ラオフェスにてMs. Pat PatdavoneとMr. Soulath Thammavong, M/ALLにてGotch, テンテンコ & Yellow Fangをみる

ラオフェスをみに代々木公園へ行ってきました。
スティールパンによりラオス国歌が奏でられる中で飲んだビアラオ・ゴールドがイケる!
c0002171_00014396.jpg
c0002171_00022119.jpg
ステージに出てきたのはラオスの舞踏団によるモン族のダンス、そしてMr. Soulath THAMMAVONGさんのラオス歌謡もいなたさと未来感が同居していい感じでした。
c0002171_00052080.jpg
c0002171_00053267.jpg
ヴェトナムでいうバインミーみたいなラオスのサンドウィッチ、カオチーを食べました。味はソーソー。
c0002171_00063363.jpg
僧侶やダンサー、ケーン奏者による神輿?のパレード
c0002171_00072458.jpg
c0002171_00073468.jpg
c0002171_00074847.jpg
c0002171_00080017.jpg
お目当てであるラオスのトップスター、Ms. Pat Patdavoneさんのステージ。
c0002171_00091277.jpg
2018-05-26 Pat Patdavone , LAOS FESTIVAL 2018 in JAPAN

やっぱいいんだよなぁ。この電子音歌謡、ちょっとクンビアっぽい感じというか、ここら辺の陽るいヘンテコさを洗練させてVoodoohopライクにプレゼンテーションできたら相当いい音が創れるのでは。

Asiaに共通する歌心と外洋な感覚がなんとも心地よかったです。

ライヴ終わりにビアラオ・ダーク。やっぱり美味い。ラオスのビール、東南アジアで一番美味いかも。
c0002171_00153956.jpg
ここで代々木公園を後にして渋谷WWW / WWW X等で開かれているクラウドファンディングによってフリーとなったフェス、M/ALLへ。
c0002171_00165460.jpg
初っ端からGotchによるバンド。メンバーはthe chef cooks meよりkeyシモリョー, Gt佐藤ニーチェ, Gt井上陽介(Turntable Films), Dr伊吹文裕, Ba.中西道彦(Yasei Collective), Sax and flute永田コーセー(EMPTY KRAFT)の7人編成。

これが幸せでカンファタブルな一時でした。ゴッチも本当に楽しそうに歌っていて朗読も飛び出て、ソロプロジェクトの良い抜け感とチャレンジが何とも心地よく今のゴッチが聴けた気がしました。

特にフルートが好かった。2曲目の轟音のなかでフルートが鳴り響いていたのはエクスクルーシヴでした。

そしてラストは「Taxi Driver」、この曲で一気に好きになったんだよなー。ハートウォームで自由さのあるいいライヴでした。



次に出てきたのがテンテンコ。


80sアイドルな感覚もありながら弩サイケな歌唱にサウンド機材で電子音を切り入れるスタイル、フェティッシュの極みですげーなと。


そしてこの人たちも一度見てみたかった。タイから来たウィメンズスリーピースバンドYellow Fang!!!!!
c0002171_00333717.jpg
Yellow Fang' Live at "เห็ดสด#2" โดยฟังใจ

"ワールドミュージックみ関係なく普通にいい”。爽やかな風が吹き抜ける感覚。

そんな中から電子音をフィーチャーした楽曲や轟音にもすらっといけるし、ホント素晴らしい。グリーンランドのNanookを初めて聴いたときみたいなときめきがありました。3人のキャラも伝わって良かった◎

M/ALLは政治的な活動の一環としてのクラウドファンディングでのフェスで、こういうのに参加したのは初めてだったのですが、”面白そうだからふらっと行ってみよう”から政治や社会への参画になることもあるし、米国で選挙戦にアーティストが出るみたいな空気嫌いじゃないし、何よりいい音でした。

ラオフェスは明日(明けて今日27日)もやっていてMs. Pat Patdavoneさんのステージや、爆風スランプの二人のステージもあるそう(追記:「旅人よ」演ってくれたみたいです!)。またM/ALLもやっていて、Yellow Fangのステージももう一度あるそうです。梅雨入り前のこの湿気を音楽で昇華させるのもいいかもしれません◎

# by wavesll | 2018-05-27 00:49 | Sound Gem | Trackback | Comments(0)

落合陽一「山紫水明∽事事無碍∽計算機自然」展@GYRE

c0002171_02540062.jpg
c0002171_02543370.jpg
c0002171_02544739.jpg
c0002171_02550050.jpg
c0002171_02552064.jpg
c0002171_02563290.jpg
c0002171_02564738.jpg
c0002171_02570111.jpg
神宮前GYREへ落合陽一さんの個展「山紫水明∽事事無碍∽計算機自然」を観に行ってきました。面白かった。

落合さんと言えばとこれいう浮遊する球体がスピンしながら回転する≪Levitrope≫(動画link)の他、波形なオブジェが浮遊する≪Silver Floats≫(動画link)も好かったし、特殊なレンズにより視覚をハックしてくる≪Morpho Scenery≫や磁性流体を使った≪波面としての古蛙≫(動画link)も佳かった。

こうしたメディアアートには一定の批判もあり、チームラボと十把一絡げにするTweetなんかも散見したのですが、寧ろ言論強者ゆえ惑わされているのではという警戒心を持つ点で落合さんは菊地成孔氏的なポジションに感じます。

けれどもDCPRGを生で浴びた時の言語無関係な圧倒的な快楽のように落合さんの作品には非言語表現である質感への拘りが感じられるというか。確かに一種「素材・技術をそのまま出した」ようなソリッドな表現だけれども、チームラボの作品に感じる質感の浅さへの不満は落合さんの作品群にはそんなに感じないというか。(ちなみにそんなチームラボも宇宙と芸術展 at 森美での映像空間作品は良かったと感じました )

今回だとモルフォ蝶が物理的にパタパタする奴や動物の目のパネル、吹き抜けに在った昆虫のパネル、イルカの寫眞と彼らの声の展示や、プラズマの放出による虫の音の展示など”もうちょっとふくよかに肉付けした方がいいのではないか”という表現もありましたが、鯖の肌を顕わした≪波の形,反射,海と空の点描≫等かなり良く、質感により雰囲気が起ち上がる域に達していたと感じました。

展覧会を出る時にたまたま落合さん自身にもお会いできて。きさくに写真撮影にも応じられていて。お声掛けしたのですが、服装などまさにイメージ通りな飄々とした方でした。

# by wavesll | 2018-05-26 03:25 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)

キャットストリートの排気口

c0002171_19364781.jpg

# by wavesll | 2018-05-25 19:37 | 街角 | Trackback | Comments(0)

TAMASHII COMIC-CON@渋谷キャストでのアメコミヒーローズ

c0002171_18540457.jpg
c0002171_18541729.jpg
c0002171_18543026.jpg
c0002171_18544405.jpg
c0002171_18545437.jpg

# by wavesll | 2018-05-25 18:55 | 街角 | Trackback | Comments(0)

R. Vincenzo『EP』X 池蓮 第50回音の貝合わせ 今最も感性をワクワク刺激する音の浪

c0002171_05275927.jpg
c0002171_05281705.jpg
c0002171_05282867.jpg
最近聴いた中でダントツに音楽的に面白かったのがSpotifyで聴いたR.VincenzoのEP。音楽のFreshな未来を感じました。

フィールド・レコーディング、南米のダンス・リズム。そして昭和歌謡のサンプリング、欧州フォークロア…最近一番楽しみなサンパウロの音楽集団Voodoohopから次々と飛び出てくる才能には目を瞠るばかりです。

先日の初来日公演に馳せ参じることが出来なかったのが悔やまれるところ。音楽ラヴァ―有志達のクラウドファンディングによって今年も開催が決まったFestival de FRUEとか、いつかまた出来るだけ近くに再来日して欲しいなぁ。

Sound cloudにはVinyl 12"verがULされていて、アレンジ違いの楽曲もあるのでこちらも要check. 日の本の楽曲からヨーロピアン土着音楽までを電子クンビア的なセンスで解体・再構築してみせるこのレフト・フィールドな音こそ、まさにイマ本意気で欲しかった音でした。

寫眞は希臘神話で現世を忘れ夢心地になれると言われる実をつける植物の名を冠した花。Xanaduへの旅路の始まりに…。

# by wavesll | 2018-05-25 05:50 | La Musique Mariage | Trackback | Comments(0)

Showの虚で人生の実を破壊されないために

c0002171_01584743.jpg
気が滅入る報道ばかりで、人里から離れたくなります。と共に一方で人のぬくもりが時に欲しくなる。そんな肌寒さ。

気が滅入るのは自分自身の行動指針の不味さを他者の姿からみせつけられている気がして。

登山家の栗城さんが、亡くなってしまいました。
私が彼を初めてみたのは2010年頃、TVのドキュメンタリーで。その後何かのイベントで一度だけ握手し、手が本当に柔らかかった記憶があります。

メディアの寵児は往々にして専門家からはまがいものという扱いを受けるもので、実際栗城さんは業界内での評判は低かったけれども、パンピーの私にとっては一人の冒険者でした。

と、同時に今回の件で色々な記事を読んで、近年栗城さんが無謀さを増して破滅へ向かって行ったのを知り、私も彼を追い詰めた大衆の一人だったのではないかと、砂を噛む思いです。

10年くらい前のTVドキュメントでは栗城さんが7大陸最高峰単独無酸素登頂を目指した理由が「ニートに近かった頃元カノにふられ、何者かに成ろうと決意したため」と語られていて。その素人感が親近感に繋がって冒険の共有というコンセプトを肉付けしていた気が私はしています。彼を知る大学教授が人一倍お茶目でショウマンシップにあふれた学生時代の栗城さんを呟いていました。

けれど、彼は決定的に実力が足りていないのに、目指すルートはどんどん無謀に難易度を上げていったようです。通常のルートではなく、北壁、西陵、南西壁へと。

一説にはスポンサーを集めるために過激なゴールをぶち上げざるを得なかったとも言われています。その上で、是は勝手にシンパシーを彼に感じていた自分の目線では、彼は一発逆転ができるだけショウをインフレさせざるを得なかったのでは?と想うのです。

人から耳目を得ることが大好きだったお調子者。けれども「変わったこと」の刺激は摩耗し、インフレさせていかないと自分の価値が無くなってしまう恐怖。その結果、もはや自己破壊になるくらいにショウが暴走していく…。

ショウによって一発逆転を目指すにしても、藝を磨くというか、ファンダメンタルの研鑽をしていけば平衡感覚を崩すことはなかったかもしれないのに、積みを継続することでなく瞬発芸というか、栗城さんは所詮ショウだからと実力を上げていく努力を怠っていたように感じました。そして実を伴わない虚の結果、遂には命を失ってしまった…。

実を伴なわない虚のショウマンシップが不快さを振り撒いた最近の事象としてもう一つ上げられるのは日大ラグビー部での悪質なタックルをした選手の記者会見でTVが酷い行動をとっていたこと。

私自身マスコミの姿勢は「人の道に外れている」と想いながら、けれどメディアの人間は「こちとら面白いものをつくるために骨身削って生き馬の目を抜いているんだ、お前ら(世間)は面白いこと言えんのか」くらいのことを想っているのではないか、と想うのです。

文句を言いながらも俗情に流されてこういう過度に胸糞悪くショウアップされたニュースを視聴する人が多い限りは”結局こういうのが欲望されている”とマスコミの態度は変わらないと想います。メディアは”えげつなくても面白ければ(数字が取れれば)それが正義”というのが行動原理で、メディアに節度を求めるならば我々視聴者自身が節度が求められるのだと感じます。

ショウが節度を失っていくのはTVというメディアが本芸よりも余技やしょうもない素人芸に向いたものであることがあるかもしれません。

特にニュース(バラエティー)のコメンテーターなんて最たるもので、芸人、タレント、そして有識者としてでているのも別に専門家ではなく、井戸端会議の域を出ていなかったり。たまにワイドショーをみると”視聴者舐められてるなぁ”と想わざるを得ません。

結局のところ実を積み重ねるのではなく口先三寸のインスタントな虚で果実を得ようとするから人倫を失っていくのではないか、と。

他者に対して敬意がないのは自分自身のプライドをダンピングしすぎていることの裏返し。そして結局そういう虚芸では尊敬や自己肯定感は得られず“自分はこんなにも犠牲を払っているのに真っ当な評価を得られていない”と負のスパイラルが起きてゆく…。

ヒトとしてのバランスをショウマンシップが壊していく。無論当人に非はあるけれども、オーディエンスも一端を担ってしまっている。

もし”面白くなくてもあなたは大切な人なのだ”、或いは”インスタントな禁術でなく本芸の研鑽に邁進した方があなたの価値が上がる、あなたは自分自身の誇りや労苦を安売りする必要はない”と温かい指摘をしてくれる身近な人がいたら、その箴言を謙虚に受け入れることは、破滅の螺旋からの解脱の一助になってくれることと思います。

誰も犠牲にせずとも、僅かずつかもしれないけれども前に進み経験を積み重ねることは出来る。虚のレバレッジを利かせた空中戦が効果的な事もあるけれども、己をダンピングしなくて済む場所を見つけ、真っ当なぬくもりを得て仁を見出し己を高めていける。それは27クラブを通り過ぎた人間が歩むべき道なのかもしれない、さらに時代の新風もそういう気風に成ってきている。そんなことを近年とみに感じる処でした。

# by wavesll | 2018-05-24 03:22 | 私信 | Trackback | Comments(0)

高島水際公園@みなとみらい

c0002171_08030972.jpg
高島水際公園はベイクオーターから海に抜けたところに在る、2011年オープンの公園。貨物路線と帷子川が通るNeatでありながらどこかSolidな雰囲気。

ここを知っているのはかなりCoreなみなとみらいerでは。潮風が反則なくらい自由の匂いがしていました。

ここからみなとみらい橋を抜けて東神奈川とのはざまにある瑞穂埠頭エリアも、素敵な處です。



# by wavesll | 2018-05-23 08:14 | 街角 | Trackback | Comments(0)

“常連”考

函館のラーメン店がミシュランに掲載され一見客であふれかえり、常連が入れなくなってしまったことから閉店したというニュース。

これに新宿のベルクの店長さんが反応していて。店は呼吸の合う常連がいるから成り立ち、ベルクは常連率が7割だからやっていける(新規が3割くらいあるのは気分転換になる)。と。

やっぱり何かの事業を営む上で常連という存在は何とも有難いものなのだなぁと想います。

この話を聴いたときに”さて、店にとって常連とは何人くらいいるのだろう?”とふと思って。ちょっと計算してみようかと。

念頭に在ったのは自分自身が好く訪ねる飲食店。それでも大体1ヶ月に1回訪ねるくらい。ディナーの店ならそれくらいの頻度が普通では?なんて思います。

カウンター席が20席くらい。営業時間が18:00-23:30。客の滞在時間が小一時間として、開店直後は待ちの列もでるので、全体としては7割埋る位で回転するとして、20 X 330/50 X 7/10 =92.4。

1日の客数が(客単価は考えていないけれども)90人として、それが30日で2700人。この内の7割が常連だとしたら1890。もし毎週通う常連がほとんどだとしても500人弱の常連が必要になるなと。

飲食店に於いて客側では”自分は常連”だと想っていても、店からしたら1/500、あるいは1/2000だとしたら、人間的な付合いのコミュニケーションは薄いのが当然というか、客として特別な関係を求めるのは求めすぎで、芸に惚れ、その上でのプラスアルファとしての阿吽の呼吸があるのだと。でもその呼吸があるからサービスが営めるのだなぁと。

逆に人間関係がもっと発生すると常連として訪れる頻度は高くなることはあると想います。バーなんかはほぼほぼ週何回も訪れる常連客で回っているだろうし。マスター、ママ、或いは客同士の濃いコミュニケーションがあるからこそ少人数でも頻度が上がって成立する形。

まぁ、その”人間関係”というのも曲者で、私も昔いきつけのバーがあったのですが代替わりして足が遠のき、かといってまた新たな人間関係へ身を投じるのも億劫ですっかり呑み屋に行かなくなってしまいました。またバーでも美味い酒とか、飲食店としてのクオリティもなければ客は居つかない。バランスは異なれど飲食店もバーも双方必要ですね。

そういった意味では今はTwitterのTLがサードプレイスというかバー的なタマリバとして生活の中で機能しているかもしれません。

では”Twitterで自分の『常連』って何人だろう?"と考えてみると、1800人強のフォロワーさんがいらっしゃいますがファボやRT、リプをくれるのは十指にみたない感じです。これはこの鴎庵もそうで、大体5000/monthくらいアクセスがあるけれども、そのほとんどは過去記事とかの一見さんで、最新記事を取り上げる内容に関わらずみてくれてそうなアクセス数は10/dayいない位。

なんと常連率が1割を切っているw 自らの筆力、惹きの無さを猛省するばかりですが、「今の時代ブログの常連になる人がどれくらいいるだろう?SNSを通して記事を読むだけがメジャーな行動様式だろう」なんて思ったり。時間が有限な以上、幾つもの場の常連には物理的にもなれませんものね。

とは言え目に見える反応は嬉しいもので、Twitterなんかの好反応には本当にモチベーションを大いに与えられています。そうした意味で自分に嵌ってくれる常連の方々という存在は何かをやっている人間には真に援けになるものだと、しみじみと想った次第でした。

# by wavesll | 2018-05-22 02:46 | 小噺 | Trackback | Comments(0)

西美のコレクション展にて新蔵品のベルト・モリゾやモネ、ドガ。ミロやカンディンスキー、藤田嗣治にポロックにピカソetcをみる

ベルト・モリゾ ≪黒いドレスの女性(観劇の前)≫
c0002171_20070282.jpg
ペーテル・パウル・ルーベンス ≪眠る二人の子供≫
c0002171_20090203.jpg
アレッサンドロ・マニャスコ ≪嵐の海の風景≫
c0002171_20100105.jpg
アリ・シェフェール ≪戦いの中、聖母の加護を願うギリシャの乙女たち≫
c0002171_20105274.jpg
レアンドロ・パッサーノ ≪最後の審判≫
c0002171_20113041.jpg
ヤーコブ・ヨルダーンスに帰属 ≪ソドムを去るロトとその家族(ルーベンスに基づく)≫
c0002171_20123893.jpg
ウィリアム・アドルフ・ブーグロー ≪音楽≫
c0002171_20140614.jpg
ギュスターヴ・クールベ ≪眠れる裸婦≫
c0002171_20144175.jpg
ピエール・オーギュスト・ルノワール ≪アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)≫
c0002171_20152974.jpg
エドガー・ドガ ≪舞台袖の3人の踊り子≫
c0002171_20163116.jpg
ピエール・ボナール ≪『デリエール・ル・ミロワール』第158-159号(1966年4月刊)『ラ・ルジュ・ブランシュ』誌のためのポスター(表紙)≫
c0002171_20183007.jpg
マルク・シャガール ≪赤い鶏≫
c0002171_20190451.jpg
マルク・シャガール ≪イスバの風景≫
c0002171_20193628.jpg
マルク・シャガール ≪青い魚≫
c0002171_20202948.jpg
c0002171_20204510.jpg
ジョアン・ミロ ≪絵画≫
c0002171_20220128.jpg
c0002171_20221811.jpg
c0002171_20223707.jpg
ワシリー・カンディンスキー ≪『小さな世界』:I≫
c0002171_20231523.jpg
ワシリー・カンディンスキー ≪『小さな世界』:II≫
c0002171_20234972.jpg
ワシリー・カンディンスキー ≪『小さな世界』:III≫
c0002171_20242569.jpg
ワシリー・カンディンスキー ≪『小さな世界』:IV≫
c0002171_20245963.jpg
ワシリー・カンディンスキー ≪『小さな世界』:V≫
c0002171_20253580.jpg
c0002171_20255029.jpg
オーギュスト・ロダン ≪フギット・アモール(去りゆく愛)≫
c0002171_20263117.jpg
モーリス・ドニ ≪若い母≫
c0002171_20270815.jpg
ジョン・エヴァリット・ミレイ ≪あひるの子≫
c0002171_20274655.jpg
ラファエル・ロラン ≪詩≫
c0002171_20281516.jpg
ラファエル・ロラン ≪楽≫
c0002171_20284049.jpg
ピエール・ボナール ≪働く人々≫
c0002171_20291463.jpg
ポール・シニャック ≪サン=トロペの港≫
c0002171_20294750.jpg
キース・ヴァン・ドンゲン ≪カジノのホール≫
c0002171_20302032.jpg
ジョルジュ・ルオー ≪道化師≫
c0002171_20304777.jpg
マックス・エルンスト ≪石化した森≫
c0002171_20312821.jpg
パブロ・ピカソ ≪アトリエのモデル≫
c0002171_20321288.jpg
パブロ・ピカソ ≪男と女≫
c0002171_20324244.jpg
藤田嗣治 ≪座る女≫
c0002171_20334223.jpg
ジャクソン・ポロック ≪ナンバー8, 1951 黒い流れ≫
c0002171_20342312.jpg
国立西洋美術館の愉しみと言えば常設展。先日プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光 を観た時にみたコレクション展はやっぱり凄くて。注目は新蔵品。写真を載せたモリゾ、ドガの他、モネも複数新蔵品があり、さらには≪つみわら≫なんかも展示してありました。

ポロックも最晩年の黒がうねる作品。そしてフジタが凄い良いのがあったのが嬉しかったです。そして新館 版画素描展示室で開かれているマーグ画廊と20世紀の画家たち―美術雑誌『デリエール・ル・ミロワール』を中心にもカンディンスキーやシャガールが素晴らしかったです。

おまけにこれまでも撮って来た西美常設展の寫眞レポをお裾分け◎






# by wavesll | 2018-05-21 20:52 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)

悪の建築展 第4章:前衛 at サイト青山

野口理沙子 一瀬健人 ≪卓上の物語、召し上がれ≫
c0002171_01023970.jpg
c0002171_01050436.jpg
c0002171_01051319.jpg
Woga
c0002171_01054431.jpg
Woga ≪呼吸≫
c0002171_01060262.jpg
KAORI KUMAGAI
c0002171_01065877.jpg
Karano Laka ≪窓≫
c0002171_01091195.jpg
瑞雪
c0002171_01075119.jpg
c0002171_01081647.jpg
Mizuki the City ≪出現≫
c0002171_01101893.jpg
Mizuki the City ≪予兆≫
c0002171_01105058.jpg
c0002171_01110161.jpg
山本知 ≪吉良道≫
c0002171_01121637.jpg
山本知 ≪紅吉祥院≫
c0002171_01125433.jpg
姉崎たくみ
c0002171_01135034.jpg
姉崎たくみ ≪Garden of Eden≫
c0002171_01142358.jpg
入口可奈子 ≪試作存在しない≫
c0002171_01153621.jpg
入口可奈子 ≪マテリアル101ー部分再構築ー≫
c0002171_01163149.jpg
髙橋瑞稀 ≪The water cycle≫
c0002171_01174474.jpg
悪の建築展@サイト青山に朝一に。

髙橋瑞稀さんの作品は東京春季創画展にも出品された≪渇いた水≫という作品と同じくウェルウェッチアという沙漠に咲く華の内部の水流を通してナイルからの都市の勃興を比喩するもの。

色使いとキュビズムのような構造が迫力がありました。キュビズムと書いたのは、華がミクロには脳や内臓、マクロには地形のようにみえ、そこに複数の視点が織り込まれていたため。グーグルアースなんかにも創作のヒントがあったそうです。

他の作品も見どころがそこかしこにあり、特に高層建築群を皿に乗せた野口理沙子さんと一瀬健人さんのクラフト作品が都市を飛び交い摘まみ食いをするトランスナショナルなメガロシティな感覚が現代的で良かったです。

最後におまけでそんな青山一丁目の都市の上に在った空天を。あまりの明晰さに感嘆させられました。
c0002171_01313780.jpg


# by wavesll | 2018-05-21 01:25 | 展覧会 | Trackback | Comments(0)