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死が遠くなった今XXXTentacion『?』を聴いて

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米国のラッパー、XXXTentacionが銃で襲われ僅か20才で生涯を閉じたニュースをきっかけにSpotifyで彼のアルバムを聴いていました。

素晴らしかった。Lil Peepもそうでしたが、まるでニルヴァーナを聴くような感傷に襲われる感覚。特に今年出た最新作『?』はグロウルとクリーンな聲の使い分けとトラックもTRAPからも少し遊離していくような未知への冒険の序章を感じて、まさにこれからさらにどんどん良くなっていく予感がするだけに未来が圧殺されたことが残念です。

死が近い、生と性の懊悩の衝動はその昔はRockが持っていた領域だったのが、今はHiphop、それもグランジを聴くような世代が担うのかと想うとJOJOとDIOの血が融けたジョルノ・ジョバァーナをみるような感覚があると共に、そうした優れたアーティストを訃報によって知ることが増えたのは私自身が若年の頃の死を近くに感じる初期衝動の軋轢から離れた地点に来たのかもしれないと感じます。

音楽の世界は死にまつわる話が非常に多くて。今年もAviciiの自殺のニュースもありましたが、特に米国は銃による自殺・他殺が多発して。死に触発されて燃え尽きるように生きているようにも傍目からはみえます。

そして日本も他殺は少なくても自殺は1977年から2017年までずっと毎年2万人を超えていて、一時期は毎年3万人を超えていて。311の死者・行方不明者が約1万8000人ですから、40年間毎年東日本大震災が起きているようなもの。日本社会は戦争状態と言えるかもしれません。

隣国・韓国も激烈な競争社会で、自殺率は日本を大きく上回る中でプロダクトを出し続けている。こうなってくると国家として他者に抜きんでようとするには激烈に無理を効かせて死を発生させないといけないのだろうか…なんて気にすらなります。それは見栄の為に殺す・死ぬのと何が違うのかと。

私自身、一時期本当に辛かった頃は”最悪でも死ぬだけだ”とか思っていたのですが”最悪でも死ぬだけ”と想わざるを得ない時ってかなり最悪の時だと、今そこから距離を置いて感じます。

そしてそこから離れて”普通に安定”になると、希死念慮、或いは激烈な恨みを持たざるを得ない人への無理解が生じてくるもの。普通に考えたら人を殺したり自殺するなんて合理的な選択には思えませんが、今の日本には自殺を選択する人や”死んでもいいからあいつを殺したい”と想っている人や、中には新幹線殺傷犯のように無差別に殺してやりたいと実行してしまう人もいます。

それを”稀なバグ”として、それで殺される人も切り捨てているのが日本社会であって、或いは高校で銃乱射しても銃規制しない米国社会で在ったり、イスラム原理派などのテロルを制圧するだけで根本的な省察は為さない国際社会なのかもしれません。

そんな“無自覚な普通の人々”に死に近い生を藝術により伝えてくれたのがカート・コバーンでありXXXTentacionだったのだなと。彼の素行の悪さは端的に酷いものもあったそうですが、呻くような"彼ら"の叫びに対して、温かいスープを与えられる社会ならば、苛烈なShowが自然消滅する様な社会になっていくならば、それは円満なのではないか。そんなことを感じながら『?』を聴きました。

by wavesll | 2018-06-21 07:04 | Sound Gem | Comments(0)

臥薪嘗胆で燈す小さな狼煙



人生において挫折を味わい心砕かれた後、逆に自分の出来なさを自分で嗤うことで過剰にトライブに溶け込もうとした結果、最初はショウマンシップとして上手く行った時期もありながらも”自分だけが消耗している”という恨みと肥大した承認欲求からパフォーマンスが過剰になり自他ともに粗野にプライドを扱うようになって、自暴自棄となり破滅して。

「どうせこの感覚は理解され得ない」とか「俺は今は付き合いでやってるだけで、これは本気でやりたいことでない”仮のこと”だ」いう歪んだ自意識が”普通ではない”とかおかしな誇りを育てたり。

結果としてそのソサエティとの関係性から離れ。しかし社会というのは広く、自分と似た選好の人々と繋がって。結果として、ショウマンとしても自分は中途半端な実力しかないことを気づかされて。本気になったって自分より上には上なんか幾らでもいて。

そして同時に人から評価を得ようと想ったら”しゃべること”より”傾聴すること”がより力を持つことも実感せざるを得なく、”普通のことを普通に営み続ける”ことのハイパフォーマンスさも認めざるを得なくなります。馬鹿にしていた認識を変えざるを得なくなった。

そもそも単純に力が足りていなかった。そして自分の無能力を笑いに変えても一方で腕力を上げて魅せる努力をしなければただ自分の存在は軽くなっていくだけだったと。端的に言えば人生を舐めていたと。

自分の力の圧倒的な足りなさと向き合うことから本質的な戦いが始まるのだと漸く肚が座ってきました。

まぶしい若葉の燃料が切れつつ、そして無根拠な自信も失われざるを得ない、心だって素直なだけではいられなくなっている。

無力さの認識というあきらめの先の闘いという点で人生が次のコーナーへ差し掛かって来た時に、ただ謙虚なだけでなく戦略と、批判的な視点という盾と、そしてダガーを研ぐ営為、”魔法でなく技術と体力を長じさせ営み続けることへの努め”を。泥を啜ったって格好が悪かったって僅かでもぶんどって。すれっからしですから本当に致命的なこと以外は軽んじながら、それでも今の雌伏が後にそれなりの果実を結ぶことを期して。

そして今の自分が在れるのは周りの人たちの御蔭。人は宝だと心の底から想います。敬意と感謝を周りの人々に持って、ここからやっていこう、そう想っています。

by wavesll | 2018-06-15 07:27 | 私信 | Comments(0)

疲弊からくる悪意と、身を離し、獣を制御すること

人間、悪意が沸くのは疲弊しきっている時が多いのではと想って。たまにナチュラルにマウンティングを仕掛けたがるクズもいますが、悪意というのは弱った手負いの獸の余力の無さから来るのだと。今日本に憎悪が増してるとしたら、その根本は疲弊、弱りではないか。躁状態も崩壊との際。立ち止まって振り返ることで掬われる灰汁もあるのでは。

私にとっては今でもフラッシュバックするのは大学でて最初の会社辞めて暴言吐いて荒んで騒いでた頃にレディオクレイジーから直行格安バスで東京での先輩主催の忘年会に疲弊しながら顔出したのに先輩が後輩の女の子に「こいつと付き合いたい?」と聴いて女の子が鬼の形相で「絶対嫌です」と言い思わず「結構です」と返してしまった時のこと。

はっきりいえば私が無礼者の輩で仕事もできなかったのが悪いのは間違いなく。その上で、無能の者である立場でどんどん道化の道を極めたというか、鶏口となるも牛後となるなかれとはよく言ったものでいいフィードバックサイクルでないと感じた場からはさっさと離脱するべきで。

何しろ、あの「結構です」は完全敗北宣言でした。

意外性や突拍子の無さ、インスタントな刺激をやり過ぎて、色々と麻痺してて。あの頃私は恥を売って、寧ろ周りに“何故恥を売らないんだ”とブラック思想で。“普通”の腹黒さに対しても無防備で。どいつもこいつもクズなのだけど、クズである自覚がない事を知らない、未熟な坊っちゃんでした。

盲信も、憎悪も、依存。結局私はあまちゃんだったし、世の中の“普通”はかなりタフだと今なら敬意はありませんが痛感はしています。とは言え忘年会の時期になると、自分の極限の弱さを露呈したあの出来事を思い出して。省みる限りは繰り返すことはないでしょう。

プライドというか、自分を大切にしていい。寧ろそれは作法であるということを知ったのがこの十年でした。無駄にサービスしても何も有り難がられはしない。

時に矛を以て、時に盾を以て、時に遁走もして、それでもサヴァイヴ出来れば御の字ではないか。不愉快な輩にかける程情は余ってないこと悟り、ヤマアラシのジレンマが距離によって解消されていくことを感ずる。そんな冬至の夙めてとなりました。

by wavesll | 2017-12-22 06:56 | 私信 | Comments(0)

Blue Straight - Critical Mass 'N' LIVE IN 高円寺Roots "MISHKI NIGHT" 一撃みなぎる会心のCharge!!

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日曜の夜高円寺RootsにてBlue StraightのLIVEがあって。

自分は一つ前のMOBのACTから入り、MOBもかなりいい感じにアブストラクトで好きでした。

そしてBlue Straight!ブルーストレートは元々のDrが大学の先輩で。で、LIVEに通ううちにVoのキンゴとBassのコーラルと仲良くなって、先輩は赤坂BLITZでのライヴを最後に脱退してしまうのですが、その後も観ていて。今の4代目のドラマーはなんとexスタンスパンクスの柿健一さんと。何やら凄いことになっていて。

ブルーストレートのライヴは久しぶり。とは言え今まで一番ライヴに足を運んでいるバンド。だからこの日のライヴは新曲を沢山やってくれたのが嬉しかった。完成度を重視して城の中でがっちり守りを固めるより新たな冒険へ出るのが善い。

そして月下乱舞などの今までの定番曲も歌の表現力が増している気がして。それはアルバム・レコーディングを経たからかもしれません。

先日Spotifyでもストリーミング開始された『Critical Mass』を聴くと改めてBlue Straightって生硬な青さが突き抜けて清々しくて痛快で。

社会に阿らない、真っ向勝負。時に凹みながら、時に尖りながら、真っすぐ奔る。この日のライヴを観て自分の友達というか本当に身近な奴らがこうやって音を鳴らしているのは”俺もガンバロウ”と力づけられみなぎったGigとなりました。

PUNKのDIYな会心の一撃、第一運動の創造の楽しさが伝わってきて。音を鳴らしちまえばこっちのもんだという◎やっぱり地下のライヴハウスで聴くロック、いい★ このアルバムまじ朝かけると気持ちがあげられるんで、朝のChargeにいいっすよ!

by wavesll | 2017-11-30 08:28 | Sound Gem | Comments(0)

辺境探検家 高野秀行氏講演会 'N' 早稲田大学探検部カムチャツカ遠征報告会

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大隈講堂で行われた辺境探検家 高野秀行氏講演会 'N' 早稲田大学探検部カムチャツカ遠征報告会に行ってきました!

今夏(2017年)実施されたカムチャツカ未踏峰登頂遠征隊の報告会とクレイジージャーニー等でも活躍が伝えられる高野秀行さんによる講演会。

先ずは高野さんの講演会で、早大探検部時代に行ったコンゴでのモケーレ・ムベンベというネッシーのようなUMAを探索した探検の記録VTRが流れました。

高野さんはこのムベンベ探索で3度コンゴを訪ね、1回目は政府と探検の許可やムベンベが見つかった時の所有権や写真の権利の交渉を行い、VTRで流れたのは2度目の40日の探検の様子。

村に辿り着き、村人の間の話し合いの末探検が許され、村人と道なき道をムベンベがいるテレ湖まで60km歩み、ボートでのソナー探査と夜は暗視スコープでの24時間での探査を行った様子が流れました。

探検チームの一人がマラリアにやられたり、食料がなくなり飢えからコンゴ人が誤射したゴリラを食べたり、当地で普通に食べられているというチンパンジー、大蛇、鰐その他を食べたりと言う映像が。

高野さんはもう十年前とかからこうした映像で講演をしているそうですが、昔はゴリラとかの時に笑い声が起きていたのが最近は倒れる生徒が多くJKキラーと言われると笑っていいのか悪いのかみたいな話も。

コンゴ人民共和国は東西冷戦で東側で入国が難しい国だったのですがペレストロイカで緩んだところを上手く交渉したということでした。

ムベンベ探検の頃はUMA探索は邪道と言う捉えられ方をされたそうですが、そこから書籍がヒットし有名になると後輩たちがUMA探検を真似するようになって。ある後輩が松戸にいる”マツドドン”を探すというので「そりゃないだろ」と言ったら「高野さんには言われたくない」と言われ、「悪しき前例をつくった」とw

現在も、現役時代に書籍を出した高野さんの影響力は絶大だそうです。
高野さんが作家として生きていくのを意識したのはムベンベ本のすぐ後、「おいしい」とw

作家としてのキャリアにおける探検部時代の意義を聴かれると「未だに探検部の延長線上」で「OBでなく未だに現役のつもり」とのこと。

さて、探検部の人々は「探検とは?」ということを強く深く考えようとしていました。高野さんにも「探検とは何か」ということを聞いていて。

すると現役生がこの夏に行った「リニア新幹線のルートそのままで南アルプスを踏破」を取り上げて、「これが探検部ですよ」とw 「探検部は凄い上の先輩たちから現役までやってることや感性が変わらない」「(探検の意義として)タテマエをいうのも昔から。でも辻褄が合わずに破綻する」とw

自分が面白いと想える、他人がやってないことをやってしまう。適当な名目を付けて最後は破綻しても、それが探検だ、と。

「辻褄が合いすぎるとだんだん狭くなる」そうです。例えば反体制に関しても「反体制な人も自分たちが権威になってしまい、ハラスメントをしてしまったりする」「権威になったり皆から尊敬されることは良くない。尊敬されないでいるのは大事。最後は破綻」とw

そんな高野さんは現在アフリカ納豆を探査しているらしく、もしかしたら西アフリカが世界最大の納豆エリアかもしれないらしいです。

探検に際して探検部のコネとかは余り今は直接の効果はないけれど、いつも同行して映像を撮ってくれるのは探検部で2コ上だったNHKの映像ディレクターだそう。

今の時代は映像を残すことは必須で、文章とは他に映像でしか伝わらないものもあるし、5年後10年後に幻になってしまうかもしれないものの記録としても昔より重要だとの事と言うアンサーで講演は〆られました。

5分の休憩を挟んでいよいよ、今夏行われたカムチャツカ探検隊の報告。こちらは30分程の映像でその様子が映されました。

探検隊は6人。そもそもカムチャツカを選んだ理由は今まで政治的な理由からあまり探検隊が踏み入れていない土地で、今回の目的は外国人未踏のレジャーナヤ山に登ること。費用は自分での負担の他クラウドファンディングでも集めたそうです。

来訪した場所はチュクチ人という人々がトナカイと共に暮らす場所。事前にロシアの国家機関から探検の許可を得て、インストラクターも雇っていたのですが、村の長が許さないと探検はできず、予定が狂い、更に水害で当初使う予定だったキャタピラトラックが使えず、計画に狂いが。

隊はボートと徒歩で進みます。ボートに載せられる重量から食料を削り、釣りをしたりベリーやキノコを食べながら進みます。道中で一人の隊員が足を捻ったり、1cmもある蚊にメンバーたちが苛まれたり。テントの裏にクマの足跡があったことも。

7日遅れでベースキャンプとなる小屋(あったはずの村は既になくなっていた)に辿り着くも、残された日数は僅か。ここでレジャーナヤ山に登ることを諦め、小屋から近い山で、人類未踏峰であろう山に登ろうと計画を変更します。

ここでつらい決断が。足を痛めている隊員を連れていけないと隊長は判断。彼女も多くのコストをかけてここまで来たのだから納得できないと当初言いましたが、最後はその決定に心を決め、5人で”ワセダ山”と名付けた山にアタック。

無論誰も道を切り拓いていない山、完全に己たちで判断し山を登り、見事登頂!
隊長は「この山は当初最終目的地点ではなかった。悔いることもあったし、中途半端な結果。ただ、大学時代は人生における途上、ゴールではない。将来行き詰ったときにこの経験を想いだすことで力になると想う」と感慨を述べていました。

そして帰国。テロップだけで、帰りの時に撮影担当の隊員が食中毒になりヘリで搬送されたとも流れました。

映像の後で探検隊6人がそれぞれ探検を振り返る一言を述べていました。

装備と訓練担当だった隊員は「実力が足りなかった。この後悔を活かしていきたい」
医療係だった隊員は「事前の準備が大事。自分が持っていけるものだけが確実」
広報を担当した隊員は「ただ知ってもらいだけでなく興味を持ってもらえるように苦心した」
撮影係の隊員は「探検とは現地に行くことでしか手に入らない情報を獲ってくること」
記録係の隊員は「探検は報告書をつくり何をしたか伝えることが重要で只楽しむ旅とはそこが違う」

そして隊長から発表されたのはロシアに問い合わせた結果、探検隊が登頂した山は一度も登頂された記録がない未踏峰だという返答が来たということ。ワセダ山という名前を申請しているそうです。

部員たちが常に「探検とは何か」を考えるというのは、今の地球上には人類が未踏で且つ”面白そう”な場所が少なくなってきているからでしょう。マルコ・ポーロやバスコ・ダ・ガマ、或いはハイラム・ビンガムの時代とは大きく状況が変わりつつあります。

「探検」、未知のハントをすることが難しい時代だからこそフロンティアの新雪を探して狩り暮らしの彼らは「探検とは」を自問するのでしょう。

今回の探検を最後に探検部をやめる部員もいるそうです。それだけ壮絶な体験だったということでしょう。

報告を聴いて思ったのは”失敗したということ、悔いが残ることは限界に挑んだ証であり未来に可能性があるということ。誰も行ったことのない場所へ行く、道を切り開く、それこそが最上の行為”だということ。1次情報、或いは0次情報ともいえる獲物を狩る彼らの姿に大変な感銘を受けた夜でした。
by wavesll | 2017-10-31 00:26 | 小ネタ | Comments(0)

青い座禅、縁は流転する ZAZEN BOYS - MATSURI SESSION 2・26 2004 TOKYO

ZAZEN BOYS - MATSURI SESSION 2・26 2004 TOKYO [Album] [2004]


"おお!コレYoutubeにあんのか!"と想ったのがザゼンボーイズのライヴ盤、MATSURI SESSION。
特にこの青盤は『KIMOCHI』といいエモさ全開で、当時は「ZAZENはスタジオ盤よりライヴ盤の方が断然いいな」と想っていました。

私は高校時代はナンバガを背伸びして聴いてた人間で。それこそ『サッポロ OMOIDE IN MY HEAD 状態』を今は無き横浜モアーズのタワレコで聴いて鳥肌立った辺りから本意気で惚れこんでいって。

そこからするとZAZENのスタジオ盤はナンバガが持っていたエモさが減った気がしたというか。ようやくナンバガを追っかけていた当時の私にはまた精神年齢が高くモードチェンジしていたのだと想います。

それでもLIVEでみると座禅は最高で。そしてこのライヴ盤も、今聴き返すと「向井、青いなー!!!!」と想います。バリアオハルじゃねえかと。

Miles Davis - Kind of Blueに一杯の水 第100回酒と小皿と音楽婚礼Fela Kuti - Zombie X Firestone Union Jack IPA 朱夏は此の道 第101回酒と小皿と音楽婚礼にもしたためたことなのですが、ここ2,3年で自分の中で心身のModeが変わりつつある気がして。

どうにも30を越えた辺りから関係性の中の立ち位置が少しばかり変わりつつあるというか、それまでは<評価される/可愛がられる>立場だったのが<評価する/可愛がる>立場になることもしばしば起きてきたというか。

人の上に立てる器の人間ではないこんな自分に、信頼を寄せ頼って呉れる人ができて。そして自分自身としても、ある程度己を信じられるようにもなって。人間関係が精神年齢を進めると実感しています。

相変わらず浮わついた渡世をしているのはいなめないのですが、旅してる時しか生きてる気がしなかった頃より、詩画音楽というレイヤーで心身を満たせるようになってきている己は、案外好きです。

そして完全に意外だったのは必至でボケを考えてた頃よりある程度シリアス気味にネタをやるようにした方がウケがいいということw

みんながツッコミ目指すと揚げ足取りの地獄みたいな世の中になって、実際に今メディア上の語り口がプロもアマチュアもどんどん性格悪くなって自意識過敏な世になってる気もします。

私個人は人生をネタにかけ道化を演じる若人は俄然応援したいところではあるし、連中は楽してるぜ、同時にあいつらも大変ではあるとも伝えたい。

承認欲求を求めてもいいし、みなに好かれなくてもいいし、全てに肯定的でなくていいというエントリにも書きましたが、Webコミュニケーションを追いかけるだけで可処分時間は足りない現状。

その上、古典の名著、グッドミュージック・アーカイヴ、日々のTV/Radio etcetc、幾らでも楽しませてくれる人たちがいる。

今はそんな気脈が通じるままに、来るもの拒まず去る者追わずと明きらめるのも縁かと想えたのも自分の中では大きな気持ちの変化でした。評価されるのを欲すというより評価する側にもなる変化の一つで。

バンドのMagicは確かに存在するけれども、向井秀徳はとてもいい気脈で縁を引き寄せてきたと想います。このライヴ盤のメンバーからアヒトイナザワもひなっちも抜けていくけれど、座禅は強靭に続いていく。

"ずっとこのBANDが続く"ことは叶わない先に、新しい景色が。

縁は流転するのを悟るのも大人の階段かなんて想う文月の23:49、繰り返される諸行は無常、蘇る性的衝動…。
by wavesll | 2017-07-11 23:49 | Sound Gem | Comments(0)

Liam Gallagher - Don´t Look Back In Anger - Glastonbury 2017

Liam Gallagher - Don´t Look Back In Anger - Glastonbury 2017

Slip inside the eye of your mind
心の瞳に滑り込むと
Don't you know you might find
何をみつけるか知らなかったのか
A better place to play
もっといい遊び場を
You said that you'd once never been
お前は一度だってないと言っていた
But all the things that you've seen
けれどお前がみてきたすべては
Will slowly fade away
ゆっくりと消えゆくんだ

So I'll start the revolution from my bed
だから俺は寝床から革命を始めるんだ
Cos you said the brains I had went to my head
お前が俺は自惚れてるっていったから
Step outside, summertime's in bloom
夏真っ盛りの外へ出る
Stand up beside the fireplace
暖炉の横から立ち上がって
Take that look from off your face
そんなお前の顔はやめてくれ
You ain't ever gonna burn my heart out
お前は俺の心を燃やし尽くせないのだから

And so, Sally can wait
そしてそう、サリーは待てる
She knows it's too late as we're walking on by
彼女は俺たちが共に歩くには遅すぎるって知ってるから
Her soul slides away
彼女の心は離れていく
But don't look back in anger
けれど怒りに任せて振り返らないでくれ
I heard you say
そうお前が言うのを聴いたんだ

Take me to the place where you go
お前が行くところに連れてってくれ
Where nobody knows if it's night or day
誰も知らないところへ 昼夜問わず
But please don't put your life in the hands
けれどお前の手の中の人生を委ねないでくれ
Of a Rock 'n' Roll band
ロックンロールバンドの連中には
Who'll throw it all away
放り出しちまう連中には
I'm gonna start a revolution from my bed
俺は寝床から革命を始めるよ
Cause you…
だってお前が…

グラストンベリー・フェスティヴァル、旗がはためき発煙筒が焚かれ、正直現場にいる連中は舞台なんか見えないと想います。それでも"Rock"としか表現できない精神があふれていて。この大合唱なんか最高。いつかこの中に身を投じてみたい、そう思わせる旅してみたい夢の目的地の一つです。

昔、敬愛する先輩が「旅したいという感覚が分からない、結局逃げだろう?」とどこかに書いていて。けれど別の場では「NYには行ってみたい」と書いていて。

一方で私は旅が好きなのですが、NYにはあまり行きたいとは思わなくて。

それは例えばあの先輩は舞台が好きだったり、一方で私は自然の景観や歴史的・精神的な建築が好きだったりと言った表面的な違いもあるのですが、やはり「旅が好きかどうか」が大きい気もします。

NYは”現代の都市のアーキテクチャ”だとして、そこに在るものは質が高いかもしれないけれどそれも地球上に敷衍しているものに想えるのです。都市は何処へ行っても都市というか、生活したり、仕事したりするには魅力的だけれども、観光という面ではNYにわざわざ身銭を切っていくほどでもない。

実際NYの番組をみるのは私は好きで。ついこの間も”地球タクシー”でNYにハシド派のユダヤ人が現代大衆文明と隔絶した暮らしをしながらNYに棲んでいると聴き、興味を惹かれたりもしました。けれども、どこかでNYは自分から遊びに行くというよりも、必要に応ずることで行く街に感じて。

そういった意味で先輩が言っていた「旅に魅力を感じない」と「NYには行きたい」は整合するなと想うのです。

まぁ、自分は基本暑いくらいのところが好きで。南米とか。イタリアとか。そこでいうと欧米は寒くwドイツなんかは無機質なイメージがあったのですが、ベルクハインという世界最高峰に入るハードルが高いクラブがあると聴いて興味を持てました。グラストンベリーもそうですがやっぱり音楽があると興味を持てるのかもしれませんwただNYだけはなんか違うんだよなー。少なくとも現在は。

旅は自分にとって青い春の象徴なのですが、今こうして"Don't Look Back in Anger"を聴いて。最近"青春"に決着がついていく感覚を想っていて。

自分は中高一貫に行ったからか人間関係が舞台が変わるたびにリセットされていく感覚があるのですが、距離感を誤り衝突し、怒りに任せて切り捨ててしまったことが過去にあります。

もうこんな齢になると今更プライヴェートで無理するのはこちらにも向こうにも無しだろうと想って働きかけないのも礼かと考えているのですが、少なくとも自分の中では怒りは遠のかせるようにしたいと。

道は違えたけれど、俺は俺でこの星の上で暮らしを営み、そして、共に生きる人を大事にしようと。人生の不安定さは寧ろ増していくのだけれど、悪を心の底に認識しながら、魂の解放を音楽に託して。
by wavesll | 2017-06-26 05:47 | 私信 | Comments(0)

最悪な最高を生きていると

椎名林檎 - 長く短い祭 from百鬼夜行


AKBの総選挙である女の子が結婚宣言をして、阿鼻叫喚の総スカンを食らったのをみて。その後ケンドリックラマーのTシャツを着るとかも含めて、「面白いなーこの子、ここまで爆弾仕掛けて、グループ自体も破壊しようとするのは秋元筋金入ってんなw」と嗤ったのですが、「仕事ならば何でもいいのか/面白ければなんでもいいのか」のモラル破壊問題ってやっぱりあるなぁと想った處。

"恋愛禁止"を一番の恋盛りの女の子たちに求めるのは、人間性の破壊にならないか。「いや、せめて建前は守れよ」といいたくなる気持ちは分かりますが、寧ろ彼女は純情だからこそ嘘をつくのに耐えきれなかったのではないかと。

プロフェッショナルというのは総じてどこか役割を演じることが必要となるし、建前を守る安心があるから社会が成り立つのですが、「建前」が形骸化して、最初から「嘘」になってしまうと不味い。嘘を吐きすぎると無法な心理が生まれるのではないか。

グループでも会社でも、創業メンバーは「理想=建前」を内発的に得心して、そしてサービスや心意気を徐々に発展・習得していきます。しかし、後発の新米の心身にとっては「既にあるスーパー・パワー」は半ばフリーキーに振り切れて限界を超えた負荷になっているのではないかと。

さらに顧客は"更なる進化がないと面白くない"と言い出し、無理を越えて「最悪」を「最高」と嘯いて尽くしていると、無視できない歪に蝕まれるのではないか。体育会の部活をさらに激しく厳しくしたような、若いうちにしかできず時間が限られているアイドルという仕事は濡れ手に粟の水商売でもあり、構造としてモラルハザードが起きて当然にも想えます。

逆に上の立場からみたら、石原莞爾などもそうですが、自分はきちんと論理だてて大勝負に臨んでいたのに、"蛮勇な大博打でもOKなんだ"とみられ自らを模倣してるつもりの若手の暴走に頭を抱える事態が起きているのだと想います。"人倫は守れよ"と。

さらに、10代も、20代も中身はガキそのもので。ましてや芸能産業なんてのは"大人"も餓鬼なのではと。みな虚勢を張って、真実ベースの対話ができていなかったのでは?ただでさえ弱音を吐くことが良しとされない、"命がけでみんなやってんだから"となりがちなのは心身のダンピングがそこかしこで起きる現代日本の労働環境の縮図にも感じます。その反動ともいえるサービス強化へのスパイラルも。

モラルハザードはファンの側にも起きていて。小舅というか、10代20代の女の子に極めて厳しい指摘を続けるミソジニーが起きているのは、"自分はこんなにも相手のことを女として好きなのに、相手は俺なんか歯牙にもかけない、でも惹かれてしまう"という状況構造が引き起こしているのではないかと想います。

アイドルも、運営も、ファンも、みな餓鬼ばかりで須藤凜々花ならずとも「DAMN(畜生)」と言いたくなります。"ぬるい頑張りじゃ競争に生き残れないんだよ!"と言うのもわかります。私自身も一時期アイドルに嵌ってIdol Musiqueを聴かない理由があるとすればという記事を描いたりし、その魅力がわからないわけではありません。

ただ、群集心理の波濤に押し流されず自分を大事にして仕事をしてくれたほうがきらきらした夢を与えられると想うのです。少なくとも「最悪」を「最高」と自分に嘘を吐かないで欲しい。やりがい搾取で成される虚勢の繁栄よりも、真心の本音2.0が、今欲され、伸びしろがあるのではないかと。「嘘」ではなく、信じられる「建前」を時に喧々諤々異論を交わしながら成してほしい。自分を大事にしないと他者も大事に出来ない。そう20代を終えて想うようになりました。

余談
ちなみに、怒り心頭に達している方々に朗報なのですが、100年も経てばムカつく奴も全員死ぬそうですよ。世界丸ごと憎んでいる方にも朗報なのですが数十億年後には太陽が地球を飲み込むので嫌な連中の子々孫々丸ごと死滅するそうです。"それでもこのムカつきが止まらねえんだよ!"という方には北方先生の「ソープへ行け!」を進呈したします。
by wavesll | 2017-06-21 21:09 | 小噺 | Comments(0)

Memento mori日

Blankey Jet City - Sweet Days


Blankey Jet City / COME ON


一年に一回誕生日を祝うより、一年に一回“明日死ぬとしたら何やりたい”か考える日があってもいい。死を想う日というか。毎日やることこなして、コンテンツ消費して、“で結局何をしてから死にたいのか”見つめるの、良さそうだ。

311の後、結婚が増えたのは「死」を想った人が多かったからでは。"いつか"の前に"死"は来るかもしれない。と。「死」を想うと本当にやりたいことだけが浮き彫りになる。俺は何がしたいかな?イランへの旅?家庭を築くこと?

好きだった人も、亡くなってゆく。好きだったバンドも無くなっていく。好きだった店も失くなっていく。その後で哭くより、生きてるうちに笑いあえるように。"死ぬ前に何がしたいか想う日"、個人的な風習にしようかな、誕生日と紐づけるのもいいかもしれない。Memento mori.
by wavesll | 2017-06-15 23:39 | 私信 | Comments(0)

三木清『人生論ノート』@100分de名著 第4週 「死」を見つめて生きる

c0002171_13211266.jpg三木清『人生論ノート』@100分de名著 第1週 真の幸福とは何か
三木清『人生論ノート』@100分de名著 第2週 自分を苦しめるもの
三木清『人生論ノート』@100分de名著 第3週 ”孤独”や"虚無"と向き合う

ETV、100分de名著で取り上げられた三木清『人生論ノート』視聴記も、今回がラスト。

執筆直前に妻を亡くした三木、戦争直前、死が近い時代に三木は希望についても説きました。最終回は死と希望について三木が伝えたかったことを読み解きます。

死について

近頃私は死というものをそんなに恐ろしく思わなくなった。年齢のせいであろう。以前はあんなに死の恐怖について考えまた書いた私ではあるが。

この数年の間に私は一度ならず近親の死に会った。そして私はどんなに苦しんでいる病人にも死の瞬間には平和が来ることを目撃した。


昭和14年、三木はこの時41才。2年前に妻を亡くし親類や友人を立て続けに見送った頃。この一節には死から目を背けず死の恐怖に惑わされずに生きたいという三木の想いが込められていた。

死について考えることが無意味であるなどと私はいおうとしているのではない。死は観念である。

誰もが生きている間には自分の死を経験することができない。死を経験したときには死んでいるから人はいない。だから我々が死について考える時は"観念"として考える他はない。

ただ実際には難しく、死は人生に入り込み、生の直下に死はある。

死の恐怖が薄らいだのはなぜか?→確率の問題。生きていて死んだ人に会える確率はゼロだが、死ねば会えるかもしれないと考えたから。"そうあって欲しい"という要請からこの考え方に三木は到達。

同時に後に残す者たちに三木はこう言っている。

執着するものがあるから死にきれないということは、執着するものがあるから死ねるということである。

「執着するものがあるから死ねる」というのは"人間はそんなに立派に死ななくてもいい、執着するものがあって死んでもいい"。潔く死ぬのが美しいという時代に、悔いを残して死んでもいいという勇気のメッセージ。

私に真に愛するものがあるならそのことが私の永生を約束する。
想いを残した人がいるということは死後自分が還っていくべき所を持っている。

折に触れて思い出してもらえればその時自分は永生を約束されている→この根拠は自分自身が妻を忘れていないという愛からではないか。

妻の死の一年後、その一周忌に追悼文集を編集し、「幼きものの為に」という自身の文章も載せた。

やさしい言葉をかけたこともほとんどなかったが今彼女に先立たれてみると私はやはり彼女を愛していたのだということをしみじみと感じるのである。

彼女の存命中に彼女に対して誇り得るような仕事のできなかったことは遺憾である。

私が何か立派な著述をすることを願って多くのものをそのために犠牲にして顧みなかった彼女のために私は今後、私に残された生涯において能う限りの仕事をしたいものだ。

そしてそれを土産にして、待たせたね、と云って彼女の後を追うことにしたいと思う。


『人生論ノート』が刊行された翌年、三木は徴用されフィリピンで従軍する。そこでの戦争体験は彼の哲学を大いに変貌させるはずだった。しかし帰国した三木に言論発表の場はなく、娘と疎開する。

そして昭和20年3月、逃亡犯だった友人を匿ったという嫌疑で逮捕される。敗戦後も釈放されることなく、9月、獄死する。

もし私が彼等と再会することができるーこれは私の最大の希望であるーとすればそれは私の死に於いてのほか不可能であろう。

共産党員だった友人を匿えば身の危険が伴うのは分かり切っていたが、人間として三木は友達が助けをもとたときに救わないはずはなかった。

敗戦後も釈放されず毛布に付いた疥癬にやられ独房で一人死んだ三木。「三木は死ななくてもよい命を落とした」。

三木は戦争に往った数少ない哲学者。その経験を生かした書作を残せたはずだった。

三木は人間の生命と歴史における過去を重ね合わせ、その意味についてこう述べている。

過去は何よりもまず死せるものとして絶対的なものである。この絶対的なものはただ絶対的な死であるか、それとも絶対的な生命であるか。

死せるものは今生きているもののように生長することもなければ老衰することもない。そこで屍者の生命が信ぜられるならば、それは絶対的な生命でなければならぬ。

この絶対的な生命は真理にほかならない。


死=過去(歴史)と同等に考える歴史観を三木は持っていた。"死"が絶対的であるがゆえに"過去"もまた絶対的である。

過去を自分の都合のいいように利用し解釈する危険性を指摘している。"歴史修正主義"を三木は厳しく指摘している。

歴史を改ざんしようとすることは歴史を尊重していないこと。人間の"死"を尊重することは"歴史"を尊重することでもある。

雑誌「文学界」における最後の連載は「希望について」だった。

希望について

人生においては何事も偶然である。しかしまた人生においては何事も必然である。このような人生を我々は運命と称している。

偶然の物が必然の必然の物が偶然の意味をもっている故に人生は運命なのである。希望は運命の如きものである。人生は運命であるように人生は希望である。

運命的な存在である人間にとって生きていることは希望を持っていることである。


戦時下にあっても三木は最後まで絶望することなく人生論を書いた。

三木は個人、個性が失われつつあった時代に自分とは何か人間とは何かを問い続けた哲学者。そして最後まで人間の可能性を信じていた人だった。

もし一切が保証されていたら希望すらありえない。希望こそが生命の形成力である。

絶望することは簡単で、絶望しない人生を選んだのが三木の生き方。

「私は未来への良き希望を失うことができなかった」

国家全体が戦争へ向かって言論弾圧しても考えることを止めない、"言ってもしょうがない"にならない。精神のオートマティズムに巻き込まれると抜け出すのは至難の業。

三木がこれを書いた時代と現代は通じる感覚がある。しかしそういう時代に生きているからといって絶望する必要もないし生きている意味はないわけではない。

三木清は終生理想主義者だった。理想だけが現実を変える力があると三木は書作を通じて語りかけている。
by wavesll | 2017-04-27 15:30 | 書評 | Comments(0)