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舞台『海辺のカフカ』@赤坂ACTシアター 今まさに世界と対峙する物語・狂気に巻き込まれずタフになることの寓話


赤坂ACTシアターにて蜷川幸雄の『海辺のカフカ』をみてきました。
2F席後方からの観劇で、寺島しのぶ等の表情は掴めずとも、演者たちの演技には物語が息づいていて、原作は大学時代にむさぼるように読んだのですが、今回蜷川さんが非常に理解しやすく整理し魅せてくれたおかげで”こんな話だったのか”と大きな感動を受けました。

父親と、そして学校での軋轢を抱えた田村カフカ少年は、世界でいちばんタフな15歳になるために、そして損なわれないように四国・高松へ旅に出る。

一方で戦時中にある事件から知的障害を負った中田さんという老人は、ネコと話せネコ探しを仕事にしているのだが、ジョニー・ウォーカーという猫殺しの男と邂逅する。

文学として村上春樹の小説は軽く扱われることも多いですが、これを文学と言わずしてなんと言うのでしょう。母の愛の喪失、自分の影/半身の喪失、人間性の喪失、そして殺人。性愛の描写も、例えば15歳のリアルとしてのマスターベーションや、オイディプスをはじめとしたギリシア悲劇の要素、風俗描写は照れ隠しか突飛なキャラがアンリ・ベルクソンやヘーゲルを語る。そして(ここの描写は唯一記憶に残っていた)はじまりの石の異界空間。

蜷川さんは移動するガラスケースのセットという仕掛けでこの幻想と現実を抉る物語を見事に演劇化してみせました。

このジョニー・ウォーカーというキャラ、さらにはカフカ少年は酒鬼薔薇をモチーフにしているのは想像に難くありません。三島の『金閣寺』でもそうですが、現実に起きた犯罪というのは作家に”あれはどういう流れで起きたのだろう”と熟考させる契機となります。

優れた警察小説を書いた高村薫は酒鬼薔薇事件に「ついていけない」と語っていました。その闇への考察を村上春樹は本作において行ったのだと思います。無論、その後『絶歌』で馬脚を現したように、酒鬼薔薇は実に矮小な人間であったのですが…。

この劇を見ながら強く思っていたのは、”狂気に巻き込まれてはいけない”ということ。もっと具体的に言うとジョニー・ウォーカーの迷宮のような希死念慮に、思わず登戸の事件を想ってしまったのでした。

中田さんのキャラクターが秀逸なのは、現在(2002年)と戦時中をつなぐキャラだということ。戦争が何故恐ろしいかと言えば、本当に善良な人も、家族が殺されたりする中で人間性を失っていってしまうこと。それはヒトラーの狂気に巻き込まれ、官僚的に冷血の事態を巻き起こしたアドルフ・アイヒマンもそうです。ハンナ・アーレントはアイヒマンの裁判から彼の陳腐さ・矮小さを知りますが、「ひとりで死ねとは言わないで」に大きな異論が勃興したように、こうした「犯罪者への理解」はいつの世も瀬戸際な論考となりますね。

マルクス・アウレリウスは『自省録』の中で「最大の復讐は、相手と同じにならないことだ」と書いています。或いはニュージーランドの首相はテロ犯に対して「彼を徹底的に無名のままにする」と声明を発表しました。はじまりの石で開かれた森にいた2人のように、戦争から脱走することは、覚悟と犠牲はあっても、決して否定的に『海辺のカフカ』では描かれていません。狂気には向き合うのではなく、巻き込まれないことが肝要である、と。 

また性同一性障害などを2002年の段階で取り上げていたのは改めて時代の先をいっていたのだなと思います。セクシュアリティは本書においても重要なテーマで、あの黒いカラスはただのイマジナリーフレンドでなく、サエキさんの焦がれたカフカだったのだなと。プラトンの昔には男男、男女、女女と両躰あった精神存在が、神によって分割され、人間は己の半身を探すようになった。

メイン・テーマのOK COMPUTER / KID A的なエレクトロニカに、学生運動の頃のフォーク、そして戦前歌と音楽が射し表わす時代の空気に載せて己の根源的な片割れ探しの旅路は、本当に不可思議な世界を垣間見つつ、カフカ少年は再び旅という異界から戻ることを選択するラストへ、3h20mがあっという間でした。

蜷川幸雄という希代の演劇人によって、立体的に生気が物語に通い、本当に伝導率の高い、貴い時間を過ごすことが出来ました。素晴らしかったです。三回目のカーテンコールで寺島さんが蜷川さんの写真と共に現れたのには胸が熱くなりました。

by wavesll | 2019-05-31 02:35 | 舞台 | Comments(0)

吉岡徳仁 ガラスの茶室 - 光庵 at 国立新美術館

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cf. 吉岡徳仁 / スペクトル at 資生堂ギャラリー

by wavesll | 2019-05-30 20:20 | 展覧会 | Comments(0)

『三毒史』への椎名林檎ソロ再始動以降のDisc史 『日出処』『三文ゴシップ』『逆輸入~港湾局&航空局~』

椎名林檎の『三毒史』に今完全に弩嵌りしてしまった處で”思えばリアルタイムに椎名林檎のアルバムに触れたのも久方ぶり、『平成風俗』までは一昨年聴き進めたけれど、これを機に聴いてみるか、今は林檎もサブスク解禁しているし”と今夜は林檎のアルバム群に浸っていました。

まず初めに聴いたのが5年前の前作『日出処』。初期林檎に弩嵌りし、その後離れた人間として、「NIPPON」がどうも面白くなくて今まで食指が動くまでの閾値を超えるのがなかなか無かったのですが、今聴くと良い作品で。出だしの「静かなる逆襲」は初期のデモ曲「果物の部屋」を想わせるし「走れゎナンバー」のフルートや「ちちんぷいぷい」のドゥダメルのマンボ並みの掛け声にはニヤリとさせられるし、「ありきたりな女」「孤独のあかつき」は純粋にいい歌だし、電子的に加工したVoの「孤独のあかつき」からの「NIPPON」は凄くいい流れ。そして「カーネーション」「ありあまる富」なんかは新しい境地とシンプルに強度のある力ある歌と想わされました。

そこから更に5年遡って『三文ゴシップ』。こーれが凄く今の自分には響いて。リリース当時「流行」に乗り切れず聞かず嫌いだったアルバムで今聴いても「流行」はそこまででもなかったのですが、『三毒史』でのデュエットでの魁とも言えるし「まやかし優男」から同じくMummy-Dとのデュエットの「尖った手口」の繋ぎは本作のハイライトでもあり、その他も「密偵物語」とかかなりの名曲でその他もスウィングの効いたオーケストレーションが快い佳曲揃い。そして最後は「丸の内サディスティック」のEXPOライヴverも。

本作『三文ゴシップ』の発売当時は『無罪』『勝訴』ファンなんかは「ロックでなくなり切実な焦燥感が失われた」と想った人も多かったと思いますし、私自身もそうでした。が、リリースの2009年から10年、私自身も当時30歳だった林檎の年をとうに超えていてそれなりに大人しくなったというのもあって、このまろやかな音像が肌に合うのもそうなのですが、それ以上にこの十年で音楽をめぐる環境とシーンが変わったことがリスニング体験を変えたと思います。

それはアルバムで強烈に爪痕を刻むというよりもサブスクリプションのPlaylistでアラカルトで聴く、あるいはBGM的にだらっとかけっぱにするというリスニングスタイル。主に洋楽で強烈なメロディが影を潜めたのもありながら、このサブスクマナーは数年前に激賞されたサニーデイサービスの『Popcorn Ballads』やVampire Weekendの新作『Father of the Bride』においても顕然しているし、現在丁度Spotifyで『三文ゴシップ』を聴くという体験で、このアルバムの真価が今再び着目されるのではないかなんて思いました。

さて、オリジナルアルバムは以上なのですが、『三毒史』までの間にB面ベスト、ライヴベスト、そしてセルフカヴァーアルバムとトリビュート盤が出ています。そこでセルフカヴァー盤『逆輸入』の二作を聴きました。

ここでセルフカヴァーされているのは初期のともさかりえ等への提供曲から最近の「カルテット」への「おとなの掟」まで。改めて聴くと、椎名林檎のポップセンスが爆発していて。

三十路としての素肌を曝した『三文ゴシップ』のまっさらさから、徐々にPOP/ROCKシーンでギアを上げていく過程で『逆輸入~港湾局~』と『逆輸入~航空局~』はいい意味でのターボとなっている感がありました。

他者への楽曲提供やプロデュース業というのは、己の身体性・キャラクター性から自由になり、新たな體と人生を依り代に音楽を発揮できる仕事。それは寧ろ作家の作家性をさらに顕現させる面白みがあると想います。

そしてそのセルフカヴァーをホップステップとすることで、自分の曲を愛する男たちに当て書きで提供しながら自分自身も共に歌うという『三毒史』の形態に跳躍したのではないかと感じました。

様々な経験を積んで、エンジンの馬力が進化したメルセデスの高級車で、『加爾基』の頃並のスピードを出すと高速に於いても制動性を保ちながら走行を成すことが出来る。『三毒史』はそんなアルバムなのだと想って。林檎は初期の虐待グリコゲンの頃からセッション・ケミストリーの人。最高に化学反応できる素材を手に入れたことで最高のエクスプロージョンが『三毒史』に結実したのだと感じ入りました。

by wavesll | 2019-05-30 01:00 | Sound Gem | Comments(0)

ZELDA - 時折の色彩 -JPN EightiesのO-Parts

ZELDA - 時折の色彩 Foolish Goer

田渕ひさ子がSonar Musicで「こんなガールズバンドがいた」と紹介していたZELDA. Wikipediaをみると1979年から1996年まで活動した日本のガールズバンドの草分けで、ベースでリーダーの小嶋さちほはボ・ガンボスのどんとと結婚してズットズレテルズのラキタのお母さんでした。

さて、この「時折の色彩」がとにかく素晴らしい。この古代の機械神殿って感じのサウンド、平沢進戸川純にも通じスウィートスポットを刺激してきます。こういう味って、今の高精細になった環境では逆に難しいというか、あの頃ならではの音と言うか(その当時においての複雑な)今聴くと簡潔さのあるEmotionalな音楽だなぁと想います。

ただ、Vaporwave/Future Funkからのシティポップ熱勃興からこっち、昨年雅楽アンサンブルを引き連れWWW Xで壮絶なライヴをしたTim Heckerが『anoyo』という雅楽と電子音楽の妖玄な名盤を出し、それこそTyler the creatorが山下達郎をサンプリングし全米No.1になるなど日ノ本の音文化がDigられているので、ZELDAなんかの感覚を外人にやられる前にガコっと今に表わすのはありかも。ただそれを今一番体現しているのは核P-Modelかもしれませんね。オリジネイター・強し◎

それならともう一案で、
Mariah - うたかたの日々 (1983) :神秘的で東洋と最前線性をもたらす名盤
ここら辺の(私的名づけで)オルタナ邦80sな音たちもまだ手垢のついてない辺りだと思います。もう80年代もほぼ40年前ですから、歴史の一部として鉱脈化してますよね。個人的には上の辺りには去年嵌ったのですが、まだこの界隈は掘り甲斐がありそうに感じます。今再びのEighties.

by wavesll | 2019-05-29 01:35 | Sound Gem | Comments(0)

椎名林檎『三毒史』傑作を黒酢もろみロックで 第161回酒と小皿と音楽婚礼

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『三毒史』、CD買いに行く前に待ちきれずSpotifyで聴いてしまいました。発売を待ち構えるアルバムなんかいつぶりだろう?椎名林檎は私にとっては特別なアーティストで、中高生の時からどっぷり林檎病促進剤21錠やってて。「幸福論」から今日で21年か。けれど「真夜中は純潔」あたりから段々ズレ、疎になって。そこからまた林檎女史に相まみえたのは年を重ね今解る『平成風俗 大吟醸』の良さ:あの時は気付けなかった。俺はずっと椎名林檎を追駆けてるのかもしれない。というエントリに書きました。

ソロ活動を本格再開してからも基本的には遠巻きに見ていたのですが、リアルタイムのリリースに”やっばいな”と想わされたのが「長く短い祭」。この曲、ヴォコーダーを使うということ自体は新味はないですが、単純に(ヴォコーダーの効果も含めて)楽曲として物凄く良くないですか?胸にエモく迫るこのメロディにやられて。この年辺りから毎年の紅白の名物となる林檎Showも「繰り返される諸行は無常」に心臓を時めかされました。

その後に続くデュエット路線も、ほんと出すもの出すもの凄くて。そして満を持してのフルアルバム。これは十二分に受け止めねばいかんでしょと。

アルバムの始まりは『三毒(貪・瞋・癡)』という仏教的アルバム・テーマな世界観を象徴する「鶏と蛇と豚」。これがほんと『加爾基』を想起させるような”おおおおおおお!”と来る、”いよいよ本性本意気かけてあれを越えてくるか”と期待させる楽曲で。

そこから間髪入れずに「獣ゆく細道」。この曲最初聴いたときも凄いと思ったけどスルメでもあって聴くほどに凄ぇなぁ。このアルバム曲の繋ぎが最高で、全長も短いですが、ほんとあっちゅうまに聴けます。そこから可愛らしい「マ・シェリ」。この曲も良かったしもう一つの可愛らしい(ガッテンでおなじみの)「ジユーダム」がアルバムで聴くと意外にも凄く良くて。「ジユーダム」の肝はギターの唸りで、TVでは分かりづらいのかも。ここら辺はSuchmosの「VOLT-AGE」とも同じかも。

そして何しろ凄いのが櫻井敦司との「駆け落ち者」。林檎はファンクラブに入るほどBUCK-TICK好きらしいですがこのメタリックなインダストリアル音!ここ数年でヘヴィメタルがガンガン刺さってきてDownload Festまで行っちまった人間としては”こぉーれはいいぜ!!!”とwこれまじ最高だった!

一方で「どん底まで」と「至上の人生」はオーソドックスなロックナンバー過ぎて少しばかり刺激の足りなさを感じたりもしました。またそれと比べたらかなり面白いけれどデュエット曲だと「神様、仏様」と「急がば回れ」はそこまででもなかった、というかここら辺はスルメ曲なのかも。それこそこの「どん底まで」と「至上の人生」をビリー・アイリッシュやソランジュのようなスロウで静かなエッセンスの楽曲にするとぐっとなった気もしますが、不惑の人間がトレンドだけを追っかけるのもそれはそれで違うかもですしね。「TOKYO」は林檎的爵士揺滾のハイアヴェレージっぷりを魅せられた感じ。「長く短い祭」は今聴くとかなりラテン・テイスト入れてるんだなと。

そして個人的には一番心に響いたのが「目抜き通り」。前回のアルバムから5年。様々な色の楽曲をどう纏めるのかと思っていたのですが、ものの見事に編みましたね。この楽曲も冒頭でダークなフランス語?の語りから入るというアレンジで、本盤の中で本道を担って。そして「本番さショウタイム、終わらない 嗚呼生きてる間ずっと」という歌詞がなんとも沁みて。”そうだよな、今という時を、リハーサルでも仮でもなく本番としてずっと生き抜かなきゃな”ととても心がぎゅっとしたのでした。

そして最後は「あの世の門」。ブルガリアの女声合唱をコーラスに起用したラスト・ソングで。ワールドミュージック好きとしては”いいねぇ”なんて想うのですが、欲を言えばさらに捻って、男声とのデュエットというコンセプトからサカルトベロ(ジョージア/グルジア)の男声合唱コルシカの男声合唱を起用したらもっとバリヤバなことになったのではなんて思いました。

が、男性とのデュエットは一曲置きであったり、向井秀徳以外は午年で合わせたりとか別軸のこだわりがあったのだと知り、最後はブルガリアン・ポリフォニーになったのは良かったのかもなと。「鶏蛇豚」のお経もチベットの聲明でもベターかなと想ったりもしますが、林檎のアルバムってパブリックイメージとは異なり実際に聴いてみると思った以上に軽やかだったりするのです。そのリミッターを外して複雑さを極めたのが『加爾基』で、『三毒史』はそれを越えてくるかなと「鶏蛇豚」聴いたときは思ったのですが、寧ろ今回聞いて”あぁ、風通しが良いってことなのかもしれない”とも想いました。また超絶複雑重厚な奴も聴きたいけれど。

さて、(この部分もはや蛇足っぽいけど拘りで)これに合わせる飲み物として最近嵌っているもろみ黒酢のロックを。これ、美味いっす。甘みがあって酸味があって、ちょっと梅酒的にも飲める奴で。『三毒史』のサウンドともあって良い食前酒となりました。

林檎の音楽と共に(そして時に疎遠に)人生を歩めるのは平成・令和という同時代の有難みだなぁと想います。いい盤を、ありがとう、林檎嬢。

by wavesll | 2019-05-27 21:29 | La Musique Mariage | Comments(0)

ງານບຸນລາວປີ (ラオフェス) 2019

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ラオフェスへ代々木公園に行ってきました。代々木公園系のフェスだとタイフェスみたいに激混みのイメージがある方もいられると思います。まぁ混んでるのも楽しいですがラオフェスは座ろうと思えば座れるし、パレードが場内を練り歩けるくらいの丁度いい抜け感で。

今年のラオフェスでの出逢いはLAODIというラム酒でした。日本の人が手掛けるラムで、3種類くらい試飲させていただいたのですがどれもすっごく美味しくて常飲したいレベル。梅を漬けたなんて変わり種ラムもあったり。こういうセレンディピティがあるから代々木公園フェス通いは楽しい◎また来年も来よう。そしてサンプラザ中野くんとパッパラー河合のライヴを来年も聴こう◎

by wavesll | 2019-05-26 22:15 | 街角 | Comments(0)

HADOを歌舞伎町でやってきた!

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気になっていたARゲーム、HADOをやらないかと誘いがあって、歌舞伎町のVREX新宿にてやってきました。

HADOはエネルギー弾を使ってのドッヂボール的対戦ゲーム。

ゲームを始める前に頭にゴーグル、そして利き手の手首にスマホ的ギアを付けて。まず手首のギアで6pointのステータスを「波動弾のスピード」「波動弾の大きさ」「エネルギーチャージ速度」「シールドの強度」に振り分けます。

そしてゲームスタート。腕を上にすると波動弾のエネルギーチャージバーが溜まって行き、そこからダーツを投げるように手を振り下ろすと波動弾が打てます。チャージバーが最大だと五連発打てます。

そして「シールド」というバリアも出せて。これは波動弾を防ぐもので、ステータスPoint次第で強度が決まるのですが、腕を下にするとサークルにゲージが溜まり、円に成ると1ゲーム中3枚まで発動できます。

この店では1VS1か2VS2でのゲームが出来たのですが、このステータスの振り分けが結構ゲーム性があって。2人だから片方を防御ステータス振りにして2人でシールドの後ろに隠れて波動弾を打ちまくるとか。

波動弾の大きさはダメージの大きさというより当たり判定への影響なので、波動弾の大きさより波動のスピードとエネルギーチャージにステータスを振って連撃でシールド等を簡単に破壊したりとか、戦略はまだまだありそう。

1ゲーム80秒X2。2VS2で2回、1VS1で1回プレイ(大体1ゲーム700円)したのですがほんとやればやるほど”もっとこうしよう、次はこう戦おう”とアイディアが湧いて。最後の1VS1では動きまくって波動弾を避け捲る戦法に出て、ARゲーなのに軽く息が上がってw

HADO、案外出オチでない、ゲーム性のあるe-Sportsでした。VREXは渋谷・宮益坂などにもあり、他にもゲームセンターでHADOを遊べるところがあったりするとか。CPUとの対戦もできるそうで、場所によっては3VS3も出来るそう。気になった方はぜひ要チェキラ!!!

by wavesll | 2019-05-26 05:16 | 小ネタ | Comments(0)

これからの麺カタコッテリの話をしよう&ホルモン2号店 X セブンプレミアム 六角家 家系豚骨醤油まぜそば 第160回酒と小皿と音楽婚礼

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マキシマムザホルモンをしっかり聞き始めたのはお恥ずかしいことに最近で。新宿タワレコで「これからの麺カタコッテリの話をしよう」を聴いて”え?こんな凄かったの?”と。

で、たまたま気になっていたVIVA LA ROCKでホルモン2号店のお披露目があると聴いて。そこからYoutube番組「ガチンコ ザ ホルモン」でそのオーディションの光景がありありと流れていて。今はアイドルなんかでは主流で、昔は『あしたのジョー』で言われたような”バックストーリーで魅せる方法論”をバンドで、それも雷波少年的でなくガチンコベースでやるとは。想いが心に刺さりまくる。すっごいはこのプロジェクトは。

で、「これからの麺カタコッテリの話をしよう」、Youtubeで字幕付きで聴くとこーれがまた凄い衝撃でw昔の人間だと「輪廻ハイライト」とかB-DASHとか空耳な楽曲ってありますが、なんというかバリハードコアで、しかも超楽しい。一気に嵌ってしまいました。

”こーれはこれ聴きながらジャンクな麺喰いたい”と想っているところにセブンで売っていたのは家系の元祖の一つ、六角家のブランドのまぜそばが売ってました。六角家、もう六角橋の店は閉店してしまって、今は戸塚はあるのかな?カップ麺で伝説復活かと買って、聴きながら食ったのです。

そしたら麺が進む進むw!やっぱりこういう音はがっつり麺に油に合う合う合う!さらに言うと六角家って臭くて凄かったのですが、なんというかちょっと味がしゅっとしてて。これはDANGER DEERというDJを入れてNEW BRANDとして打ち出したホルモン2号店にも通じるものがあるなと。

私自身も健康診断でアレな結果が出そうな腹なので、六角家まぜそば喰った後はドロドロの野菜ジュース流し込んで遅めの昼と相成りましたw

by wavesll | 2019-05-25 14:05 | La Musique Mariage | Comments(0)

HOCHONO HOUSE サイン色紙 @ 渋谷タワレコ

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『HOSONO HOUSE』、細野さんの音楽のセンスはいかしすぎていて。『HOSONO HOUSE』の音像も今でも若手にリバイバルされる色褪せない歌心ですが、最新のHOSONOが最高のHOSONOって感じ。かっちょよかったです。最新型のヒップな匠って感じ。イマどんな音が格好いいか理解がゆき通った楽曲群にわくわくさせられました。
by wavesll | 2019-05-25 06:00 | Sound Gem | Comments(0)

ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち@パナソニック汐留美術館 ファム・ファタール幻想

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国立西洋美術館などで目にして、その幻想的な古代の美しさが印象的な筆致だと思っていたギュスターヴ・モローの展覧会がパナソニック汐留美術館で開かれていると聴き、馳せ参じました。

会場に入るとすぐにあるのは≪24歳の自画像≫、なかなかの美男。しかしモローは生涯独身だったそうです。けれども母の≪ポーリーヌ・モロー≫と十歳年下の≪アレクサンドリーヌ・デュルー≫という清廉な女性二人と想いあいながらずっと暮らしていたようです。≪雲の上を歩く翼のあるアレクサンドリーヌ・デュルーとギュスターヴ・モロー≫はなんというかメルヘンな漫画のような愛らしさ。

ゆえに二人の死別はモローにショックをもたらしたのは想像に難くありません。母に次いでアレクサンドリーヌの死の後に描かれた≪パルクと死の天使≫は闇に連れ出す黒の天使の、馬に跨る姿が強烈な色彩で画かれていました。

実生活では修道女のような女性を愛したモローでしたが、一方、彼の作品には妖艶で時に狂気を孕み、男を狂わせ堕としていくファム・ファタール(宿命の女)が数多画かれます。

中でも舞踏の褒美に聖ヨハネの首を求めたサロメは彼にとって特別なモチーフとなりました。

オリエンタルな風合いも感じさせる≪洗礼者聖ヨハネの斬首≫の描写に、闇に照らされる≪踊るサロメ≫、アブストラクトな筆致の≪サロメ≫、中央アジアのような衣装を纏った闇の聖女のような≪サロメ≫

そして彼の画の中でもとりわけ鮮烈な印象を与えるのが≪出現≫。聖ヨハネの頭が宙に浮かび、それを攻撃的な目線の裸のサロメが指さす。お互い死体のような肌色。

この≪出現≫、未だ未完成なのか、背景の建築の構造が線画だけで画かれたりしているのですが、逆にその透過した感覚がアストラルな存在感を持っていたり、ちょっと仏画的な幽体的ストラクチャーを感じました。この超攻性な女性像は、従来母にそそのかされた存在として描かれるサロメに、凶暴な魅惑を与えていました。

この他にも幾何学なデザインの衣服の<≪踊るサロメ(刺青のサロメ)≫のための習作>や燃えるような紅の≪サロメ≫、白く繊細で脆い美少女な≪サロメ≫、一癖も二癖もある悪女な≪サロメ≫等々々、何枚もの絵画が本展にもありました。

さて、モローはサロメの他にも様々なファム・ファタルを描いています。

トロイア戦争の発端となった≪トロイアの城壁に立つヘレネ≫、≪ヘレネ≫はヴィーナスのように美しい。またローマ皇帝クラディウスの皇妃でありながら若い男をたぶらかす≪メッサリーナ≫、色黒で性的に蠱惑する≪デリラ≫、獣体の化け物の美女が迫る≪オイディプスとスフィンクス≫に闇の中の獣な≪スフィンクス≫、バッコスの巫女に八つ裂きに殺された様の≪死せるオルフェウス≫。

ちょっと菩薩的な母性を感じさせる≪メディアとイアソン≫、天使の青い翼が印象的な、英雄を奴隷として買い愛人とした≪ヘラクレスとオンファレ≫

また船乗りをその魅力的な歌声で惑わせる妖、セイレーンも印象的でした。三姉妹なキャッツアイ感のある≪セイレーン≫に逢魔が時な風景の≪セイレーン≫、そしてピンクと青の発色がなんともファンタスティックな≪セイレーンと詩人≫は素晴らしかった。

モローは、現実の女性と対等の関係性や時に衝突しながら所帯じみた「日常の折衝」を持てなかったのか、彼が画く女性に対する男の存在には逆に圧倒的な強者としての接し方が描かれていたようにみえました。

白鳥に変身したゼウスと接吻をする≪レダ≫。もっと直接的に白鳥とまぐわっている≪レダ≫も。また宵闇に霹靂が走る怖さのある≪セメレ≫。イスラエル王ダヴィデが欲情し犯す≪バテシバ≫、巨人ポリュフェモスがニンフを横恋慕し恋人を殺した≪ガラティア≫、牡牛のゼウスが拐う≪エウロペの誘拐≫、ケンタウロスのネッソスがヘラクレスの妻を襲う≪デラネイア≫は大理石の彫像のような描き方でした。

またボーズオブカナダのジャケのような幻想的な光に包まれた室内を描いた≪クレオパトラ≫に黒い天女のような≪サッフォー≫はこれもまた東洋的な感覚も。一方≪エヴァ≫にはしっかりした肉体と意志ある眼の輝きがあり、男は儚く描かれたりしていました。

そして最後の間では処女にしか懐かない一角獣などの一連の作品群。

華やかに展開される欧州さとオリエンタルさが高次にエキゾチックでエレガントな≪一角獣≫、ヘンリーダーガー的なコラージュ感も思わせる≪一角獣と女性≫、落ち着いた女性といきり立つ一角獣との対比が強烈な≪一角獣≫≪妖精とグリフォン≫は真っ白な可愛らしい女性とペットのようなグリフォンが洞窟?にいる図。

そしてパナソニック汐留美術館と言えばルオー・ルーム。ジョルジュ・ルオーはアンリ・マティスなどと共にモローから絵を学んでいて、モロー美術館の初代館長でもあるつながりが。

ジョルジュ・ルオー≪秋の夜景≫などの色遣いにも影響があったとして映像で紹介されていたギュスターヴ・モロー≪ユピテルとセメレ≫の南米な緑の華やかさは最後の最後でまだまだ知らない一面がモローという画家の仕事にはあるのだという未知さを感じさせました。

この展覧会、なんと千円でさくっとみれます。なかなか良かったです。6/23まで。

by wavesll | 2019-05-23 18:03 | 展覧会 | Comments(0)