を認識したその先に人類史上かつてなかった未知のフロンティアがあける。わくわくする未来、ドキドキの不安もある未来が拓けて。それは例えば囲碁の棋士が先に到達している世界かもしれません。Artというものが未来を先んじるとして、人間の「深さ」をどう耕すか。来年から始まるというシーズン2も楽しみです。

by wavesll | 2018-12-29 10:52 | 小ネタ | Comments(0)

異郷の電化歌謡の魅惑に憑りつかれる Aşyrgül Täçdurdyýewa, Täşli Tülegenow, Umyt Annameredow, Hojageldi Akmämmedow

Aşyrgül Täçdurdyýewa - Başkany söýme

Täşli Tülegenow - Joş Hojageldi | Toý aýdymy


Umyt Annameredow - Yok araňyzda

Täşli Tülegenow - Işanym, Täç soltan | 2017 (Halk aýdym)


Hojageldi Akmämmedow Balkan toýy


Youtubeはたまに完全に謎な領域へ連れて行ってくれることがありますが、思わぬ鉱脈だったのがこれら一連の流れ。

トルコ語らしい?バルカン?キリル文字も。アーティスト名らしきもので検索しても日本語はおろか英語もあまり見当たらなくて、まさに五里霧中だけれどこのスットコドッコイなソウルが込められている楽曲の魅力は憑りついてくるものがありますね。

今まで聴いた中で一番近いのはOmar Souleymanの電化ダブケだけど、どうもそれとも異なる気もするし。ただイスラム世界の諧調を感じて。アラビア世界はまだまだ掘り甲斐がありまくるなぁと改めて思う暮れとなりました。とりまテシェキュレール、Youtube !!!!!

by wavesll | 2018-12-29 02:16 | Sound Gem | Comments(0)

ルーベンス展@国立西洋美術館 人景、忌際の土気色、烈迫の逞しさ、白き柔肌、獣・モブに至る全方位に優れる筆の画家の王

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2018年最後のアート鑑賞はルーベンス展となりました。
キャッチコピーが「王の画家にして画家の王」でしたが、人景、忌際の土気色、烈迫の逞しさ、白い柔肌、獣・モブに至るまで全方位に優れた筆は画家の王という呼称が誇張に聴こえないハイレベルさでした。

まず初めに出迎えてくれるのがルーベンス作品の模写である≪自画像≫、外交官としても活躍したというルーベンス、聡明な威厳がありました。

そしてこれがみたかった!リヒテンシュタイン侯爵家の宝物、ルーベンスの長女≪クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像≫。ばら色の頬がなんとも可愛らしく耀く目がなんとも賢そう。

ルーベンスは古代の事物からインスピレーションを受けるというか、造形のモデルにしていて≪ティベリウスのカメオ≫の素描なんてものも。

また16世紀に流行った『人間観相学について』/ジョヴァンニ・バッティスタ・デッラ・ボルタの展示なんかも、人の顔を動物との類似から性格診断なんかもしていてなかなか面白かったw

また忌の際の土気色の顔だけはルーベンスが描いたというペーテル・パウル・ルーベンスと工房≪セネカの死≫の隣には2世紀前半の≪偽セネカ像のヘルメ柱≫も展示されてました。

ルーベンス展でまずルーベンスの腕の凄さを感じたのがこの忌際の人々の表情で。≪法悦のマグダラのマリア≫の死を迎える時間の顔、一方で威風堂々とした祈りを発しながら天命を迎える≪聖アンデレの殉教≫の迫力。

死に瀕する時は人生で最も劇的な場面とも言えるかもしれません。そこにはきらめきもあって。輝く光の癒しが描かれている≪天使に治療される聖セバスティアヌス≫の優男ぶりもさることながら、≪キリスト哀悼≫に描かれる女の子の可愛さも印象的で。そこには斑岩の彫刻技法を蘇らせたフランチェスコ・フェッルッチ(通称デル・タッダ)≪瀕死のアレクサンドロス大王(ウフィツィ美術館作品の模作)≫も赤茶と白の二色で彩を添えていました。

ルーベンスが主題としたものにはヘラクレスもあって。獣の画が上手いと評判のスネイデルスにドラゴンを描いてもらった共作のペーテル・パウル・ルーベンスとフランス・スネイデルス≪ヘスペリデスの園で龍と闘うヘラクレス≫も今でいうWネームのコラボな魅力があるし、ルーベンスだけで描いた≪ヘスペリデスの園のヘラクレス≫も輝度が高く今にも動き出しそうな生命感がある筆致で。

そしてルーベンスの魅力は可愛い女性を描くことにも長けていて。≪「噂」に耳を傾けるデイアネイラ≫の白い柔肌。人妻が老人たちにセクハラを強要された場面を描いた≪スザンナと長老たち≫は二作展示。ちょっと固く荒さのある筆致でばらの花が誕生した場面を描いた≪バラの棘に傷つくヴィーナス≫の隣にはルーベンス派の画家が潤柔に描いた≪ネッソスとデイアネイラ≫が。

そしてその同室にはルーベンスが後世に与えた影響のパネルも掲げられていて。その隣にはピエール・オーギュスト・ルノワールがルーベンス作≪神々の会議≫の模写がかけられていて。ルーベンスから印象派にも脈々と美術の遺伝子は伝わっていったのかと感じ入りました。

忌際、柔肌の可愛らしさ、英雄の逞しさについでさらにルーベンスは劇的場面の複合的な陣形構図でも冴えわたる筆致を魅せます。

≪聖ウルスラの殉教≫の群衆の一人一人に込められた感情とデザインとしてのうねる流れの光景、美味しい艶がある筆致の≪サウロの改宗≫でもポーズと配置が全体としての湧きたつ劇的場面な効果を生んでいて。そしてそれの極致が≪パエトンの墜落≫。神の雷にやられる青年とそれをみる女神たちが降り注ぐ光に向かって斜め上へ向かう構図のなんたるドラマティックさか。

この三枚の隣にはルーベンスから大きく影響を受けたルカ・ジョルダーノ≪パトモス島の福音書記者聖ヨハネ≫が。これも構図の動きが良かった。

さらにさらにルーベンスは獣の描写も卓越していて。ペーテル・パウル・ルーベンス?≪聖ゲオルギウスと龍≫の禍々しい龍の獣な筆!ペーテル・パウル・ルーベンスと工房≪ヘラクレスとネメアの獅子≫のグレーのライオンもキャラが立っていて。ルーベンス、死角がない。

またこの部屋に展示されていたピエトロ・ダ・コルトーナ(本名ピエトロ・ベッレッティーニ)≪ゴリアテを殺すダヴィデ≫もパステルに残酷な場面を描いていて好かったです。

いよいよラストの部屋。ここがまた大作が目白押しでした。

≪マルスとレア・シルウィア≫は大小二枚が展示されていて。愛し求めるマルスと、恋焦がれることへの恐れもあるけれど目が潤むレア・シルウィアがなんとも感情が伝わって。そしてプットーのいたずらな笑顔もw

≪ヴィーナス、マルスとキューピッド≫の母乳の与え方には驚愕wそして囚われの父親に母乳を与える娘を描いた≪ローマの慈愛(キモンとペロ)≫も聖性と共になんともコケティッシュさがあって。≪豊饒≫の女神も綺麗でした。

ヤーコブ・ヨルダーンスに帰属、ルーベンスの構図に基づく≪ソドムを去るロトとその家族≫もカラフルな色彩ながら後ろ髪を引かれるロトの表情が印象的で、ルカ・ジョルダーノ≪ヨーロッパの寓意≫も大陸自体を擬人化してしまうというコンセプトが面白かった。

最後を飾る大作が≪エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち≫。白い躰の優美とふくよかさ、蛇の脚をもつ赤ん坊をみつけたのに後ろに描かれる多乳の神像も含め、なんとも明るいエロスをみせつつ女の園が描かれていました。

王の画家にして画家の王。イメージだとルーベンス展って自分は好きだけどそんなに集客はないかなと思ったら結構な人の入りで。日本においてもその魅力が伝導率を高めているのだなぁと。素晴らしき展覧会体験となりました◎

by wavesll | 2018-12-28 15:53 | 展覧会 | Comments(0)

Diana Pequeno - Eterno Como Areia 伯剌西爾の陽光

Diana Pequeno - Eterno Como Areia (1979) - Completo/Full Album

陽だまりのような快さ。ブラジルの音ってなんでこんなにも晴れやかな気持ちにさせてくれるのでしょう。

ブラジル北東部サルヴァドール出身の女性シンガーの本盤、ナチュラルからスーパーナチュラルを感じる様な生の歓びにあふれて。こんな音楽に出逢うと、まことの幸せを教えられるような、とても温かい気持ちになれます。好きだなぁ。

by wavesll | 2018-12-28 01:30 | Sound Gem | Comments(0)

23区唯一の自然島・妙見島 & 浦安魚市場

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葛西と浦安の間にある旧江戸川に浮かぶ23区唯一の島、妙見島へ行ってきました。

鉄筋家族の街
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飲食街には海鮮の店が沢山。
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浦安橋から妙見島へ。猫実という地名が気になる。
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いよいよ上陸。
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地図上には浦安ブリュワリーの文字が。おお!そんなんあるのか!
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島は産廃処理場がほとんど。
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立ちションベン禁止
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対岸のマンションのアルカトラズ感
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海の駅って初めて入った。
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あぶ刑事やウルトラマンタロウとかのロケしてそうな光景。
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妙見神社
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工業の島は鉄工島に通じるインダストリアル感
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浦安橋ブリュワリーは2002年に閉まってしまったらしい。落花生ビール飲みたかった。
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妙見島にもホテルがw
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屋形船屋かな?
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橋の上から
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防潮堤の壁がライカ進撃の巨人
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川の真ん中が県境。妙見島はTOKYO AREA
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浦安の街へ。千葉入り。
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猫実ってネコザネと読むのか。
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ボタニカルな装飾のマンション
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浦安魚市場なんてあるのか
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市場を出るとコリアンタウンな一角が。風情ある。
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なんと…浦安魚市場は今年度いっぱいで閉鎖なのか…。
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浦安駅前の商店街にて
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最後に東西線から妙見島を臨みました。
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by wavesll | 2018-12-26 20:14 | 街角 | Comments(0)

ムンク展@東京都美術館 フィヨルドの輝きが産んだ透徹した人と自然の光

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ムンク展ー共鳴する魂の叫びを東京都美術館にてみてきました。

案外あっさりしている、というかムンクは鬱屈がどろどろの人というより素直に自然状況を顕した人に感じました。北欧のフィヨルドの光の輝きが彼の芸術をきらめかせたように想って。彼のイメージが変わった展覧会でした。

会場に入るとまず自画像の部。≪地獄の自画像≫のように”いわゆるムンク”な大きな影に焔が盛る画もありながら≪青空を背にした自画像≫≪スペイン風邪の後の自画像≫≪家壁の前の自画像≫のように明るい色彩のものがあったり≪硝子のベランダの自画像≫のように老年に達した姿も観れて。

1882年の≪自画像≫は非常にハンサム。≪ソファに座るクリスチャン・ムンク≫に描かれた父上の姿は壮年を迎えたムンクにそっくりで、母≪ラウラ・ムンク≫や母上の妹さんの≪カーレン・ビョルスタ≫の絵も。そして春の陽射しと亡骸を対比させた≪死と春≫に、まるで児童書の絵のような≪死せる母とその子≫、なんともいえない表情の≪臨終の床≫、さらには早逝した姉ソフィエを描いた≪病める子≫≪病める子I≫は市が近い少女の哀しい美しさがあって。

家族の肖像の他、社交で出逢った人物たちもムンクは描いていて。≪クリスチャニアのボヘミアンたちII≫・≪ハンス・イェーゲルI≫・≪アウグスト・ストリンドベリ≫・≪ステファヌ・マラルメ≫・≪グラン・カフェのヘンリック・イプセン≫なども。ムンクも魅了されたヴァイオリニスタ≪ブローチ、エヴァ・ムドッチ≫の緑の黒髪はまるでオーラのように波打っていました。

第三部は『夏の夜』。ムンクが度々訪れた人妻との初恋の想い出の地、オースゴールストランの光景を中心に。

妹を描いた≪夏の夜、渚のインゲル≫の明るさ。一方で紫に光景を染め上げる男の憂鬱を描いた≪メランコリー≫とそのシリーズ的な≪渚の青年たち(リンデ・フリーズ)≫、この地特有の丸みを帯びた岩が白い女性たちとの透明な効果を生んでいる≪夏の夜、人魚≫、女性の服の色での比喩表現な≪赤と白≫。

そして≪夏の夜、声≫はこの展覧会全体を通しても異色な、何か禍々しい古代さを感じる様なシャーマニックな画。≪星空の下で≫もどこか魔女のような存在が女性を抱きしめる図。

≪浜辺にいる二人の女≫、≪二人、孤独な人たち≫、≪神秘の浜辺≫、≪浜辺を背にした女の顔≫、≪渚の若い女≫という渚での光景を描いた作品群は組み合わされて配置され展示されていて。

そして…いよいよ≪叫び≫。これは『生命のフリーズ』シリーズの一環で、フリーズとは建築の装飾のこと。空と山、湖がうねり、ぐねり、その大自然の叫びに射抜かれた人物もぐねっている。ベルリンでのムンク展打ち切りの衝撃もあって彼がみた心象風景が描かれた作品ですが、実際に北欧では真珠母雲という自然現象があるそうです。叫びは現在4枚あり、この作品は1910年に描かれた黒目のないテンペラ・油彩のもの。

≪叫び≫の横には≪不安≫≪絶望≫が展示されていて。うねる空が共有されていました。

ムンクは同じ主題で何枚も絵画を制作していて、≪マドンナ≫もその一つ。ダグニー・ユールの肢体を描いた美しく怪しい魅力を持つ女性画ですが、特に精子を枠にあしらった色味のあるVerはこの展覧会一好きでした。

また≪接吻≫シリーズも幾枚も描かれて。最初ホテルの一室でカーテン越しの外の景色もみえながらのキスだったのが≪月明かり、浜辺の接吻≫では水辺で、そして油彩≪接吻≫では一つに融け合って。≪接吻IV≫では一体の図像に。銅版も展示されていました。

≪吸血鬼≫シリーズも幾枚も掛かれたモチーフ。どこかアマゾンを感じさせる赤髪の女性が首筋にかみついている図。版木や≪石板(マドンナ、吸血鬼II)≫というマテリアルも展示されていました。

ムンクは男女の愛憎も描きました。≪嫉妬≫で描かれる男の虚無な表情、≪「可愛い娘のところへ」≫の風俗嬢?の情愛な表情、≪クピドとプシュケ≫そしてトゥラ・ラーセンとの痴情のもつれから銃により指を失う様を描いた≪マラーの死≫の壮絶なタッチ。≪すすり泣く裸婦≫の淫靡さ。

そして≪芸術家とモデル≫で描かれる女性の格好よさは非常に現代的に感じて。≪灰≫ではキリスト教で罪を顕わすとされる赤毛の女が描かれ、≪生命のダンス≫では服の色で恋愛の状況を表して。

ベルリン分離派展からムンクは人気が出て肖像画の仕事が増えます。けれどアルコールで精神を崩し、精神科へ。これらの時期に描かれた肖像画も展示してありました。

妹から依頼を受け死後に描いた≪フリードリヒ・ニーチェ≫は≪叫び≫のような背景。妹さんの≪エリーザベト・フェルスター=ニーチェ≫の画もありました。かかっていた医師の≪ダニエル・ヤコブソン≫は立派に描かれながらも脚がキリスト教で悪いとされている馬の脚で。≪緑色の服を着たインゲボルグ≫はドレスと背景の緑が美しく、≪青いエプロンをつけた二人の少女≫は赤と青の服と帽子が可愛かった。

ムンクが画く北欧の光景も美しくて。≪並木道の新雪≫は妖しい美。≪黄色い丸太≫も色鮮やかで。≪疾走する馬≫の映像的な迫力!

≪太陽≫はクリスチャニア大学に飾る壁画の画で、フィヨルドに耀く光が顕わされて。≪真夏≫や≪水浴する岩の上の男たち≫も明るい楽しさが伝わってきました。

晩年ムンクは目を病み、そこから回復すると平面的で明るい画風へ変わっていきました。

≪二人、孤独な人たち≫≪浜辺にいる二人の女≫のどこかファンタジックな雰囲気の人物画。≪夜の彷徨者≫はストレンジャーと言った感じでかっこいい。≪星月夜≫はムンクの家の玄関からの景色だそうです。

≪狂った視覚≫の赤黒い塊は病から実際に見えていたもので、ムンクは抽象画は描かなかったそうです。≪庭のリンゴの樹≫はゴッホっぽい感じ。≪皿にのった鱈の頭と自画像≫も爽やかな色味で、≪東屋の傍の自画像≫には秋風も。そして≪自画像、時計とベッドの間≫はムンクが子供たちと読んだ彼の絵画たちに囲まれる晩年の姿が描かれていました。

もう十年以上前にみたムンク展では死の影が色濃い印象を強く持ったのですが、今回の展覧会では暗いだけでない、北欧の光がもたらしたムンクの絵画たちをみれたのが収穫でした。二回目の回顧展もまた新しい悦びがありますね。

by wavesll | 2018-12-26 05:26 | 展覧会 | Comments(0)