テクノロジーによりヒトという種が生死を超えて進化する? 人間ってナンだ?超AI入門 第11回「老いる」

人間ってナンだ?第11回のテーマは「老いる」。高齢者に寄り添い、癒し、健康の維持を手伝い、高齢者を支えるAIの関わり。そもそも人間にとって「老いる」の本質とは?ゲストは五木寛之。










人はなぜ老いるのか?例えば単細胞生物は老いない。これは老いた方が良いということだろうか?
青春、朱夏、白秋、玄冬。人生50年の時代の老いると人生100年の時代の老いるは異なって来る。超高齢化社会の中でAIは高齢者の不自由を支える技術として、そして「老いるとは何か?」を分析するためのツールとして働く。

例えば相手の嗜好・情報を覚えて会話するAIパルロ。実際に介護施設で体操の指揮や相手と話したり愚痴を聞いたりする。基本的に最初は高齢者は抵抗があって、その抵抗を外すことから始めているそう。

動いているものをトラッキングするAI。顔認識AI。話しかけてきそうか判断するAI。唇に注目するAI。音声認識するAI。これらを連動させるAI。これから先AIがないと介護は回らなくなるだろう。

五木「まだAIは揺籃期。まだ実用段階には達していないように感じる。それに人間は老いていくに従って孤独に従う、それで何がおかしい?宗教的な問題を孤独の中でする人にロボットが関わるにはアーティストとインテリジェンスがないと難しい。」

体力と認知機能の測定するAIもある。測定したデータからタイプにあったトレーニングを提示する。「こういう生活した人がこういう健康データとなる」という部分をディープラーニングしていく。そうすると健康状態の未来予測ができるようになる。

五木「人間一人一人の個性を平均化標準化していく方向へ行くことに不安がある。」
松尾「データが多くなると細分化したパターンに対応できるようになる。また生活の中でどういうデータを取るかが重要。何を食べたか、どういう人と話したか。それらを複合的に判断すると健康や体力に関して詳細な分析ができる」
AIは人間の健康寿命を延ばせる?!

AIと人間の老い、二つを繋ぐ技術は他にもあります。それが茨城県つくば市CYBERDYNEのロボットスーツHAL。つくったのはロボット研究者・工学博士・筑波大学教授の山海嘉之さん。

山海さんのロボットの特長は人が装着して初めてその力を発揮する点。人が体を動かそうとするときまず脳から「動け」という指令が出て、その指令が電気信号となって筋肉に伝わる。山海さんはその電気信号を捕まえる高性能のセンサーを開発。さらにその信号をコンピューターで解析し人間の複雑な動きを再現できる世界初のシステムをつくりだした。

山海「例えば脳からはこういう情報が出ているはずだけれども信号自体は欠落があったりする。それはAI処理で補完し、スムーズな動きに変える」

このスーツは重い荷物を持ち上げる時に腰にかかる負荷を最大40%も減らしてくれる。介護施設での力仕事でも活躍が期待されると共に医療の現場でもドイツや日本では実用化が始まっている。

山海「人とHALの間で神経系の機能を回復・改善させていくループが回り始める。HALを使えば使うほど神経と神経の間のシナプス結合、神経と筋肉の間のシナプス結合が強化・調整され、残存機能が向上していく」

人間と機械の間で増幅のループを作る

山海「これまで脳神経系からの情報は人間の内側のものだった。それを一旦ロボットの中に取り出す。これは人間の脳神経系の世界の中にHALというサイバニックシステムを介入させて、医者が脳神経系の世界に入り込みながら治療する技術に進化している」

五木「あぁいうのがあれば非常にありがたい。人間は動物から人類、道具を使う。手で切るより鋏で切る方が楽だ。メンタルな部分で話し相手になってくれるよりモノを運んでくれる方がずっとありがたい。」

ロボットスーツのような技術がAIによって進んだ先にはいったいどんな世界が待っているのか?
例えばスポーツ選手の世界ではハイテク化が進み、義足の選手がオリンピック選手を超える日も近いと言われている。

サイボーグ的なムーヴメントが起きた時にどう捉えればいいのか?道徳的な問題もあるのではないか?

五木「日本の進むべき道として絶対にある。日本の義手義足は世界的にみて水準が高い。地雷などで身体を失った人などに日本が貢献できる分野だ。」
松尾「義手・義足はいいが、臓器、脳、そして身体が100%機械になったら人間なのか?」
五木「ロボトミー(脳の神経回路の一部を他の部分から切り離す外科手術)なんて言葉も連想される」
徳井「本当に切実に義手義足などを求めている人がいる一方、好奇心半分で便利にするためにサイボーグ化する人たちはやっぱり違う」
五木「けれど自転車なんかと同じではないか?」
松尾「身体を拡張するのと何が違うのかという議論もある」

身体の拡張は「老い」も超克する?

松尾「例えばパワースーツや義手義足は今のところ人間が制御しないといけない。人間の医師をくみ取ってそれに力を与えるというもの。ところが手や足は無意識下で非常に細かい制御をしている。普通に歩いているように思っても足をどこに置くかは無意識下で脳が非常に細かい処理をしている。そういうところをAI・ディープラーニングが補うことが出来れば、ディープラーニングのような義手義足が出来た方がより使いやすくなり、転ぶなどを気にせずに歩けるようになるかもしれない」

五木「人間の学習能力、例えば段差や階段を気を付けようと思って歩く、その危険意識と関係なくなってしまうのは問題では?やはり少々の失敗もないと。」
松尾「気を抜いている時はちょっと失敗するシステムをつくるとか」
五木「そこまでプランニングされて『2%は失敗しよう」とかまでされると恐ろしいというか、そこまでお世話になりたくないという感じ」
AIはおせっかい過ぎない方がいい?

人はなぜ「老いる」か?

五木「人はなぜ老いるかは分からないけれども、老いるのは現実。『どう老いるか』が問題となっている。医学的な基準は未だに知見の進歩で揺れ動いている。基準が揺れ動くのにどうしてそこから学習しなければならないかという疑問は抑えきれない。」

松尾「色んな説があるが、細胞分裂の回数がMAXいくらかが決められている。分裂の回数を何回でもいいという設計を人間は取ることが出来たし、生物も取ることが出来たはず。分裂の回数を制限した方が良いという何らかの理由があってそうなっているんじゃないか。ちょっと人工知能と関連づけて話したい。

ニューラルネットワークがあったとしてそこに画像や音声やテキストが刺激として入り、その判定をさせる。これには『学習率』というものがあって、最初は大きく取ってだんだん低くしていくと早く学習できる。」

学習率とはAIが学習する際のコンディションを決めるパラメーター変数のこと。この値を大きく取るか小さく取るかで効率が大きく変わる。

松尾「山とか谷の構造があって、一番高い山を見つけたいという問題だとして、適当なところから始めて歩いて一番高い山を見つけ出していく。その時最初は大きく動いた方が良い。全然とんでもないところにいる可能性が有るので最初は大きく動いた方が良くて段々いいところに近づいてくると動き方をちょっとづつ緩めて行った方が良い。

学習の初期においては学習率は大きく取っておいて、学習が進んだ際には段々と学習率を弱めていった方が良いとされている。僕はAIと人間の学習率には関連があると考えていて、若い時は学習率が高い。だんだん学習がしにくくなって大人になる。

特に音の認識において顕著で、日本人はLとRの発音が分からない。これは幼少期に英語圏に居てLとRの発音に触れていると分かるのだけれども、日本にいるとLとRの区別をしてないので区別が出来なくなってる。これは学習は下の段から積み上げていくから、音の情報→音素→シラブル(音節)→単語→文となる構造上、音素の学習を固めないとその上の学習がしにくい。なのである一定の年齢までに音素は固め、次の学習へ行きましょうと下から積み上げて行っている。

ですから人間が成長する過程で概念が下から組み上がる。学習率が高い頃の方が若くて段々収束していく。こういうことが起こっているんじゃないかと思う。」

概念を汲み上げると学習率は下がっていく。若い頃は伸びしろで勝負、老いてからはそれまでの積み上げが効いてくる。

老いるにつれ人間は知識と経験を積み重ね、個人として学習を完成させていく。一方何世代にもわたって進化の過程で積み上がった能力も無視できない。学習と進化、この二つはどういう関係にあるのか?

松尾「例えば明るいところが嫌いな動物や生物がいる。明るいところを嫌いという性質は進化的に獲得する事も出来れば学習によって獲得することもできる。ではどういう場合に進化で獲得した方が良くてどういう場合に学習で獲得した方が良いか?」
五木「適者生存では」
松尾「そうです。進化の場合は適者生存といって環境に上手く適合したものが生き残る。でも一緒のことが学習でも起きる。では進化と学習は何が違うのか?」

徳井「環境が急激に変化した場合では」
松尾「そうです。進化の方が環境が変わらない場合にはロバスト(頑強に)性質が保たれるのだけれども、環境が変わる際は学習の方が良い。

人間というのはかなりの部分を学習に頼っていて、それは環境が変わることに対して非常に強い性質を持っている。これは人間が社会を創り上げてきたり環境自体を変えるという事をやって来たから。今でも教育の制度は凄く重要だけれども社会環境に合わせて教育の仕方自体を変えることによって全然違うタイプの人間を時代時代に合わせて生み出してきた。凄く環境の変化に対して柔軟な仕組み。

という風に人間は学習に重きを置いた生物ではないかと。」
五木「学習の効果はあるんですか?」
松尾「学習の方式は色々ありますけれども、『教師あり学習(正解・不正解のデータが大量にある場合に、正解を真似する学習)』は出来る。それと『強化学習(何かの行動をすると結果的に良かった、何かの行動をすると結果的に悪かったというデータがある時にどういう行動をすると良い、どういう行動をすると悪いということを学んでいく)というやりかたもある』」

ゆっくり変わる進化とあの手この手の学習で時代の変化を生き延びてきた人間、そんな人間の定義がAI時代に変わると山海さんは言う。

山海「ネアンデルタール、ホモサピエンスという大きな流れの中、脳の容量も道具を作る能力も色んなものが少しづつ良くなって、生き物としては遺伝的に次の段階へきて、今私たちはいる。しかしテクノロジーを身に着け環境を変える術を得たことによって、生物としての進化を捨てた種族だという風に言える。

脳の容量の足りない部分がIT系の技術によって拡張されはじめている。IT空間だけでなく物理空間にも作用するロボットの技術が登場し、人とロボットと情報系が融合・複合した新しい時代を迎えようとしている。人類の新しい形の進化が始まっているともいえる。

しかしこれは生物としての進化ではなくテクノロジーと共に生きる、そういう未来。つまり人とテクノロジーの共生社会における新しい一歩」

人間は進化を捨てた?それとも新たな進化を手に入れた?

五木「人間というのは学習しない存在と痛感するところがある。第一次世界大戦であれだけの悲劇を引き起こしながら何十年かしない内に第二次世界大戦を引き起こしてしまう。全然人類は学習しないじゃないか」

松尾「まさにそこでして、人間の寿命が80年ぐらいだからこそ、世代が変わると記憶が引き継がれなく、忘れてしまってまた同じことをやるということが起こってしまいがち。これは人間の寿命がそういう風に設定されている故の人類の弱さ。そういうところに高齢者の方は凄く重要な働きをするんじゃないかと考えている。

変わらないものに対して高齢者の方がデータをたくさん持っている。それを人類社会のために役立てることは若い人には出来ないこと」

五木「そういってもらえると嬉しい。超高齢期の意味を感じました」

松尾「一つ面白い話をするとシンギュラリティー(技術的特異点)で有名なレイ・カーツワイル氏が脱出速度というものを提唱していて、これは何かというと、今技術の進歩は年々早くなっている。加速している。仮に一年間で技術進歩によりもたらされる平均寿命の延びが一年を超えるとヒトは死ななくなること。カールワイルはその地点が10年から15年で来るんじゃないかと言っている。この世の中がどう変わるか高齢者の方に見てもらいたい」

この番組はAIに関する技術をレクチャーしてくれるという面と、人間存在とは何かを考察する面があって、今回は後者の面で大変に見ごたえがありました。

それは「老いる」というテーマに加えて、五木氏の存在が非常に大きくて、ただ松尾さんの解説に頷くだけでなく時に異議を唱え自説を主張するその姿勢が番組にテンションをもたらしてくれたと思います。

人間の寿命が仮に100才としてもう1/4をとうに過ぎた朱夏な自分にとっては学習率の話は恐ろしくもありましたが、死というもので閃光のように人の生は熱を持つ感覚はあります。また寿命があるからこそ、過去の学習が一旦リセットされていくからこそ社会が変革していくダイナミズムが起きるのだろうと思って。

そう考えるとAIによって人類が寿命から脱出したとしたら、確かにテクノロジーと共に成し遂げた生物としての進化ではあるけれども、社会的には変革が起きない、静的な未来があるのではないか、ある意味それはヒトという種が神が造った動物に戻るという未来なのかもしれない、そんな気もする噺でした。




# by wavesll | 2018-12-12 20:06 | 小ネタ | Comments(0)

日本の次世代産業の宝のデータ、そして丸暗記の落とし穴に落ちないための策 人間ってナンだ?超AI入門 第10回「味わう」


今AIは食べ物の調理までできるようになっている。冷蔵庫の残り物からレシピの提案や、AIソムリエ、人間には思いつかないようなレシピ創作。さらに作物の栽培まで。人工知能は人間の根源的欲求の一つ、食欲まで満足させられるのか。食の本質とは。人間ってナンだ第10回のテーマは「味わう」。







シェフワトソンというAIは食材を入力するだけで最も美味しく無駄なく使うレシピをつくる。が、スタジオでは”イマイチ”との声w何の決まりもない中でレシピを創れるというのは”根拠”がないと笠原板前はいう。

人間の”美味しい”は五つの基本的な味(甘味、苦味、酸味、塩味、うま味)から構成されるという。

例えばコーヒー。ブラックだと苦味が強いけれども、砂糖を3杯いれると甘くなる。これらの味を数値化して分析するのが味覚センサーレオという機械。普通のセンサーで測ると砂糖を入れても苦みの濃度は変わらなく結果が出るが、AIを使って人間が感じたものに近い数値が出るようにしている。教師データはアンケートによる人間の感応評価から。

おいしいと感じられるものにはトレンドがある。常に新鮮さが求められるが新鮮すぎると警戒される。”ちょっと新しい”が美味しい。年月のデータを重ねてそれが予想できる未来も来るかも?

強大なデータベースを用い料理画像からレシピを推定するPic2RecipeというアメリカのAIサイト。文化的差異もあり2017年現在未だ精度は落ちるが、そこそこの結果が文章で出てくる。実験では65%の確率で正しいレシピを出せたそう。

ニューラルネットワークはその太さを調整することで過学習を避けることが出来る。訓練の仕方を「問題と答えの組み合わせを覚える」では本番失敗する。上手くするには問題のポイントを抽象化することが大事。

Googleカナダ支社にディープラーニングの父と呼ばれるトロント大学教授ジェフリー・ヒントン氏を訪ね、過学習の解決方法を尋ねた。

「ニューラルネットワークは何層にも重なっている。行わせたいのはこのイメージを見せた時にこの一文を導き出すこと。正解は『クマのぬいぐるみを抱いている少女がソファで寝ている』。ニューラルネットワークはこの写真を見たことがない。しかし他のタグのついた写真で訓練された後にこの写真を見せると『ぬいぐるみを抱いている子どものクローズアップ』と答えた。

成功にはいくつかの理由がある。『Rectified Linear Unit』という新しいタイプのニューロンを使ったこと。これまであまり使われてこなかったが従来のニューロンに比べ訓練しやすく効率的。さらに新しい手法を用い、ネットワークがただ記憶するのを回避しもっと一般化できるようにした。これは『ドロップアウト』と呼ばれるもの。

はじめての問題にも以前の訓練の時と同じように対応していい結果を出せた。」

ReLU(Rectified Linear Unit):
ニューロンは人間の神経細胞を模した構造で、刺激がある一定を越えると発火し、そうでないと発火しないようにデザインされている。これまでは刺激が閾値を超えると1になりそうでないと0になるシグモイド関数が長年用いられていた。

しかし最近はマイナスの時はゼロだが、プラスの時はmax(0. x)な式を使うことが増えてきた。これは脳の神経細胞の性質からするとおかしい。刺激がどんどん無限大に大きくなってしまう。ただこちらの方が学習に向いている。

ドロップアウト:
過学習とはある問題の本当に重要ではないところまで丸暗記してしまう事。ドロップアウトのアイディアはランダムにニューロンの半数を消してしまい、残りのニューロンで予測させること。このランダムな消し方を次々と変えていく。そうするとある問題の先頭にこういう文言があるとかをローカルな特徴に覚えていたのが使えなくなるので、もっと他の処を使わなくてはならなくなり、より本質的な特徴量に迫れ、過学習を回避できる。

上辺だけを丸暗記するのではなく、問題の本質を学べば応用力が身に着く。これは人間もAIも同じ。過学習を防ぐ正則化という手法はドロップアウトの他にもあって、ある画像を入れてネコかイヌか判別する時にあえてノイズを混ぜそれでもちゃんと判定できるように、わざとデータを汚くして学習させ精度を上げる方法などある。苛酷な環境に置かれることでAIは精度を高められる。

ディープラーニングによってAI性能が高まると食の世界はどう変わるか。

画像認識は自動運転や医療診断とは異なり料理ではまだデータが足りていないため低進度。これはデータ次第。これの次に来るのが深層強化学習+ロボット。認識の技術と動作に移す技術を組み合わせることで今までできなかった「人間が目で認識判断するタスク」が自動化できる。これらのタスクで大きいものは「農業」「建設」「食」。これらは現在人が行っており、人手不足になっている。

ここの技術が進歩すると、例えば今まで人に紐づいていた日本の高いレベルの調理の技術をロボットにのせて世界中にデリバーすることが出来るビジネスチャンスが生まれる。

或る業務を特定の人が担当しその人にしかやり方が分からないことを属人化と呼ぶ。属人化ならぬ属AI化はノウハウの標準化を促しAI料理人の活躍の場を開くのだろうか…?

上で出した例はレベルの高い人間の動作・作り方を学習データにして世界中にばらまくこと。つまりハイレベルなロボットを作るためには人間がさらに先に行かないといけない。故に絶対に高いレベルの職人が必要になる。

西麻布の二つ星フレンチの生江さんはシェフワトソンのレシピをイベントで作ったことがある。

「自分の料理の幅にバラエティを拡げてくれるが、『おいしい』プロセスを仕上げることにAIはまだ責任を持ってくれない。おいしいものを作っておいしいものを食べる行為はまだまだミステリアス。五感を使っただけでは「おいしさ」は表現できない。雰囲気や食事を共にする人、色々な環境要素が偶発的に混ざり合って多角的に『おいしい』がある。人間が感情的に『おいしくなる』と思っている料理が一番複雑怪奇で一番味わいのレベルが高いところにある。」

ラーメン屋で流行っているところは「おいしい」より「癖がある」。ただ美味しいだけだとそれで終わってしまう。行列が出来ている店はただ美味しいでなくちょっと臭かったりちょっと脂っこかったり。そこに人間は常習性を発揮する。記憶に残る味。バランス良くおいしいと記憶に残りづらい。

今回にまず大きく想ったのは、AIでの技術競争において最も大きい要素は「いかに優良で大量の教師データを獲得するか」ということ。GoogleやIBM等が自動運転や医療診断において大きなビッグデータを入手し、この間LINEの通信データがKCIAに解析されていたなんてニュースも出ましたが、日本ではこのレースにおいて非常に遅れていて、それ故に松尾先生は料理という日本の大きなアドバンテージを次世代の日本の産業界の宝となる教師データにしたいのだなと。

また過学習を避けるための抽象化メソッドとしてドロップアウトを知れたのは、ヒトとしてのラーニングにも生かせそうで。元の大きなデータから異なる部位をランダムに抽出することを繰り返して予測力を働かすこと、なんか大きな示唆を与えられた気がしました。





# by wavesll | 2018-12-12 19:12 | 小ネタ | Comments(0)

安定性が高まるほど速度を出せるか。刺激と不快は裏表か。M-1後1週間のラジオを聴いて。

M-1、今年も終了して。なんやかんや面白く観れました。
M-1終わりでの一週間の愉しみといえば芸人ラジオでの講評や裏トーク。今はRadikoがありますから、結構色々聴くことが出来ました。

で、聴いている内に想ったのが、”あれ?みんな「明るく楽しく」みたいなものを基礎基本とスタンスとってない?”ということ。
今年は久保田と武智の件もあったからか余計にその点がくっきりしたというか。”あれ?みんな物凄く安定してね?というか、俺、俺周りの環境も含めて不安定に過ぎるんじゃね?”疑惑がw

Twitterとかだと結構過敏さやピリつきや諧謔などが露出する事なんかもあるのですが、岡村のANNもポジティヴを肯定だし、夕方にやってる中川家のANNプレミアムなんかその安定性の凄さたるや。タイムフリーでいつも深夜ラジオ聴いてる人間からすると衝撃的というか、”あぁ、そういえば好きで聴いてる根本宗子と長井短のANNゼロでも二人ともディズニー大好きだったりするもんなぁ”と振り返って想ったり。

何かに傷つけられたり不快感に襲われたときにその超回復として創作が生まれることってあります。けれども、一級のPOPをやってる人たち、特に長年第一線に経ち続けている人たちからすれば、もう創作にネガティヴな外部からの刺激はいらないのかもしれない。

お笑いなんていうと、一時期は”この国がこんなに息苦しくなったのは、何でもかんでも過敏に『変だ変だ』とツッコミ囃し立てるお笑いブームのせいだ”なんて想った時期もあって。実際今もお笑い好きのBBSなんかみてるとあまりにも繊細に子細にコミュニケーションを分析する様子が見て取れて。

けれど、”感じ取る側・批評する側”としては刺激に関するチューニング感度を最大に回してもいいかもしれないけれども、笑いの創造者としては閾値を下げ過ぎているとすぐにスリップしてしまう、安定性を上げた方が結果として最大走行可能速度が上がり、小藪の言う處のビッグビジネスなんかも任せられるようになるのではないだろうか?なんかそんなことを感じましたね。

勿論、スリップスレスレでぶっ放していく面白さなんかもあります、実際根本長井ANNゼロやクリーピーナッツのANNゼロは安定してしまった現在のJUNK陣にないフレッシュさがあって今楽しく聴いているラジオなのですが、クリーピーナッツの二人が応酬する煽り合いや小者な”フリ”からの落しみたいな刺激って安定性を志向したら除かれる要素だと想うし、あのラジオはそこが面白い。自分はやっぱりあれも好きで。

けれど今回のラジオ・リスニングで凄く想ったのは、あれはあくまでショーで、そういう刺激をやりあって面白くなる「刺激」が「不快」と捉える人が多くて、普通の人は自分自身はそういう「刺激」には自分の生活では関わり合いになりたくない、寧ろそういう「刺激」をやらかす人間は『イキリヤカラなハラスメント野郎』なんだだろうなってことで。

みんな和気あいあいと仲良く穏やかに過ごしたいんだな、なんてそんな当たり前のことに気づいた師走でした。この時期といえば忘年会、なんかどうも行っても面白い噺が出ないからここ数年遠ざかっているのですが、そもそもの目的を懇親でなく刺激と取り違えていた感はありますね(苦笑

# by wavesll | 2018-12-12 07:14 | 小ネタ | Comments(0)

沖縄電子少女彩 - Okinawa Electric X 99.99 Clear Grapefruits 第150回酒と小皿と音楽婚礼

Okinawa Erectric Girl Saya (Bandcamp)
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ノイズミュージックの新しさをどう顕わすかって難しいなって想って。どれもこれもノイズに帰してしまう中で魅せ方を工夫するには…と想っていたところにここ暫く名前を見聞きしていた沖縄電子少女彩さんのBandcamp音源が好くて。

波音から液体的なノイズへ行くという、概念と音がぴったし両輪で回るOkinawa Electric Girl Noise. 音として凄いFreshに自分は感じて良かったです。

そこに合わせたのはサッポロが仕掛けてるウォッカチューハイの99.99。グレープフルーツ味のこれはホントするするっと飲めちゃうのにアルコール度数9%という兇悪な奴。これね、この音に合わせると研ぎ澄ましがさらに進んでいい感じ。自然音を模したインダストリアルとしてのノイズ音に甘みというベクトルが加わって、ほんとディメンションが拡がるっていうか、良いマリアージュになってると感じました。

この沖縄電子少女彩さん、中華電子少女彩としても活動しているそうで気になる。一度ライヴみてみたいですね◎

# by wavesll | 2018-12-11 23:01 | La Musique Mariage | Comments(0)

Back alley beside Tower records Yokohama

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# by wavesll | 2018-12-11 03:59 | 街角 | Comments(0)

渋谷景

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# by wavesll | 2018-12-10 09:20 | 街角 | Comments(0)

Gong chaとチーズポテト米ハットグ

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この1年強くらい、スペイン坂で中高生が行列を成し続けているGong cha(貢茶)。台湾のタピオカミルクティーということで”今の生徒ってタピオカミルクティー初めて飲むんかいな”と斜めに見ていたのですが、横浜にも店舗が出来たりいよいよブームは本物だぞという事で並んで飲んでみました。

そしたら美味い!タピオカももっちりしているし、何より茶が濃くて美味しい。列は長いけれど物凄く素早いレジ捌きでサクサク進むし、オーダーメイドでドリンクをカスタムできて、こりゃリピーター出るのも分かるなと。

ゴンチャで上手い事行ったので、前から気になってた2ということで新大久保で行列が出来てる例の奴、チーズ米ハットグもトライしてみました。

う~ん、こちらは全然イマイチというか、そんな美味いものではないか、インスタ映え用の食べ物って感じでしたね~。

新大久保から大久保へ歩くとそこでも行列が出来ていると想ったら台湾茶の店でした。台湾のWAVEが今TOKYOに来ている感をひしひしと感じました。


# by wavesll | 2018-12-10 08:03 | 街角 | Comments(0)

大久保のガム自販機

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# by wavesll | 2018-12-10 07:51 | 街角 | Comments(0)

GUIRO X ツチヤニボンド ツーマンライヴ @渋谷7th Floor

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GUIRO - エチカ

GUIRO - 山猫 @Fever


渋谷7th FloorでGUIROとツチヤニボンドのライヴをみてきました!

GUIROはフィッシュマンズのトリビュートでの「Magic Love」で初めて知って。その後1st Albumが出たことまでは追っていたのですが、ライヴを観るのは初めて。

これがやっばかった!ウッディーな質感で都市の暮らしを静かな風景から魔術的リアリズムな熱狂まで響かせて!動画より全然凄まじい!北青山的な音像からサンバやラテンなリズムの奔流、その快さと情熱、滅茶苦茶騰がりました。水戸黄門のパーカス(という説明も通じなくなっていくのかな)の連打にも騰がった◎

そしてツチヤニボンド、こちらは完全な初聴で、名前をよくみかけていたので期待していて。ロックなダイナミズムもありながら穏やかなハイトーンの歌唱の楽曲たちはライヴが後半になるにつれ音像が迫力がどんどん増していって。良かった!こちらも小豆のザルで波のSEを生演奏したり、ニューアルバムでフィーチャーしたミルトン・ナシメント等の南米音楽への想いが伝わるライヴでした。



# by wavesll | 2018-12-09 06:15 | Sound Gem | Comments(0)

今様爵士 Ezra Collective『Chapter 7 + Juan Pablo: The Philosopher』& Makaya McCraven『Universal Beings』

Ezra Collective 『Capter 7』(Bandcapm link)

Ezra Collective『Juan Pablo: The Philosopher』(Bandcamp link)
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昨年あたりから話題に上ることが多かったサウスロンドンのジャズシーン。喰わず嫌いもあってか今までどうも聴いていてしゃっきりフィットしなかったのですが、タワレコ横浜の試聴機でこのEzra Colloctiveを聴いて”あ、この五人組は確かにフレッシュだは”と感じて。

丁度12月のどこかウキウキする様な、囃し立てられ急かされる様なメンタリテにガッと嵌ったのかもしれません。

The Youthの為のJazz. このストリート感覚にはジャックダニエル入りの珈琲なんか合わせたくなりますね。HipHopを経たジャズでも特に『Capter 7』ではエレクトロサウンドでない点がグラスパーへの南倫敦からの回答という気もして、そして『Juan Pablo~』ではきらめく水音のようなサウンドがまたいい感じで何とミクシングはFloating Pointによるものだとか。この十年くらいは面白いムーヴメントがJazzとHipHopの狭間からやってくる感があります。

とはいえこれは2017年の作品。では今のJazzの最新作は?と試聴機をめぐるとこんな作品がありました。

Makaya McCraven『Universal Beings』(Bandcamp link)
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こーれがまたいい!琴のような出音で始まり、まるで夜の街をめぐる旅路のような97分間。明け方の街を逍遥し抜けていくような最後の感覚がなんとも心地よい聴後感がありました。

このアルバムはクリス・デイヴやマーク・ジュリアナと並んでUS新世代ジャズ・ドラマーとして注目されるシカゴを拠点とするドラマーのマカヤ・レイヴンがロンドンを訪れた際に南ロンドンのミュージシャンとセッションしたもの。参加ミュージシャンはジョー・アーモン・ジョーンズ、カマール・ウィリアムズ、ヌビア・ガルシア、テオン・クロス、ソウェト・キンチとのこと(ele-kingの記事より)

ジョースター家の血とDIOの血が入り混じったジョルノ・ジョバァーナのような止揚がある物語とサウンド、これから先のJazzのフロントラインで起きていく出来事も大いに期待させられる出色の一枚でした。

# by wavesll | 2018-12-08 05:17 | Sound Gem | Comments(0)