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世界を変えた書物展@上野の森美術館

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世界を変えた書物展を上野の森美術館でみてきました。金沢工業大学の素晴らしい蔵書たち。理工学系の名著をたっぷりみれました。

現代社会を織り成す技術がどう生まれてきた歴史が書物の流れから立ち上がって。

様々な単位のネーミング元になった科学者たちの存在や、「cell」「electric」「radio active」の始まりも知れ。

自然科学の教養なくしては文化もありえないというか、“世界/環境”が人間の内面にも大きく作用したように想いました。智の山脈がこんなにも広がって、今は航空機からみるだけだけど、いつか足で踏破してみたい。

撮影もフリーだったためパシャリとやってきました。全部の本ではないので是非来場に。入場無料です。24日まで。

アルベルト・アインシュタイン『自筆研究ノート』
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ジョバンニ・バッティスタ・ビラネージ『古代ローマの廃墟及び構造物景観』
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パウル・デッカー『王侯の建築家、あるいは民生建築』
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アレクサンダー・グラハム・ベル『自筆書簡』
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ウィリアム・チェンバース『民生建築論』
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クロード=ニコラ・ルドゥー『芸術、風俗、法則との関係の下に考察された建築、第一巻』
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カストール・ギマール『カステル・ベランジエ』
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シカゴ・トリビューン社『シカゴ・トリビューン新社屋競技設計作品集』
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ウィトルウィリス『ラテン語より俗語に翻訳された十巻の建築書』
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アルビレヒト・デューラー『人体比例論四書』
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トーマス・オールヴァ・エディソン『自筆指示メモランダム』
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ヨーハン・ベルンハルト・フィッシャー・フォン・エルラッハ『歴史的建築』
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オーヴィル・ライト『米国航空協会競技認可証自筆署名』
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ジェィムズ・スチュアート, ニコラス・レヴェット『古代アテネ』
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マリー・スクウォドフスカ・キュリー『自筆署名』
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ジャコモ・バロッツィ・ダ・ヴィニョーラ『建築の五種のオーダーの規則』
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アリストテレス『ギリシア語による著作集』
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イシドールス『語源学』
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アルキメデス『四辺形, 円の求積法』
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ヨルダヌス・ネモラリウス『算術十書』
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ヨハネス・ケプラー『新天文学』
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ヨハネス・ケプラー『世界の調和』
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アイザック・ニュートン『自然哲学の数学的原理』
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エウクレイデス(=ユークリッド)『原論(幾何学原本)』
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ポエティウス『算術』
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アポロニウス『卓越する数学者の全集』
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アルキメデス『哲学及び幾何学の卓越せる全集』
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レギオモンタヌス『アルマゲスト(偉大なるプトレマイオス)』
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ニコラス・コペルニクス『天球の回転について』
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ガリレオ・ガリレイ『星界の報告』
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ガリレオ・ガリレイ『世界二大体系についての対話』
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ジロラモ・カルダーノ『代数学についての大技術』
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ジョン・ネーピア『驚くべき対数法則の記述』
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ゴットフリート・ウィルヘルム・ライプニッツ『極大と極小に関する新しい方法』
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レオンハルト・オイラー『無限解析入門』
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ルネ・デカルト『方法序説』
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ヨルダヌス・ネモラリウス『タルターリアの研究によって正された重さについての書』
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タルターリア『新科学』
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シモン・ステヴィン『つり合いの原理』
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クリスティアン・ホイヘンス『振子時計』
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ガリレオ・ガリレイ『新化学対話』
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ヨハネス・ケプラー『天文学の光学的部分を扱うウィテロへの補遺』
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ロバート・フック『微細物誌』
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アイザック・ニュートン『光学反射, 屈折, 光の伝播と色について』
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トーマスヤング『色と光の理論について』『自然哲学及び機械技術に関する講義』
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ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『色彩論』
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フォジャ・ド・サンフォン『モンゴルフィエ京大の気球体験記』
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ダニエル・ベルヌーイ『流体力学』
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オットー・リリエンタール『飛行術の基礎となる鳥の飛翔』
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ウィルバー・ライト『航空実験』
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ロバート・H・ゴダート『液体燃料推進ロケットの開発』
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ヒエロニムス・ブルンシュヴィヒ『真正蒸留法』
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ゲオルギウス・アグリコラ『金属について(デ・レ・メタリカ)』
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ジァンバッティスタ・デッラ・ボルタ『蒸留法九書』
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アントワヌ・ラヴォアジェ『化学要論』
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ロバート・ボイル『懐疑的化学者』
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オットー・フォン・ゲーリケ『真空についての(いわゆる)マグデブルグの新実験』
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ベンジャミン・フランクリン『フィラデルフィアにおける電気に関する実験と観察』
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ジャン・テニエ『磁石の本性とその効果の価値について』
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ウィリアム・ギルバート『磁石及び磁性体ならびに大磁石としての地球の生理学』
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マイケル・ファラデー『電気の実験的研究 第I、II、III巻』
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トーマス・オールヴァ・エディソン『ダイナモ発電機・特許説明書, 特許番号 NO.297, 587 合衆国特許局』
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アレッサンドロ・ヴォルタ『異種の導体の単なる接触により起る電気』
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アンドレー・マリー・アンペール『二種の電流の相互作用』
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ゲオルグ・ジーモン・オーム『数学的に取り扱ったガルヴァーニ電池』
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アレクサンダー・グラハム・ベル『電話の研究』
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ハインリヒ・ルドルフ・ヘルツ『非常に速い電気的振動について』
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ルネ・デカルト『哲学の原理』
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ヘンドリック・ローレンツ『運動物体の電気的、光学的現象に関する試論』
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ジェイムズ・クラーク・マクスウェル『電磁場の力学的理論』
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ヘンドリック・ローレンツ『マクスウェルの電磁気理論とその運動体への応用』
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ヴィルヘルム・コンラート・レントゲン『新種の輻射線について』
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アントワヌ・アンリ・ベックレル『物質の新しい性質の研究』
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ピエール・キュリー, マリー・スクウォドフスカ・キュリー『ピッチブレンドの中に含まれている新種の放射線物質について』
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マリー・スクウォドフスカ・キュリー『放射性物質の研究』
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エルヴィン・シュレディンガー『波動力学についての四講』
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ロバート・A・ミリカン『電子、陽子、光子、中性子および宇宙線』
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湯川秀樹『素粒子の相互作用について』
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合衆国戦略爆撃調査団『広島、長崎に対する原子爆弾の効果』
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マックス・プランク『正規スペクトルのエネルギー分散則の理論』
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ニコライ・イヴァノーヴィッチ・ロバチェフスキー『幾何学の起源について、カザン帝国大学記要, 25号(1829), 27号及び28号(1830)所収』
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ゲオルグ・リーマン『幾何学の基礎にある仮説について』
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ヘルマン・ミンコウスキー『空間と時間』
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アルベルト・アインシュタイン『一般相対性理論の基礎』
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アルベルト・アインシュタイン『特殊相対性理論及び一般相対性理論』
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アルブマサル(アブ・マァシャル)『占星術』
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ガイウス・プリニウス=セクンドウス『博物誌三十七書』
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ジョルジョ・ヴァザーリ『最も優れた画家、彫刻家、建築家の生涯』
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ヨハネス・ヘヴェリウス『天文機械上巻』
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ブレーズ・パスカル『液体の平衡及び空気の質量の測定についての論述』
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セバスチャン・ル・プレストル・ド・ヴォーバン『要塞都市の攻撃と防御 第I、II巻』
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ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ『力の保存について』
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チャールズ・ダーウィン『種の起源』
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グレゴール・ヨハン・メンデル『植物=雑種についての研究』
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アレクサンダー・フレミング『アオカビ培養基(ペニシリウム)の抗菌作用』
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ジェームズ・ワトソン, フランシス・クリック『核酸の分子的構造』
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アメリカ合衆国航空宇宙局(NASA)『アポロ11号任務記録(月着陸交信記録)、月面への第一歩』
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by wavesll | 2018-09-20 05:59 | 展覧会 | Comments(0)

BBC 『戦争と平和』 戦火と恋、爛れなき誠の幸福へゆく人間賛歌

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BBCによる『戦争と平和』をみました。
トルストイによる大長編として知られる古典作品のドラマ化。放送はもう数年前なのですが、大分間を開けながらちょぼちょぼ見た結果、足掛け2年ほどかけてみることになりました(苦笑)

と、いうのも原作を未読だったのですが、特に序盤はドロドロ系のメロドラマで。主人公のピエールのぼんくらっぷりも相まり、みるのがかなりエナジーを使う感じで。後半になるにつれ戦争が繰り広げられ物語の速度強度が増していく構成。司馬遼太郎『坂の上の雲』なんかは青春篇の方が面白く日露戦争になると面白くなかったのですが、映像化されたこともあってか逆の読後感となりました。恋愛描写と戦火の両立は脚本家が『ブリジット・ジョーンズの日記』や『ハウス・オブ・カード』のアンドリュー・デイビスという複数ベクトルのバックボーンがある方だからかもしれませんね。

ヒロインのナターシャがなんか見た覚えがあると想ったら『ベイビー・ドライバー』や『シンデレラ』のリリー・ジェームズで。美麗なれどもその浅慮から悲劇も浴びる女性。そしてその恋の相手となるアンドレイ役のジェームズ・ノートンもいかにも英雄然とした立ち姿は秋山好古のようでもありました。

一大歴史絵巻であると共にポール・ダノ演ずるピエールのビルドゥングス・ロマン。空想的で地に足のついてないボンボンから、渡世の辛苦、決闘、そして戦争を越え、苦しみの中で逞しさを増していく姿には心を随分と感銘させられました。この役者さんの説得力は凄いですね。

そして、戦争の対比となる「平和」なのですが、平和がいつまでも過ぎると爛熟するというか、恋愛を越えた性愛や、貴族のマウンティングの戦が起きるのは人間社会の業ですね。その贅肉が戦争によって洗い流されて、純粋な仲間意識が育まれることもある。

けれども敵による非道な支配や破壊をみたり、また『この世界の片隅に』『火垂るの墓』をみた後の私たちは戦争における日常は同胞の間でも美しいだけではない、人の醜さや軋轢が出る極限状態だと知っています。そして大阪や北海道の災害を目の当たりにした今、安易に悲劇に美を見出すことの愚を知っています。

極寒でも極暑でもなく、恋愛の花が咲くくらいの刺激気候にあれれば良いかもしれません。しかしそれにはきっと自分を律する意思が要るのでしょう。また速度を出す快楽を否定するというか、あまりに規範を絶対視するのもHuman Rightsの否定になります。ピエールもただ安牌を選び続けたわけでもなく、虎穴にいることで成長を掴みます。

誠と賭けとの試行錯誤が人生なのかな、そして仮にどん底へ落とされても道を切り拓いていくのは己、そんな人生賛歌が描かれたドラマでもありました。

by wavesll | 2018-09-08 04:45 | 映画 | Comments(0)

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』 人種差別への高らかな反論であり世界を記述する貴さを感じる大著

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ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳『銃・病原菌・鉄』を読みました。
パプアニューギニアで投げかけられた「あなたがた白人は沢山のものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それは何故だろうか?」という問い。

ユーラシア大陸の民が文明を発達させたのに対して、石器時代に近い暮らしを続けている民もいる。果たして何故そのような違いが起きたのか。この巨大な問いにジャレド氏は多種多様な学問的知見を通して応えようとします。

”文明が民族によって異なる歩みを辿ったのは何故か?”ジャレド氏は先ず俗説を退ける處から本書を始めます。
その俗説とは例えば「民族によって知能に格差があるから」、「南の熱い地域よりも北の地域の方が文明が発達しやすいから」など。

けれども遺伝子の淘汰から言えば、文明によって守られた地域よりも原生林で暮らす方が”賢くなければ生き残れず子種を残せない”し、四大文明が発達したのは非常に暑い土地でした。

また「ヨーロッパには銃・病原菌・鉄があり第三世界を征服できた」との説、確かにそれは直接的な要因だけれども、では何故欧州に銃と病原菌と鉄がもたらされたのか。その究極的な要因をジャレド氏は求めようとします。

その結論とは「ユーラシアの肥沃な三日月地帯には食料栽培に向いた原生植物があり、そして家畜化可能な大型哺乳類が生息していた。その結果余剰が生まれ、政治家や軍人、発明家などを養うことが出来る国家規模の集団が生まれた。さらに南北に長いアメリカ大陸やアフリカ大陸と異なり、ユーラシア大陸は東西に長かったため、食糧栽培の伝搬とそれに伴う技術の伝搬が起こりやすかったためにイノベーションが発達しやすかった」というもの。

本書が持つ最大のメッセージは”人種による優劣はなく、人類文明の発達には環境的要因が大きく影響している”ということ。それを博覧強記の智見により解き明かしてくれたのでした。

人類文明の各地での違いが起きたのは1万3000年前の氷河期の終わりから西暦1500年までの辺り。700年前にアフリカで生まれた人類はグレートジャーニーによって紀元前1万年前には南米に到達、紀元前4万年には船を使ってオーストラリアに到達し、ニュージーランド沖のチャモロ諸島に西暦1300年には到達しています。そこから1492年の西洋と南米先住民の接触と征服へと歴史は続いていきます。

この記述を読んで「そうか、人類の最後に定住地として到達したのはニュージーランドだったのか。ポリネシアの民はきっと進化によりソフィスティケイティッドされていたのだろう」なんて私は想ったのですが、そんな当てずっぽうは第二章のマオリ族によるモリオリ族の虐殺のエピソードによって論破されます。

第三章ではペルーのカハマルカ高原に於いてピサロがインカ皇帝アタワルパを圧倒する現場を当時の手記からありありと書き上げて。アタワルパが余りにも無防備だったのは文字が無かったために非道な欧州人の人間パターンをインカの民が認識できなかったという事情が語られます。

彼らの差異はどこから生まれたのか?それは農耕に適したエンマーコムギやエンドウ等8種の「起源作物」の多くが肥沃な三日月地帯に自生していたこと。そこからより収穫しやすいように品種改良が続けられていったこと。逆に南北アメリカではトウモロコシの原種とも言われるテオシントは食べるのに適していず、カロリーを取れ狩猟採集に対抗できるまで品種改良するのには長い時が必要だったという事が大きかった。

そして家畜化可能な動物に関しても、ペットを越え農耕や軍事など大きな益をもたらす大型草食哺乳類の「由緒ある14種」のほとんどがユーラシアにいたという幸運も大きかった。これは時代が下ってから人類が到達した南北アメリカやオーストラリアでは、発達した狩猟技術が人間の脅威に慣れていなかった動物を絶滅に追い込んでしまったことも大きかった。

これらの栽培植物の伝搬に於いてユーラシア大陸が東西に長かったのも発達に大きく関わりました。というのも同じ緯度だと日照時間や雨などの気候条件が同じになりやすいため。これに対して南北アメリカやアフリカでは、緯度が大きく異なるために栽培植物を伝搬させることが非常に難しかった。

さらに家畜と共に暮らした結果として家畜由来の病原菌が人間にも発病させ、その結果免疫を発達させることになったことがヨーロッパ人にとって他の大陸を征服するのに有利に働きました。インカの民やネイティヴアメリカン、そしてアボリジニやポリネシアの人々などは直接殺されるよりも欧州人が持ち込んだ病原菌で夥しく死亡していくこととなりました。

これらの病気が蔓延するためには人口が大きいことが必要ですが小規模血縁集団(バンド)から部族社会(トライブ)、そして首長社会(チーフダム)から国家(ステート)へと巨大化していくには食料生産も大きな要因で、社会の規模が大きくなると灌漑なども整備で木、さらに集約的な食糧生産が行え、人口が増え、平等な社会から集権的なシステムがさらにつくられるという流れもありました。

文明の大きな要素である文字は今までの人類史で独自に発明されたとみられるのはシュメール、中米、中国くらいで、その他のエジプト文字などはそこからの模倣によって生まれたとの立場をジャレド氏は取ります。

音素を顕わすアルファベット、音節を顕わす日本のカナ文字やギリシア・ミケーネ文明の線文字B、そして漢字などの表意文字。これらの文字システムの成立過程において、表意文字を同音異義語に応用するというイノベーションが大きな変革となったと語られています。

alephがセム語で雄牛、bethが家、gimelがラクダ、dalethがドアといった語源や、アーカンソー州でアルファベットのアイデアを知り自らチェロキー・インディアンの文字体系をつくったセコイヤという人物の話やイースター島にも独自の文字があったという話も面白かった。

そして下巻のほとんどはニューギニアや中国、アフリカ等の先史時代からの人々の変遷について書かれていて。オーストロネシア人という人々がいたこと、アフリカには黒人・白人・黄色人種の他、ピグミーとコイサン族という民族がいる事、マダガスカルには古代に大移動してきたボルネオの血が濃く残っている、そして気候の違いからコイサン族が喜望峰の辺りに進出できなかった故に南アフリカが白人に占領された事等、全く知らなかった物事を知らせてくれました。

ジャレド氏は、環境によって文明の歩みは違ったと論じますが、決して人間個人の自主的な先取性を否定するわけではなくて。けれども大河のような歴史を科学するという上で、人類の歴史のメカニズムを解き明かそうという大事業の大きなメルクマールを本書は成しえたと感じます。その上でエピローグでは”なぜユーラシアの中でも欧州が特に力を持ったのか”などの残された課題も語られています。

また本書は真に博覧強記な執筆で、コーラナッツというアフリカの植物は初期コカ・コーラに使われていたとかマカデミアナッツはオーストラリア原産だとかアラム語の齟齬であるセム語系の発祥はアフリカにあるなど変幻自在なのだけれども、「文明の異なる発達は環境により大きな影響を受けた結果」という巨大な論のための縦横無尽故に一本筋が通っている論を読め散漫な印象はないという感慨を持てました。

人種差別への高らかな反論であり、人という種族がいかに生きたか、その営みに深く届く書物。ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』では文明以後の中南米や東南アジアの知られざる世界史を学べたと想いましたが、本書ではポリネシアやアフリカを知れ、自分の中で地球史として一つのパースペクティヴを持てた気がして。世界を記述する貴さを味わうことが出来ました。





by wavesll | 2018-08-30 06:51 | 書評 | Comments(0)

本田静六『私の財産告白』 富の築き方と渡世法

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この間に続いて1000冊読んだ京大生が薦める44冊からの一冊。これはちょっとした古典の風格があって、そしてサクっと読めて良かった。

極貧生活から東大の教授となり、その貯蓄・投資生活から莫大な財産を築いた本田静六氏が財産のつくりかたと渡世の仕方を語った本。何しろ机上の空論でなく、自らが実践したことについて記されているから強度があります。

シンプルだけれど、強靭な一念がないと出来ないであろう「本田式『四分の一』貯金」には感じ入りました。財形貯蓄の走りと言うか、給料の1/4を天引きで貯金して、カツカツでも生活してしまう。さらに著述などの臨時収入は10割貯金してしまう。恐れ入ります。

そうして出来た貯蓄を雪だるまの芯として投資をする。これは投機になってはいけない。投資するために借金は一切しない。「二割利食い、十割益半分手放し」という投資法は村上世彰『生涯投資家』で語られた彼が父から学んだ『株は上がり始めたら買い、下がり始めたら売る。一番上で売ろう、一番下で買おうとしてはいけない』という教えに通ずるものを感じました。

「好景気時代には勤倹貯蓄を、不景気時代には思い切った投資を、時期を逸せず繰り返す」という本田さんの言葉にはケインズ的な慧眼も感じて。「二杯の天丼はうまく食えぬ、沢山の天丼を注文して一杯食うのではなく一杯の天丼だけ注文して舌鼓を打つところに本当の味わいがある」という話には効用の逓減の法則を掴んだ知恵を感じました。

そして”「義理をかき、人情をかき、恥をかく」貧乏故の吝嗇でなく、自分の分を知って自己を抑制し一切の無駄を排す節倹をせよ”というくだりには、縁に金をしぶり、趣味・娯楽に金を遣う自分自身の行動を顧みる機会となって。藝術や旅は私の人生の愉しみですが、せめて生活レベルを落せるところは見栄をはらずに纏・絶・硬をしようと、早速晩酌をクラフトビールからスーパーで税抜き109円の本麒麟に変えたりしてます。「貸すな、借りるな」も本当に膝を打って。

そして『私の体験社会学』では「失敗は人生の必須科目、これなしに成功はなく、一度や二度の失敗に闘志を失うな」には刺激を受けました。また「馬鹿正直なだけでなく商売はアヤも大事だ」というのも考えさせられるし、逆に「偽善的によけいな謙遜はせず自らの能力を最大限に発揮すべき」という話や、「人を使うには使われるものの身になってすべてを考えよ」という話も腑に落ちて。

特に人を使うには何にでも口出しせず自主性に任せながら、きちんと目を配り人事配置などで”わかってるぞ”というのを示し、きちんと名前を憶えて人間として大切みを感じさせ、部下の意見もきちんと聴く、そして叱る時は「三つ褒めて一つ叱れ」。十分に他者の話を聴いた上で自説を述べ、最重要部以外は他者に花を譲るというのも”素晴らしい人心掌握術”だと。

そして立身出世のためには「勉強の先回り」が大事で、「職業道楽化」が一番いいと。「天才マイナス努力」より「凡才プラス努力」の方が必ず勝てるという兎と亀な噺には鼓舞され、『人生即努力、努力即幸福』という最終結論には感じ入りました。

事業/仕事など“やるべきこと、やらなければならないこと”を“やりたいこと”とし、社会に貢献することは大したもの。給料1/4を天引きで貯金することを為しえた精神の強靭さには舌を巻き、趣味だなんだいってる自分も詰めの垢を煎じて切り詰められるところは切り詰めなきゃなと想いました。また本田翁は毎日必ず一頁ものを書いていたそうで、これもBlogをやっている人間からすると毎日というのは驚異で。語り掛けられた言葉に上手く触発されていきたいな等と想う處です。

by wavesll | 2018-08-08 03:48 | 書評 | Comments(0)

滅びの美学と新時代をつくる野卑 ルキノ・ヴィスコンティ『山猫 完全復元版』& ちきりん『マーケット感覚を身につけよう』

El Gatopardo (1963)

先日TLで話題になったのが【1000冊読んだ京大生が選んだ】大学生のうちに読んどくと差がつくおすすめの本44冊!という記事で、それへのTwitter上の反応の多くは「人文系がないのはがっかり」というような批判が多かったのですが、一度相手の技をしっかり受けてから反応を返すのがプロレスラーだと想い、図書館に予約を入れてタイトルが気になった書籍を読んだのでした。


ちきりん氏は完全にプラグマティズムで市場の原理を支持する立場で、伝統的な、或いは規制に守られた安寧は打ち壊されるリスクが大きいから、どこに価値が生まれるかの想像力を働かし、非伝統的な価値観にも働きかけて新たな時代の市場に適応できるように努めようという話で。

”ANAの競争相手は何か”などの様々な具体例を交えた立て板に水な説明に”ほう…”と想いながら、私の脳裏に浮かんだのはイタリア・フランス製作の名画『山猫』でした。

シチリアの貴族がイタリア統一という時代の大きな変わり目に於いて古い美意識に殉じ没落の未来へ向かう姿が描かれている映画で。

主人公のサリーナ公爵は何ともダンディズムにあふれ、様々な伝統的価値観に基づいた”やるべきだったこと”をハイレベルに行えて、彼のパワーといい立ち振る舞いと言い全く以て男の格好よさの極致で。

しかし変革の時代においては、儀礼で在ったり理念に拘泥するよりも、若き甥タンクレーディや財力と政治野心を増す市長のセダーラの方が、質は低く野卑だとしても”次代をつくるのはこの者達のエネルギーなのだ”と感じさせられて。

その点でいうとサリーナ公爵はあまりにも完成度が高いけれども、恥をかくことが出来ず、統一イタリアの新政府から議員になってこのシチリアの状況を好転させる働きをしないかと言われても「シチリアは変化を望まない。眠りにつきたがっているのだ」と断って。

Uberもそうですが、新技術であったりは粗があります。サービスの質は例えばロンドンのブラックキャブの方が高い。けれども圧倒的な利便性が時代を変革していく。そんな中でサバイヴしていくにはタンクレーディの「変らずに生きてゆくためには、自分が変らねばならない」という姿勢が正しくて。

でもその際に人の心の機微が「不合理な芥」として捨象されるというか、溜まって馨る時が積み重ねた価値観の美への敬意が全く打ち壊される、先の京大生のチョイスに対する回答ではないですが、あのリストで捨象された人文は人間性の研究ともいえるかもしれません。そうしたものと共に滅んでいく美学もあるなぁと想います。

その上で、逆説的に「自分の過去の誇りや質の高い行為が出来る處に篭り、恥をかいたりチャレンジから身を引いては、それは滅びへの道なのだ」とも感じて。

今の時代は大変革が起き、ヘゲモニーもドラスティックに変幻する世界で。そんな世界を生き馬の目を射抜いて生くにはたとえ完成度が低くなるにしてもドライヴし続けることが大切だろうなと。そう想った夜となりました。

by wavesll | 2018-08-03 01:05 | 映画 | Comments(0)

堀辰雄『風立ちぬ』 綺麗で甘いだけでない現実のえぐみが描かれた純愛小説

夏はプールなんかも好いですが、何か本を読みたくなるもので。

家の中で積読というか、買ったはいいが読まずに放置していた本を物色していたら堀辰雄の『風立ちぬ』がありました。”おそらく宮崎駿のアニメが公開されたときに買ったのだろうな、よし、薄いしこれ読むか”と手に取り、そして惹き込まれ、読み切りました。

舞台は1930年代前半。主人公は(おそらく)そこそこ資産のある家の息子。あの時代は高等遊民なんて言葉もありましたね。彼がある夏の日に病弱な令嬢、節子と出会い、そしてサナトリウムにて死の影を感じながら二人、生を幸福に生きようと愛の罅をもがく様が描かれて。

こう書くと”『セカチュウ』みたいな未熟な者同士の『純愛モノ』かよ”と想ってしまうのですが、この本は堀辰雄自身の経験が反映されているらしく、小説家の目は現実の苦さもありありと映し出します。

例えば主人公が小説の途中から節子さんのことを指す主語が「病人は~」となります。そして偶に「節子は~」となる。いかに相手を愛していたとしても、病人と暮らすときに差し込い涌かざるを得ない昏い想い、相手のイメージが「病人」とラベリングされてしまう悲劇が冷徹に画き出されます。

一方で主人公の方も言ってみたらプー太郎ですから、サナトリウムに付き合うという名目はあるけれども、どうにもモラトリアムに浸かっているひ弱さがあって。そして彼は節子さんに「我が仕事として此の日々を小説としたいがいいか」と持ち掛けOKを得るのですが”こうした私小説は現代においては様々な問題からリリースされずらいだろうな、さしずめアラーキーのようなことになるだろう”なんて思いながら読んでいました。

そして小説家は”この悲劇を小説のネタとして捉え、形よくまとめようとする傲慢さ”も書くのです。その指摘は半ば弾劾。厳しい視線が己の姿勢に向けられたのは痛みをもネタにしようという小説家の業への罪悪感からでしょう。

力のない自分へのコンプレックスの結露か、節子さんが彼女の御父上の訪問に対して非常に喜ぶことに主人公は敏感に反応します。彼女との彼の日々は、社会から隔絶された八ヶ岳山麓のサナトリウムで、あまりに微に細に入った心模様となって、しかしそれゆえに非常なリアリズムを以て立ち現れていました。

と此処まで読んで”古典とは言え、ネタバラシが酷いのではないだろうか”と眉をひそめた方もいらっしゃるかもしれません。ただ私はこの小説の本質的な魅力はプロットの骨組みにあるというよりも描写の筆力、殊に風景描写の筆致にあると想うのです。

移り変わる季節の中で、主人公と節子の心理状態、さらには生命の燈火がどうなっているかが彼らがみる風景の中に顕わされて。直接的な表現でなく、映像的、あるいはトーンによる詩情で物語が展開されるのが感心されます。

最初の方は”元祖スウィーツ小説か”とあっさり読んでいたのが、最後は重く胸が締め付けられて。主人公と節子は確かに未熟で、力がなかった。けれど、そこには生きることで二人倖せを求めよう、二人の生活を歩もうとした純粋で甘いだけではない、けれど確実に存在した彼らの軌跡があった。そう読めました。

by wavesll | 2018-07-25 05:06 | 書評 | Comments(0)

ベネディクト・アンダーソン『定本 想像の共同体』ーナショナリズムの産出、exクレオール世界の認知

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ベネディクト・アンダーソンによる『定本 想像の共同体』を読みました。

ナショナリズムを生む"国民意識"というImagined Communitiesが歴史上どのように生まれ得たか。氏はこの起源を近代において宗教共同体と王国というシステムが崩壊し、そこに前後して出版技術の革新による言語・フォークロアの元で欧州に於いて”国民意識”が生まれたとします。

そこから世界各地に国民意識、ナショナリズムは広がっていくのですが、本書を読んでいて面白いと感じたのは南米アメリカにおけるクレオールのナショナリズム勃興の話や東南アジアにおける植民地下での国民意識の創成が語られていたこと。いわゆる受験世界史だと南米や東南アジアの歴史はなかなか学ぶことが無かったので、新鮮に感じました。その点でアフリカにおけるナショナリズムの話も読んでみたかった気がします。

クレオール、つまり「植民地生まれ」という存在が如何に行政的な出世の巡礼が制限されていたか、それは即ち生まれによって人間が差別されるということで、現代においても人種差別や移民問題など、極めて重要な意味を持つ歴史的ファクトだと感じました。

王室による公定ナショナリズムと帝国主義、そして革命のモジュール化。数世紀に及ぶ全球的な論考を浴びることで自分自身も細石なスケールでなく巖のスケールに器が拡がるような感覚が生まれて。ここら辺の歴史絵巻は映画『山猫』におけるガリバルディと貴族の落日をみた気持ちにも通じるものがありました。

著者の縦横無尽な博覧強記ぶりには本当に感銘を受けて。例えば『ヴェトナム(越南)』という国名は当初『ナムヴェト(南越)』にしようとしていたところ中華から横やりが入って決まったものだとか、思わず”ほう…”と零れるような話が盛りだくさんで、その夥しい知見を編み上げる手腕にほれぼれとする書物でした。

スヴァールバル諸島のロングイェールビーンのような労働ビザなしで働けるフリーゾーンもある一方で、軽い處ではW杯などもそうだし、ここ数年のグローバル化へのバックラッシュもそうですが、今でも「国家」という意識は大きなプレゼンスを以て鮮烈に存在しています。されどそれは(歴史の中で強化されてきた)想像の存在であるという論考に目を瞠って。

本書で取り扱わなかった範囲としてアフリカの他中東もそうだと想います。本書をさらに拡充させるそれらの地域の研究もその後為されているのでしょう。日本に於いて海外の報道はただでさえ少なくて閉口ですが、普段注目されない土地へ光を当てる巖のような書籍へさらに手を伸ばしていきたい、掘り下げていきたい。そんな開拓心に駆られる読書となりました。

by wavesll | 2018-07-21 00:02 | 書評 | Comments(0)

SNSの”正しい息苦しさ”に岡田尊司『過敏で傷つきやすい人たち』を読む ー鈍感と過敏は同居し、愛着障害による幸福感の欠如は零百思考をしないことと安全基地をつくることから改善する

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ふかわりょうの「ハイレゾ社会に御用心」というコラムを読んで”ハイレゾに関する基礎知識では間違っているけれど、Twitterがどんどん些細な粗さも許されなくなってきているなぁ”と想う昨今。

個人的には「少しのズレも許せなくなっちゃった」という意味で『LOVE PHANTOM症候群』と名付けているこの現象を考える上で岡田尊司『過敏で傷つきやすい人たち』を読んでみました。

やー!この本は面白い!同著者の『対人距離がわからない』はあまりガツンと来なかったのですが、『過敏で傷つきやすい人たち』の内容は上のような問題意識を持っていたからか、かなりするっと入ってくるものでした。

本書の中で語られるのは過敏性を持っている人は”ネガティヴな認識をしがちな人”よりも生きづらさを感じやすい事。そして遺伝などの生得的要因と強い結びつきがある神経学的過敏性よりも、養育要因や社会的体験、愛着対象との関係が強く影響する心理社会的過敏性が不味い場合の方が生きづらさや幸福度に強い相関を示すという事。

面白いなと想ったのは過敏な人は同時に鈍感な一面(低登録)も持っているという事。それ故ワガママだと認識されたり、人から指摘されることも多く、ネガティヴな認識を持ちやすい傾向がある、と。そしてネガティヴな認知以上に過敏さと強い相関があるのが、全部良いか全部悪いかのどちらかになりやすい両極端な認知(二分法認知)の傾向でした。

過敏性の原因には発達障害や愛着障害も成り得て、不安定な愛着は「他人には何も期待せず関わりを断つ回避型」か「大騒ぎして愛情や関心を得ようとする不安型」をもたらします。そして愛着不安が強い人は幸福度が低くなる傾向がかなり強いそうです。

愛着は単なる心理的現象ではなく自律神経系の働きに密接に結びつく生物的・生理的なもので、愛着が安定した人はストレス耐性が強いのに対し、不安型愛着の人はストレスに対して情緒的反応が過剰になりやすく、家族やパートナーにも愛憎の両方を巻き起こしやすく、ストレスも長引きやすい、と。

一方回避型愛着スタイルの人は一見クールに見えながら、実は気づかないふりをしているだけでストレスホルモンは上昇しており、直接自分がストレス源と関わる立場になるとポッキリ折れてしまうことがあるそうです。

愛着障害はもともとは親から虐待されたりネグレクトされた幼児に使う言葉でしたが、実際には大人になっても引き摺っている人が多く、その人たちを「未解決型愛着スタイル」と言うそうです。

ではどうすればいいのか。本書は過敏な人の適応戦略として

1. 刺激量を減らす
外からの刺激が閾値を超えないようセーブ。頭に出てくる雑念は懸案事項を書き留めることで外部化し抑える。またこのタイプの人と話す人は喋り倒さず沈黙も設ける。

2. 刺激を予測の付くものにする
生活や活動をルーティン化し、予測ができるようになると刺激の苦痛は半減。このタイプの人と付き合う人はサプライズは避ける。

3. 安全限界を超えない
刺激が閾値を超えそうになって、イライラや疲労感、集中力の低下などの兆候を見つけたら限界を超える前に止める。休みの日にぼーっとすることもメンテナンスとして大切。

4. 薬も効果的

5. 不快な刺激やストレス源の人間などを回避する

6. 感覚探究が高く神経システムが安定するために必要な刺激量が大きい人は旅行や芸術、スポーツなども大切に

7. 低登録な人は気が回らなかったり切り替わりが悪いと言われる人もいるが、寧ろ運鈍根は信用を得ることも。また過敏さと鈍感さが同居している人の過集中は天才的な閃きを生むことも。

8. 低登録の人は大きな刺激でないと感応できないので、スイッチが入りやすいように刺激強め、行動や質問と組み合わせてメッセージを送る

等が挙げられていました。(過敏な人たちは多様であり、これら等から自分に合うメソッドを自分で選び出すことが大事。)

本書はさらに進んで、過敏性を克服するために

1. 肯定的認知エクササイズで幸福と社会適応を高める

・感謝するエクササイズで、得ることが出来ている快楽に馴れっこにならないようにする
・「奇跡が起きて何でもできる力を得たとしたら、あなたはどうなりたいですか」という希望のエクササイズをする
・親切にするエクササイズはオキシトシンを分泌させる

2. 二分法的認知の克服エクササイズ

・良いところ探しのエクササイズ
・許しのエクササイズ
・第三者の視点を持つメタ認知のエクササイズ
・自分が相手と入れ替わるエクササイズ

・マインドフルネスの三分間呼吸法
背を伸ばし座って目を閉じ、1分目は自分の心の状態を感じ、2分目は呼吸を意識し、3分目は足先から膝、腿、尻、腹、背中、腕、肩、首、顔、頭の感覚に目を向けボディ・スキャニング。

・ひたすらポジティヴであればいいのではなく批判的な目も持たないと危険

・行動目標は小さなゴールの成功体験を積み重ねる
・主体的な関与が苦痛を減らす

3. 安全基地を強化する

・一日中ぴったりとくっついていられ、安全で、心地よい存在で、自分の反応に応えてくれる存在=安全基地をつくる

・ケアが必要な人の問題を解決する時は、その人をケアする人の大変さを受け止めたり本人の状況の理解を援けたりすることが効果的。

・愛着は相互のものであり、不快な相手は逆に自分のことを不快に感じていることも。相手を責める前に自分を客観視することが肝要。

・相手を全否定することは人間関係を破壊する。つい気を許して口にする否定的な口癖も積み重なれば相手を安全基地ではなくさせてしまう。

・人が健康に生きていくには依存と自立両方が必要

・安全基地になれない人からは、心理的、物理的に距離を取る

・恋愛や家庭でなく、仕事や趣味が安全基地になることも

という過敏性の本の愛着障害の克服に安全基地が大事だということを記し本書は終わるのですが、ここまで読んで冒頭のSNSの「少しのズレも許せない症候群」に関して、寧ろSNSを安全基地としている人が多いことの裏返しなのかもしれない、なんて思いました。

明け方書いたエントリで「左の人は無自覚な右の人を受け止め諭す度量がないと現実は変わらない」と書きましたが、寧ろSNSでのエコーチェンバーが安全基地としての機能を果たしているとすれば、無理に意見を異にする人と交わろうとするよりもクラスタで固まることが精神を安寧させるのではと。そういった意味でブロックやミュートを駆使するのは現実的改善かもしれませんね。

その上で、他者、それも「当たり前」が異なる人と語り合おうとする人は、クソリプの応酬だと拒絶されぬ工夫、例えば「Yes~but~」法などを使うことが、鬱憤晴らしに終わらない実効力を持つのではないかと改めて記してこの記事を終わります。

by wavesll | 2018-06-19 19:15 | 書評 | Comments(0)

岡田 尊司 著『対人距離がわからない ─どうしてあの人はうまくいくのか?』読書感想メモ

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コミュニケーション指南書として期待していた柔らかい感じではなく、教科書的な堅めにコミュニケーションタイプによって人々を分類して、それごとの特質を分析・羅列する本でした。

人と親密になりやすい演技性パーソナリティーは幸福度が高いが、長い付き合いの中では真面目な強迫性パーソナリティ―の方が人から重要視されるとの話。またシゾイドや回避性パーソナリティー等のヒトとの関わりから遠のくタイプは幸福度が低いとのこと。

多くのコミュニケーション不全が自分に重なりなりつつもほとんどの話は深く刺さることはありませんでしたが、言語性IQ、動作性IQの他に処理速度という軸が社会の中でのロールを決めるという話と、「自分の悲しみやつらさを乗り越え、相手の視点など自分を超えた視点で振り返り、それを許そうとする」という「メンタライゼーション」という技術が人生を前向きに安定させるという話は興味深いものでした。

演技性パーソナリティーや反社会的特性のある人間に対しては拒否をきちんと主張しつつ、自分自身はそういうライフハックをすることを現実を上手く廻すために薦めながらも、最後に他者の心を打つのは真っ当な誠実さだと読めて、綺麗な噺に落ち着いたと感じました。

この著者はみてみると似たようなテーマで本を量産していて、ちょっと看板や視点を架け替えてるだけだと感じてもうこれ以上金を払うことはしないだろうけれど、一人の人間のリソースではそんなに多種多様に深く物事を書き記せるものでもないから、食っていくためには少しインスタントになっても新作を出し続ける必要があるのだろうなと。

お薦め度は3/10。特に「コミュニケーションのコツが知りたい」だとタイトルを観て期待した人にはあまり参考にはならない本だと想います。


by wavesll | 2018-06-13 05:01 | 書評 | Comments(0)

ケリー・マクゴニガル監修『図解でわかるスタンフォードの自分を変える教室』で呑む量を梳く。

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元TOKIOの山口メンバーのアルコール依存症の話を聴いたとき「自分も”今日は何もなかったな”なんて日についつい酒を飲むことで脳を疲れさせ何かした気になっちゃうことあるな」と少し怖くなり、酒量を減らそうと試みました。

取敢えず飲むの抑えようと決めた週は平日5日飲まず、その後は大体休肝日を週3くらいやっていて。特に必要のない時は飲まない感じにしていきたいです。

そんな中で一助になってくれたのが『図解でわかるスタンフォードの自分を変える教室』
脳科学、心理学から意志力を身体的心的に鍛える方策が書いてあって。サクッと読めました。

中でも心に残ったのは「よいことをすると悪いことがしたくなる」の章。この心の働きに「モラル・ライセンシング」という名称があるとは。

自分を甘やかさないためには「今日と同じ行動を明日もとる」と決意することで”今日まではイイや・明日からやろう”というのに意思の力で乗り越えるというのも面白いなと。

意志力を充電するためには睡眠をとる、血糖値をあげる、自然を浴びることがいいというのも具体的で。これは試してないけれどマインドフルネスのHow toも書いてありました。

君子危うきに近寄らずというか、金持ちはコンビニに寄らないと聴きますし、ドーパミンの誘惑をそもそも起こさない行動パターンを選ぶのはいいですね。逆にストレスも意志力への大敵で、そういう人物や事柄からも身を離すのが普通に心身に良いのだなと。

また敢えて誘惑に負けて”欲望に従ったけれど想ったほど歓びはなかった”という悟りを得たり、或いは欲望のニンジンを使って意義あることへのモチベーションにするというのも当たり前の言説だけれど、その当たり前の積み重ねが善い習慣なのだと。例え欲望に一時負けてしまっても”もうどうにでもなれ”でなく、レジリエンスが大切なのだと。

レジリエンスでいうと”やらなきゃならないことの動き出し”が私は遅い癖に小さな失敗でも零百思考をしてしまって。それでも小さく細かくしてとっかかるとスッとやれるもので、反復とレジリエンスはハイ・スタンダードを造れるなと。

一方”やらないようにすること”では個人的には酒が一番飲みたくなるのは飲んだ翌日の夜で。そこを乗り越えると結構いい感じに楽に過ごせる感覚があります。欲望をなくしすぎると何のために生きてるのか分からないから、さらに高い欲望に誘導できるように自分をハンドリングしていけたらと想います。

酒以外の所でも最近スマホから2chビュウワーを削除したりPCからブックマークを削除したりして。環境を整備すること、ちょっとした段差をつけることで行動の変化に繋げられるんだなぁという実感があります。

”生産性”なんて言葉はどうにもアレだと想ってしまう人間でゅ ゑ 、ζ、 ゎこそ善きかななんて想ったりしてしまいますが、もうあまり箴言も受けない年ですし自分の躾は自分でしていきたいなーと。取り合えず腹も凹むし懐にも優しいし減呑は無理のないペースで続けていきたいです。

by wavesll | 2018-05-28 05:29 | 書評 | Comments(0)