Doctor Zhivago - Lara's Theme (1965) (Stereo / HD)

『ドクトル・ジバゴ』を観ました
てっきりロシア映画かと想ったら原作はソ連の作家ボリス・パステルナークの1957年発表の小説なのですがアメリカやイタリアの合作で、台詞が英語で。これにはちょっと肩透かしというか、グローバル音楽好きとしてはその国の言語の発音で劇がみたかったところもあって少しがっかり
ただ内容は怒涛の大長編。200分もの映画だとやはり歴史と人生が描けますね。
主人公のジバゴは医学の道を歩みながらもフランスの新聞に自作の詩が乗るような文学人。もう一人の主人公と言えるラーラは17歳の少女。この美しいラーラを手籠めにしようとするのが母のパトロンオジとまぁここら辺は映画を観て欲しいのですが、女性が貧乏でも理想ある若い恋人よりも財力とオジとの性技の虜になったり、或いは本当に心から愛してくれる人がいても別の人に惹かれ過ちを犯したり、出会うタイミングもそうですが、帝政ロシア~内戦の、富裕層の没落も含めた激動の時代に巻き込まれながら「人生のままならなさ」が映し出されていました。今となってはあるあるの熱い展開も好かった
そしてこの映画に興味を持ったのは、ベンジーがBlankey Jet City解散後に組んだJUDEのアルバムで『ZHIVAGO』ってのがあったのです。
で、聴いてみると、これすご!
上にYoutubeは載せているのですが、このアルバムはベンジーのギターの出音が命なところがあるのでApple Musicとかで聴いてほしいです!
正直なところを言うと、オンタイムではそんなに惹かれなかったのでした。それはあまりにもブランキーが鮮烈でその幻影をまだ引きずっていたのもあるし、ベンジーのソングメイキングでメロディーがブランキーの頃より平板に感じていたところもあったし、例えば一曲目のタイトルが「恋のサブマリン」で。当時大学生の自分は「恋のサブマリン」にはノレなかった
ところが『ドクトル・ジバゴ』を補助線にして聴くと骨太なラヴストーリーからの反映での「愛のChupa Chups」や登場人物のキーとなる「宇宙的迷子」、そして節減を行く「ロバの馬車」と映画の情景とオーヴァーラップする形で背景が理解できて
そしてさらに、これは私の持論なのですが「長年やっているアーティストは現時点で自分の年と同じ(か近い)時にそのアーティストが作ったアルバムがバイオリズムが合う」というのがあって。私にとってはベンジーはまさにそういうアーティストなのですよね。この2004年の『ZHIVAGO』の時ベンジーがアラフォーの入り口で、いま私はアラフォーの出口くらい。20歳のガキの時は平板に感じたメロディの感覚も今聴くと逆に物凄くイマのフィーリングにあるというか、ギターとかの生音の良さ、アンサブルの妙がすっごく好くて!
やっぱりバイオリズムというか、「同時代性」って「同じ(例えば)2026年」だけでなく「アラフォーとか同年代」というのもあると想うのですよね。このどこまでも突き抜ける吹き抜ける透明な感覚はSherbetsを経過した上でのJUDEだからこそだと想うし、今アラフォーで聴くロックとしてすごくいいエンパワードを電導してくれました。やっぱり「出会う」ってあるなぁ。最近、アルバムが出た瞬間だけ話題になって、次から次へと関心が移り替わってしまう風潮はありますが、こういう出逢いこそDigの真骨頂なところがあるなぁと想いました。